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旅立ち。

サンジェルマン伯爵家。

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 マナーを学ぶ為の学園を作ったのは、先のイザベル女王の国婿こくせい、シャルル5世だと表立っては言われているけれど。
 本当は、私達家族がお願いして作って頂いた、謂わば学園の先駆け。

 歴史を踏襲しながらも、差別や文化の消滅を避けられる様に、けれども無理無く時代を推し進めるのが私達一家の役目だと考え、行動している。
 でも思う様には行かないモノで。

『お嬢様、先日の報告に有ったローシュ嬢をそしった者が入学して参りましたが』

 何と嘆かわしい事か、コチラのミスで優秀だろうと思われる方を傷付け、すっかり閉じ籠らせてしまったのだ。
 神々と祖父母により同胞だと聞いていたので、丁重におもてなしを、とクリスティーナの家に預かって貰ったのに。

 糞女が若いからと言って、例え祖父や祖母が許しても、私は絶対に許さない。

《あぁ、なら死刑ね》
『お嬢様、流石に死刑は無理です。最も品位の高いとされるクラスに入れるか、最低クラスに入れるかのご相談で御座います、どうぞ評価表で御座います』

 品行方正、清廉潔白とは真逆。

 品性下劣、佞悪醜穢ねいあくしゅうわい風紀紊乱ふうきびんらん傷風敗俗しょうふうはいぞく
 遊惰放蕩ゆうだほうとう、白眼青眼、俗臭芬々ぞくしゅうふんぷん、野卑滑稽、奢侈淫佚しゃしいんいつ、荒淫無恥。

 幸いにも、今まで盗む事が無かったからマシはマシ。
 けれども、こんな子女を野放しにしていては。

 流連荒亡。
 この国は滅びてしまう。

《Les agriculteurs Péquenaudか、fermier redneck、田夫野人の称号を授け、最高位のクラスへ入れたいと私は考えています》

『はい、ではコチラにご署名を』

 この学園は私の一存では動かない。
 流石に紳士淑女も預かるのだから、家族会議が必要なのよね。



「うん、評価表の言葉を使わず、見事に表現した。このままこの2つ名を使わせよう」
『そうね、最高位クラスへの配属も。まぁ、下劣な民に慣れて頂くには良いでしょう、善き見本だけでは純粋培養と化して直ぐにも病んでしまうでしょうし。はい、承認』

「それと」
『彼女の事よね、すっかり怯えてしまっているそうよ、お義母様がどうにかならないのかと気にしているのよね』

「その件だが、学園へ招いてはどうだろうか」
『まぁカンネに?綺麗な海沿いを満喫して頂こうと思っていたのだけれど』

「イエールまで出れば、また海だし、海が好きな人かどうかは分からないんだ。意外とカンネの自然を気に入ってくれるかも知れない、お断り出来る様に誘えと伝えておこう」
『そうね、私達一家の事を知りながらも接触して来ないのは、単に機会を伺っているだけかも知れないものね』

「流石、僕の聡明な妻だ、愛しているよマリー」
『ふふふ、私もよ、けど今は書類仕事を終わらせましょうね』

 僕ら家族は、転移者の子孫。
 元は曾祖母の一家がこの地へ、神へと遣わされ、そのまま居着いたと聞いている。

 曾祖母は医師だったらしい、そしてその娘夫婦は料理人と教師。
 そして僕の母である3姉妹はそれぞれに比較宗教学、服飾、農業を学んでいる最中だった。

 そして家に家族が揃っていた時、災害が起き、気が付けばこの地に居たらしい。

 遠い先の時代、将来、未来と呼ばれる新しい時代でフランスと呼ばれるとされる、このフランク王国へ。
 神に遣わされたのだ、と。

 ただ、私もマリーも、それこそ娘のアンナも神々の姿を認識する事も声を聞く事も出来ない。
 神々に会えるのは、それこそ女王と国婿こくせいのみ、しかも就任時だけらしい。

 そこでもし神々がお見えにならなければ、女王や国婿として認められず、そのまま廃嫡されると言われている。

 だが、嘗ては民ですらも神々と会い、話が出来ていたらしい。
 が、忌むべき事象が頻発した事で、神々は手を引く事になったのだと。

 その一端を担ったのが、魔王の分化、およそ200年前。
 一神教の爆発的な広まりにより、7つの大罪と呼ばれる概念が一部で定着をし、魔王から暴食と呼ばれる者が分化した。

