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旅立ち。

学園査定。

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 見極め、見定めを。
 と言ってしまった事を少し後悔している、何なら結構後悔しています。

 ぁあ、緊張する。

「では、まだ見回って3日だけなので、初回の軽い査定から始めますね」
《はぃ》

「先ずは、今、把握している改善すべき点を挙げて下さい」
《はぃ》

 どうしても、強制的にココに連れられて来た子の成績の上りが悪い。
 滅茶苦茶に罰したいけど、本来は教育の為の場所。

 だから、それこそバランス良く教育出来てるかが不安。

「私なり、で伝えますからね」
《はい》

「動物を飼った事は?犬とか、鳥でも良いですけど」
《無いです、子供が病気になったら困るので》

「ぁあ、そうか」
《けど馬の世話は有ります、はい》

「やっぱり、多少はご褒美が無いとダメだと思いません?」
《やはり、足りなかったですかね》

「ですね、けどコレは仕方が無い、ご褒美と感じられるまでの閾値が、閾値は分かりますか?」

《んー、つねって、痛いって感じるまでの事とかですかね?》
「ですね、ご褒美の閾値が高いのは既に分かってますけど、そのご褒美感を下げろって難しい。若しくは殆ど無理だと思いますよね」

《はぃー、もう、本当に馬鹿って要求が高過ぎで。それでもあげてるのに、全然、反省して無いんじゃないかなって》

「私は専門家では無いし、アジアでもウチは少し違うので、良くご相談してから取り入れて頂きたいんですが」
《はい、そこははい、自分達は完璧では無いと思ってますから大丈夫です》

「素晴らしいと思います、そこは良い部分です。では、続けますね」
《はい》

 自分でご褒美を設定させろ、って。
 自分達の居た時代の教育の良い部分は有るけど、ココに合わせるには無理が有る。

 だから、批判を承知で扱いを下げろ、って。

「なんだかんだ、人間も動物と同じ脳の働きをする部分が有るので、パブロフの犬をもっと取り入れて良いと思います。但し、ウチではご褒美と課題を3段階基準にしてます」

 簡単、難しい、その中間。
 直ぐに貰えるご褒美、徳を積むのと同じく長期的にポイントを貯めて貰えるご褒美、その中間のご褒美。

《ご褒美と問題、その2つを先ずは3段階評価で明記させるんですね》

「ですけど多分、そこからもう、問題が出るかと」
《ぁあ、ですねぇ》

 馬鹿って極端ですからね、何でも難しいに振り分けて、出来て凄いでしょってなるんですよね。
 本当に子供のまま、なのに体だけは成長して。

「ムカつくから放置、にしたいんですけど、ココは教育現場なので。悪い行為に対し、敢えてご褒美を与え、急に無条件で取り上げます」

《あぁ、パブロフの犬の逆の効果を狙うんですね》
「はい、ココは凄く人権や人道、倫理を凄く大切にしていますが」

《が?》
「無視します、条件を満たすまでは、人の扱いをしない他に無い」

《それは、凄く、怖いのですが》
「私は人以下の人間を人として扱い、逆に苦しみました、人の成りをしても人では無い者もこの世には居るんです」

《あ、サイコパス理論ですね、はい、私も読みました》
「どうでしたか?」

《両親も祖母も納得していました、それと同時に改めてお互いを正しく評価しよう、と。出来るだけ素直に、正直に受け止める、話し合おうとなりました》
「ありがとうございます、けど、本当にアレは専門家でも何でも無い素人の考察ですからね?」

《素直では無い、正直では無い人のプロなのだろう、それがウチでの総論です》
「ありがとうございます、はぁ、苦労がココでこうして実ると報われる気がします」

《私は、凄く家族に助けられているから苦労しなかっただけで、運が良かったのだと。だからルースさんは、やっと、運が向いて来たって事ですよ》

「高祖母様が私と同じ、そして娘さんと共に中つ国で育ち、イギリスの方とご夫婦だった。羨ましいです、色んな世界を知れて、だから見識も広い」
《そうでも無いらしいんですよね、ココへ来る直前は離婚しようとしてて。けど味方も何もかも、実は自分達しか居ない、となって。そうして改めてルールを定めて、必死に馴染もうとして、気が付いたら仲良くなっていたって》

