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始まり。

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 ローシュと名乗る女性が、敢えて警戒心を低く見せる為なのか。
 本当に、鍵無しだと言われる部屋で眠る、と。

《あの、鍵はコチラを代用なさって下さい》
「いや、何も別にそこまでしなくても」

《本当に良いんですか?》
「実は性病持ちかも知れませんし、信じてますし、宜しくどうぞ」

 度胸が有るのは結構なんですが、問題はもう1人の方。
 今までの話の8割は彼女が主導している可能性が高い、対する彼は消極的で配慮が足らないと言うか、騎士道精神が微妙と言うか。

《分かりました》

 彼はまだ幼い感じですし、少し、この人を使って揺さぶってみましょうかね。





 長い長い1日が終わり、気がついたら朝だった。
 魔法、しゅごい。

 あぁ、涎ヤバい、今日から朝風呂にして貰おうかな。

 つかアレよね、共同トイレってだけで病院みを感じるって、奇異か。
 言うの辞めとこ。

『おはようございますローシュさん』
「お、おはよう」

 良かった、顔と髪を洗った後で。

『あの、コンタクトをどうしようか悩んでて』
「あぁ、なら人見知りって事でベールで隠そう、良いレースが有ったから、そのまま使えば良いよ」

『ありがとうございます』

 うん、朝から眼福で幸せ。

 そうして部屋でキャッキャしていると。

《起きられましたか、おはようございます》

 赤髪のイケメン、ルツさんがワゴンでティーセットを運んで来てくれた。
 寒いもんな、助かる。

『おはようございます』
「昨夜は助かりました、おはようございます」
《いえいえ、それより髪が濡れてらっしゃいますけど、髪留めの使い方が分かりませんでしたか?》

「いや、後で説明しますわ」



 先ずはお茶の前に検査の為、唾液を提出する事に。
 確かに、なんでローシュさんの髪が濡れてるんだろ。

《では、その前に乾かしましょうね》
「どうも」

 それから唾液を提出し終えると、髪を濡らした理由をローシュさんが教えてくれた。
 寝相が悪いのと、ヨダレを垂らす癖が有るから、と。

《あぁ、ならお風呂は朝にしましょうか》
『僕も朝で大丈夫ですよ』
「すまんね、ありがとうございます」

《それで、その癖はどんな時に出るんでしょうかね》

「ストレスやプレッシャー、緊張や悩みですかね」
《医学の知識が有りそうですね》

「いやー、我々は流行性の病気の真っ只中だったので、ね?」
『ですね、一般的な、一般人の知識が多少は底上げされた感じだと思います』
《その病気の事を良いでしょうかね》

