戦国一の職人 天野宗助

白龍斎

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第11章 掛け軸 月兎

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清条国の常和のある通りに若い夫婦の団子屋があった。
月ノ茶屋という団子屋は若い店主が切り盛りしているが…あまり客足がよくない。
団子がまずいという訳ではないがどこか物足りないという感想をよく投げかけられることに店主である菊二きくじは悩んでいた。

が、原因を菊二は分かっているのだ。
それは先代の店主である父が早くに亡くなってしまい全ての技術を習得する前に店を継ぐことになってしまったからだ。
日夜修行をして味を良くしたり団子にこしをつけてみたり等したが何か違う…と日々悩んでいたのである。

そんな様子を妻であるおりょうも気にかけていたが…自分には何も出来ないと悩んでいたのであった。
店の接客は自分にも出来るが団子や餅に関しては専門外であるからだ、勿論味の評価は出来るが…細かなことや菊二が求める事はわからない。

このままではいけないと勿論お椋は分かっていたがどうすればいいのかと思う日々の中である日彼女は店の客の一人が着けていた簪に目がいった。
蜜柑の簪という変わった簪だがびいどろで出来ており透き通った美しい橙に葉がちょこんと可愛らしく乗っている簪は不思議と着けている女性に似合っていたため思わず声を掛けたのだ。


「お客さん可愛い簪つけてますねぇ、蜜柑の簪なんて初めて見ました」
「ん?あ、そうなの!可愛いでしょ!一目惚れだったのだけどこの簪つけてからすごく運がいいのよ!」
「運がいい?」
「えぇ、これは福を招く簪を作るって噂の職人が作ったものなの!この簪をつけてると蜜柑の匂いがして嬉しいわ!私蜜柑好きだもの!」

ふふふ~んと鼻歌を歌う彼女からは確かに蜜柑の香りがしていい香りに思わず頬を緩める、そして福を招く簪という言葉に引かれたお椋はその客に教えてもらった店に行った。
花衣屋と書かれた店の前にきたお椋は最近噂の女商人がいる店であると気づきどんな人なのだろうかと店に入る。
女性が群がる場所に簪はあり、合間を縫って簪を見てみるが綺麗でかわいい物ばかりで見ていて楽しい気分になったがなんとなくこの簪達は全部自分に合わないと思い店を出ようとした時に彼女の目に月が入ってきた。

すすきの揺れる草原に浮かぶ月は優しくお椋を照らしており彼女は息をのむ。

「綺麗…」

まだ昼なのに優しい光で照らす月に思わず見とれていたが肩を叩かれたことで正気に戻る。

「お客様大丈夫ですか?」
「は、はい!大丈夫です!」

お椋は肩を叩いてくれた桜が頭に咲いた美しい女性にまた一瞬見とれそうになるが二度も迷惑かける訳にいかないと足を踏ん張り正気を保った。
そして自分が見ていた月が絵であることに気付いた。

「掛け軸…?」
「えぇ、これはあの簪を作った職人が描いた掛け軸になります…題名はついていませんが月と兎が特徴的な作品です」

お椋は餅をついている兎に団子屋であり餅を扱うため少し親近感がわいて笑みを浮かべる、ふと値札が目に入りぎょっとした。

「え、こんなにすごいのにこの値段なの…?」

高いのではなく安いのだ。
庶民でも手が届く値段に思わずお椋は声に出してしまうと桜の似合う店の女性は苦笑して頷いた。

「そうなんです…これを描いた職人…絵師様が自分は新米だからと掛け軸の最低価格で売ってくれと…」
「こんなに綺麗なのに…」

素人目から見ても素敵な掛け軸だとお椋がいえば隣にいる彼女も同意するように頷いた。
お椋は自分の財布の中身と掛け軸を何度か見比べると…店員に声を掛けた。

「あの、これ下さい」

お椋はこの掛け軸を何故か買わないといけない気がしたのだ。






「で、買ってきたと…」
「ごめんなさい、買わないといけない気がして…」
「いや、お前が貯めてた小遣いの金だし掛け軸もすごく安いからいいんだが…そんなに欲しかったのか…」

