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加害者家族と被害者家族の世界。
2 伊藤 叶子。
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意外にも、任期確認のメールをして直ぐに、本当に直ぐに組織から接触が有った。
《夜分遅くに失礼致します》
ドアスコープから覗くと、見慣れた姿が。
報告係と呼ばれ、自らもそう名乗る女。
「どうぞ」
《お邪魔致します》
この女が俺を救ったとも言える。
土手で泣く俺に声を掛け、ココでの罪の償い方を教えてくれた。
だが、全く年を取らない。
「アンタは年を取らないんだな」
《ぁあ、パブリックドメインですから》
「は?」
《それで、任期についてですが、特に決まっておりません。と言うかそもそもアナタが選んだ道、コレからもアナタが選んで良いんですよ》
「俺は、用無しになったのか」
《いえ、もしココで生きるのなら、そうした理屈も有る。我々はそう提示しただけ、現にアナタを脅してはいないかと》
「確かに、けど」
《愚か者には罰を、賢き者には救いの手を、それが我々の考えですから》
「俺は、本当に賢い方なんだろうか」
《無知の知、ですね》
「本当に、許されたんでしょうか」
《アナタは許されたいのでしょうか》
俺は。
「夏休みの後には、ソッチに行ける事になった」
《本当に?》
「あ、冗談だったなら」
《違う違う、本当に来てくれるの?》
「あぁ、嫌で無ければ」
《勿論、勿論嫌じゃない》
嬉しい、また一緒に居られる。
そう思って喜んでいたのは、私だけだったのか、浮かれ過ぎていたのか。
思い返せば、彼はあまり嬉しそうでは無かった。
けれど当時の私は気にしなかった。
お互いの体で相性を確かめ合い、私は彼こそが運命の番だと確信し、彼の初めてが私と言う事があまりにも嬉しくて。
だから、ただ恥ずかしさや困惑から素直に受け入れられないだけじゃないかと、私はそう思い込んでしまっていた。
【あぁ、叶子さん、どうした?】
《あんまり連絡が無いから、どうしてるのかなと思って》
【いや、特には。引き継ぎは順調だけれど、ソッチで何か有った?】
彼は本当に、全く誰とも付き合いもせずに過ごしていた、だからこそマメに連絡を取り合うと言う感覚が無いのだと。
私は、彼の罪悪感を甘く見ていた。
《ううん、大丈夫。ただ、1日1回は連絡が欲しいな、写真だけでも良いし。何も無いと、少し不安で》
【すまん、悪かった、連絡する】
《ごめんなさい、我儘を言って、無理しないでね。アナタの健康が1番だから》
【丈夫だから大丈夫、ソッチこそ体調に気を付けて】
《うん、じゃあね》
【じゃあ、また】
思えば元夫は、それなりに慣れていた。
言わなくても連絡はくれたし、逆に私から連絡が無いと電話をしてくれた。
元夫はそれなりの付き合いをし、別れ、私と結婚し運命の相手に出会った。
【メッセージを受信しました。】
彼がクソみたいな場所だと言っていた地区は、私には天国だった。
彼と過ごした5日間は、本当に楽しかった。
彼のいつも行く食堂、いつものドライブルート、いつもの景色。
どれもこれも私には新鮮で、彼と居られる事が楽しくて、美しく見えた。
そして直ぐに送られて来た画像は、小さなアマガエル。
自販機の硬貨を入れる場所に入る、本当に小さなアマガエル。
そしてメッセージには、ココに来たばかりの頃に遭遇した、と。
私が許さなかったからこそ、彼が閉じ込められていた場所、償いの為にと甘んじていた場所。
彼には、普通の、私の様な人生すら無かった。
私が、取り上げた。
手紙を出せば、それこそ電話でもメールでも何でも良い、引っ越すまでの間に時間は有った。
なのに私は、自分の傷だけを。