「任せた」
『はい』

 僕としては空気感染だと思うと言う事から始めて、発熱はするが必ず高熱になるとも限らない。
 咳、関節痛、果ては内臓までダメになると説明した。

《では、発疹は?》
「あぁ、出る人も居るって聞くけど」
『ですね、けど稀だった様な』

《なら、ローシュさんの首筋に有る様な発疹でしょうかね》
「へ」
『え?』

 昨日は無かった気がするけど。

《鏡です、どうぞ》

「こ、あ、何て事を」
《確認ですよ、確認》
『それって』

「知らん、分からん、一服する、その先生に聞いてくれ」

 全く、何の事だか意味が分からない。
 最初はそう思っていたけれど、ルツさんの笑顔で分かってしまった。
 アレ、キスマークだ。

『な、何でそんな』
《ふくよかで魅力的ですし、ほんの冗談半分ですよ》

『冗談半分って』
《半分は本気ですから》

『そんな素振りは』
《馬鹿みたいに表には出しませんよ、何せ良い大人ですから》

『良い大人が無許可であんな』
《誰が無許可だなんて言いました?》

 頭が真っ白になった。
 そうだ、確かに無許可だとは言って無い、けど。

『けど、あの反応って、合意の上とは言えない感じでしたけど』
《ですが貞操観念が緩くは無い、とのポーズかも知れませんよね》

 それは、確かに。
 けど真っ赤になってたし、驚いてたし。

『でも、驚いてましたし』
《明かりを消してお互いに夢中なら、気付かない場合も有るかと》

 え。
 じゃあ、実は隣りで?
 そうか、隣りでも魔導具を使ってたら、声は聞こえないだろうし。

 けど。



『ローシュさん、あの、それは』
「マジで知らん、冗談が過ぎるぞ先生」
《流石に検査結果が出る前なんですから、何も手出しはしてませんよ》

「いや口は出してるじゃん」
《そうですね、失礼しました、それ以外は何もしてませんよ》
『すみませんローシュさん、僕がもっと気を付けてれば』

「いや、うん、こんなラフな方だとは思わなかったコッチも悪いし」
《今日にも内鍵は付けますからご心配無く》
『それでもですよ、ごめんなさい』

《本当に何もしていませんよ、違和感も何も無いでしょう?》

「あぁ、まぁ」

 僕にも何か出来る事を、何か恩返しをと思ってたのに、完全に後手に回った。
 ルツさんが冗談半分だったから無事なだけ、本気だったら今頃はこんな風にお茶を飲める状態ですら無い筈で。

『抜けててごめんなさい』
「いや、油断して特に何も頼まなかったし」
《そうですね、もう少し気を付けてあげても良いと思いますよ。同性だったとしても》

「反省してるのに追撃は」
《ココは向こうと違って死は身近なんですから、危機管理能力が危ういとなれば、危機的状況において私は君を切ります。お呼びしておいて一方的だとは思いますが、気遣いも危機管理のウチです。相手を良く見る能力が無いなら本当に外部とは接触させられません、異性だからこそ、私が指摘する前に気付いて気配りをすべきです》
『すみませんでした』

「比較は無意味、心配なら教育して下さい」
《勿論、そのつもりですが財源も資源も限られています。アナタ達は貴重な資源でも有りますが、価値次第で相応の対応を取られる事を覚悟しておいて下さい。但し、私は女性にしか興味は無いので、そこもご留意下さい》

「見下げ過ぎでは」
《こう頼りきって自分が反論すべき場所ですらローシュさんに押し付けてるんですよ、厳しくもなりますよ》

「そんなに危機的状況ですか」
《はい、正直に言って迂闊な方には情報を差し上げられない程度には、隠したい情報は有ります》

「コレはチャンスだよ、見当が付いた」
《では耳打ちをお願いしましょうかね》

「近付きたく無いんだが」
《大丈夫ですよ、もう合意の無い身体的接触はしませんから》

「じゃあ」

《はい、正解です》

 昨日と今日で得られる情報の中から、ローシュさんが簡単に想定出来た事。
 何だろう、きっと多分、単語として出た、筈。

 そう悩んでる間に、朝食の時間になってしまい、食堂へ。

 そして僕が悩んでいる間、朝食が済み、その後はローシュさんが病気の情報を補足してくれた。



 免疫と言う概念は有りましたが。

「自己の免疫が暴走。あぁ、アレルギーってどうなんだろう、お腹を壊すとか発疹が出る」
《食中りでしょうかね》

「それ軽度、重症は窒息、咽頭が腫れて塞がる」
《毒物では無く》

「うん、他の人には無害」
《そうですか、今までの死因の再検討の必要が有りそうですね。結婚しましょう》

「は?」
《自己の免疫の暴走、その概念の存在が確定しただけでもココで優雅に暮らせるだけの価値を発揮しましたから。婚姻は後ろ盾にもなりますし、確実に安泰ですよ》

「なら彼も、論拠の補強に」
《アナタが補強になってますから不要です》

「いや実験は再現性とか第三者機関で確認を」
《それをアナタがしたんです》

「常識、均等分配にしてくれ、先んじて出しただけだ」
《謙虚で優しさが有る、素晴らしいですね》

「それ止めろ、マジで嫌いになるよ」
《庇えば良い時期は過ぎてるのでは、成人してらっしゃいますよね》

「どうしてそう思う」
《アナタが子供扱いしないからですよ》

「あ」
『その通りです、成人してるのにしっかりして無くてごめんなさい』
《謝るより成果を、見当が付きましたか》

『いえ』
「期限は無いでしょ、それに外に出ないなら知識さえ有れば良い筈、そこまで追い詰める必要性が無い」
《アナタは妙齢の筈、なら婚姻も想定されるべき。そうなれば君は独り、誰も庇ってくれなくなりますよ》

