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第1章

2 見上げたら有明の月。

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 あぁ、横を向けばイケメン。
 最高の目覚めだけど、寝顔が見たかったなぁ。

「おはようございます、流石お早いですね」
『イーライも中々に早起きですね、おはようございます』

「ウチの躾けでして、毎朝この位には起きているので慣れですよ」
『あぁ、ご教育がしっかりしてらっしゃるんですね』

「はい、家に帰れば鍛えられてしまうので、寧ろ寮の方が楽なんですよね」

 日の出より少し前に起こされるかどうかの違いだけど、それだって冬はもう本当に辛い。
 寒いは暗いわ。

 あぁ、自分の下半身が憎い。
 どうしてこんなにも元気なんだろうか、若いからにしてもだ、収まれ。

 こんなのでトイレまで歩きたくない。

『あぁ、先に下でお茶を頂いてますから、ごゆっくりどうぞ』
「すみません、助かります」

『いえ、では』

 そうだ、相手は年上だった。
 しかも同性、気配り上手だ、有り難い。

 それからスッキリ起きて、しっかり身嗜みを整え、下階へ。

「すみません、お待たせしました」
『いえ、若い時は良く有る事ですから』

 ですよね。

「疲れてたみたいで、ご迷惑をお掛けしました。もう朝食は召し上がりましたか?」
『いえ、馬の様子を見ていたのと、一緒に頂こうかと思いまして』

「ご配慮いただきありがとうございます、じゃあ注文しに行きましょうか」
『はい』



 共に同じ部屋で寝起きし、共に朝食を食べ、共に遠乗りをし。
 お互いの嗜好について話し合ったり、時には静かに休憩をし、再び馬に乗り。

 あれ、もう青春をすっかり取り戻してしまったのでは。

 そうだ、この時の為の不幸だったに違いない。
 今日まで貯めた不幸不運ポイント、全額キャッシュバックキャンペーン開催中。

 そうだ、そう思おう。
 もうこんな幸せな時間は、2度と来ないかも知れないのだから。

「着いちゃいましたね」

 浮かれて気が緩んでしまった。
 何て事だろうか、あれだけ自重しろと自分に言い聞かせていたのに。

『もし迷ってらっしゃるんでしたら、そう、休憩しましょう。慣れない長旅でお疲れでしょうし、ココでゆっくり、改めて考え直すのも良いかも知れませんよ』

 そう受け取ってくれたのか。

 違うんです。
 いえ、正確に言うと違うワケじゃないと言うか。

「ありがとうございます、ですがもう決めましたので」

『そうですか、でも少し位は休んでも良いのでは?好きなんですよ、意外と、ケーキ』
「行きましょう」

 幸いにもこの体は酒も甘い物大好きで、だからなのか、前とかなり考え方が変わった気がする。
 前はもっと、もう少し陰鬱だった気が。

『どれにしますか』

 あぁ、機嫌良く普通に話してくれる。
 コレだけでも自分にとっては凄く有り難い、そして嬉しい、幸せだ。

「迷っちゃいますね」
『ですよね』

「コレかコレで迷ってるんですけど」
『あぁ、分かりますよ、真反対ですもんね』

《お客様、迷ってらっしゃるなら盛り合わせも可能ですよ》
「あぁ、成程。だそうですけど、どれで迷ってますか?」

『コレとコレか、コレとコレ、ですかね』
「じゃあそうしましょう、お願いしますね」
《はい、承りました》

 今は甘味は貴重とは言い切れない時代、状態なのに。
 嬉しい、楽しい、幸せ。

『あぁ、凄い、どれから食べるか迷ってしまいますね』
「どうぞどうぞ、こう言うモノは食べる順番も大切ですからね」

『分かって頂けますか』
「勿論ですよ、ゼリーからですか?それともクリーム?」

『ですね、けれど、味を邪魔しない順番はどれか』
「じゃあ自分が味見を」

『はい、お願いします』
「では、頂きます」

 あぁ、キラキラとした表情で味の感想を待たれている。

 どうしてくれようか。
 請わせたい、強請らせたいぃぃぃ。

『どうですか?』

 あぁ、願い通り。
 何て可愛い人なんだろ。

「一旦、次を食べてからで」
『はい』

 本当に、素直で可愛いらしい人だなぁ。