 爵位の無い、自由だと思える環境だと、出会いや選択肢が多く思える。

 けど実はそんなに選択肢は多くないし、自分で選べても上手く行く、とは限らない。
 仕事も相手も自分で選んだからと言っても、逆に、結局は縛られる事になる。

「自由とは、責任が伴う」

《私、親の決めた相手と結婚したんです。幸いにも本当に良い人で、良いご両親で、ちゃんと好きになれて幸せです。でも》

「偶に自分で選んでもみたかった、と」
《はぃ、でも、今こうして子供達を見ていると。凄く難しい事をしようとしていたな、と、無知の知にすら至れて無かったんですよね》

「あの子にも、そう思わせれば良いのでは?」

《はっ、成程。いや、ですけど、それは家で禁じられているハニートラップやマッチポンプと呼ばれるモノで》

「ジルさん、どう思いますかね」
『サンジェルマン家の内部の者に禁じているだけ、かと』
《それは屁理屈と言うのよジルぅ》

『家訓とは何か、改めてお考えになるべきでは』

《家を守る為、ですけど》
「文化摩擦と呼ばれる現象は必ず起こります、ですが、ならどうすべきか。何を本分とし、何を守るべきか。お互いの損と得を比べ、妥協する」

 そして屁理屈が怖いなら、解釈を細かく定める。

 大事なのは話し合い。
 それは家族でも、他人でも、国同士でも同じ。

《話し合いをしてみます。ですが取り敢えずは私の権限内で出来る事を、明文化を最優先で実行します、ジル》
『はい、私も最良だと思います』

 ジルとは血の繋がる家族では無い、けれど私には最初から親戚の様な関係だった。

 けど、仲間、家族だと思ってるってお祖母様が言ってて。
 私も、今やっと、その気持ちが分かった気がした。



「流石、慎重一家、よね」

 甘い罠、ハニートラップとパブロフの犬作戦。
 その見本を先ずは見せては貰えないだろうか、と。

《それでアナタがなさるんですか》
「まぁ、上手く行く自信が無いとも伝えて有るから、こうして向こうに改良点を出して貰う方が気が楽だし」

《どうしてか、イライラしてしまいそうなんですけど》
「私の苦労を気にする位なら、相談し合ってより良い案を出して」

《難しい事だと理解していますよね、馬鹿に馬鹿だと分からせるのが、どれだけ難しいか》
「道徳だ人権だと守れば、よ」

《外れる事を恐れるからこそ、なんですが、まだまだ未熟者ですね。すみません》
「年上にこんなにしんみりと申し訳無さを伝えられるって、新鮮、まだルツは若いって証拠ね」

 愛していると言えない。
 そんなネオスの気持ちを初めて理解出来た気がします、抱き締めるだけ、愛していると言うにはあまりにも申し訳無さ過ぎる。

 不甲斐なさが、言葉を止める。



『ノワール』
「どうしたのネオス?」

 言葉には表し難い、形容し難い、煩わしい気持ち。

『私に交代しませんか?』
「どうして?失敗しそう?」

 甘く笑い、甘く囁く。
 ただ、それだけなのに。

 心配の様な、嫉妬の様だけれど、違う何か。
 全く気の無い相手だと分かっているのに、仮初めの優しさだと分かっているのに、愛も何も無いと分かっているのに。

『私が、とても、嫌な気持ちだからです』
「んー、どう嫌なのかしらね?」

『私が気に食わない相手なのは勿論なんですけど、嘘でも心を砕いている様で、凄く不快です』
「お仕事でも?」

『だから私が変わりたいんです、嬉しそうに、泥水を啜ってる様に見えて』

「意外に美味しいコーヒー、欺くって実は凄く楽しいのよ、ハッキリと自分が優位だと分かるから。それが嫌なの?」
『いえ、勿体無いなと思うんです、どうせなら』

 どうせなら、自分に向けて欲しい。
 コレは、間違い無く独占欲。

「どうせなら、もっとマシな人間に優しさ向けて欲しい、そう労力を使って欲しい?」

 厳密には、違うけれど。

『はい』

 出来たら、私に、私にも向けて欲しい。
 もっと、今以上に。

「他には、どうして欲しい?」

 あんな者よりも、触れて欲しい。
 触れさせて欲しい。

 何故か、どうしてなのか。

『代わって頂けないなら、労わせて欲しいです』
「全然、平気なんだけど、ハグしておく?」

『はい』

 愛を込めて、労いを込めて。
 言えない気持ちを込めて。



《完璧でしたね、流石、東洋の魔女》
「ぶふっ」

 本当、偶にローシュが分からなくなる。
 他なら憤るだろうって時に可愛いって言い出したり、悲しんでたのに急にほくそ笑んだり、こうして笑い出したり。

《やっぱり、高祖母の冗談なんですね、笑いながら話してたって記録に違和感が有ったんですよ》
「ふふふふ、難しいわよね表現って、本当に……ふふふふ」
『もー、何が面白いの?』