「それは他人なら、では。従兄弟とかなんです、つまり身内、家族」
《そう出ますか、なら連帯責任が発生しますよ》

「っ、どうする、クリーナちゃん」

 コレは、僕に被害が来るかも知れ無いと配慮してくれて。
 けど、コレに甘えるべきなのか、僕の査定は遠慮出来る状態なのか。

《君が下手な相手と結婚したら、ローシュさんやローシュさんの子供にまで被害が行く事も考慮して、返事をして下さいね》
「そこはすまん、良く知らない部分だから信用するとは言い切れない」

『僕も、言い切れません』

《あぁ、お付き合い等をされた事は?》

『ぅう、無いです、女友達も、友達の友達に居た程度で』
「マジか、可愛いのに」

《つまり、性的な対象は女性と言う事ですか?》
『はい、姿だけで中身までとは思ってません』

《それは失礼しました、お身内かどうかはローシュさんが結婚するまでに答えを出して頂ければ結構ですよ》
「急に軟化して」

《子供に格下げさせて頂きました、子供なら配慮が足らずとも仕方無いですし》
「そう煽らなくても」

《果ては強欲な女に支配されて良い様に使われては困るので、公私共に管理下に置くと言う事です。嫌なら大人らしく振る舞って下さい、でなければ政略結婚させるだけになりますよ》

「そん」
《それだけ危うい存在なんです、他国へ情報や力を売られる位なら、例えアナタに恨まれても殺します》
『それだけ、大事な何かが有るって事ですよね』

《はい、国民を守る為に賭けに出たんです。どうかお互いの為に協力し合いましょう》

 そう、本当はそれしか無い。

 全てが本当なら、寧ろ協力すべき。

『一切、嘘が無いなら』
《はい、勿論ですよ》



 ウッカリ結婚と言われて意識が飛びそうになった、けど政略結婚にせよ冗談にせよ、妙齢に結婚をチラつかせるのは頂けないわ。

「はぁ、休憩させてくれ」
《悩むのは程々にお願いしますね、治せても痛みを感じるのはアナタですから》

 こう言うって事は、ストレスからの病気を発症するって情報も有るって事で。
 その知識の源は、転生者か。

 転生者だけでは不十分だから呼んだ。
 なら、何が不十分なのか。

 流行り病?
 アスピリンはカビだっけ?
 その程度の知識しか無いぞ。

 他のは、魔女狩りから国を守る為?

