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第2章 婚約。

3 劇団。

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 凄い不機嫌だ、アーチュウ。

《何も言いたく有りません》
『どうせ信じる信じないで揉めてたんでしょ』

《何故、その事を》
『君達の顔に書いて有ったし、後で御者に聞くし』

《あぁ》

『そんなに難しい事かな』
《アナタにはさぞ簡単でしょうね》

『まぁね、頭も良いから』
《そうですね》

 拗れさせたままだとミラが悲しむから、仕方無い、手助けしてあげるか。

『信じたいと思わせる何か、有る?』

 落雷のアーチュウが、落雷に遭った様な顔をして。
 バカだな、必死になるとそれだけ視野が狭くなるんだって何度も言ったのに。

《それは、はい》
『信じる利益を提供しないで信じろは無理だよ、形が無いモノでも何でも良いから、相手の利益になる事を呈示するか与えるかしないと信じようって気にもならない。しかも彼女は冷静な部分が多い、あのマリアンヌ嬢みたいに有耶無耶に誤魔化せる子じゃないんだから、君こそ冷静になるべきだと思うよ』

《すみません、ありがとうございます》
『そう素直な所が君の良い所なんだからさ、頑張ってよ、別に君を不幸にする事だけが楽しいワケじゃないんだから』

《ミラ様が気にするから、では》
『そりゃ勿論だよ、ミラが1番僕が2番、で次に君達だからね』

《国、が抜けてますが》
『僕が国だし』

《はい、確かに》

 妻を最も大切にする国、そして自身の身を守れて、友人を大切に出来る国。

 父達は、あくまで国の代理、自らと国を何処か少し分けているきらいが有るけれど。
 僕が考える王は、国を体現する事。

 だからこそ身綺麗にしておいて貰いたい。
 負債とゴミを溜め込んだままの状態で家を譲られても、誰だって嬉しく無いでしょう。

 産むだけ、育てるだけ、が親じゃないんだから。
 自分の事は自分でしろと言うなら、先ずは見本を見せて貰わないとね。

 最高位の権力が子に移るのは、何処も同じなんだから。

『で、一先ずは仕事の話をするけれど、良いかな』
《はい》



 私の事が大好きで堪らない、それこそ常軌を逸する程、人としての軸がズレてしまう程。
 けれど、王としての資質は寧ろ歴代の王の中でも、上位に食い込む。

 決して横柄さや傲慢さからでは無く、自らを国だ、と。

《それで、ベルナルドを酷使なさる、と》
『嫌ならもっと上の大人達が頑張れば良いんだよ、子に苦労させたく無いなら、ね。って言うかアーチュウの呼び方は変えてくれるんだね、ありがとう、大好き』

《コレ、私が少しでも間違うと傾国の何とか、と揶揄されそうですわね》
『だから君にはアーチュウもアニエスもガーランド君も居るし、外側にはバスチアンも居る、中々に良い補佐だと思うよ』

《やはりシリル様、全て知って、分かってらっしゃったのでは?》
『手出しはして無いよ、ただ少し剪定はさせたけど、バスチアンの意に沿った剪定だったから気付いて無いんじゃないかな』

《学園にどれだけの間者がいらっしゃるのかしら》
『知りたい?知りたい?』

 どうして、私がシリル様に直ぐ気を許してしまったのかと言うと。
 コレだから。

 甘いし甘えて来るし、私には何でもお話しして頂ける、けれど周りには厳しく滅多に人を寄せ付けない。

 どう考えても、どんな手を使おうとも、絶対に私を離れさせない。
 自尊心や常識、建前も何もかも気にせず、得るまで追い詰め追い続ける。

 その執着を、どうしてか私は情愛だ、と。
 既に洗脳されているのかしら。

 何も、苦では無いのよね。

《もしかして、ジハール侯爵とも繋がってらっしゃるのかしら》
『王妃になったら教えてあげる』

 懐かしくも新鮮で、甘く、艶が有る。
 言葉遣いも仕草も何もかも、何処か馴染みが良い。

 不思議だわ、たった数日、1週間もご一緒していないのに。

《不思議、とても馴染みが良くて、ずっと一緒に居たみたいですわ》
『僕はそう思っていたからね、ずっと』

 監視されていたのでしょうけれど、不快では無い。
 無視され、守られないよりは、ずっと良い。

 ぁあ、バスチアン様に、そう仕向けさせたのかしら。

 でもまぁ、良いわ。
 お陰で私は傷付かずに済んだもの。

《アニエスは、大丈夫かしら》
『だから今は君を独占してるんだよ、もっとアーチュウには身悶えして貰わないとね』

《八つ当たりを含んでらっしゃる?》
『うん』

 本当に、素直で可愛らしいお方。



『アーチュウ騎士爵とケンカ、ですか』

「そこまででは多分無いと私は思っているのですが、貴族の言い合いって、もう少し」
『こうした場合は結構そのまま言ってますよ、母と父や義姉などしか参考にお出し出来ませんが、時に言葉で殴り合ってますから』