 それこそ、この人の外見で女性だったら、婚約者だったなら。
 どうなっていただろうか。

 少なくとも、ココまで自分は頑なに拒絶していなかった、かも知れない。

「もう1つも、良いですかね?」
『はい』

 柔らかい笑顔。
 軽やかに跳ねる様な返事。

「コレを食べたら言いますね」
『ふふふふ、はい』

 元婚約者アレとは真反対、と言っても良いだろう。

 邪険にする様な物言い、どう考えても照れ隠しには見えない、鋭い目つき。
 鼓膜を突き破る様な甲高い声、ネバネバとした喋り方。

 他の女性はあそこまででは無いのに、どうしてあんな風に特化してしまったんだろうか。

「自分と好みが違ったら申し訳無いんですが、こう、この順番で正解だと思います」
『ありがとうございます。では、失礼して』

 彼女なら、先ずは嫌味と言う名の照れ隠しから始まるだろう。
 そうして自分が気に入らない所を無理矢理にでも探し出し、針小棒大なまでに大袈裟にあげつらい、喉が渇くまで延々と罵る。

 それからやっと紅茶を飲むと、謙遜と言う名の照れ隠しらしき何かで、言い過ぎたかしらと。

 そう思うなら控えろ、慎め、自制心を持って自己をコントロールしろ。
 性別の前に性格がダメだ、無理だ、頼むからどうか絡まないでくれ。

 そう言えたなら良かった、言えば少しは。
 いや、そうすれば彼女の持つ王族への繋がりを欲する人間が彼女を庇い、洗脳を始めていただろう。

 彼女が学園で安定した地位を築けた今だからこそ、婚約破棄が出来ると思ったのも事実。
 コレが最速、最短だったんだ。

 仕方無い。

「どうですか?」
『私も、この順番が正解だと思います』

 何て良い笑顔なんだろうか。
 我慢をすれば報われる。

 そして今、ついに、報われた。

 だから次も頑張ろう。
 いつ死んでもおかしくはないのだから。

「良かった、味覚が合う方で」

 あぁ、溜息交じりに言っちゃった。
 はしたない事を。

『彼女の事ですか?』
「すみません、少し思い出してしまって。何をしても、こうして喜んで頂ける事が無かったので、不甲斐無いなと」

『それこそ、噂や評判が殆どなのですが』
「自分はどう言われても構わないんです。褒めて貰える様な事も、それこそ喜んで貰える様な事も出来無かった、荷が勝ち過ぎていたんですよ」

『ですがマメに寮までの送り迎えをしてらっしゃるだとか、それこそ贈り物を欠かさない方だとも聞いていましたが』
「出来るだけご要望にお応えしていたつもりだったんです、それこそご家族からもご協力頂いたりもして、品物を選んでいたんですが。多分、自分からの物だからこそ、気に食わなかったのかも知れないと、今、反省しています。もっと早くに身を引く事を、お伝えするべきだったのか、と」

『ご令嬢の名誉の為を考えるなら、寧ろ、今こそかと』
「ありがとうございます、その様に言って頂けて、救われた気持ちです」

 と言うかもう既に何回か救われています。
 今日だけで何度救われているか。

 目の保養様とこうしてデートの様な事が出来て、もう天に、何回か昇っています。

『今日はもう、そのままお帰りになるんでしょうか』
「そうですね、まだ学業が残っていますので」

『早々にお戻りになっては、寧ろ相手方を傷付ける可能性が有るのでは?』

 はっ、確かに。
 全くダメージを負っていないと思われては、それこそ不審がられてしまう。

 確かに、もう少し普通では無い反応をすべきだよな。

「すみません、浅慮でした」
『勉学に打ち込もうとしても、他人様は理解してくれない事も有るかと。それこそ女性とは、時に縋って欲しいと願う事も有るそうですから』

 それは薄々感じていたが、お前の態度が気に食わない。

 大人げないとは思うが。
 そこは譲れなかった。

「そうですね、何事も無かったかの様に振る舞う事こそが正しい、そう思っていたんですが。ありがとうございます、暫くは実家で過ごそうと」
『でしたら、このままココへ滞在されては?』

「生憎、流石にココに知り合いが居ないので」
『私の家ではどうですか?あの時に出会えたのも何かの運命、事情を知っているからこそ話し相手にもなれますし。それこそご実家に戻っても、彼女のご友人やゴシップ好きが尋ねて来る可能性も有るかも知れませんよ』