 国防?
 そんな専門知識無いぞ。

 いや、活かせそうな何かを発想すれば良いワケで。

 発想が貧困な転生者しか居なかった?
 若しくは既に老人なのか、他国に行ったか。

 会えるかどうかだな。

 けど、どう確かめる。

『あの、ローシュさん』
「おう、しゃがんどけ、煙臭いし」

『あ、はい』
「ほいで、どうしましたか」

『あの、本当に大丈夫ですか?』
「おう、相当のお粗末さんじゃ無ければ何も違和感も不快感も無いし。検査前には手出ししないでしょうよ、医師なら」

『疑ってるんですか?』
「半々、医師の資格がどの程度か、技術はどの程度なのか確認はしないとね」

『すみません、本当に』
「いや、気持ちを切り替えていこう。ヲタク趣味的なのって有る?」

『はい、じ』
「ストップ、部屋で聞く、有るなら良いんだ。多分それが査定の材料の底上げになるだろうし、帰還方法の取り引き材料にしたら良い」

『帰れるんですか?』
「まだ聞いて無いけど、もし有るなら譲る」

『え、どうして』
「どっちで野垂れ死ぬかだし、理由は追々で。もう戻るから先に戻ってて」

『はい』

 可愛いのに童貞か、可愛いな。



 ローシュさんと食堂で洗い物の手伝いを終え、検査室の有る塔へ。

 そこには僕が想定する以上の、医療と科学の発展した設備が有った。

「歴史ダメなんだわ、顕微鏡って」
『無い筈です、西暦が1600年頃じゃないと』
《だそうですが、ココには正しく先人の知恵の恩恵で進化が早まっているそうです》

「殺菌に最も有効なのは」
《流水洗浄、薬剤、煮沸、直射日光、浄化魔法の手順で注射器は洗浄して有りますよ》
『食品衛生でも似た感じですよね』

「お、資格持ち?」
『はい、飲食店で働いてます』

「正社員?」
『いえ、大学生です』

「おぉ、ワシより頭良い」
《なら見当が付きそうなモノですけどね》
『すみません』

「嫌味ったらしいのは下品」
《失礼しました。他に何か質問は?》

 僕に譲ってくれるみたい、申し訳無い。

『主な死亡原因は何ですか?』
《怪我、病気が殆どですね》

『病気の内訳は?』
《敗血症、衰弱死》
「衰弱に至る理由は」

《採血させて頂いても?》
「コッチを先にして、つか採血の目的は」

《輸血用に血液型の特定と、色々です》
「魔法や魔導具で血を使う行為は」

《存在しています》
「具体的に」

《盟約魔法、嘘を暴ける魔法を行使する際に使います》
「だけ?」

《はい》
「じゃあアナタに使う、それから採血だ」

《分かりました、では術師を呼びますから、暫くお待ち下さい》

 部屋に戻る事になり、僕はお守りの続きを。
 ローシュさんは小袋を縫い始めた。

「はぁ、コレがマジなら少しは安心だね」
『マンガの知識ですか?』

「おう」

 僕には無い知識。
 役に立たないから吸収するなって言われてたけど、ココでは凄い役に立つ。

 けど、僕は。



 ヲタク知識と勉強、コレ両方だったら無双出来たんだろうなぁ。

『僕、好きな事がしたくて独り暮らしを始めたんです。バイトも、趣味とか好きな事には全くお金を出してくれない親で、マンガもアニメもダメで』

「それで何で女装?」
『反対に妹は甘やかされて、可愛い服も買って貰えてて、良いなって』

「あぁ、妹さんも可愛いんだろうに」
『外見だけ、滅茶苦茶性格が悪いんですよ、父親そっくりで性格が最悪なんです』

「浮気とかDV?」

『モラハラに近い独善的な人で、浮気は分からないです、勉強して立派になれって追い立てられてたので』

 苦々しい顔。
 けど、その勉強が無かったら時代考査すら厳しいんだし。
 それに独り暮らしを許してるって事は、ある意味で信用してるのかも、だし。

「今役に立ってるし、独り暮らしを認められてるって事だけ見ると、信用はされてるんだなて思える。ウチは父親が死んだから独立出来た部分も有るのよ、負債がアホみたいに有るのに母親が家にしがみついて、ソレと縁を切る為にもね。しかも親戚の子が若くに孤独死してさ、2年前、今思うと流行病だったのか分からないけど、そこの家もバラバラになるし、コッチはコッチで離婚するし。だから戻りたく無いのよ」

『離婚、ですか』
「同棲するって時に家具を買いに行く予定だったんだけど、結局は来なくて。寝坊したって言うから自分だけで買い揃えて、同棲して、喧嘩して、その流れで携帯見たら家具を買いに行く前の日の夜に女と会う約束してたメールが残ってて、飲んだだけだって言うから許してみたけど。今度は100万円越えの借金発覚、その揉め事の最中に父親が死んで、親の借金でも揉めて、親戚の子が死んで。それで離婚する事にした、生きてたら君の2つ上、今その子が死んだ部屋に住んでる」