「ぁあ、もう言葉が分かるんだったわね、アーリスは」

 メリュジーヌって竜の精霊が神格化されたから、その恩恵にって、貰った。

 ローシュが神様だって思ったから神様になれたんだって、不思議だなって思ったけど、神性ってそうして身に付く事が多いんだって。
 だからデュオニソス様とかが手伝って、この土地の精霊を神様にしたらしい、お互いの為になるだろうって。

『で、何で笑うの?』
「東洋の魔女、その本来の意味は運動競技が由来なの。私みたいに背の高い女性が球技をするのよ、団体で」

『それが魔女?』
「当時、私の国はその競技では無名で、急に色んな技を披露して勝ち進んだから。他の国の者が褒める意味で、東洋の魔女、東洋の魔法使いだって言ってたらしいのよ。私より上の世代が良く知ってるけど、私はこの程度」

《それ、何て言う競技なんです?》
「バレー、バレーボール、ふふふふ」

 背が高い、黒髪と黒い目の女ってだけで、東洋の魔女。
 ココでは怖い、悪い意味だって知ってるのに、ローシュは笑ってる。



『ルツ、やっぱり分かんない』
「アーリス、コレが教養よ」
《ですね、如何に知識が多いか、如何にそれらを繋ぎ合わせられるか。関連性が分からなければ面白いと思えない、何故、何が関連しているのか知らないと何も面白く無いですが。子供は何でも笑いますし、感性も有るでしょうね》

「そうそう、けど変化って面白いし、分かるのも面白くない?」
『出来る様になるのは面白いけど、分かんない』

「ぁあ、ちょっと待っててね」

 そう言って、次の日にローシュ様が用意させてたのは、絵だった。

 けど、その前に脳の説明から、って。

《ローシュ様の脳?頭の中の?》
「2人にも、頭の中で気持ち良くなれる物質が出る事が有ります」
『エッチ以外で?』

「以外でも、体を動かさなくても出るんです。快楽物質、ドーパミンが」
《はい?》
『それで?』

「で、先ずはこの絵を見ます」

《白と黒だけで、良く分からないんですけど?》
『ねー、沼の絵?』

「じゃあ、次はコッチ」

 白黒から、緑と茶色に。

《あっ、わ》
「はい答えも言っちゃダメ」

《ぷはっ、何も言ったらダメ?》
「アーリスが聞いたら、答えに遠くて、小さい所から」
『えー、教えてファウスト』

《ローシュ様、色は?》
「良いヒントね、うん、良いわよ」

《アーリスさん、色、良く見て》

『んー、あっ、馬』
「正解、ほら、もうコッチの白黒を見ても分かるでしょ」

『うん、凄い、何コレ』
「エウレカ、アハ体験、ゲシュタルト転換って呼ばれてたんだけど。寧ろゲシュタルト結合だと思うのよねぇ」
《ローシュ様、他には無いんですか?》

「有るわよ、はい、次」

 壺に見えるけど。

《はい》
『僕も』
「じゃあ同時にどうぞ、せーの」

《壺》
『横顔が2つ』

《えっ》
『えっ、あ、本当だ』

「はい、次」

 今度は漢字って呼ばれてるのを、何枚も何枚もめくって。

《なんか、変な感じになって来たかも?》
『ね、何かバラバラに見えてきた気がする』
「それがゲシュタルト崩壊、その反対に、情報が集約されて何か分かるのがゲシュタルト転換。はい、次はコッチの漢字を見てみて」

《ぁあ、転換、より確かに結合っぽい》
『うん、こう、グッてなってる』
「まぁ、厳密に言うとゲシュタルト転換とアハ体験は違うっちゃあ違うらしいんだけど。分かる!って楽しいでしょ?」

