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旅立ち。

ルツの試練。

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「気を付けてね、ローレンス」
『はい、ローシュも、アーリスも』
『うん、任せて』

 アレからはもう余計な事だと思い、ローシュにも何も言えないまま、俺はポルトガルへ。
 その合間、ルツさんはルーマニアへ行き王と土地の整地や今後についての話し合いと、俺に気を遣ってなのかローシュには会わないまま。

『じゃあ、頑張っておくれねローレンス』
『ウムトさん、気持ちは分かりますが、穏便にお願いします』

『勿論だよ、無茶をすればアーリス君に食い殺されるんだろうし、ローシュと国の為に動くから心配しないでおくれ』

 良い人なのだとは思う。
 けれどかなり悪知恵が働くと言うか、人を操るのが上手過ぎると言うか。

 いや、見習うべきではある、ローシュの負担を軽くする為にも。

『宜しくお願いします』

 今の俺には礼を尽くすだけしか出来ない。
 彼を操作出来る様な材料が何も無い、今は。

『勿論だよ』



 ファウスト、それとアンジェリーク。
 姉上の躾は相当なのか、良い子過ぎて、逆に怖い。

《どうですかね?ちゃんと洗えてます?》
『おう、偉い偉い、土を触ったら手を良く洗え。ちゃんと出来てるな』
『あの、ココでは王様がココまでするんですか?』

『そら姉上からの大事な預かりモノだしな、それに最初だけだ、お前らを見定めるのも王の役目だからな』
《成程》
『ありがとうございます、早く認めて貰える様に頑張りますね』

『おう』

 それと、刺繍の子も。
 言葉は互いには通じないが、礼節を守るし、食事でも何でも躾が行き届いてる。

 何だ姉上は。
 どうしたらこんな楽で優秀なのを見付けて来れるんだ。

 見てみろ、ウチのアホな貴族を。
 あ、温泉だったか、掘らせるかな。

《はい、お呼びでしょうか》
『ちょっくら勅命出すわ、言うから書いてくれ』

《はい》

 ワザと悪筆で過ごしたお陰で、書く役を他に任せられたんだし。
 王の仕事も、どうにか出来ねぇかなぁ。



《どうですかアシャ、王族としての生活は》
『楽しいわよ、沢山書物が有るんですもの』

《確かに、書物がお好きでしたね》
『最初はシェヘラザード様の為、と思っていたのにね、いつの間にかね』

 ルツと会ったのは、南北の首席が決まる1年前。
 まるで彼こそが学校の理想とする生徒だ、そう思ったのが最初。

 背が高く赤い髪、天候を自在に操り雷雲も呼べる、そうして雨も降らせる事が出来る。
 そして感情を表に出さない気概、その性格や頭の良さ。

 彼の事をひと目見て欲しいと思った、私は風を操るのは得意だけれど、雨の事は何時頃降るのかが分るかどうか。
 南北での性質が異なるからこその違いだから仕方が無い、けれども彼が欲しかった、ルツの能力も何もかも。

《なら不便は無いと言う事で宜しいですかね》
『アナタが居てくれたらと思うわ、あの時からいつも』

《王族だと知っていたら、少しは誘いに乗ったかも知れませんよ》
『そこはね、言ってしまったら問題の種となってしまうし。けど言えば譲ってくれたかしら、真の首席の座』

《無理ですよ、アレはあくまでも交流の為の期間、南のSolomonariソロモナリアが雨を呼べないのは仕方が無い事だそうですし。既定路線と呼ばれるモノですよ》
『風ならもう直ぐに呼べるのだけど、生まれ育ち、何処に根を下ろすかで使える魔法が決まる。そんな筈は無いのにと思っても、実際にこうしてココに居て、アナタは向こうに居る。アナタはどうなの?不便は?』

《もう少しアシャとは親しくしておくべきだったかもとは思いますが、つつがなく、慎ましく暮らさせて頂いてます》

『なら、どうしてココに居るのかしらね』

 異世界、他の世界からの来訪者が、どうしてなのか魔女狩りだと称して資金集めをしながら各地で騒動を起こしている。
 そして一時的に騒動を収めたのはルーマニア。

 貿易や交易、キャラバンに属する者でも知る者が少ない国が内々に収め、新たな国家間の条約を締結させた。

 御使い管理責任条約。
 もし自国に所属する御使い様が他国で直接被害を出した場合、貨幣や物品で補う。

 その査定には条約加盟国が仲介役に入り、公平かどうかを見定める。
 けれど今回の騒動を起こした者は加盟していない国に滞在し続け、甘言で持ち上げた男達を使い、暗躍させ続けている。

