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暗い過去 3
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病院の中に一歩入った途端、さっきまでの静けさはなくなっていた。
小さい音ではあったが、複数人の足音とキャスターのコロコロという音が耳に入った。ストレッチャーに乗せられた月野さんがICUから移動しているんだ、そう直感して音がする方向へ走っていくと、彼女が横たわっているストレッチャーが角を曲がっていく姿がかろうじて確認できた。
距離があったのでしっかりと確認することはできなかったが、彼女の頭部から伸びた綺麗な黒髪は見間違いようがなかった。
時間で表すと1秒もなかったかも知れないが、写真のようにはっきりろ脳裏に刻まれた。
自分にとって月野遥という存在は、もともと遠い存在だった。
それがキャンプをきっかけに距離が縮まり、昨日には隣にいた。
ずっと彼女はと隣にいてくれるかも知れない。
そんな幻想を抱いたが、それはやはり幻想だった。
ストレッチャーに乗せられた彼女は遠い存在に戻った気がした。
いや、一度距離が近づいた分、彼女は以前よりずっと離れていってしまったんだ。
「月野さんはどうなったんですか?大丈夫だったんですか?」
ICUから遅れて出てきた若い看護師を掴まえた。
「うん、大丈夫よ。でも今はまだ待ってあげて」
看護師さんは眼を細めて微笑んだ。
「本当に……、本当ですか?」
「本当よ」
「本当に……」
「……本当よ。彼女は強い娘だった」
自分に言い聞かせるように同じ言葉を繰り返すバカな中学生に、看護師さんは優しく付き合ってくれた。
週があけて月曜日になると、地元のニュースでも取り上げられたせいか、学校で今回の事故のことを知らない人はいない様子で、教室はいつもよりざわついていた。
俺もその雰囲気に押されて落ち着かなくなってきた。
席に着くと真鍋さんが近づいてきた。
「遥の調子だいぶ良くなってきたみたい。まだ面会はできないみたいだけど。
医者の話だと早ければ今週末には面会できるんじゃないか、って」
「良かった、じゃあ次の休みには見舞いの品を買っていかないとね」
俺と佐々木、真鍋さんは昨日、つまり日曜日も病院に行ったが月野さんと面会することができなかった。
俺達が帰ろうとした時に、病院の出入口で様々な果物が盛られた見舞い品を持った馬場先生とばったり会った。
「ああ……。月野さんの調子はどうだ?」
「まだ面会はできないみたいです」
真鍋さんが声を落した。
「そうか……。じゃあ看護師さんに言って、これだけでも渡してもらうか」
先生は果物を見つめて呟いた。
「メロンはみんなで食べましょう」
先生の口真似をした佐々木がメロンに手を伸ばしたところで真鍋さんが頭を叩く。
「いって、何すんだよ」
「バカなこと言ってないの」
久しぶりに笑いが起きた。場を和まそうとしてくれたのだろう。
「今は待つことしかできないけど、月野さんの早い回復を祈るとしよう。
先生は担当の医師に月野さんの体調について訊いてくるから……、真鍋も一緒に来てくれる か?」
先生の言葉に真鍋さんが返事をすると、二人は病院に戻り、俺と佐々木は先に帰宅することにした。
そして今日、担当医師から月野さんの最新情報を得た真鍋さんが今週末にでも見舞いに行くことを提案したという訳だ。
「でもね、やっぱ両親を失った精神的ショックが大きいらしくて……。
医師が話しかけても沈みこんだ様子で、あまり話せないみたい。
見舞いは遥が落ち着いてからの方がいいかも」
「……そうだね。
すぐに見舞いに行っても月野さんを困らせるだけかもね。
もう少し時間を空けよう」
「うん、変なこと言ってごめんね」
「いいや、真鍋さんの言うことはもっともだ。教えてくれてありがとね」
「ううん……、あと、みんな遥のことを興味本位で知りたがってる人も多いから周りに
は言わない方がいいと思う。
先生と話す時も気を付けてね、誰が訊いてるか分からないから。
って言っても私と同じ情報しか持ってないけどね」