 そうした事象を許してしまった全世界の人々への罰だ、と各国で大騒ぎとなり、一神教が排斥される流れとなった。

 だが既にシルクロード沿いでは一神教が定着しており、争いを避ける為、各国では勧誘と布教活動のみが禁止とされた。
 その者達が信じる神を否定するのは、自分達の神をも否定する事になるかも知れない。

 そして、その神に救われる者がいつか現れるかも知れないから、と我が国も無理に追い出す事はしなかったのだが。

 度重なる魔女狩りの復活、そして悪習因習を復活させようと。
 何故か、同胞らしき者が暴走を繰り返し、最近ではルーマニアへも突撃した。

 そしてそれを退け、魔女とされる者を保護しているのが、ルーマニアの大魔女。
 祖母と同じ黒い髪と目、適度に日焼けした肌色を持つ、東洋の魔女だと。

「あぁ、我らは学ばかりで、実は怒らせてしまっていたのだとしたら」
『各国を穏便に出立しているからこそ、隣国からも不穏な噂は聞かないのですし。そう、ヒップヒップな方々とは違うのでしょう』

「匹夫匹婦、ぁあ、多夫一妻制を気にしているんだろうか」
『ぁあ、貞淑であれ、そう教えを広めている最中ですものね』

「そこを、そうでは無いんだけれど、ぁあ」
『誤解を解く為にも、やはりお招きした方が良さそうですわね』

「そうだな、あの子への伝書紙に、そう付け加えておこう」
『ですわね』

 同胞よ、もし貴女様が人面獣心で無いのなら、どうか味方だとご理解下さい。



「ネオスェ」

 サンジェルマン伯爵家より、ローシュ宛てに招待状が届いてしまった。
 けれども内容としては。

『ローシュ、貴女を愚弄した子女を処罰している最中なので、是非にも観覧しに来て下さい。と』

「観覧、見学では無く?」
『はい』
《ルツさん、見せ物として楽しめる、と言ってます?》
《ですね》
『行こうよローシュ、ざまぁ、見に行こうよ』

「敵地かも知れないのに?」

 ローシュが心配しているのは、怒られる事、余計な事をしてしまう事。
 そして巻き込まれてしまう事。

《なら別れて行動しましょうか、ネオスとローシュとアーリス、私とファウスト》
《いやだぁ》
「ファウスト、全滅より生き残りが最優先、ココからの逃げ道は覚えましたね?」

《シャモニーでキャラバンと合流して、スイスを抜けてドイツ、ポーランド、ウクライナ回りで行くか。ヴェネツィアから海路か、です》
「船も、馬も、乗り物がリレー方式だからこそ安全で早い。けれどもお世話になるなら?」

《お手洗いを綺麗に使って、手を良く洗う、お風呂に入れたら毎回服も綺麗にする》
「そう、移動の要は病気を広めない、我儘せずに我慢は言わない」

《でも今は逃げて無いですよ?》
「いつ逃げる事になるか分からない状態、逃げてるのとさして変わらないの」

《えー》
《この学園は、バール州のカネル、この山を抜ければグリモーの港も使えますから。私達は馬を使って移動し、待つか同時に到着する様にするか》

《じゃあ先で待ってます、情報収集しないとですし》
「よろしくねファウスト、ルツ」
《では、杞憂も一先ずは先送りに出来ましたし、準備しましょうねローシュ》

「確かに1週間の滞在だけど、そう溜まっても」
《私には害が有るかも知れませんよ。ファウストとネオスはクリスティーナ夫人に招待状の返事と、旅の予定を伝えてきて下さい》
《はーい》
『はい』

