超ポジティブドアマット令嬢~厳しいお言葉を頂けるなんて感謝しか御座いません~

中谷 獏天

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「おはようございます、ご主人様」

 恋は盲目とは、本当らしい。
 アバタもエクボ、お仕着せ姿の彼女は非常に生き生きとし。

 楽しげに、満面の笑みを。

《坊ちゃま、お返事は?》
『見惚れていた、だなんて言い訳は許しませんよ』
「あ、何か有れば直ぐにドレスに戻りますので、ご安心下さい」

『あぁ、おはよう』
「あ、はい、おはようございます」
《では、直ぐにご朝食のご用意を》
『では先ず紅茶をお願い致しますね』

「はい、失礼致します」
『あぁ』

 健気さが可愛らしいと思った事は無かった、だが彼女はどうだろうか。
 健気で可愛らしい。

 健気さが、と言うより寧ろ前向きな。
 そうひたむきさ、だろうか。

 いや、それもそれで。



「何だか、以前の方が柔らかい気がするのですが」

 面白いわ、坊ちゃまが宛てがわれた娘さん。
 察する能力は有るのに、無垢さと前向きさが斜め上の方向に飛んで、坊ちゃまの望まない場所へと落ち着く。

 稀有だわ。
 単なる庶民でも、こうはならないもの。

『好き』
《もう、坊ちゃまの事で悩んでらっしゃるのよ?》

『気にしないで、いきなり令嬢が庶民だなんて、慣れていないだけよ』
「あ、確かにそうですよね、故意なら死罪なんですし」

『そうよ、だから珍しくて戸惑っているんじゃないかしら』
《さぞ複雑でしょうね、書類上と実際は違うのだもの》

「あぁ、私、そこまで周囲と関わりが有りませんでしたから。情報不足でらっしゃったんですね」

 文字が読めないと、ココまで受け取り方が変わるのかしら。
 本当に不思議ね。



《惜しいわね、少し違うの》
「そうなんですか?」

《確かに情報不足は有ったわ、でもね、そこは頭で補うの》
『現場に居ない以上、情報が不足するのは大前提。要するに、まぁ、経験不足ね』

 虐げられていたご令嬢を探る為、私達は時に他家へ潜入したりもしている。
 でも、やっぱり所詮は他人の目。

 とある家では、本当にご令嬢の為に厳しいだけだった。
 そしてとある家では。

「やっぱり、私には庶民の道しか有りませんよね。文字が読めても大変なのに」
『それは家次第よ、私達の様に優秀な者が居れば、アナタの補佐なんてチョロいわ』
《そうね》

「ですが帝国の傘下になるのですから、余力は残すべきですし、そのお力でもっと素晴らしい方をお支えする方が良いのでは?」

 おバカな子なら楽なのよね。
 でも、それだけこの子は滅多な事では揺らがない、と言う事。

『人には得手不得手、向き不向きが有るの』
《坊ちゃまには、寧ろアナタが向いているかも知れないのよ、ね》

 だって、ずっと悶々としてらっしゃるんですもの。
 手放す方向では考えている、と言いながら、ね。



《アナタ、何故なの》

 国の憲兵隊が押し寄せ、私は捕らえられた。
 愛する娘の目の前で。

 本当の娘の前で。

『私は臆病者だった、お前の狂気が恐ろしかった、そして家を守る為だと言い訳をし。娘を犠牲にした』

《昔の事は謝るわ、出産が恐ろしくて、どうにか》
『お前が虐げていた方が、お前の娘だと、気付いていたのだろうか』

 まさか、そんな。

《なっ、だって》
『お前は産んで直ぐに抱いたか、違うだろう、良く洗われてから子を抱いた』

《なんて事を!!》
『お前が言うか!!』

 だって、この子は私に。

《お母様》

 似ていない。
 そう、似ていないのよ。

《来ないで頂戴!!》

 何故か、あの子が私に似ていて、だからこそ堪らなく憎らしかった。
 避けていた。

 蔑むしか無かった。
 だって、似る筈が無いんですもの。

《お母様》
《あぁ、ごめんなさい、違うの。コレはきっと何かの間違いだわ、間違いなの、こんな事、有り得る筈が無いわ》



 私が、お母様の本当の子じゃ、無い。

『良かったな、お前はこの家の本当の娘、正妻の子だ』

 私が、正妻の子。

「あぁ、こんなに大きくなって」
《誰よアナタ》
『お前の、本当の母親だ』

 私の、本当の母親。

《そんな、そんなワケ》

『本当の、貴族の娘だ、良かったな』

 私は、お母様の本当の子供で、この家を継ぐのが当然で。

「ごめんなさい、誰も殺されない為には」
《お母様はそんな事しない!!》
『いや、腹の子を引きずり出し、門前に塗りたくる。アレはそう啖呵を切ったんだ』

《それは、お母様は。そうよ、出産が怖かったからと》
『この家の正妻にする、そう言ったら直ぐに落ち着いたんだ。そして念の為に、入れ替えた』

《酷いわ!!》

『どうして、お前はそこまで育ての親に似ているんだ』

《だっ、だって》
「私とアナタは、そんなに似ていないかしら」

 そんなの、分からないわ。
 家に鏡は僅かで、ずっと、私はお母様と。

 いえ、あの子とお母様の方が、ずっと似ている。

 だから、私は妬ましかったの?
 お母様の血が何も入っていない分際で、ココに居られる事が。

『お前が望んだ事だ、どうだ、満足か』

 違う。
 私はお母様の子供で、貴族の子で。

《違う!違う違う違う!!》



 私達は、所謂政略結婚でした。
 特に情愛も無く、先ずは義務をこなす事を生業とする立場。

 何も無ければ、ココまで私達の情愛が深まる事は無かった。
 そう、お取り潰し直前だった準男爵家の妾の子、その女に夫が陥れられる迄は。

『すまなかった、本当に』
「いいえ、善人には必ず良い子が産まれて来る、悪人には悪い子が産まれてくる。だなんて事は決してありはしない、ただ、それだけの事」

 この家の長男もまた、私の子。
 彼女に合わせ妊娠し、入れ替えた。

 良い子にさえ育てば良かった。
 私は私で、子供を育てられたのだから。

《お母様、あの人は偽の姉です、本当のお姉様はとても心根の良い方だと伺いました》
『はい、あの人は確かにお母様に似てますが、本当のお姉様はお父様のお父様に似てます』
「あ、きっと、取り替えられた後にまた取り替えられたんですよ。多分」

 夫が忙しくしていたのは、この子達と裏帳簿の為。
 伯爵家に相談し、その仕事も幾ばくか請負ながら、月に1度私達の家に顔を出した。

 私を生かす為、子を生かす為に、夫は苦労していた。
 完璧では無いけれど、十分に彼は出来るだけの事をした。

「あの子はデビュタントの混雑に紛れ殺される筈だった、アナタは出来るだけの事をしたの」

『だが、本当にすまなかった。私にもっと、もっと能力が有れば』

《お姉様が本当のお姉様になれば良いのですよ》
『はい、それで皆が幸せになる、筈です』
「頑張ります」

 血だけでは貴族になれない、育ちだけでも貴族にはなれない。
 自負が、責任と責務が、貴族を貴族たらしめるのです。
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