松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

文字の大きさ
212 / 215
第32章 先生と物語と僕。

窃盗犯と地縛霊。

しおりを挟む
 とある店が潰れ、僕が依頼を受ける事となった。

「あれ?扇さんは?」
「勉強しているので置いてきました、大丈夫です、仕事に支障は出ませんから」

「仕事に支障と言うより」
「全く慣れませんけど、慣れるしか有りませんから」

 僕は離れた場所で、ムジナが事を終えるまで待ち。
 標的の内情や、どう仕事をこなし終えたのかを、報告する事になっている。

 コレは仕事。
 僕の立場と扇の立場を守る為、国に貢献出来る、僕だから出来る事。

 そう分かってはいても。

「分かりました、けど無理はしないで下さいね、誰だっていきなり立って歩くワケでは無いんですから」
「ありがとうございます、真方さん」

 僕の意識とは全く関係無く、ムジナは時に人を殺し、時に脅かす程度で収める。

 確かに、ムジナが知った内情や事件の全体を見れば。
 確かに、そうしたのは正しいのだろう、と思える。

 けれど、どんな悪党でも、罪を犯したそれなりの理由は有る。
 その時までは、有るのだと、思っていた。



《のこり、8つ》
『ひっ』

 目の前には、目も鼻も口も1つ、真ん中1列に並んだ異様な形相をした化け物が。
 俺の足を折った後、笑いながら言いやがった。

《のこり、8つ》
『な、何が8つなんだよっ』

《ほね、おる、8つ》

 何処で何の恨みを買ったか。
 全く分からない。

 多過ぎて分からないんだ。

 どれだ。
 どの事だ。

『まっ、待ってくれ、考えさせてくれ』

 その化け物はピタリと止まると。
 息すらしなくなった。

 俺はこれ幸いと逃げ出し、病院へ駆け込んだ。

「あら、凄い折れ方してますね、入院になりますけど」
『あ、アレ、個室で頼みますよ』

「お高いですよ、かなり」
『金なら親が払うんで、あぁ、親の番号は……』

 何不自由無く育てられた。
 本当に、何不自由無くだ。

《まぁ、可哀想に、一体どうしたの》

 コレは義母って言うか、養母だ。
 俺を甘やかして、大切に育ててくれた母親。

 産みのはどっかに消えて、父親はかなり前に亡くなった。
 けど、俺を虐めず優しくしてくれる家族、たった1人の家族。

『何か、俺、誰かに変に恨まれちまったみたいで』
《よしよし、可哀想に》

『何か、化け物に、きっと俺呪われたんだ』

《可哀想に、直ぐに専門の方に、お願いしましょうね》
『あぁ、頼むよ母さん、ごめんよ』

《よしよし、怖かったでしょう、ゆっくりお休みなさい》
『ありがとう母さん』



 私の姉の子は、本当に父親譲りで最悪な子。
 姉は産んだ半年後に、有りもしない難癖を付けられ、子供を取り上げ罵倒され続け。

 とうとう、自死してしまった。

 姉の遺品を片付けに来た日に、日誌から全てを知った。
 狂ってしまった事も、全て。

 神経質な姉の夫は、家に入れる家政婦を厳選していた。
 だからこそ内情は漏れず、その悪評は広まる事も無かった。

 だからこそ私は、後妻に入り込む事にした。
 ウブで若い、扱い易い女として、直ぐに彼の妻の座に収まった。

 それからはせめて甥は、そう育てたけれど。
 悪徳教育に、道徳教育は敗北した。

 誠意有る謝罪をしている様に見せつつ、全て金で黙らせた。

 子供のした事だから、と。
 有り余る大金を使い、殆どの軽犯罪を訴えさせなかった。

 誰も、金に甘んじ彼を告発しなかった。
 だから私は、愚かな妻のまま、彼を死に至らしめた。

 濃い味付けに、脂っこい物、魚卵。
 ありとあらゆる贅沢を共に味わい、私は裏で吐き戻し。

 彼は見事に病に罹り。
 あっと言う間に亡くなった。

 けれど、甥はもう手遅れだった。

 きっと、もっと早くに引き離せていれば、もっと違ったのかも知れない。
 けれどもう、彼の性根は完全に腐っていた。

 窃盗で本屋を潰し。
 店主を死に至らしめた。

 もう、更生の芽は無い。

 死を嘲笑い、あまつさえ自死は弱い者の行う事だと、謗ったのだ。
 例え僅かに反省しようとも、残す価値の無い命。

 こんな生き物が生きているだけで、罪。
 死してこそ、幾ばくか役に立つ程度。

【はい、コチラ恨み屋です。浮気ですか、怪我ですか】

《死に至らしめた者に天罰が下っていますが、更に制裁をお願いします。中央病院の301号室、和田 数太郎、対価は叔母の私の命と全財産》

【はい、お受けしました。完了後、お受け取りに伺いますので、身支度をお済ませ願います様に。では、失礼します】

 腐っても姉の子。

 私は迷っていた。
 もしかすれば、痛い目に遭えば、改心してくれるのではと。

 けれど、馬鹿は死んでも治らない。
 愚か者の血は、途絶えさせなくてはならない。

 せめて、被害に遭われた方の溜飲が下がる様に。
 残酷な手口で、もう、誰も悪さをしない様に。



《まった》
『いや、待ってくれ頼む、もう少しで思い出すから』

《おしえてあげる》

 子供の声が急に歪んで低くなり、俺は思わず怖くなった。