『仲が良かったんですか?』
「分からん、微妙だったかも。ただ君の年で死んじゃって、もっと、何かしてあげられたんじゃって。ごめんな、自分語りになっちゃってるわ」

『良いんです、僕、何も言えなくてごめんなさい』
「いや、うん、余計な事を言わないのも良い事だよ。親戚の子が死んだ時にさ、元旦那に言ったのよ、あの子の事で悩んで寝れないって。したらソイツ、俺なら寝れるけど、だって。コイツが死ねば良かったのにって思ったら、今まで許せてた事が許せなくなってね、触られるのも嫌になって、離婚したのよ」

『大変だったんですね』
「今でもね、親の家はゴミ屋敷寸前だし。結婚してた時は借金返済の為に敢えて働かないで返済の為に節約とかしてたのよ、コッチが稼いだ金まで加算して考えて欲しくなかったし。自分だけで返せるって思ってた、とか言ってて、それに働くにしても経費が掛かるじゃん?」

『ですよね、分かります、出掛けるってだけで化粧も洗濯も風呂もお金が掛るし』
「それな、出るのは金が掛る、それこそ子供を作る気でいたからさ。1~2年だけ妊活しながら働くとか、結局は、じゃん」

『コスパ、ですよね』
「家計的にも社会的にもね、マトモに働ける様になるまでに半年以上もコストを掛けるワケじゃん、会社は。けど2年で辞めて、しかも戻って来ないバイトとか迷惑じゃろ」

『迷惑とまでは、けど、コスト的にはですよね。妊娠とかも、ですし』

「と言うか、まぁ、ね。何かもう、全部が嫌になって、全部切って、慰謝料で細々と生きてたのよ。資格は有るけど職歴が無い、しかもあのご時世だったからお先真っ暗。だから、直ぐに死ねる毒か何か貰ってココで適当に生きるから、君は帰れたら帰った方が良いよ、まだ未来が暗く無いんだし」

『でも、あんな趣味が有るし』
「良いお店を教えるよ、鶯谷と新宿のイベント出たら直ぐに友達も出来ると思うよ」

『あのイベント行った事が有るんですか?』
「おう、代表の若い頃とかこの距離で見たぞ、マジ可愛かった」

『良いなぁ、行こうかと思って迷ってたらココに来ちゃったから』
「大丈夫、君は凄く可愛い。けど最近はどうなんだろな、凄いハードル下げてもあれだろうし」

『最近のって写真無くて、レベル高くなってるって、ネットの噂しか分からなくて』
「いや、それでもよ。それと慣れ、最初はピーク時に行って少しだけ居て慣らして、次は2時間滞在、とかって慣らす。可愛い子だけ見ない、女も全部見てから、自分が真ん中より下で嫌だって思ったら帰れば良い。今日はレベルが高かったな、で済ませる」