掛け軸を購入後すぐに店に帰ったお椋は思わず買ってしまったと素直に菊二に言えば彼は怒らず逆に素直に報告に来たお椋に困った顔をして答えた。
しゅんとしたお椋を横目に掛け軸を開いた菊二は感嘆の声を漏らす。彼から見ても見事な作品だったのだ。


「これがそんな安い値段で売られてるなんてなぁ…意外と掘り出しものかもしれないぞ」
「うん、店の人もそんな価格で売っていいのか何度も絵師に確認したって言ってたわ」
「ははっ、その絵師は職人なんだって?ならば職人気質が出たのかもな…にしても月に兎に餅なんて、うちに合うものよく見つけてきたな」

早速飾ろうと店の中に飾る菊二にお椋は少し笑顔を返す。
確かに店の名前の月に兎は縁起もよく餅は団子屋に合うなとお椋も思ったのだ。
掛け軸を店の中に飾り、いい買い物だなと笑う菊二にお椋は少し安堵しつつもこの場合は怒るべきでは?と思っていたが菊二は全く怒っていないことは分かったため笑みを返すことにした。




その翌日、店に不思議なことが起きていた。

「なんだこの団子は…?」
「あなたが作ったのではないの?」

調理する机の上に団子が置かれていたのだ。
月見団子が置いてあったのだが柔らかい弾力にそこまで時間は経ってないと菊二は推測する。
警戒する菊二に他所に何を思ったのかお椋はぱくりと口に団子を入れる、菊二は大慌てで止めるがお椋は目を輝かせて美味しいと声を上げた。

「お椋っ、おまえ…!」
「美味しい!こんな団子初めて食べたわ!ほらあなたも!」
「ま、待て待て!なんでそんな怪しい団子を気軽にく………っ美味い」

強引に菊二の口の中に団子を入れたお椋は彼も美味いと唸ればそうでしょう!と笑うとまた一つ自分の口に団子を入れるお椋を余所に菊二は今まで食べたことのない美味さの団子を必死に理解しようとしていた。
謎の団子であることも忘れてただその美味しい団子について頭を巡らせていたのだ。

「口に入れた柔らかさ…甘味…口当たり…なんだこの団子はどうやってこんな…」
「あなたお団子少し置いておくわね、にしても誰がこんなに美味しいお団子置いてくれたのかしらお礼言わなきゃ!」
「粉っぽさなんて全然ない…それに」
「うーん、これはしばらく戻ってこないわね…固くならない様に布被せておこうっと」

菊二が悩む間に店の準備をするお椋は昨日店に飾った掛け軸の前を通ると香ばしい匂いがして足を止めるがまだ準備をしていないのになぁと思いながら首を傾げつつ掃除を始めたのであった。



そしてまた翌日の朝…。
またも団子が置いてあった。

「今度は三色団子…」
「綺麗な色ね、私でも分かるわ」

布が掛けられた下には薄い色だが綺麗に染まった緑、白色、桃色の団子が串に刺さって皿の上にあった。
お椋は早速串の一番上にある緑の団子を食べればお茶の風味が程よくして思わず笑みが零れた。

「んふふ…すごくおいしい…」
「お椋はもう…でも確かに美味しいな…誰が作って置いてるんだろうか…」

菊二はそう言いながら一本を早々に食べ終え、また団子の解析を行っていた。
今回も長くなりそうだと思いながらお椋は自分の分を分けて皿に盛り、後でまた食べようと棚に置くと掃除を始めた。

そこで彼女は気付いた。
串が使われているはずなのに店にある串が減っていないことに。
しかし洗い場には使われた形跡があり水の痕が少しあることからここで作られた団子であると彼女はすぐに気づいた。

「あなた、これ見て」
「白色の味は…ん?どうした」
「見て、ここで作ったみたいなのに店の串が減ってないのそれに粉も減ってないわ、でも水場は使われたみたいなの」
「…確かにそうだ、あ!見ろお椋!ここに何か置いた痕がある!」