《安定しているからこその外遊、勉強させて頂く為ですよ》
『あら、私に会いに来たのじゃなくて?』

《かも知れませんね》
『本当にココの言葉が上手ねルツ』

《1度覚えれば忘れない方ですから》

 やっぱり欲しいわ、ルツ。

『やっぱり、アナタは最高ね』



 ルツとアシャの会話、ローシュに聞こえちゃってるのに気付いて無いみたい。
 良いのかな。

「お邪魔みたいですし、今日はウムトに任せるわアーリス」
『寧ろ気にしないで入ってっちゃえば良いのに』

「ルツは私のじゃないし、私は賓客、王族を立てるのも私の役目。帰るわ」
『僕は残るよ、ウムトがどう言うか気になるし』

「そう、お願いね」

 姿見の覆いをよけて、船の中に。
 少ししてからウムトが現れて、凄く上機嫌にルツ達へ挨拶して。

『お邪魔しますアシャ様、ルツ、良いかな』

《ぁあ、もうそんな時間ですか》
『そうみたいね、けどローシュは?』
『ローシュは』
『疲れてる様で、私が』

 嘘は言って無い、嘘は。

『そう、優しいのねウムト』
『いえ、では始めますね』

 ローシュが予想した通り、アソーレス諸島で黒い高速船を組んでたって。
 けど船団じゃ無くて1隻だけ、必死で荷を集めてる最中だって。

《遠目で確認した限りでは、なんですよね》
『後はローレンスからの情報を待つか、先回りか』

《コチラ側は静かなんですよね、それこそ居ないのか潜んでいるのか。本当は他国を動かしたいんですが、下手をすれば魔女狩り狩りとして略奪を誘引させてしまうので、見回りを可変的に行う様に提言するのが精一杯でした》

『ウチも同じく、魔女狩りの言葉を出せば殺気立つ者も多いんでね、それこそ詐欺師に気を付けろと鳩に言わせる程度が精一杯です』

『向こうでは何も無くても、コチラ側で何か有れば、移動している間に事が拡大するかも知れない。時差式にコチラ側で事が起き、移動してから向こうでも事が起こるかも知れない。となるとローシュに行って貰うか、もう少し動きが探れれば良いのだけど、何かエサの目星は無いかしら』

《大釜、聖杯を担ぎ出す案は出ています、ですが》
『どの国が引き受けるか、無いだろうね。闇雲に事を荒立てるか、眠れる獅子すら起こすか、死者すら起き上がる事になるか』

『でも、御使い様が居れば別、よね』
『神の御使いが天罰を下す、その大義名分で傾く国は多いでしょうね』

 条約加盟国は例え自国に御使いが居ないにしても、他国の御使いを支援すれば、後で恩恵を得られる。
 今なら先住の安全な知恵や、その国の技術。

 ローシュは駒だ。
 神とか世界の駒、平和にする為の道具にしようとしてる。

 ローシュはローシュなのに。

《ローシュに先行させ、同時に聖杯の噂を流します。分断作戦が存在しているならコチラに引き付ける事が可能になり、何処で起こるか分からないより、コチラが指定する方が安全ですから。そして分断作戦が無いのなら、戦力なりを削げる。それに伴い向こうでも彼らの耳に入る様に、最悪はローシュに伝えさせます。彼らの血で地を汚さず、纏めて叩く為、噂を流すつもりです》

『なら私から話させて、キャラバンの陸路と海路を纏めている国の王族の1人、そしてSolomonariソロモナリアとして話させて』

《分かりました》

 このまま話し合わないつもりなのかな、ルツ。



『お願い出来るかしら』
「はい」

『ありがとう、ごめんなさい』
「いえ」
『大丈夫だよローシュ、新大陸キャラバンは凄腕揃い。何か有れば私も駆け付けるから、任せておくれ』

「はい」

 うん、コレは全くルツと話し合って無い様子だね。
 私が考えるに、彼らは同じ事で悩んでいる。

 ルツは最悪は自分の手を離れてでもローシュに生きていて欲しい、そしてローシュはアシャ様とルツの事で身を引こうとしている。
 例えコレを誤解だとアシャ様が言っても、ローシュは本音とは受け取らないだろうし。