私は、何て無神経だったんだろうか。
私は、彼に何て事を。
【ごめんなさい】
「何、叶子さん、急に」
【ずっと、嫌な場所に敢えて居たんだよね、私のせいで】
「いや、君のせいでは」
【私は被害者ぶって君に手紙の返事すら出さなかった、そのまま君の事は忘れようとして恋愛して、結婚して子供まで産んで。でも君は、私が来なかったら、私が許さなかったらずっと1人だったんだよね】
「いや、確かに性行為はした事は無いけど」
【誰かと付き合った事も無いよね】
何でバレた。
「いやー」
【良いの、ごめんね。君も被害者なのに、本当にごめんね】
コレも、罰なんだろうか。
俺は、彼女に苦しめられるつもりで付き合っている面が有る。
初恋が叶った喜びと、コレから突き落とされるかも知れない恐怖の中、全てを受け入れるつもりだった。
けれど、コレは想定外だ。
「いや、コレは俺の勝手な」
【でも、そうさせたのは私だから、ごめんなさい】
俺は親の事も有り、恋愛には全く興味が湧かなかった。
それこそ初恋相手でもある彼女の事を思うだけ、今はどうしているのか、今はどう思っているのか。
ただ、それだけ。
けれどその間に彼女は立ち直り、それなりに恋愛をし、お見合いとは言えど結婚し出産までした。
それが、それを俺が何も経験していない事に罪悪感を覚えるのは、それだけ彼女はそれなりの幸せを感じていたからこそ。
俺は彼女の中で、可哀想な大人になったらしい。
どうすれば良いんだろうか。
どう、答えるべきか。
「勉強や仕事にも忙殺されていた時期は有るし、あまりに気にしないで欲しい、と言うのは」
不正解だったらしい。
【ごめん、なさい】
「正直、俺は加害者でも無いし被害者でも無いと思ってるんだ。親からの愛情はそれなりに感じていたし、コッチに来てから確かにギクシャクしていたけれど、特別不幸だと思った事は無いよ」
世の中には、それこそ殺人鬼の子供だって居る、俺は俺を底辺だとは思っていない。
それに人は苦痛程、慣れようとする習性が有るし、実際にかなり慣れた。
ただ、弊害としては酷く人を見下す様になり、疑い深くもなった。
この結果は、単なる順応。
適者生存、死は逃げだと思い健康に気を付けていた事も、知れば罪悪感になるんだろうな。
【ごめんなさい、今更で、ごめんなさい】
「君に償いたい気持ちは有っても、恨む気は無いんだ本当に、今も全く恨みは無い。だからあまり気にしないで欲しいんだけど、難しいからこそ、君はそうなっているんだよね」
【私の方こそ償いたい】
「それは、うん、お互いに捨て去ろう。あまりに健全じゃなさ過ぎる」
【暫く、距離を置きたい】
距離を置く、とは一体。
この場合は、連絡を暫くしない事、だろうか。
なら俺の方は全く問題が無いにしても、いや、ココは呑むべきなのか。
いや、一応は確認してから、引き留めるか。
「それは、メールも暫くは無しにと言う事なんだろうか」
【うん】
コレは、試されているんだろうか。
「写真も」
【少し前までは、嬉しかった。でも、画像を見ると、頑張って探した良い部分なのかなって】
地味過ぎたか。
アマガエルだの、夕焼けだの雲海だの。
と言うか、そもそも俺に大して友人知人が居ない事も気にしていそうだな。
あの民度だからこそなんだが。
結局それも、彼女の罪悪感を高める事に繋がってしまうし。
あぁ、詰んでるなコレは。
「撮っておくよ、次に会った時に見て貰えるか分からないけど。待ってる、連絡」
【うん、ごめんね】
「じゃあ、また」
【うん、またね】
人と付き合うのは、こんなに頭を使うのか。
良く気軽にホイホイ付き合えるな、アイツら。
凄いな。
いや、確かに、少し羨ましいかも知れない。
もし俺が親の因果が子に報う、なんて言葉を知りもせず理解もしなかったら、適当に付き合って何となく結婚してたかも知れない。