菊二が示す先には丸い大きな何かを置いた痕があり、その周りを何かが歩いた痕もあった。
しかし、人の足跡ではない。何か動物のような大きさだった。

「こっちに続いてる…」
「追いかけてみよう」

謎の足跡は店の厨房を抜けたが店の外には出ておらず途中で止まった。
しかし、そこには団子が置かれ始める前日に増えたものがあった。
兎の掛け軸である。

「うそ…この掛け軸に続いてる…」
「悪戯…にしてはどうなってるんだ…?」

夫婦は首を傾げるが日が昇り始め、店の前を人が歩き始めたことで店を開ける時間が迫ってきていると気づき慌てて準備に戻ったのだった。


その夜、菊二とお椋は店の裏で静かに座り込んでいた。
流石に二度もあったので犯人を突き止めようと動いたのである。

「今日も来るかしら…」
「多分くる…そしてあの団子の美味さの秘密を聞きたい…!」
「そうね…ねぇ、何か聞こえない?」

二人が耳を澄ますと何かの声が聞こえる。
それは歌だった。

≪今日は餡子~、餡子の団子~≫
≪餡子は滑らかこし餡よ~≫
≪大事な団子はもっちもちよ~≫
≪もっちもちよ~≫

子供とは違う高く可愛らしい声で歌われた団子の歌にお椋は歌う声も歌も可愛いと思わず目が緩ませる。
菊二はそんなお椋に苦笑しながら今日は餡子の団子を作るようだと店の中が見える厨房の窓から少し店の中を覗くと目を見開いてすぐに口を手で押さえてしゃがみ込みお椋に中を見る様に指して促した。
お椋はそんな菊二に驚くが、そろりと中を見てもっと驚いた。


何故なら二羽の白い兎が店の中で歌いながら餅をついていたのだから。


お椋は驚き声が出そうになるがすぐに菊二に手で口を塞がれ声は出なかった。
お椋は店の中を指し、手で兎の耳を表せば菊二は頷いて自分も兎を見たと仕草で彼女に伝えた。
二人はもう一度見ようと店の中を覗けばやはり兎が器用に餅を杵と臼でついていたのだった。

やっぱりいた!と互いを見合わした二人がよく見ようと中をさらに覗き込むと…その覗き込んだ二人に目を合わせるように一羽が窓から二人をすぐ近くで見ていた。
二人は悲鳴を上げそうになったがすぐに兎が口をふわふわの短い手で塞いだことで声は出せなかった。

≪夜に大声は駄目だぞ≫
≪何をしているの…≫

にししと笑う兎にもう一羽がやれやれと首を横に振ると店の裏戸を開けて二人を中に入れた。



≪いやぁすまんすまん!思わず驚かせてしまった!≫
≪うちの旦那がごめんなさいね…私達がいて驚いたでしょう?≫

可愛い声だが豪快に笑う雄だろう兎の尻尾を叩いたもう一羽の雌だろう兎が二人に頭を下げた。
白色だが少し黄色がかっておりお椋はお月様のような色だと思った。

「い、いいえそんな…」
「確かに驚いたが…」

二人を椅子に座らせると雌の兎がぴょこぴょこと跳ねながら掛け軸から湯飲みと急須を取り出してお茶を入れた。掛け軸の中に兎はおらず月だけが浮かぶのを目にし二人は掛け軸の兎がこの二羽であるとすぐに気づいた。
その光景にお椋は驚くが雄の兎から飲みながら話そうと言われて口をつけたお椋はお茶の美味しさに思わず声を上げて言うと雌の兎は照れ臭そうに前足で耳をかいた。

「すごく美味しい!」
≪あらぁ、照れちゃうわ…≫
≪ミカの茶は美味いからなぁ、餡子やたれを作るのも美味いんだ!自慢のかみさんだぞ!≫
≪マンも団子と餅を作るの上手でしょうに…お団子お気に召して頂けたかしら?素敵な厨房をお借りさせて頂いたお礼の代わりのお団子だったのだけど…≫

ニコニコと目を細めて笑う二羽に二人はやはりあの団子はこの二羽が作ったのかと確信し、お椋は美味しかったと素直に告げれば二羽は満足そうに笑みの様な顔を返した。
菊二はマンと呼ばれた雄の方の兎の前足を握ると意を決した顔で告げる。

