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第二章 そして舞台の幕が開く

56話 優しい声が送り出す

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 「これは困ってしまったな」

 そう告げる学園長の口元は、緩やかな弧を描いている。どこか嬉しさを滲ませる表情に、感じるのは確かな手ごたえだ。

 「もとより、私にライラックを持ってきた時点で、答えとしては100点をあげるべきところだ。そこに至るまでの理由づけも素晴らしい。偶然当てたという可能性を排除している。素晴らしい解答と言えるだろう」

 学園長は私たち一人一人の顔を眺めながら、ゆっくりと語る。その瞳は温かく、私たちの努力を労ってくれているようだ。

 「それに加えてこの花束だ。この演出はアクランド嬢、君がいなければできないものだ。
 しかし、その提案を他の者たちがしたという。君たちのチームは、互いをよく理解し、いい関係を築けているようだ」

 その言葉に、全員で顔を見合わせる。このオリエンテーションは、全員が本当に頑張っていた。一人一人、得意な面で活躍している。
 そして、その優秀さを互いに認め合っているチームでもある。それを理解し、真っ正面から褒められるのは、誇らしい。
 私たちは互いの顔を見合わせて、嬉しさを隠さず微笑んだ。

 「そんな君たちだからこそ、実現できた解答だ。それに見合う点数をつけねばなるまい。

 君たちへの採点は、120点。100点を超える成果を出したこと、賞賛に値する」

 学園長の言葉に、室内は湧いた。女性陣は手を取り合って喜びを分かち合い、男性陣は軽く拳を突き合わせている。最後には、男女関係なく労いの言葉をかけ合った。その姿に、学園長は満足気な笑みを見せている。

 「あぁ、本当にいいチームワークだ。そんな君たちに、まずこちらを渡さねばな」

 引き出しから取り出したのは、銀製のホイッスルだ。一見すると何の変哲もないものに見えるが、わざわざ取り出したあたり意味があるのだろう。これが最後の課題に関わるものなのか。

 「察しているだろうが、これは最後の課題で使用するものだ。正確には、物と言うべきか」
 「なるかもしれない、ですか?」

 私の問いに、学園長は頷く。使わずに済めばいいのだがね、と言うと、おもむろにルーファスを指名した。

 「ルーファス君、我が学園ではいたずらに入らないよう注意される場所がある。そこはどこだったかな?」
 「森です、学園長。我が学園は周囲を森で囲まれています。その中は迷いやすく、注意するよう寮監の先生方に言い含められております」
 「そのとおりだ。注意事項をよく覚えているようだ」

 頬を緩めて告げる学園長に、ルーファスは小さく一礼する。それを見届けると、学園長はホイッスルを掲げ、口を開いた。

 「ルーファス君の言うとおり、森の中は入り組んでいて迷いやすい。そのため、新入生は特に注意が必要だ。
 このホイッスルは、万が一の際に使えるよう用意したもの。このホイッスルには、魔術が仕込まれている。誰かが吹けば、学園内の教員が察知できるような仕組みだ」
 「なるほど。では、5つ目の問題を解くには、森の中に入る必要があるのですね?」

 ルーファスの言葉に、学園長は頷いた。未だ立ち入ったことのない森。ホイッスルを渡されるほどだ。注意が必要だろう。

 「では最後の問題を発表しよう。求めるべきは至ってシンプルだ。『森の奥、そこは神聖な場所。君に合う方へ進みなさい。その先に、君が持つべきものがある』。

 この課題では、正しい場所へたどり着いたとき、ある物を手にすることができる。一人一つ受け取れるものだ。きちんと持ち帰るように」

 森の中には寮監が控えているらしい。最後に持ってきた物を見せて、合否判定があるようだ。合格をもらえればオリエンテーションは終了。今のところ、何を求められているかは不明だが、一先ず先に進むしかない。

 「それから、最後に一つ。素晴らしい解答を見せてもらったお礼をしよう」

 学園長の周囲に、緑色の光が現れる。足元は見えないが、おそらく魔術陣を顕現させているのだろう。

 緑の魔術陣は風属性を意味する。ふわりとやわらかな風が通り過ぎると、私の目前に水色の箱が浮かんでいた。
 慌てて手を伸ばすと、そっと箱が着地する。紙でできた箱のようだ。水色をベースとし、白い花が描かれた愛らしいデザインをしている。