親は親、子は子。
親の借金すら背負う必要は無いのに、俺がガキの頃の親の悪行は、本当ならさして気にする必要は無い筈だ。
傍観者ですら無い、本当に無関係な血縁者なのだ、と。
ただ、俺は、親を罰する為にもと敢えて不幸な中に身を置いたが。
少なくとも、母親には伝わら無かった。
そしてあの父親でも、伝わってるかどうか。
結局は自己満足だ。
もう、良いだろう。
どの道ココからは出よう。
『会いたかったよ義兄さん』
「遂君、それはちょっと、気が早いんじゃないかな」
『まだ連絡来ないんだ』
「色々有るだろうし、待つしか無いからね」
『姉さんがごめんね、いきなり来て呼び戻そうとして距離を置きたいだなんて』
「いや、良い機会にもなったし。色々有ったんだし、仕方無い」
彼がココを離れる前に、どうしてもココに来たかった。
彼が過ごした部屋、景色、匂い。
『荷物、少ないね』
「ぁあ、処分したりもしたからね」
『嘘だね、姉さんが何も無いって嘆いてたし』
「ほら、実家が有るから」
『僕には本当の事を言ってくれても良いのに、それとも姉さんに返事を促さなかった僕が許せない?』
「いやー、本当だよ、実家の物も処分したから」
信用されていない。
疑い深い。
だからこそ彼は優しい。
優しくて賢い、僕の初恋の人。
『ごめんね、邪魔しに来ただけになった』
「いや、人に見られてる方が捗るよ。人間、1人だとダラダラするもんだしな。つかさ、水泳はどうよ、まだやってんの」
『それでメシ食ってるからね』
「マジかー、凄いな、俺は長続きしないから」
彼と知り合ったのは水泳教室。
体力が有り余る僕の為にと、親が見付けて来た習い事、そこでウチの父親は目を付けられた。
少し人付き合いが苦手な、全くモテた事が無いβ。
僕もβだけど、そこそこモテる。
それは女にも、男にも。
『モテる為』
「はいはい、興味無いんだろ、どっちにも」
『いや、実は男が好きなんだ』
「あぁ、βだしまだ可能性有るから良いんじゃないか。何だよ、言い辛い事でも、有るか」
『母さんに知られたら少し悲しむかなと思って、それに相手がね、居ないとだし』
「ココの何が嫌って、気軽にΩ化して、そのクセ思ってたのと違うとか言って大騒ぎするバカが居る所なんだけど。まぁ、人生の半分はココで過ごしたし、愛着も有るには有るんだよな」
『旅行もしなかったって本当?』
「念の為の蓄財だ蓄財、結婚資金だな」
『万が一にも賠償を求められたら渡そうと思ってたんだ、優しいなぁ』
「はいはい、勝手にそう思っててくれ、俺に悪魔の証明は不可能だしな」
『俺も思い出の場所に行きたいな、それかバー』
「ゲイバーは流石に言った事は無いぞ」
『無いんだ、面白いし酒安いのに』
特別な場所でなら、度数の低いお酒は制限付きだけれど安く提供される。
正直になるには、人と人が深く知り合うにも潤滑剤が必要となる。
だからこそ式場やゲイバー、お見合い会場の一部でもお酒が出る場合が多い。
「何かなぁ、興味無いのが行って警戒させんのもなーと思ってな」
『じゃあ一緒に行こうか』
「行かねぇよ面倒臭い、向こうでなら付き合ってやるから、ココでは普通のおっさんでいさせて」
『しょうがないなぁ』
「あ、アレだ、沖縄料理屋行くか」
『良いね、行こう』
「イカスミ汁がクソ旨いんだ、本場の味かは知らんけどな」
『じゃあ新婚旅行は沖縄かな』
「行くのがな、一苦労だけどな」
緊急脱出が難しい乗り物は、カビの影響分類別に便が決められていて高い。
βなら安いし本数も多い。
けれどαやΩは、Σが同乗しなければ大型客船は勿論、飛行機にすらも乗れない。
ただでさえ不便なのに、彼は敢えて更に行動を自粛していた。
幸福を得ない様に。
誰とも関わらない様に。
『もし、万が一にも結婚したらお祝いで少し出すよ。ただ、ついでに』
