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更にその後。

驚く程の早さ。

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 ローシュの言う通りにして、ルツとの話し合いも無いまま、ザダルへの進軍が進む。
 単騎で下剋上、一騎当千だって。

「ココまで早く侵攻出来たのは、神のご加護ですわね」
《そう持ち上げてくれるのは嬉しいが、お前達の作戦勝ちだよ》

 方々に逃げさせて、向かって来る使えないのは迎撃、使えるのはセレッサの音波で鼓膜と内耳を攻撃して無力化。
 そのままゲロゲロ吐く領主を連れて、ザダル迄の道に有る領主の家や城を制圧、そこでアンジェリークに治させてから説得へ。

 それか閉じ籠ってるのは門を破壊すると直ぐに投降して来たり、説得した者と一緒に直ぐに降伏したり。
 敵地に行かせると噂も広めてくれるし、説得してくれるのも居て助かる。

「いえいえ、神々とヴニッチのお陰ですわ」

 うん、ヴニッチも居るから更に早かったんだと思う。
 両足を綺麗に切られて治されて、だから俺は降伏したんだ、と傷を見せながら説得してくれるから話が早く進む。

《絶対服従か、死か、逃げ出すかにしとけ。無駄に血を流さない為にこうしてくれてるんだ、家族を大切にしろ。そう歯向かっても敵う相手じゃねぇんだよ、俺らは手加減されて生かされてるだけだ、命を大切にしろ》

 ヴニッチ、優秀。
 学は無いけど地頭は良い、そこに命の重さと僕らの強さを理解してるから、殆どは説得出来る。

 けど、愚か者も多い。

『もー、無駄なのに』
「こうなりたいんですかね、それともコレか、コレか、コレか」

 近隣の領主の首を出すと、大概はそこでサインするんだけど。

『クソッ、いつか』
「私利私欲の為だけに動くんですか?父親の為に復讐?父親の為だと言い訳をして、単に暴れたいだけでしょう?」

『俺はっ』
「親孝行したかったなら、諫めるべきだった、武器を渡すべきでは無かった。自分達が間違ってる事を認めたく無いからと言って、敵が間違ってるとするのは愚かが過ぎますよ、だから偽一神教者や他の領主に付け込まれて良い様にされるんです。間違いを認めて降伏し、アナタの名を残すのが本来の孝行だったんですが、愚か過ぎて分からないみたいなので殺しますね」
《俺がな》

 生かすか殺すか、ヴニッチの勘は凄く良く当たってバズウと同じ意見が続いて、いつの間にかバズウは生き死について何も言わなくなった。

「今日も助かったわヴニッチ」

《アンタみたいな女は、何処で手に入るんだ?》

 まだアルモスは女神様かもって思ってるのに、ヴニッチは何処までも勘が鋭い、頭が良い。

「異世界に行けばゴロゴロ落ちてますよ」
《異世界、冥界か?》

「んー、どちらかと言うと確かに、地獄に近いわね」

《ならどう口説き落とせば良い》
「誠意を持って誠実に接し、一夫一妻制を貫くと神に誓い実行し、愛と優しさを示す」

《だけか?》
「意外な贈り物を喜ぶので、金銀財宝だけでは無く、様々な物を用意出来る準備をしておくと良いかと」

《それでアンタは落ちるのか?》
「私、優男が、綺麗な顔と声が好きなんですよ」

《クソが》
「ふふふふふ、奥様を大切になさって下さい、荷が勝ち過ぎると船は沈み馬車は動きませんから。見合った相手が1番、寧ろアナタには奥様すら勿体無いかも知れませんね」