 「これはお礼だ。この分だと、君たちはかなり早くオリエンテーションを終えるだろうからね。良かったらこれでお茶にするといい」
 「ありがとうございます、学園長」

 思いがけぬご褒美に、口元が緩む。他のメンバーも嬉しそうだ。早く終わらせて、ゆっくりお茶にでもしよう。

 「最後の問題に挑んできなさい。君たちの合格を願っているよ」

 温かな励ましに背を押され、私たちは学園長室を後にした。
 向かうは学園の森。渡されたホイッスル、それを使うことがないよう願うのみだ。




 「それでは、先へ進みましょうか」

 オーウェンの言葉を合図に、私たちは森へ足を踏み入れた。

 先頭にオーウェンが立ち、次列にヘレン、私、メアリーが横並びで並んでいる。私を守るように二人が横に立ってくれているのだが、正直申し訳ない。
 変わろうかと告げたものの、全力で拒否されてしまった。一応私は聖女という身。学園内とはいえ、森は危険だ。何かがあっては困ると、配置変更は認められなかった。

 殿はルーファスが担当している。オーウェンもルーファスも、その腕前は確か。剣だけでなく、魔術も優秀である。学園内のため剣は持っていないが、それを不安に思わない実力の持ち主だ。要を担ってくれるのはありがたい。

 「話には聞いていたけれど、本当に分かりづらい造りになっているのね」

 周囲の木々を眺めながら、ぽつりと呟く。何か特徴的な木でもあれば良いのだが、残念ながら見分けがつかない。これでは迷子になる者が出るのも仕方ないな、と納得する。

 「何でも、防犯のため分かりやすさは排除しているそうです。一応生徒が迷わぬようにと、ささやかな目印はあるのですが」
 「目印? そんなものがあるのですか?」

 ヘレンの言葉に、私は首を傾げる。どこを見渡しても、同じようにしか見えない。目印になるようなものがあっただろうかと、記憶を掘り起こす。
 そんな私に、ヘレンは数メートル先にある切り株を指さした。

 「あそこに切り株がありますよね? あれは学園で伐採した木だそうです。ちょっと、見ていてください」

 そう言うと、ヘレンは切り株へ駆け寄った。切り株へ手をつくと、彼女の手が淡く光る。その光は、彼女の手を伝って切り株全体に行き渡った。
 切り株から手を離すと、断面に赤色の光が淡く光る。そこには、赤い光で矢印が書かれていた。

 「これが進路を表しているんです。赤い矢印ならば森の奥へ向かう道、ピンク色の矢印なら学園へ戻る道となっています」
 「なるほど、分かりやすい目印では侵入者に利用されてしまう。それを防ぐために、切り株を使用しているんだね」

 森に切り株があるのはごく自然なことだ、そう言うルーファスに、ヘレンが頷く。

 「目立つ目印を置くと、侵入者対策になりません。そのため、どこの森にもある切り株を用いて、目印にしているのです。魔術式を切り株に組み込み、魔術師の魔力で反応するようになっています」

 その説明に感心してしまう。
 かつての日本では、山などにリボンやテープで目印を作っていた。あれは登山客などの道案内に使われるため、目立つように付けられている。

 しかし、この森は防犯のためにも使われる場所。誰にでもわかるようではその役目を果たせない。
 とはいえ、生徒を迷わすわけにもいかず、カモフラージュが必要だったのだろう。

 「とても考えられているのですね。ヘレン様も、よくご存知でしたね」
 「い、いえ、私は教えてもらっただけで……!
 入学直後に、学内を見て回ったのです。そのとき、先輩に教えていただきました」

 あくまでも、先輩に教えてもらったからだと言う彼女。それに、私は首を横へ振った。確かに先輩が教えてくれたおかげもある。
 けれど、学ぼうとしたのは他でもない彼女だ。それは誰にでもできることではない。現に私は、積極的に学内を回ったりはしなかった。

 「そんな謙遜なさらないでくださいな。確かに先輩のご助力あってのことでしょう。
 けれど、学ぼうとなさったヘレン様の姿勢は、素晴らしいものです。そのおかげで、私たちも迷わなくて済みそうです」

 ありがとうございます、そう礼を言うと、ヘレンは照れくさそうに笑った。これで道の問題は解決できそうだ。ホイッスルを使わなくて済むかもしれない。本当に、ヘレンの知識に助けられた。

 切り株の道案内を利用しながら、先を進む。
 30分ほど歩いただろうか。進んだ先に、石造りの建物が見えてきた。彫刻や装飾を見る限り、神殿だろうか。どこか神聖な雰囲気の建物が、私たちの前に建っている。

 「おや、随分と早くに生徒が到着したものだね?」

 唖然と建物を見つめていると、柔らかな声が耳に届いた。慌てて振り返ると、そこにはどこか見覚えのある男が立っている。

 金の髪に褐色の肌。にこやかに微笑む瞳は、海のような青をしている。長い髪は緩く編まれ、左側にたらされていた。エキゾチックな美形、といったところだろうか。艶やかさのある男性だ。