「弟子にしてください!」
≪…驚いた、突然どうしたんだい?≫

マンと呼ばれた雄の兎は突然の申し出に驚くが握られた手を解くことはせず冷静に聞き、ミカと呼ばれた雌の兎も目を瞬かせて驚いた顔をする中でお椋と菊二は今抱えている事情を話した。
師である父が急死し技術を完全に引き継ぐ前に店を開けることとなってしまったこと、自分の団子には何かが足りずずっと悩んでいることを。
二羽は二人の事情を真摯に聞くと顔を見合わせて頷いた。

≪そういうことなら任せな!ご主人の力になるのも俺らの役目だ≫
≪えぇ、私も力になりますよ≫

二羽の返答に二人は手を取り喜ぶ中で二羽は自己紹介を忘れてたと言って雄の兎が杵を持つ。

≪俺はマン、主に団子や餅をつくのは俺の仕事だ…でこっちが≫
≪妻のミカです、私は夫がついた餅やお団子のたれや餡子等を作るのが私の主な役目です≫
≪≪よろしくお願いしますよ、ご主人様方≫≫

ぺこりと頭を下げる二羽にこちらこそと頭を下げた二人も二羽に自己紹介をした。
二人にとっては師匠のような兎になるのだから丁寧に。

「俺は菊二、こっちは妻のお椋です」
「よろしくお願いします、先生方…」
≪堅苦しいのはやめてくれよ菊二の旦那、俺らは二人の掛け軸なんだからさ≫

マンはニッと笑うように目を細めると杵を抱えなおすと厨房を指した。

≪まずは菊二の旦那の団子ってのを知りたい、作っておくれよ≫
≪お椋さんはこちらに…私のお茶を気にしていらしたからよければ飲ませて欲しいのです≫
「な、なんか緊張する…」
「俺も、久々に団子を見てもらうから緊張するな…」

二人は二羽に言われた通り団子とお茶をそれぞれ作る。
二羽はじっとその間二人を見ており菊二が作った月見団子を食べ、お椋が入れた茶を飲むと深く頷いた。
その様子に二人が緊張した面持ちで見れば二羽は目を細めてマンは菊二を、ミカはお椋を見た。

≪菊二の旦那、そう怖がらくていいぜ…でも確かに足りないな≫
「う、やっぱり…」
≪原因は練りこみの甘さもあるが蒸し方も少し気になる、あとはもう少し工夫を加えればいい団子になるぜ≫
「本当ですか!?」

≪お椋さんも美味しいお茶だわ、でも入れ方にもう一手間加えればもっと美味しく出来るわよ?≫
「ぜ、是非教えてください!!」

二羽は頷くと胸をぽんっと前足で叩いた。
可愛い仕草だが二人にはすごく頼もしく見えたのであった。

≪餅や団子は兎に任せな!日本一の団子作ろうぜ!≫
≪さぁ、これから頑張りましょう!覚えることはいっぱいですよ!≫






数日後…。
月ノ茶屋には行列が出来ていた。

「うまいなぁ!お茶もうまい!」
「みたらしのたれが絶品…!何本でもいけちゃうわ!」
「饅頭の皮がもちもちで、餡子が程よい甘みでいい…!おーい!土産にこの饅頭を三人前くれ!」

店に入った客達は全員が団子や餅を美味い美味いと笑顔で食し、茶を飲むと至福の顔で食べ進める。
それを見た店先の客達は今か今かと食す時を待ちながら美味そうな団子に目を輝かせた。

「はい準備しますので少々お待ちを!あなた、こし餡のお饅頭をお持ち帰りですって!」
「おう!っと、お椋すまないがみたらしのたれ追加で作ってくれ!量が少なくなってきた!」
「了解!…お銀ちゃん!配膳と注文お願いしていい?ちょっと厨房で作ってくるわ!」
「はい!任せてください!」

厨房の中に入ったお椋はここ最近本当に忙しいと笑みをこぼしながら最近の出来事を思い出していた。




あの日から兎達にしごかれて生まれ変わった二人は三日もするとその成果を出していた。
菊二の団子が桁違いに美味くなっただけでなく、妻のお椋が入れるお茶やつくる餡子やたれが絶品であるとすぐに噂になったのだ。