《そんな事、俺が1番分かってるよ》
「イカロスのお話をアルモス候の奥様に請うと良いですよ、凄く出来の良いお話ですから」

《おう》

 蝋の翼で逃げ出せたのに、ついでに太陽に近付こうとして、太陽の熱で蝋が溶けて死んだ。
 ダイダロス様の息子の話って事になってるけど、ダイダロス様、独身なんだよね。



「どうでした、イカロスの話」
《欲張るな、高望みをするな、愚かだと死ぬ。確かに良い出来だった》

「技術が過ぎれば争いを生む、有能でも排除される、技巧の神でも子への教えを怠ると失う事になる。幾らでも教訓を拾える神話で、私も好きですよ」
《はっ、クソ、そこまでは至らなかった》

「私は前から知ってますし、次はもう言いませんから、機嫌を直して下さい」
《子供扱いするな》

「はいはい、失礼しました」

《次は、他に何か無いのか》
「次は、女同士で、奥様に聞き出して貰うのが宜しいかと。アルモス候の奥様も聡明でらっしゃるから、きっと面白い話が聞ける筈ですよ」

《成程な、聞いてみるか》

 無骨で男らしい、マティアス・ヴニッチ。
 ココらの女なら好む相手なのにも関わらず、彼女は全く興味を示さない。

 異国の女性だからか、女神だからか。

『あしらいが上手いですね』
「優秀な者にしか近付かないので、良く言われます」

『どうして彼に興味を示さないんでしょうか』

「女神にも好む容姿や中身が其々に違いますから、彼は私の好む容姿では無いですし、既婚者だからでしょうね」
『女神に仕える者は独身の方が良いのでしょうかね』

「女神によるかと」
『アナタの場合は、です』

「なら既婚者ですわね、お子が居ると尚良い。なので今夜はコレで失礼させて頂きますね、おやすみなさいませ」

『おやすみなさい、ロッサ』



 ローシュはアシャや以前の私の様に、好意や情愛を道具にしようとは考えても、決してしない。
 考えはしても、決して行わない、それだけでも私を嫌悪する理由にはなる。

 ただ、そうするまでも無いだけで、もしかすれば。

『ルツ、集中して』
《すみません》
「スプリトの制圧が終わったら休憩しましょう、もう夜明けだし」
《夜間の制圧の方が楽だしな、門を壊してくれるなよ》

「じゃあ頑張ってヴニッチ」
《なら俺に竜と生首を貸せよ、さっさと終わらせてやる》

「宜しく」

 素地の良い者は大概ローシュに惹かれてしまう。
 けれどそれは本当に情愛なのか。

 利が多いと分かっているから惹かれているだけ、利に惹かれているだけでは無いのだろうか。

 でも、それは私も同じ事。

《俺は辺境のゴスビチの領主、マティアス・ヴニッチだ。この首と竜でもう分かるな、大人しく降伏するか逃げるか選べ、今直ぐだ》

 布団に転がした生首と、赤い竜、そして私達が寝室に居る事で大概は降伏を選ぶ。
 ただ、あまりにも静かに侵略され、幻覚だと思う者も中には居る。

《そ、こん》
《夢でも幻覚でもねぇんだが、疑うならその剣で自分の足を刺してみろ、きっと目が覚めるぞ》
『アナタ、ダメよ、コレは夢じゃないわ、やめて』

《賢い妻だな、お前も賢くなれ、降伏するか逃げるかだ》
『降伏します、させますから』
《お前、何を勝手に》

『アナタお願い』
《俺は、折角》
《すまんな奥様、もうそいつは使い物になんねぇ》

『お願いします、落ち着かせますから、どうか』
《穏便に済ますにはサインが必要なんだ、今直ぐにな》
《しない、俺は悪魔にはサインしないぞ、俺は》

 珍しく、今回は奥方が夫を刺した。

『サインは私がしてました、どうか子供を、家の者は殺さないで下さい』

《分かった、だがアンタも死なない事が条件だ、良いな》
『はい』

 静かに城攻めを行うデメリットはココに有る。
 あまりの事に現実を受け入れられず、愚か者は発狂する。

《すまんかった、こうすれば上手く行くと思ったんだが》
《気にするな、アレはどう城攻めをしようとも自滅する様な弱い男だったのだよ、どう足掻いてもこうなっていた》
「下手をすれば家族を皆殺しにしていたかも知れないわ、良かったのよコレで、コレが正解。報告に行ってそのまま休んで、大丈夫、任せて」