真鍋さんはイタズラっぽい顔で舌を出した。
「本当に良かったな」
いつの間にか佐々木が真鍋さんの隣に立っていた。
小さい音ではあったが、複数人の足音とキャスターのコロコロという音が耳に入った。ストレッチャーに乗せられた月野さんがICUから移動しているんだ、そう直感して音がする方向へ走っていくと、彼女が横たわっているストレッチャーが角を曲がっていく姿がかろうじて確認できた。
距離があったのでしっかりと確認することはできなかったが、彼女の頭部から伸びた綺麗な黒髪は見間違いようがなかった。
時間で表すと1秒もなかったかも知れないが、写真のようにはっきりろ脳裏に刻まれた。
自分にとって月野遥という存在は、もともと遠い存在だった。
それがキャンプをきっかけに距離が縮まり、昨日には隣にいた。
ずっと彼女はと隣にいてくれるかも知れない。
そんな幻想を抱いたが、それはやはり幻想だった。
ストレッチャーに乗せられた彼女は遠い存在に戻った気がした。
いや、一度距離が近づいた分、彼女は以前よりずっと離れていってしまったんだ。
「月野さんはどうなったんですか?大丈夫だったんですか?」
ICUから遅れて出てきた若い看護師を掴まえた。
「うん、大丈夫よ。でも今はまだ待ってあげて」
看護師さんは眼を細めて微笑んだ。
「本当に……、本当ですか?」
「本当よ」
「本当に……」
「……本当よ。彼女は強い娘だった」
自分に言い聞かせるように同じ言葉を繰り返すバカな中学生に、看護師さんは優しく付き合ってくれた。
週があけて月曜日になると、地元のニュースでも取り上げられたせいか、学校で今回の事故のことを知らない人はいない様子で、教室はいつもよりざわついていた。
俺もその雰囲気に押されて落ち着かなくなってきた。
席に着くと真鍋さんが近づいてきた。
「遥の調子だいぶ良くなってきたみたい。まだ面会はできないみたいだけど。
医者の話だと早ければ今週末には面会できるんじゃないか、って」
「良かった、じゃあ次の休みには見舞いの品を買っていかないとね」
俺と佐々木、真鍋さんは昨日、つまり日曜日も病院に行ったが月野さんと面会することができなかった。
俺達が帰ろうとした時に、病院の出入口で様々な果物が盛られた見舞い品を持った馬場先生とばったり会った。
「ああ……。月野さんの調子はどうだ?」
「まだ面会はできないみたいです」
真鍋さんが声を落した。
「そうか……。じゃあ看護師さんに言って、これだけでも渡してもらうか」
先生は果物を見つめて呟いた。
「メロンはみんなで食べましょう」
先生の口真似をした佐々木がメロンに手を伸ばしたところで真鍋さんが頭を叩く。
「いって、何すんだよ」
「バカなこと言ってないの」
久しぶりに笑いが起きた。場を和まそうとしてくれたのだろう。
「今は待つことしかできないけど、月野さんの早い回復を祈るとしよう。
先生は担当の医師に月野さんの体調について訊いてくるから……、真鍋も一緒に来てくれる か?」
先生の言葉に真鍋さんが返事をすると、二人は病院に戻り、俺と佐々木は先に帰宅することにした。
そして今日、担当医師から月野さんの最新情報を得た真鍋さんが今週末にでも見舞いに行くことを提案したという訳だ。
「でもね、やっぱ両親を失った精神的ショックが大きいらしくて……。
医師が話しかけても沈みこんだ様子で、あまり話せないみたい。
見舞いは遥が落ち着いてからの方がいいかも」
「……そうだね。
すぐに見舞いに行っても月野さんを困らせるだけかもね。
もう少し時間を空けよう」
「うん、変なこと言ってごめんね」
「いいや、真鍋さんの言うことはもっともだ。教えてくれてありがとね」
「ううん……、あと、みんな遥のことを興味本位で知りたがってる人も多いから周りに
は言わない方がいいと思う。
先生と話す時も気を付けてね、誰が訊いてるか分からないから。
って言っても私と同じ情報しか持ってないけどね」
真鍋さんはイタズラっぽい顔で舌を出した。
「本当に良かったな」
いつの間にか佐々木が真鍋さんの隣に立っていた。
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