菊二が腕を上げたという噂を確かめるため菊二の父の兄弟弟子であり菊二とお椋の事を心配していた隣町のお茶屋の旦那 利角りかくはその噂を聞くと弟子に店を任せすぐに月ノ茶屋に訪れた。
店の中は変わりはないようだと見渡す中でお椋がお茶を運んできた際に利角であると気づき明るい笑みを見せた。

「利角のおじさま!お久しぶりです!」
「久しぶりだねお椋ちゃん、噂を聞いて来てみたよ…みたらしもらえるかい?」
「えぇ!あなたー!利角のおじさまがみたらし欲しいですって!」
「え!利角さん!?」

厨房から顔を出した菊二に利角が笑みを浮かべながら手を振れば彼は頭を下げて挨拶する。
粉だらけな手に今団子を作っている最中だと気づくと先に作っておいでと利角は菊二を厨房に戻した。

「菊二坊が腕を上げただけでなくお椋ちゃんの作るたれが絶品と聞いたよ」
「えへへ、実は菊二には団子や餅等の練る作業に専念してもらって私が蜜や餡子を作ることにしたんです」
「へぇ、いいじゃないか…しかしお椋ちゃんこのお茶本当に美味しいよ…いい香りだ」

お椋の入れたお茶の香りを楽しみ、ゆっくり味わいながら飲む利角にお茶はおかわり自由ですからゆっくりしてくださいねー!と他の客に呼ばれ利角のいた席を離れるお椋。
利角はお椋がたれも担当するならば接客用の従業員を雇とう様に後で助言しようと決めているとお椋が他の客に配膳している三色団子を見て感嘆の息を漏らした。

「(これは美味そうな団子じゃないか、それに色も香りもいいな…みたらしが楽しみだ)」

美味い!頬が落ちそう!だと美味しさにはしゃぐ客達に利角は久々に待っている間に団子が楽しみという気持ちになったと気づく、弟子を持つ身になって久しい感覚に思わず笑みが出てしまう。
そんな時にちょうどよくみたらし団子の皿を手に菊二がやってきた。香ばしい団子と鼻を擽るみたらしの香りに利角は静かに目を輝かせる。

「お待たせしました、みたらしです!」
「お!待ってたよ!…ほぉ、これは見事な」

目の前に置かれた団子の程よい焦げと美しいみたらしの色に利角は涎が口の端から出そうになるのを耐えた。
そして緊張の面持ちの菊二の前でゆっくりと団子を口に入れて目をカッと見開いた。

「美味い…!」

団子の香ばしい香りとみたらしの香りが鼻を抜け、団子の柔らかくも弾力のある噛み心地、団子に絡まったたれが舌ざわりなめらかで絶妙な美味さを作りだしていた。
久々の美味い団子に利角は時々笑みを漏らしながら団子を食べ進め、その合間にお茶を飲むと団子の甘さがお茶の美味さをまた引き出してまたも目を見開いて驚いた。
これは美味いと噂になるはずだと利角は確信しながらぺろりとみたらしを平らげると満足だとお茶を啜った。

「美味かったよ菊二坊…!こんなに美味い団子久々に食べた!」
「利角さんに褒められるなんて嬉しいぜ!」
「しかし、聞けば数日でこんなに美味くなったそうじゃないか、さてはいい師匠でも見つかったのかい?」

菊二はえーと…と少し考えると少し誇らしげに笑った。
その視線の先には月と兎の掛け軸があり今日も店の中を優しく月が照らしている。

「月の兎の師匠に教わりました」

近くで聞いていたお椋がくすりと笑う中で利角はこの店の名前が月ノ茶屋と思い出し、月の兎が餅をつくことからかけてるなと菊二に上手い冗談だと笑いを返した。
店の中に飾られた掛け軸の二羽の兎が満足気に目を細めていたことなど知らずに。