 どうして。

「どうして、何故ですか?」
『同情心と興味本位です、真面目に頑張ってらっしゃった事も私の耳には届いてたので』

「でもそれも、あくまでも噂で」
『私は味方です。ですけどもし、不安でらしゃったら、先ずはウチを見に来てみませんか?』

 正解は、どれだ。
 欲望に任せ家を見に行くべきか、宿に泊まり続けるか。

 どれが正解なんだ。
 どうしたら、最も弱っていると思われるか。

 そうか。

「すみません、大変有り難いお申し出なんですが……こう、決められず」
『あぁ、今は弱ってらっしゃるのに、失礼しました。ずっと迷ってらっしゃったんですよね、でしたらお決めになった事を先に実行してから、肩の荷を下ろしてから、考えてみましょうか』

「はい、ありがとうございます」

 給仕の女性、男性、それから客にもしっかりと話が聞こえていた筈。
 悩み、落ち込み、迷っていた事はココの人間の証言で証明可能になった。

 あとはこの人に、どう接するべきか。
 でも、何が正しいのかは多分、この人がヒントをくれる筈。



『どうですか、実感は』

「やはり、自分には荷が重過ぎたんだなと。ですが今思うと、もっと何か」
『もう終わった事なんですから。今は先ず新しい事に目を向けてみましょう、案内しますよ、王都を』

「はい、ありがとうございます」

 期せずしてデートが延長された。
 そしてもしかすれば、この方の家に行ける、そして泊まれる。

 あぁ、もう、ちょっと脳汁が溢れて何かミスりそうだ。
 ダメだ、家に帰るまでが遠足、最後までキッチリこなしてこそのプロフェッショナルなんだから。

 そう、そう分かってるのに。
 ダメだ、破顔しそうになってしまう。

『やはり、今日はもう休みましょうか』
「あ、いえ、違うんです。こうしてホッとしてしまう事に、罪悪感と言うか、どうも呆けてしまいそうになって」

『重荷から解放されれば、誰でもきっとそうなりますよ。大丈夫、少しウチで休憩しましょう、庭が自慢なんですよ』

「すみません、ありがとうございます」

 そうして招かれた彼の家は、確かに階級通りの家ではある。
 けれども家具も何もかもが洗練されていて統一感があり、上品、品物選びが上手い。

『珍しいですか、私の様な者の家は』
「と言うか、品物選びが大変お上手で、誰がお選びになったんですか?」

『あぁ、ありがとうございます。ココの物は全て祖父が選んだんです、長く使える良い物をと、そうウチは裕福とは言えなかったので』
「ですけど、ですよ。アナタの様に上品で、素晴らしいですよ本当に」

『そう口説かれても、もてなせる上限は上がりませんよ』
「いえいえ、ワインの質が上がるかも知れませんし、1本追加されるかも知れませんし」

『意外にもお上手ですね、もっと控え目な方かと思っていました』
「すみません、こう、友人の家に行く事も殆ど無かったので」

『あぁ、確かに、ご令嬢のお相手に勉学となれば。良いんですよ、ご自分の家の様に寛いで頂いて構いませんから』
「ありがとうございます」

 危ない、はしゃいでしまった。
 気を付けなければとは思うんだけれど。

 目の前のイケメンがあまりに優しくて、つい。

『さ、どうぞ』

 小さいけれども立派な庭。
 何より家具と同じ様に統一感があり、良く手入れがなされている。

 凄い、虫食いの葉が1つも無い。

「本当に、素晴らしいですね」
『祖父の代からの庭師で、腕が良いので偶に他のご家庭の手入れに呼ばれるんですよ』

「成程、是非ウチにも来て頂きたい位ですよ、凄いですね」
『伝えておきます、きっと喜ぶでしょうね、有名なセシル家の庭を触れるとなれば』

「是非是非、ウチにもこの花があるんですけど、どうにも虫食いが多くて」
『あぁ、毎朝摘んでいるだけですよ。それこそ私も、庭師も』

「やっぱりマメさ、毎日続けるのが大事ですよね」

『だからこそ、そんなアナタから勉学を取り上げる方が、逆に良くないかも知れませんね』
「あ、いえ、寧ろ真面目過ぎると揶揄される事も有るので。寧ろしっかりと息抜きしようかな、と」