 いや、アシャ様はどうお考えかを私が尋ねる分には問題は無いし、寧ろ本音を言う筈。
 念の為、一応、確認しておこうかな。

『アーリス、良いかな、少しアシャ様とお話をするから立ち合いをお願いしたいんだ』
『僕で良いの?』

『2人きりはマズいから、何を話してたかを君が話せれば問題無い、ただそれだけだよ』

『長く掛る?』
『少しね、ルツやローシュの事について尋ねるからね、どう思っているか』

『引っ掻き回す様な事を聞いたら押し入るね』
『勿論、じゃあ頼むね』

『分かった』

 彼はルツを気に入っている。
 そして頭の良さは未知数だけれど、あのルツがローシュの傍に置く事を許しているのだから、最低限は理解出来る筈。

 コレで彼に認めて貰えるかどうか、やはり未知数だ。

『アシャ様、少し宜しいですか?』
『ダメ、きっと碌でも無い事なのでしょう?』

『いえいえ、ルツの事ですよ。彼と知り合いだとは、どうやらローシュも知らなかった様で、私も驚きました』
『あら、そうなのね、てっきりルツなら口説き落としてるのかと思ってたのに』

『それだけ賢いお方、私にも全く靡きませんし』
『それは賢いわね、ふふふ。でも、本当に知らなかったのかしら』

『後で彼らにも説明してたそうですから』
『そう、本当に知らなかったのね』

『言えなかったのか、言い難い事が有ったのか』
『私とルツには何も無かったわよ、そうした行為は禁止されていたし、私はココの王族だもの』

『ソロモン神やシバ女王の様に、どちらか片方へ行く事は不可能だったから、では』

『そうね、どうしても一緒には居られない運命の人、かも知れないわね』
『コチラに引き入れますか、ルツかローシュを』

『折角貰えるとするならルツだけど、私に口説き落とせるかしら?』

『婚姻の指輪をしてませんから』
『確かにローシュも、けどルツが落とせてないなんて、疑わしいわね』

『昔から頭が良く、国の為にもローシュを手中に収める様な人、でしたか』
『まぁ、頭の良さと国を思う気持ちは私と同じ位かしらね』

『彼にも苦手な何かが有る、とは思わないのですね』

『そうね、ふふふふ、ならアナタはローシュがそれだけ欲しいと言う事なのね』
『はい』

『そう、私はローシュにもルツにも幸せになって欲しいわ。ただ私もだけれど、そう上手くいかない事も有るのよね、離れ離れになってしまう運命も有る。程々に頑張ってウムト、あまり邪魔をしてローシュに嫌われるのは私も嫌なの、ルツにもね』

『はい、では』

 さぁ、彼はこの会話を聞いて、どう思ったかな。



『ねぇ、話し合わないつもり?』

《何を、ですか》
『ローシュと、コレからの事とか、色々』

《私がローシュのせいで見誤りかけたのを、もう忘れたんですか?》

『それは、だから』
《ローシュの人生はローシュが決める事、私の人生も私が決める事。こんな時期だからこそ、左右される様な事は控えたいんです》

『ローシュが居なくても良いの?』

《アナタと違って、私はローシュが居なくても死にはしませんから》
『もう飽きたの?アシャが良いの?』

《確かに、頭も良いですし容姿も周りから褒められる方、私に見合うとなればそうなるのかも知れませんね》

『ルツ』
《書簡に纏めたので、コレから王に会いに行くんですが、付いて来ますか?》

『いい』
《では、失礼しますね》

 どんなに必要としても、叶わない事が有る、それを思い出させてくれたのはアシャ。
 時として何かを同時に得る事は不可能だと、そう理解させてくれた人。

 アーリスが言う通り、私に似合うのはアシャなのかも知れない。
 昔も良くそうして誂われましたしね、ソロモン神とシバ女王の様だと。

『おいおい、ルツ、それはどんな顔だ?』

《少し、昔を思い出してただけですよ》
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