その後、利角からお椋も厨房に入るのならば接客用の人を雇うべきだと言われ、早速求人の紙を張りだせば赤色の猫の簪をつけたお銀という娘が求人していると聞いて来たとすぐに訪れた、最初は少しぎこちない動きだったが一日経つとテキパキと働き、すぐにこの店の看板娘になった。

そうして数日の間に美味しいお茶屋として常和の町に広まり客足はどんどん増えていき、今では超人気のお茶屋になったのである。




「お邪魔しますよ」
「いらっしゃいませ!!店内でお茶ですか?」
「いや、今からある家に伺うんですがお茶菓子にここのが欲しくて…おすすめは?」
「みたらしもいいですが今日はこし餡の饅頭が売れてますよ!」

邦吾は少し考えるとその饅頭を二袋欲しいと伝え店中にあるお持ち帰りの客用に置かれた座席に案内されて座った。
彼は店の中にあの掛け軸があることに気づくが…そこには二羽の兎がいるはずなのに月しか描かれていないためぎょっと目を見開いて驚いた。

「兎がいない…?」

どういうことだと思っていると店の女将のお椋が二つの饅頭が入った包みと小さな包みを二つずつ持ってきた。

「お待たせしました花衣屋さん!こし餡の饅頭二袋です…それとお頼みいいでしょうか?」
「はい?」
「これをこの饅頭の届け先に渡してほしいと…そして婆と新緑に渡してほしい伝えてとのことでして…」
「どういう…それにどうして私が花衣屋だと?」

今の自分は花衣屋の法被は着ていないのにと問えばお椋は一度厨房を振り返ると誰かと確認するように頷き内緒話をするように邦吾に包みを渡しながら話した。

「うちの兎達があなたが花衣屋の邦吾さんだと…きっと姉弟にあうから渡してほしいと言われたのです…」
「やっぱりあの掛け軸か…」
「邦吾さんは慣れてるだろうからと…あのもしなんですが…」
「はい、なんでしょう?」

お椋はまた掛け軸を見ると邦吾に向き直る。
彼に向けた顔は楽しさと嬉しさと幸福に満ちた笑顔だった。

「もしこの掛け軸を描かれた職人さんにお会いしたら伝えてほしいんです…貴方の描いた兎は幸福を呼ぶ兎です、と」

邦吾はこの言葉を聞くだけで理解した。
また天野宗助の作った作品は人を変えたのだと。そして福をまた招いたのだと。
このお椋の笑顔を見れば今幸せなのだとはっきりと表していた。

「はい、必ずお伝えします」

そう答えた邦吾にお椋は頭下げてまた笑顔を返したのであった。




邦吾は饅頭の包みと渡された小包を風呂敷に入れると店を出て、次の目的地に行くために武家屋敷の並ぶ通りへと進んでいった。
次はあの優しいお婆さんの掛け軸の持ち主の家へと向かうために。



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Wiki 天野宗助 作品

名品 掛け軸 月兎
天野宗助が描いた掛け軸 始まりの三作の一つの作品。
現在 老舗和菓子屋 月ノ茶屋 所蔵。

老舗和菓子屋 月ノ茶屋にて代々受け継がれてきた掛け軸であり天野宗助が絵師として初めて世に出した掛け軸の一つ。
満月が浮かぶすすきの野原に二羽の兎が杵と臼で餅をついている姿が描かれている。

この掛け軸を所持した二代目月ノ茶屋店主は二羽の兎から和菓子の極意を伝授され、店を繁盛させた。
この二羽の兎が未熟な職人を気にいると団子の極意を伝えるとされ、和菓子職人の間では神として祀られることもある。
二羽はそれぞれ雄をまん、雌を三日みかという名で、満が餅や団子を三日が餡や団子のたれ等を人に伝えるとされている。

頑張る人間に差し入れで団子や餅を置いていく等人が好きな掛け軸としての逸話がある。
※店主の娘が受験勉強の為に深夜まで頑張って勉強をしていると机の上に桜餅と温かいお茶が置かれていたという。


稀に二羽が掛け軸の中にいない時があるそうでその度に従業員を驚かせるという逸話がある。
いない時は慈愛の母・渓谷窓の中にいることがあり所有者同士が連絡を取り合って所在の確認が行われる。
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