『慣れてるんですね、僕みたいなのにも』
「オバサンですし、経験位は無いとね。すまんね、顔洗ってくるわ」

 あぁ、まだ立ち直れて無いんだなぁ、馬鹿だなぁ自分。



 お茶と共に術師を連れ、彼女達の部屋へ。
 ローシュさんの目を見ると、少し、赤味が。

《何か問題でも》
「いえ大丈夫ですが、何か」

《目が赤い様ですけど》
「少し眠気で擦っただけです」

 嘘が分かり易い方で助かります。

《そうですか、では始めましょうか》

 痛みへの反応は有る。
 彼の方も血を見て痛そうな表情をした、なら大丈夫、少なくともサイコパスでは無い筈。

 そして魔法への認識は、彼は魔素が見えているらしいけれど。
 彼女には見えていない。

 盟約の紋様に驚いているのは、今、魔法の存在を認識したと言う事でしょうね。

「ハイで答えて下さい、嘘は言ってませんか」
《はい》

「隠し事は有りますか」
《はい》

「私達に関わる重要な事を隠していますか」
《はい》

「無条件で重要情報を言えますか」
《はい》

 細い糸で捻り上げられ、今にも切断されてしまいそうな痛みが。
 赤黒くなる小指の根元を見て、彼は酷く眉をひそめ、彼女は僅かに眉をひそめると唇を噛み締めた。

 あぁ、このまま顛末を見届ける気なんですね、度胸も有って本当に素晴らしい。



 ローシュさんはルツさんの小指が落ちるまで、赦すとは言わなかった。
 そして赦すと言った途端、全身に広がって明滅を繰り返した赤黒い紋様は、消えた。

「ごめんね」
《いえ、この方は治療師も兼ねてますから大丈夫ですよ》

 もう僕はココまでで良いと思ってしまったけど、ローシュさんは追求を続けた。

「ココからは自由に返答して下さい。国家を揺るがす脅威と思っている事は、3つで収まりますか」
《いいえ》

「我々も脅威」
《はい》

「今まで嘘は無い?」
《はい》

「女好き?」
《いいえ》

「好んで男を抱く」
《いいえ》

「男を抱ける」
《試してみた事が無いですし、いいえで》

「想像上では抱ける予定」
《いいえ》

「この子は抱ける?」
《いいえ》

「何で」
《餓死寸前の体型はちょっと、普通に流行ってませんから。ね、治療師さん》

 大きく頷いてる。

「コレ、標準体型より太いんですが」
《健康と裕福さの証ですし、気になる様でしたらお手伝いしますが、ココで過ごせば勝手に落ちる場合も有るそうですよ。ある意味でカロリーやエネルギーは、魔素と直結しますので》

「消費したら、でしょうよ」
《試して頂いても結構ですが、健康診断が終わらない状態ではオススメしません、魔素が枯渇すれば最悪は死にますから》

「ぉお、魔法の有る世界っぽい」

 ―――ふふふっ。

 マントをしたままの魔法師さんが、小さく笑った。

『もう、人間のフリが面倒なのだけど?』
《仕方無いですね。どうぞ正体を表して下さい》

『どうも、ココの神の1人、アリアドネよ』
「ルーマニアにギリシャ神話?」

『夫が誰か分かるかしら』
「すみません、そこは不勉強で」
『僕も、すみません』
《酒の神、葡萄酒の神、でも分かりませんかね》

「バッカスさん?」
『ほぼ正解よ、ギリシャではデュオニソス。そしてルーマニアの名産品と言えば』

「ワイン!」
『そう、正解よ、ふふふ』

「いやー、詳しく知らず、すみません」
『ココは一時蹂躙されて神の座が空いてしまったの、だからデュオニソスがココは僕のだって、ふふふ』
《葡萄園を絶やさない条件付きで守護して頂いています》

「残念だけど農業関連の知識皆無、剪定や摘果するんだって位よ」
《ワインに関してはご心配無く、既に輸出品としても安定供給されてますから》

「なら脅威ってなに」
『ほら、意地悪しないの』
《宗教改革が起こり、移民が増えているんです。ですが王は討伐隊と共に遠征を繰り返していまして、代理を任せられる指導者が必要なんです》

『王妃か右腕か、両方ね』
《はい、ですが鎖国状態の上に噂も足を引っ張る事態で》
「ほう?」
『王様の名前って、もしかして、ブラドさん』

《はい、ブラド3世、ヴラディスラウス・ドラクリヤ様です》
「あらー」
『じゃあ、今は』

《西暦1400年代です》
「ほう、任せた」
『歴史はどうなってるんでしょうか』

《オスマン帝国との和平交渉へ向かう途中に先王が暗殺され、同行していた3世が調印式に出た事に激怒した長兄のミルチャ2世が、次男のブラド3世と三男のラドゥ4世に捕縛命令を出し、揉め事を避ける為にオスマン帝国はお2人を砦に幽閉と言う名目で保護。内線が収まるまで養育して頂いた後、成人後のブラド3世が王位を剥奪。現在は帝国との同盟以外、鎖国状態にあります》