『ふふふ、貴族に適当だとかは難しいんですからね。ですが気負わなくて良いんですよ、なんせ休むんですから』
「あぁ、すみません、肩の力を抜く事から始めますね」

『ですね』

 何処まで甘えるべきなんだろうか。
 本当なら、全力で甘えたい。

 けれども貴族として、異性愛者として振る舞わなければならない。
 ただでさえ窮屈な生き方をしなければならないのに、あんな女性では、とても身が持たない。

 まだ生きていたい、苦しみたくはない。
 もう2度と。



《もう、ほっといて頂戴!》

 お父様からは怒られて、お母様からは呆れられて。

 私が素直になれないのが確かに悪かったのだけれど、1度で良いから縋って欲しかった。
 好きなら当たり前に縋る筈だと思っていたのに、今回こそ、縋ってくれると思っていたのに。

《おーい、兄上だよ妹、ローズちゃーん》
《何ですかお兄様》

《何であんな挑発しちゃったか、だけ、聞かせてくれたら直ぐに居なくなるよ》

《縋って、欲しかったんです》
《成程、何故?》

《だって、好きなら当然、縋って来る筈だと》
《それ誰が言ってたの?》

 誰が、そんな事は聞いていない。
 けれど、もし、それがバレてしまったら。

《言えません》
《だろうね、単なる噂を信じちゃったんだから》

《なっ》

 反応してしまったのが失敗だった。
 お兄様の得意技は、真偽を見破る事。

《そう、じゃあね》

 お兄様の目の前で動揺した時点で、真偽がバレてしまう。
 だからこそ、お兄様は本家へ組み込まれる予定。

 本当に末席に居る私とは大違いで、とても優秀な方で。

 だから自信が欲しかった。
 イーライは本当はとても可愛くて優秀で、なのに優しくて、私の言う事は何でも聞いてくれて。

 最初の約束は、私と2人で居る時だけ髪を上げる約束、あの可愛い顔を他の女子に見せたく無かったから。
 そして次は私以外の女性と2人きりにならない事、触らない事、触らせない事。

 どんどん無茶な事でも、何でも言う事を聞いてくれた。
 寮と学園の短い時間の送り迎えにも文句を言わずに必ず来てくれて、付き添いが必要な事にも全て同行してくれて、記念日には必ずプレゼントをくれた。