「同行させろって?」
『勿論、別行動するからさ、良いでしょ』
「まぁ、君の姉さんが許可したらな」
もしも僕の予想通りなら、態々邪魔をしなくても、2人は上手くいかない。
《夜分遅くに失礼致します》
ドアスコープから覗くと、見慣れた姿が。
報告係と呼ばれ、自らもそう名乗る女。
「どうぞ」
《お邪魔致します》
この女が俺を救ったとも言える。
土手で泣く俺に声を掛け、ココでの罪の償い方を教えてくれた。
だが、全く年を取らない。
「アンタは年を取らないんだな」
《ぁあ、パブリックドメインですから》
「は?」
《それで、任期についてですが、特に決まっておりません。と言うかそもそもアナタが選んだ道、コレからもアナタが選んで良いんですよ》
「俺は、用無しになったのか」
《いえ、もしココで生きるのなら、そうした理屈も有る。我々はそう提示しただけ、現にアナタを脅してはいないかと》
「確かに、けど」
《愚か者には罰を、賢き者には救いの手を、それが我々の考えですから》
「俺は、本当に賢い方なんだろうか」
《無知の知、ですね》
「本当に、許されたんでしょうか」
《アナタは許されたいのでしょうか》
俺は。
「夏休みの後には、ソッチに行ける事になった」
《本当に?》
「あ、冗談だったなら」
《違う違う、本当に来てくれるの?》
「あぁ、嫌で無ければ」
《勿論、勿論嫌じゃない》
嬉しい、また一緒に居られる。
そう思って喜んでいたのは、私だけだったのか、浮かれ過ぎていたのか。
思い返せば、彼はあまり嬉しそうでは無かった。
けれど当時の私は気にしなかった。
お互いの体で相性を確かめ合い、私は彼こそが運命の番だと確信し、彼の初めてが私と言う事があまりにも嬉しくて。
だから、ただ恥ずかしさや困惑から素直に受け入れられないだけじゃないかと、私はそう思い込んでしまっていた。
【あぁ、叶子さん、どうした?】
《あんまり連絡が無いから、どうしてるのかなと思って》
【いや、特には。引き継ぎは順調だけれど、ソッチで何か有った?】
彼は本当に、全く誰とも付き合いもせずに過ごしていた、だからこそマメに連絡を取り合うと言う感覚が無いのだと。
私は、彼の罪悪感を甘く見ていた。
《ううん、大丈夫。ただ、1日1回は連絡が欲しいな、写真だけでも良いし。何も無いと、少し不安で》
【すまん、悪かった、連絡する】
《ごめんなさい、我儘を言って、無理しないでね。アナタの健康が1番だから》
【丈夫だから大丈夫、ソッチこそ体調に気を付けて】
《うん、じゃあね》
【じゃあ、また】
思えば元夫は、それなりに慣れていた。
言わなくても連絡はくれたし、逆に私から連絡が無いと電話をしてくれた。
元夫はそれなりの付き合いをし、別れ、私と結婚し運命の相手に出会った。
【メッセージを受信しました。】
彼がクソみたいな場所だと言っていた地区は、私には天国だった。
彼と過ごした5日間は、本当に楽しかった。
彼のいつも行く食堂、いつものドライブルート、いつもの景色。
どれもこれも私には新鮮で、彼と居られる事が楽しくて、美しく見えた。
そして直ぐに送られて来た画像は、小さなアマガエル。
自販機の硬貨を入れる場所に入る、本当に小さなアマガエル。
そしてメッセージには、ココに来たばかりの頃に遭遇した、と。
私が許さなかったからこそ、彼が閉じ込められていた場所、償いの為にと甘んじていた場所。
彼には、普通の、私の様な人生すら無かった。
私が、取り上げた。
手紙を出せば、それこそ電話でもメールでも何でも良い、引っ越すまでの間に時間は有った。
なのに私は、自分の傷だけを。
私は、何て無神経だったんだろうか。
私は、彼に何て事を。
【ごめんなさい】
「何、叶子さん、急に」
【ずっと、嫌な場所に敢えて居たんだよね、私のせいで】
「いや、君のせいでは」