『先ず本来なら、実際に幽閉したまま。今は八方と戦争になってる筈なんです』
《それは魔獣や魔王の居ない世界の場合、ですね》
「あぁ、脅威は魔獣と魔王で一致団結か」

《はい、それと疫病、その疫病を収めたのは召喚者様と転生者様です》
「けど今は魔女狩りで引っ掻き回してるのも」
『そう、それに対抗したいの。真正面から戦わなくても良いから、手出し出来無い様になってくれれば良い、だけ』

《転生者様は居りますが、今は70才の方が1人だけ。2000年代から来たそうですが、何分、知識の偏りが有りまして。他の方は戦死や、転移転生を信じなかったミルチャ2世によって処刑されてしまい、全ての情報を開示するには段階が必要だろうと、こう言った形になったのです》

『しかも神の座が空いてしまってたから、転生者がいつ生まれるかも不明瞭だった。だから他の召喚者に力を借りて、私達が請い願ったの、救えそうな人をお願いします、って』
《ですが悪意に満ちた方を放つワケにもいかないので、こう、段取りを組んでいたんですが》

『私が心の声も聞いてたから大丈夫って言ったのだけれど』
《それを伝えてしまうと、ほら、こうなるんですよ普通の人は》

 土下座は通じないだろうって思ってたけど。
 ローシュさんへの悪口を伝えられたら、僕は、もう。



 アリアドネさんが、心の声も聞いてたと言い切るかどうかで。
 クリーナちゃんが椅子から滑り降ちる様に、土下座した。
 雪崩式土下座。
 どうした。

「クリーナちゃん?」
『ごめんなさい、言わないで下さい』
『それはアナタの頑張り次第』
《ローシュさん、嫌なら嫌と言って下さって良いんですよ》

「いや、最悪はルツさんに読まれてるかもと思ってたし、別に」
『最初、可愛い子と一緒で幸運だ、と喜んでたのは面白かったわ』

「おう」
『ごめんなさい』
『ふふふ、良い子にしてくれてれば、もう無闇に聞かない様にしてあげるわ』

「偶になら聞くのね」
『顔色を伺う程度にはね、さ、椅子に座って』
『ありがとうございます、すみません』

《それで、コレはもう良いでしょうかね》
「継続の弊害は?」
『嘘を言えばバレてしまうだけよ。正直、掛かると思って無かったから驚いてるのよね、ルツ』

《はい》
『ふふふ、普通なら無理でも、私は何かしら?』

《この地を守護する神々の1人、アリアドネ様です》
『それとアナタ達に見えない様にデュオニソスも居て手伝ってくれたの、良かったわね、ココは介入の制限が無くて』

「介入の制限とは?」

《他国では争いを収める為、神々や精霊の介入限界を設定し始めたそうです。主に、一般人へ》
『そして召喚者は例外、神々が気に入れば協力するし、気に入らなければ協力しない』
「ほう。ならあの、魔導具で盟約魔法を解除したり、また魔法を掛けたりしたいのですが」

『それと浄化魔法よね、はい、どうぞ』



 アリアドネさんがローシュさんの額へ光を授けると、目を閉じて、そのまま倒れそうになってしまった。
 そして隠れていたデュオニソスさんが現れると、そっとローシュさんを抱え、ベッドへと運び入れた。

《ありがとうございます、ですが何も今でなくとも》
『だね、けど彼と話したい事が有ったから、強硬手段を取ったんだろう』
『アナタは帰還の方法よね、それはただ1つ、役目を果たす事。そうしたら私達以上の高位の存在が、帰還するかを聞いてくれる筈よ』

『あ、ありがとうございます』
『それと、魔法は何が良いかしら』

『変身や変化で、王様に見合う方を探そうと思うんですが』

『ふふふ、良い案ね。では授けましょう』

 あぁ、コンタクトを外しておいて、良かった。
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