 初対面なのは間違いない。だが、彼の容姿は。そんなことを考えていると、建物の方からトラヴィスが出てきた。

 「おい、ウィルソン! って……アクランドたちか。お前たち、もう着いたのか?」

 相変わらず優秀だな、と感心したように言うトラヴィスに、私たちは一礼する。
 そして、もう一人の男性に視線を向けると、彼は穏やかに笑って挨拶してくれた。

 「ヴァレンティのご子息以外は、はじめましてかな?
 僕はジュード・アトキン・ウィルソン。タンザナイト寮の三年だ。
 本来はここに寮監が立つはずだったんだけどね、今は別件で席を外している。代わりにこうして、僕が駆り出されたんだ」

 よろしくね、と笑う彼に、全員が挨拶をする。
 ウィルソン、つまりウィルソン公爵家のご出身。三年生ということは、嫡男だろう。ソフィーとイアンの兄にあたる。見覚えがあるのも当然かと、納得した。

 「そう言えば、アクランド子爵令嬢は、ソフィーと仲良くしてくれているようだね? あの子は気が強いから、少し心配でね。君に迷惑をかけていないかい?」
 「迷惑だなんてそんな! 本当に、よくしていただいております。ソフィー様に友人と呼んでいただけて、嬉しいのです」

 私の言葉に、彼はほっとしたように微笑んだ。やはり、ウィルソン公爵家の家族仲は良好なようだ。それが垣間見えて私も口元がほころんだ。
 友人の家族仲が良いようで、素直に嬉しい。貴族の家では、家族関係が希薄なことも珍しくはない。それを思えば嬉しくもなるというものだ。

 「それならよかった。僕の家族には、もう会ったことがあるんだよね? 僕はデビュタントに参加できなかったから、一人出遅れてしまった。
 改めて、ウィルソン公爵家一同、仲良くしてもらえると嬉しい」
 「ありがたいお言葉です。こちらこそ、今後とも仲良くしていただければ嬉しく思います」

 和やかな挨拶をしていると、「もういいかー?」という気の抜けた声が聞こえた。
 そちらへ視線を向けると、トラヴィスが欠伸をしながらこちらを見ている。その姿は、全くと言って良いほど緊張感がない。つられるかのように、私もがくりと肩を落とした。

 「トラヴィス先生……、気を抜きすぎではありませんか?」
 「あ? いやまぁ、大丈夫だろ。お前たちだし」

 今更気を遣ってもなー、と軽く言うトラヴィスに、脱力感しかない。魔術の実力が確かなのはわかるが、これが教師でいいのか。甚だ疑問が残る。
 はぁ、とため息を吐く私を見て、トラヴィスがにっと口角を引き上げた。

 「初対面であっさり見破って、成人男性のプライドを潰したお嬢さんには、気を遣うだけ無駄ってものだろう?」
 「その節は申し訳ありませんでした」

 でも見つかる方も悪いと思います! と付け足す私に、彼は「お前じゃなきゃバレなかっただろうが!」と声を荒げた。解せぬ。
 
 そもそも、私とトラヴィスの出会いは、レティシアの家出が原因だ。あの時に陰ながら護衛していた者、それが彼である。
 心配のあまり後をつけていたようだが、行く先々で同じ人間を見つければ印象にも残るだろう。本当にバレたくなかったのなら、着替えくらいしておけばいいものを。
 
 オブラートに包んでそう言うと、トラヴィスはがっくりと肩を落とした。してやったぜ! と内心でどや顔を決めていると、上品に笑う声が耳に届く。

 「ふふ、ごめんね? 遠慮のないやり取りに、つい笑ってしまったよ」

 女性を笑うなんて失礼だったね、そう言うジュードの声は、気遣いが感じられる。その反応に、なんだか胸が温かくなった。
 女性を笑うのは良くないこと、その言葉をどこかの誰かに言い聞かせて欲しいものだ。そんな思いで視線を向けると、ルーファスは美しく微笑んだ。余計なこと言うなよ、という圧がある。
 本当にこの男は。だから猫被りといわれるんだぞ、と言ってやりたくなる。効果は無いだろうが。

 「あー、もういいからお前らさっさと行け。どうせ問題なくクリアしてくるだろ。俺はここでのんびりしてるから、終わったら声をかけるように」

 すぐ傍の切り株に腰を下ろすトラヴィスは、既に休憩モードだ。やる気が一切感じられない。そんな彼を見て、ジュードは困ったように微笑む。
 そして私たちに優しく声をかけてくれた。

 「君たちなら大丈夫だろうけど、頑張ってね。ここに戻ってきてはじめてクリアだ。待っているよ」

 優しい笑みに見送られ、私たちは建物の中へ進む。
 最後の問題、その終わりまであと少しだ。

 
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