『うん、もっと見たい』
《うん、もう無いんですか?》
「そしてアナタ達の頭の中で、とある分泌物が出ています、快楽物質と言えば?」

『《ドーパミン!》』
「はい正解、飴ちゃんですよー」

『《あー》』

 あ、アンナさんに見られてるんだった。
 けどまぁ、いっか。



「ぁー、可愛かった、面白かったわぁ」

《ですね、流石ですルース様!》
「んんっ、止めてアンナ、それは本当にいけない」

《また、どうしてお鼻がピクピクしてらっしゃるんでしょう?》
「それはアンナを食べる為、熟したかどうか嗅ぐ為よ」

《赤ずきんですね。不思議ですよね、今思うと直ぐに溶けてしまいそうだなって思うのに、子供の頃はそんなに大きな口なら気付く筈だろうって》

「童の時は語る事も童の如く、一神教にも良い詩は有るのよ」

《やっぱり、良く知ってらっしゃいますね》
「時にはハッタリですよハッタリ、本当に、そこら辺に転がる石と同じだから。信じるにしても何にしても、程々でお願いしますよ」

《はーい》

「後は、簡単に成果が見えるまでは、設備の方かしらね」
《えっ、良いんですか?》

「あ、いや、それこそ過ごし易い様にって自分勝手な感想を言うだけよ?」
《是非是非》

 こう、長く居ちゃうのよね。
 本当なら、名残惜しい、って思われる程度に切り上げるのが1番なんだけど。

 どうもね、気になるじゃない、反応って。

《ご苦労様です》
「ルツもお疲れ様、手か肩でも揉む?」

《そう甘やかして人を堕落させようとする。まだそんなに怖いですか、尽くされるのが》
「そうねぇ、甘やかされると尽くされるって、凄く似てるし。未だに役に立たないと生きていてはいけない気分、ある種の原罪感がね、根付いたままだから」

《ぁあ、今、霊界に居るクーリナからの報告が降りて来ましたよ。アナタの元夫が独り身のまま、もがき苦しんだ末に、亡くなったそうです》

「ちょっと本気で信じそうになるわよね、魔法も有るし神様も見えて話せて、ルツは霊界との通信だって出来そう」
《他にも出来ますよ、喜ばせたり、悦ばせたりも》

「どうしてこんなにエロくなったのかしら」
《ローシュを良く食べる為ですよ》

 特上のイケメンに何でこんなに愛されてるのか、未だに不思議。

 あぁ、神様の恩恵かしら。



「アンナ、ココに木が欲しくない?休憩時の日陰用に」
《あぁ、確かに、直接日が当たると夏場は暑いですからね》

「雨量もだけど、それで美味しいブドウが育つのよねぇ」
《寒暖差と雨量ですからねぇ》

「寒いわね本当、大丈夫?ファウスト」
《中は暖かいから大丈夫ですよ》

 ルースさんの外套の中にすっぽりと入って、けど頭だけを出して。
 可愛い。

《ふふふ、可愛い、はぁ》
「凄い落差ねアンナ」

《もうウチの子達は反抗期で反抗期で》
「親の苦労を見せ過ぎてもダメだけど、見せ無さ過ぎでは?」

《そこ、ですかね?》
《けどローシュ様は苦労って言わないんです、楽しいって言うから心配です》

《あぁ、どうやらウチは見せ無さ過ぎの様ですね、はぁ》
「神様じゃないんだから、万能は目標でも目指すべきじゃない、でしょ」
《ローシュ様でも神様になれないって言うんですから、無理はダメです》

《ですよねぇ、良い子良い子》
《んー、子供扱いは嫌なんですけど》
「そう思うウチは子供、童の時は語る事も童の如く」

《もー、それ探すの大変だったんですからね》
「ぁあ、どの章とか覚えて無いの、ごめんなさい」
《コリント書その1、第13章、11節です》

《ファウストちゃんまで、ネオスさんだけかと思ってたのに》
《ローシュ様が唯一好きな部分だそうなので、寧ろ皆が暗唱出来ます、ココだけ》
「唯一って、天使さんだって好きよ、ガブちゃんとかミカちゃんとか」

《それは、何故、知る事に?》
「娯楽から、絵と言えば絵が好きなのよね、薔薇物語の挿絵みたいなのとか好きだったのよ」

《あ、どうなんですかね、アレ》
「自分にとって良いと思える常識的だろう知識だけ、を抜き出せれば良い本だとは思う。けど、つまりは難解本になってるから、評価は中。全体でも前中後編分けても、だから改変は凄く良いと思う」

《はぁ、良かった》
「ダメよ、素人、専門家の意見じゃないって事を良く覚えておいてくれないと」

《はい。けど、逆に、なんですけど。素人、一般の方って、そこまで幅広いのですか?》
「まぁ、コレがオタク、マニアです」

《成程?》
「まぁまぁ、さ、はい、次に行きましょう」

 そうして庭園に行くと、そう先程言っていた様な天使さんが。

 天使さんが?!
 何故?!
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