 当たり前だけれど、それは私が王族の末席に居るから。

 皆は羨ましがってくれた。
 けれど周りが褒めれば褒める程、私は惨めになった。

 だって、1度も本当に嬉しそうな顔を私には見せてくれなかった。
 それこそお兄様と2人だけで話している時の様な、柔らかくて優しい顔で、微笑んですらくれなかった。

 ただもう命令を聞くだけ、久し振りに私に会えても、何をしても張り付いた様な笑顔。
 全部、全ての表情が同じ、貼り付けた様な作り笑い。

 勿論、私が悪いのは分かってる。
 キツい物言いばかりで、素直になれなくて。

 けど、私を好きなら恋愛小説の様に甘い顔をして、甘い言葉を囁いて欲しかった。

《もう、ほっといて欲しいと言ったのに。アナタは、誰》
「失礼します、王都からのお手紙です」

《嘘、こんな早くに》
「セシル=イーライ様ご本人が王都で直接ご提出なさったので、即座に承認がなされました。では、失礼致します」

 廊下には、お父様とお母様とお兄様が。
 こうなると知ってたのね。

《そうやって、私を、笑い者にする為に》
《例え僕の妹でも、あまり愚かな事を言うと許さないよ、ローズ》



 ココではすっかり日が暮れると、就寝時間となる。
 あの人の家で幸福の絶頂の様な時間を過ごした。

 だからこそ、今夜だけでも冷静になる為、宿を取った。
 なのに。

 愛しのイケメンが、どうして宿に。

「あの、どうかしたんですか?」
『実は、少し気になる事がありまして』

 そう言って持ってた灯りを廊下に出した、何がしたいのか。

「あの」
『見回りをしてたんですが。先ずは暗闇で目を慣らしてから、通りの角を見て頂けますか、何者かがずっと佇んでいる様でして』

 確かに、人影の様な。
 ただ、物陰にも見えるし。

「そうとも見えますが、それこそ何か、待ち合わせでは?」
『なら良いんですが、何か身に覚えは?』

 彼女に執着されているだろう事は理解はしていた。
 けれどもココまで来て、もう受領されているのに何かする、とは。

 いや、出来るだけ王族としては優秀な者を抱え込みたがっているのは知っている、が。
 そう転生者としての片鱗を見せていない、とすれば自分に何の疑いが。

 まさか。

「一応、警戒はしておきます、ありが」
『明日の朝にでも出る際に、変装をされては?』

「はい?」
『コチラから宿に手配をしておくので』

「それは」
『本当に心当たりが無いんですか?』

 有り過ぎて、どれか分かんないっす。

「すみません」

『先ずは婚約破棄された事で、状況は変わった』
「まぁ、はい、そうですけど」

『鈍いと言われた事は?』
「すみません、年中言われていましたが」

『君に横恋慕する者が居たかどうかの確認です』

 アレでも王族の末席。
 その彼女が惚れる程の男だから、と興味本位で近付いて来る者が多かったけど。

「興味本位で近付く者は多かったですけど、ココまでの事をされる様な相手に心当たりは無いです。けど、寧ろ、取り入ろうとして来る事は。確かに、居るかも知れませんが」

『君は噂程は鈍くは無いと思っていたんですが。少し調査させた方が良いかも知れませんよ、末席とは言えど王族、元婚約者を利用する為、君を利用しようとする者が居るかも知れない』

「ですよね、やっぱり実家に」
『幸いにも緊急時用の速達便、伝書紙がココでは売ってるんですよ』

 懐から出されたのは、高級な筒。
 中には高価な伝書紙が入っているとされているのは知っている、けど。

「それ、高いですよね。流石にちょっと」
『コレはウチで安く手に入れられた品なんです、コレを君が持つお金でお譲りしましょう、そしてウチに暫く滞在すれば良い』

「いや、それこそ、そこまでして頂くのは」
『それこそ君の移動中に何か有っても寝覚めが悪いですし、当然周りが巻き込まれてしまったら、もっと寝覚めが悪い。どうですか、甘えてみませんか?』

 どうやって、その伝書紙を手に入れたのか。

 そう聞くだけなら簡単だけど、悪手だ。
 彼の単なる親切心だったとしたら、様々な点において疑っている事を示す事になってしまう。

 それこそ根拠も無しに、珍しく高価な品を持っていると言うだけで相手を疑うのは、あまりに失礼。

 少なくともこの人の経歴は綺麗だ、そして家柄も自分よりは下位だけれど、下品さとは程遠い。
 それこそ紳士的で、金に困っている気配も無かった。

 しかも先々代が名うてだったとしたら、お礼の品として贈られた物だと言われても違和感は無い、なら善意と捉えるのが普通。

 ただ、この前提は自分の立場が普通であれば、の話。
 転生者だとバレているのは、元婚約者の兄と祖父、それからウチの父親と身内の一部だけ。

 なら。

「お言葉に、甘えさせて下さい」
『そう固くならないで下さい、私達はもう友人だと思っていたのですが、違いましたか?』

 良いんですか。
 こんな自分が友人で良いんですか。

 舞い上がりますよ、天にも昇っちゃいますが。

 いや、本当の自分を、転生者だとバレていての言葉なのかが分からない。
 その知らないと云う証明が出ない限り、もしかすれば何かがバレている、と思って行動しなければならない。

 転生者の先代達の遺言は、王族の本家に組み込まれる予定のローズの兄、パトリックから聞かされた。

 全てを疑いながらも、決して表に出してはいけない。
 例え灰を被ってでも、己の真価を決して悟られてはならない。

 それは自分の身を守る為、周りを守る為。
 英知の結晶とも言われる転生者は、必ず争いの火種になる。

 だからこそ敵味方を見定め、敵を少なくする努力をし、堅実なる味方を増やせ。
 全ては、守る為に。

「すみません、そう、友人と言える者が殆ど居らず」
『彼女を守る為でもあったのでしょう、ですがもうお互いを守る盾は無くなったんです、今度は新しい人との関わりを模索しなければならない。若輩者ですが、協力させて下さい』

 何故、どうして。
 それを探る為にも、懐に入った方が楽、甘えるしかない。

「はい、宜しくお願いします」

 うん、お近付きになりたいからってだけじゃないから、本当。
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