 そうして伝え戻ると。

《あー》
『ファウスト、勉強をしに戻っていて下さい』

《はーい》
『アーリス、コレが実際の行程表です』
『はーい』

 ルツは最近、ワザと私を煽る様な真似をする。
 それにアーリスも。

『では、以上です』

『ちゃんと手を洗って優しく触ってる?』
『余計なお世話ですよアーリス』

『だって強く刺激し過ぎると、イザって時に役に立たなくなるかもだよ?』
『知ってますから構わないで下さい』

『そんなに不機嫌になるならローシュに相手して貰えば良いのに』

『私を構うより、ローシュを構えば良いのでは』
『今日はルツの日だから邪魔出来ないもん』

『あぁ、暇なら挨拶でも覚えて下さい』
『はーい』

『学園ではちゃんと返事をして下さいね』

 前なら、それこそ鳥の鳴き声と同じで気にならなかった。
 けれど。

『休憩してくる』
『はい』



 何で我慢するんだろ、ネオス。

『ファウストは、ローシュより良い女がこの世に居ると思う?』
《30過ぎで?それとも見た目年齢通り?》

『どっちも』
《ナポリには居なかったし、ココにも居ないと思う》

『だよねぇ』
《お胸を出してるのは寒そうだし、下品だと思います》

『下品の意味、分かってる?』
《勃起チ〇コモロ出し》

『あぁ、うん、下品だね』
《見せるならお金を貰った方が良いと思う、それか特別な人にだけ見せるか》

『うん、そうだね、誰にでも見せてるって価値が低そうに思えるからね』
《でも、ローシュ様のレースのケープは、逆にエロい》

『わかる』
《余計に気になる、見ちゃう》

『隠す方が逆にエロい』
《不思議!》

『ね』

 今夜はこのまま下でファウストと一緒に寝ようかな、ネオスの邪魔をしても可哀想だし。



「はぁ、学園に行く服が無いからって、服を仕立てる所からなんて」
《アナタのレースのケープが逆にエロスを呼び起こす、賛成多数で可決されましたので。透けぬ様、シルクと綿モスリンで付け襟を作っただけですよ》

 クーちゃんが大好きなロココだからこそ、新しい事はしたくなかったのに。
 ルツやネオスがクリスティーナと相談して、新しいファッションとして、今のドレスにもボディスにも使える付け襟を製作させてしまった。

「モスリンって綿なのね」
《ソチラではメリノウールとの混同から、毛織物がメリンス、モスリンとなったそうで。本来は17世紀に広まる筈の品物、向こうではダッカモスリンと呼ばれる滅ぼされた品物から広まったそうです》

「クーちゃんね」
《はい》

「はぁ」

 あの子が居たら、あの子に沢山着せて遊ぶのに。

《ローシュ様》

「まぁ、ファウスト、似合うけれど」
《変装用です、どうですか?》

「似合う、超可愛い」
《えへへへ》

「この、1着だけなの?」
《ドレスも有りますよ》

「けど、嫌じゃないの?」
《嫌じゃないです、褒められるのは嬉しいし、自分でも似合うと思います》

「可愛げが無いのが可愛いわ、その、着てきてくれる?」
《はい》

 あぁ、凄い現実逃避方法だわね、コレ。



《1番、似合っていたのは誰ですかね》
「ネオスね、私と背が同じだし、綺麗で可愛い。ルツはもう貴婦人が過ぎてちょっと怖いのよ、背も有るから王族みたいな迫力で。アーリスとファウストは可愛い」

《女性体なら》
「ルツは、エロが過ぎる、ネオスは真反対で素朴。アーリスって真ん中って言うか、全く変わらないのよね、不思議」

《性別に拘らないからこそ、そこかも知れませんね》
「可愛い男の子が好きだからって、まぁ、イケメンは確かになりたいとは思わなかったけれど」

《ファウストとネオスに嫉妬したので、今日は私だけの日でお願いしますね》
「この前もしたでしょう」

《まだ出発までに日はありますし、この位が丁度良いかと》
「待って、隣にネオスが」

《音は聞こえない様にしてあるんですから、大丈夫ですよ》
「本当に?この前は凄い余所余所しくされたんだけど?」

《男子にも事情が有るんですから、それでは》
「あー、夢精位は別に気にする必要は無いでしょうに」

《かも知れませんし、まぁ、難しい年頃ですから》
「あぁ、ネオスを宜しくね」

《なら、教えるつもりで今日はしてみましょうね》

 覗かない。
 その選択肢も有るんですけど、学べる、得られるとなると無理でしょうね。
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