【私は被害者ぶって君に手紙の返事すら出さなかった、そのまま君の事は忘れようとして恋愛して、結婚して子供まで産んで。でも君は、私が来なかったら、私が許さなかったらずっと1人だったんだよね】
「いや、確かに性行為はした事は無いけど」
【誰かと付き合った事も無いよね】
何でバレた。
「いやー」
【良いの、ごめんね。君も被害者なのに、本当にごめんね】
コレも、罰なんだろうか。
俺は、彼女に苦しめられるつもりで付き合っている面が有る。
初恋が叶った喜びと、コレから突き落とされるかも知れない恐怖の中、全てを受け入れるつもりだった。
けれど、コレは想定外だ。
「いや、コレは俺の勝手な」
【でも、そうさせたのは私だから、ごめんなさい】
俺は親の事も有り、恋愛には全く興味が湧かなかった。
それこそ初恋相手でもある彼女の事を思うだけ、今はどうしているのか、今はどう思っているのか。
ただ、それだけ。
けれどその間に彼女は立ち直り、それなりに恋愛をし、お見合いとは言えど結婚し出産までした。
それが、それを俺が何も経験していない事に罪悪感を覚えるのは、それだけ彼女はそれなりの幸せを感じていたからこそ。
俺は彼女の中で、可哀想な大人になったらしい。
どうすれば良いんだろうか。
どう、答えるべきか。
「勉強や仕事にも忙殺されていた時期は有るし、あまりに気にしないで欲しい、と言うのは」
不正解だったらしい。
【ごめん、なさい】
「正直、俺は加害者でも無いし被害者でも無いと思ってるんだ。親からの愛情はそれなりに感じていたし、コッチに来てから確かにギクシャクしていたけれど、特別不幸だと思った事は無いよ」
世の中には、それこそ殺人鬼の子供だって居る、俺は俺を底辺だとは思っていない。
それに人は苦痛程、慣れようとする習性が有るし、実際にかなり慣れた。
ただ、弊害としては酷く人を見下す様になり、疑い深くもなった。
この結果は、単なる順応。
適者生存、死は逃げだと思い健康に気を付けていた事も、知れば罪悪感になるんだろうな。
【ごめんなさい、今更で、ごめんなさい】
「君に償いたい気持ちは有っても、恨む気は無いんだ本当に、今も全く恨みは無い。だからあまり気にしないで欲しいんだけど、難しいからこそ、君はそうなっているんだよね」
【私の方こそ償いたい】
「それは、うん、お互いに捨て去ろう。あまりに健全じゃなさ過ぎる」
【暫く、距離を置きたい】
距離を置く、とは一体。
この場合は、連絡を暫くしない事、だろうか。
なら俺の方は全く問題が無いにしても、いや、ココは呑むべきなのか。
いや、一応は確認してから、引き留めるか。
「それは、メールも暫くは無しにと言う事なんだろうか」
【うん】
コレは、試されているんだろうか。
「写真も」
【少し前までは、嬉しかった。でも、画像を見ると、頑張って探した良い部分なのかなって】
地味過ぎたか。
アマガエルだの、夕焼けだの雲海だの。
と言うか、そもそも俺に大して友人知人が居ない事も気にしていそうだな。
あの民度だからこそなんだが。
結局それも、彼女の罪悪感を高める事に繋がってしまうし。
あぁ、詰んでるなコレは。
「撮っておくよ、次に会った時に見て貰えるか分からないけど。待ってる、連絡」
【うん、ごめんね】
「じゃあ、また」
【うん、またね】
人と付き合うのは、こんなに頭を使うのか。
良く気軽にホイホイ付き合えるな、アイツら。
凄いな。
いや、確かに、少し羨ましいかも知れない。
もし俺が親の因果が子に報う、なんて言葉を知りもせず理解もしなかったら、適当に付き合って何となく結婚してたかも知れない。
親は親、子は子。
親の借金すら背負う必要は無いのに、俺がガキの頃の親の悪行は、本当ならさして気にする必要は無い筈だ。
傍観者ですら無い、本当に無関係な血縁者なのだ、と。