「殴り合い」
『はい』

「そこは、下位も何も変わらないんですね」
『家庭内でまで婉曲表現を使っていると真理を見誤らせてしまいますから、寧ろ、結局は誤解が無い様に伝えるかと。ただ、もしかすればウチだけかも知れませんので、もう少し他にご相談なさった方が宜しいかと』

「他」

 騒動が起きたばかりで、次の騒動なのですが。
 僕としては、非常に経験になるな、と。

 渦中で無いからこそと言い訳も有りますが、僕だからこそ、冷静で有るべきかと。

『ミラ様は勿論、それこそマリアンヌさんや先生』
「それか友人」

『心中お察し申し上げます、僕も殆ど学園には居ませんから』

「学園に

 アニエス男爵令嬢は、庶民から貴族位に上がった家系。
 貴族のご友人が外に居ない事は、想定すべきでした、迂闊でした。

『あの、お茶会では』
「マリアンヌさんを庇いましたし、バスチアン様から衝撃的な要求をされ頭が真っ白でしたので、無理でしたね」

『他でも』
「遠巻きにされるだけで、はい。食器や家具やお菓子に目を向け、仕事の視察だと割り切っていましたので、はい」

 こうした令嬢にまで及ぶ程の貴族の腐敗具合が有ったからこそ、シリル王太子殿下は、一掃して欲しいと王に要求なさった。
 もし自分の子供がこんな目に遭うと分かっていても尚、産む女が多くなると。

 いつか国は滅びるだろう、と。

 知識も教養も無い筈のマリアンヌさんでさえ、産む事を拒否したのだから。
 愚か者が増えるか出生率が下がるか、どちらにせよ、国の衰退は確実。

『僕も、アニエス男爵令嬢が心地よく過ごせる国にしたいと思います』

「ありがとう、ございます。ですが演劇を大事に」
『演劇で改革です、未だに識字率は低いまま、貴族は自分達の地位や脅かされる事を恐れ識字率を上げたがらない。片や庶民は知識を入れる意味を見い出す事が難しい、なら』

「劇を政治利用しますか」
『いえ寧ろ教育です、娯楽や趣味も兼ねた教育。既に他国でも成功していますし、お金の循環も叶います。そして他国にも評価される劇が完成すれば国としても評価され、果ては貴族もお金を出す事になる、それは他国の貴族も庶民も』

「大きい」
『ですが最初は劇団の発足からですね、既に劇団は幾つか存在していますが、貴族の息が掛った貴族の為の劇団。僕が発足させるのは、大衆演劇団です』

「お名前は?」

『青年器官、ですかね』
「ほう?」

『子供と大人、貴族と庶民の間、その感覚を受信し発信する部位、ですかね』

「固くて大衆受けするかどうか」
『ですよね、説明しなくてはいけませんし、そこまで知ろうと思って貰えるかどうか』

「劇団の役割が明確に分かると良いんですが」
『かと言って貴族や国を匂わせ過ぎてもいけませんし』

「アンビジデュエル・オブリージュ、は固いですよねぇ」
『ノブリスオブリージュからの、個別の義務ですかね、自体は良いとは思うんですが、義務と言われると反発する者は貴族にも多いそうですから』

「柔らかい、柔軟性の有る名が欲しいですよね」

『メッス・リキッド・ソシエティ』
「液状組織、液状の塊の社会、ですかね?」

『矛盾していますけど説明にもなってますし、どう、でしょうか』

「良いですね、そうした商品名も無い、筈ですし。コチラで名簿を確認してみますね」
『あ、内々でお願いします、こうした集団の複製品を作られても困りますので』

「はい、了解で」

 僕の目指す所は非常に難しいと自分でも思います。
 柔軟性の有る社会や組織、仕組みに枠組み、そして個別の義務。

 ノブレスオブリージュは貴族のモノ、ならアンビジデュエルオブリージュは全ての民のモノ。
 2つに分断された状態より、より液体的に、混ざり浸透し合う。

『どうでしょうか、シリル王太子殿下、バスチアン様』

『僕は、目指すべき素晴らしい組織や目的だとは思うけれど』
『とても時間が掛かると思うよ、それこそ家族が持てないかも知れない程に』
『あ、それは別に構いませんので問題は有りません、既に姪や甥が存在していますし。ミラ様やアニエス男爵令嬢、それこそシリル王太子殿下にバスチアン様も居りますから、そこまでして家族を持ちたいと今後も思わないかと。実家に帰れば家族は居りますから』

『良かったねバスチアン』
『いえ、寧ろ僕は嘆くべきかと』

『何の、事でしょうか』

『コチラの事だよ、それよりその覚悟が有るなら王室も応援するよ。学園もいつかは庶民用と貴族用、果てはその垣根無しに門戸を広く開校する予定だったそうだからね。先ずは下地作り、下準備は何事にも必要だからね』
『そのつもりでは有りますが、コレが本当に下準備となるのかどうか』

『そこは専門家を交えて更に煮詰めれば良いよ、決して子供だけにやらせるつもりは無い、大人ですら漏れや隙が出てしまうんだからね』
『はい、ありがとうございます』

 僕らは大人になる少し前の段階、大人で子供な青年期。
 成人すればすぐに大人になれるワケでは無いけれど、何処まで大人を頼るのか、それを見極めるのが青年期。
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