《すまん》
「いえいえ、ほら、早く行きなさい」

《ぉぅ》

「ルツ、どう思う」
《どう足掻いても同じかと、門を破った時点で妻を殺し、子供をも殺していたかも知れない。アナタの予想していた事が、ココで起きていたかも知れません》

「ヴニッチには辛かったみたいね」
《男らしさとは真反対の結果ですから、同じ男として許せないのでしょう》

「何か、適切な神話が思い浮かべば良いのだけど」
《ウラヌスやクロノスだろうね、子を閉じ込め殺そうとする親は何処にでも居る、それこそ神にも居る。と》

「ぁあ、そうします、起きてもダメなら。でも奥様が優秀でしょうから、今日はこのまま休ませましょうか、子も増やして欲しいですし」
《なら時間の感覚を狂わせといてやるか》
《ココが終わり次第、暫くは部屋食にする様に、それと報告にも行ってきますね》

「お願いね」

 人の様に神の様に。
 豊穣と繁栄を願い、人々に平和を齎そうとしている。

 その心に触れれば、本質を理解すれば、誰もが惹かれる。

『ルツ!』
「動かないで!」

 刺さった物は抜くな。

 そう教えられていたのに、習性に抗えず異物を排除してしまった。

《ぁあ、すみません、侍女にやられるとは思わず》
『もう縛り上げたから大丈夫』
「ゆっくりと横になって」
『そんな、すみません、違うんです』

『説明は後にして』
「書類と、印章の指輪はどうされました」
『ココに、すみません、その女は殺しますからどうか』

「大丈夫、落ち着いて奥様。ココの者達に説明しに行って下さい、逃がしても構いません、落ち着いて、大丈夫」
『すみません』

 彼女を強く抱き締めた後、ローシュは目の前で手を打った。

「はいっ、しっかりして、夫の死を無駄にしない。逃げるか自決か降伏か、話に行って、選ばせてあげて」

『はい』

《流石ですね、ローシュ》
「喋るな、静かな青い海を思い出して黙ってて」
『そうそう、穏やかな青い空、青い海』

 赤色は心拍数を上げる、興奮すれば出血は酷くなり、死が近付く。

 分かっているのに、ローシュから目が離せない。

『そんな、ルツさん』
「お願いアンジェリーク」

『はい、直ぐ治しますから任せて下さい』

 どんな傷でも表情も声色も変えず、同じ言葉を言う様にとアンジェリークは指導されている。
 けれど自分の感覚から、相当の出血量なのだと分かっている。

 血液が床に広がり、腿の辺りまで浸食している。

《そう言えば、捻られてましたね、刺した後》
『それでも大丈夫です、直ぐに治りますから』

《すっかり立派になりましたね、アンジェリーク》
「黙っててルツ、お願い」

《キスしてくれたら黙りますよ》

「はい」

 この前と同じ様に、口を掠めるかどうか。
 襲うなら襲うで、ちゃんとして欲しかった。

《ちゃんと口にして下さい》

「はい、黙って」

 柔らかく、温かい。
 久し振りの感触。

『もう直ぐ終わりますから、後で念の為に輸血をしましょうね』

 血液を失うと、寒気を感じ、思考力が低下する。
 幸いにも我が国では輸血の技術は何とか確立しているし、重役が重症なら可能。

 つまり私はギリギリらしい。

「私の血液と王の血液、どっちが良いかしらね」
《アナタので》

「気性が荒くなるかも知れないから、今の穏やかさを味わっておいてね」

 侵攻速度は異常なまでに早い、だからこそココの領主は発狂した。

 今こそ、暫くココで時間を置いても良いだろう。
 ヴニッチも居るのだし。

《アーリス、ベナンダンティから貰った痛み止めをお願いします》

『分かった』

 やっと、冥界渡りが出来る。
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