ただ、俺は、親を罰する為にもと敢えて不幸な中に身を置いたが。
少なくとも、母親には伝わら無かった。
そしてあの父親でも、伝わってるかどうか。
結局は自己満足だ。
もう、良いだろう。
どの道ココからは出よう。
『会いたかったよ義兄さん』
「遂君、それはちょっと、気が早いんじゃないかな」
『まだ連絡来ないんだ』
「色々有るだろうし、待つしか無いからね」
『姉さんがごめんね、いきなり来て呼び戻そうとして距離を置きたいだなんて』
「いや、良い機会にもなったし。色々有ったんだし、仕方無い」
彼がココを離れる前に、どうしてもココに来たかった。
彼が過ごした部屋、景色、匂い。
『荷物、少ないね』
「ぁあ、処分したりもしたからね」
『嘘だね、姉さんが何も無いって嘆いてたし』
「ほら、実家が有るから」
『僕には本当の事を言ってくれても良いのに、それとも姉さんに返事を促さなかった僕が許せない?』
「いやー、本当だよ、実家の物も処分したから」
信用されていない。
疑い深い。
だからこそ彼は優しい。
優しくて賢い、僕の初恋の人。
『ごめんね、邪魔しに来ただけになった』
「いや、人に見られてる方が捗るよ。人間、1人だとダラダラするもんだしな。つかさ、水泳はどうよ、まだやってんの」
『それでメシ食ってるからね』
「マジかー、凄いな、俺は長続きしないから」
彼と知り合ったのは水泳教室。
体力が有り余る僕の為にと、親が見付けて来た習い事、そこでウチの父親は目を付けられた。
少し人付き合いが苦手な、全くモテた事が無いβ。
僕もβだけど、そこそこモテる。
それは女にも、男にも。
『モテる為』
「はいはい、興味無いんだろ、どっちにも」
『いや、実は男が好きなんだ』
「あぁ、βだしまだ可能性有るから良いんじゃないか。何だよ、言い辛い事でも、有るか」
『母さんに知られたら少し悲しむかなと思って、それに相手がね、居ないとだし』
「ココの何が嫌って、気軽にΩ化して、そのクセ思ってたのと違うとか言って大騒ぎするバカが居る所なんだけど。まぁ、人生の半分はココで過ごしたし、愛着も有るには有るんだよな」
『旅行もしなかったって本当?』
「念の為の蓄財だ蓄財、結婚資金だな」
『万が一にも賠償を求められたら渡そうと思ってたんだ、優しいなぁ』
「はいはい、勝手にそう思っててくれ、俺に悪魔の証明は不可能だしな」
『俺も思い出の場所に行きたいな、それかバー』
「ゲイバーは流石に言った事は無いぞ」
『無いんだ、面白いし酒安いのに』
特別な場所でなら、度数の低いお酒は制限付きだけれど安く提供される。
正直になるには、人と人が深く知り合うにも潤滑剤が必要となる。
だからこそ式場やゲイバー、お見合い会場の一部でもお酒が出る場合が多い。
「何かなぁ、興味無いのが行って警戒させんのもなーと思ってな」
『じゃあ一緒に行こうか』
「行かねぇよ面倒臭い、向こうでなら付き合ってやるから、ココでは普通のおっさんでいさせて」
『しょうがないなぁ』
「あ、アレだ、沖縄料理屋行くか」
『良いね、行こう』
「イカスミ汁がクソ旨いんだ、本場の味かは知らんけどな」
『じゃあ新婚旅行は沖縄かな』
「行くのがな、一苦労だけどな」
緊急脱出が難しい乗り物は、カビの影響分類別に便が決められていて高い。
βなら安いし本数も多い。
けれどαやΩは、Σが同乗しなければ大型客船は勿論、飛行機にすらも乗れない。
ただでさえ不便なのに、彼は敢えて更に行動を自粛していた。
幸福を得ない様に。
誰とも関わらない様に。
『もし、万が一にも結婚したらお祝いで少し出すよ。ただ、ついでに』
「同行させろって?」
『勿論、別行動するからさ、良いでしょ』
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