 そのまま言い訳を思い付く前に、俺は抱えられ窓から飛ばれたかと思うと、古びた店に連れ込まれた。

『な、何だよココ』

《忘れたか坊主、俺の事も店も、お前が何をしたかも》

 化け物から出た声は、自殺した本屋の男の声だった。
 俺が遊びのつもりで、少しだけ、何回か遊んだ程度で激怒し。

 母さんが金で納めた店。

 けど、母さんを泣かしたから、また盗んでやったんだ。
 そんで追い掛けて来る度に、金を投げ付けてやったら、何でか死んだ。

『か、金なら』
《お前が簡単に盗めると風潮したせいで、盗みが増えたんだ》

『そんなの、俺の知った』
《お前の母親は金を寄越そうとしたが、断ってやったよ、お前らのせいで死んだんだ》

『そんなの、断るアンタが』
《可哀想にな、誰にも情を掛けて貰えず、可哀想にな》

『は?何言って』
《可哀想にね、誰にもお前は愛されもしなかった、可哀想な子》

『母さん』
《いいえ、本当のお母さんはね、私の姉よ》

『けど、男と逃げて捨てられて』
《いいえ、アナタの父親のせいで死んだのよ》

『そんな』
《そして、アナタの父親は糞、だから私が殺したの。あぁ、そうだったのか、そんな事に。本当にすみませんでした、本当に。いえいえ、確かに事情には考えが及ばず、コチラこそ申し訳無い事を……》

 化け物の顔は、母親と店主くるくると入れ替わり。
 そして再び化け物の顔になると。

『か、母さんを返せ!!』
《おまえ、かわいそう、かあいそうなこ》

 化け物が指差した先には、本物の母さんが。

『母さん!!』
《もっと早くに、殺しておけば良かったわね》
《うん》

《そうね、本当にごめんなさい》
『母さん、何を』

《ゴミクズの子はゴミクズ、糞以下の父親に似て、母親の姉には全く似なかったゴミムシ以下の生き物。人として扱う事すら、烏滸がましい犯罪者、諸悪の根源》

『母さん』
《はい、かす》
《そう、私の手で、ありがとう》

『母さん、何を』
《あし、つめ》
《あぁ、こう、かしら》

『ぎゃあああああああああ!!』
《本当に、五月蝿い子》
《ここ、ここまで、こう》

《あぁ、ありがとう》
『かあっ』

 それからはもう、ひゅーひゅーと喉を鳴らすしか出来無かった。
 息をしてもしても苦しくて、大きく息を吸って吐くだけ。

《ここ、こう》
《あぁ、成程ね》
『ひゅーひぃー、ひゅーひぃー』

《ここ、やく》
《そうね、どうせ反省すら出来無いんですもの。せめて、せめて苦しんで貰わないといけないものね》

《うん》
《良い子ね、良い子良い子、賢い子ね》

 俺が糞で、この化け物が褒められていたのが悔しかった。
 悲しかった。

 ずっとずっと。

《だいじにしてくれてるとおもったのに》

《ふふふ、ただ叱らなかっただけ。だって、どうせアナタ、もうとっくに腐り切ってたんですもの》
《くず、わるいこ、しね》

《そうよ、そうそう、生きてる価値は微塵も無いの。寧ろ害しか無い、毒物より厄介な化け物、生かしておいた私が馬鹿だったわ》
《しかたない、しかたない》

《ありがとうね》
《ここ、もやす》

《そうね》
『ひゅーひぃー、ひゅーひぃー』
《まだいきてるおと》

《そうね、まだ、生きているわね》
《ここ、しお》

《コレは姉の分、コレはアナタに殴られた子の分、蹴られた子の分……》

 失神したかった。
 けど、俺が意識を失いそうになる度に、化け物が俺を揺さぶり起こす。

 何度も何度も何度も。

《さいご》

《あら、もうダメなのね》
《うん》

《そう、名残惜しいけれど。コレでやっと、少しは世の中が良くなる》
《うん》

《そうね、今までありがとう、良い子良い子》

 母さんは、本当に俺がどうでも良かった。
 憎かった、嫌いだった。

 俺は、大好きだったのに。



「ひっ」
《おわた、しんだ、おわた》

「そう」

 撫でるだけで、ムジナが何をしたか。
 どんなに悪辣な奴だったかが、分かってしまう。

 確かに僕は手を下してはいない。
 けれど、僕はムジナの宿主。

「大丈夫ですか?」

 ムジナは、今までで1番。
 残虐だった。



『コレはまた、どう見ても復讐、だろうね』

 酷いものだった。
 新人警官は勿論の事、それなりに経験して来た者も嘔吐する程の残虐な行いをされた。

 非常に痛ましい姿だった。

『関わっているとするなら、地縛霊ですね』
『ほう』

『首吊り、本屋、男です』
『では、その線から調べさせよう』

 そして事件の主犯格とされる元少年と、病院から行方知れずとなっていた者が同一人物だと判明し、被害者と仮定。
 遺体確認の為、自宅へとお伺いしたが。

 ご母堂はご自宅に大量の血痕と遺書を残し、行方知れずに。

 その後、海辺に腹部に切り傷の有る遺体が流れ着き。
 血液型、衣類等からご母堂と断定。

 事件は、家庭問題として幕を下ろした。
 だが、どうした事かご母堂は遺言を雑誌社にも送っており。

 国民に、その悪辣な内情が晒され。
 関わっていた者達が、相次いで職を失い、幾人かは仏門へと逃れた。

『物語なら、奥様の死は偽装で、何処かで穏やかに暮らしている筈です』

『あぁ、いっそ、そう願いたいものだね』

 そうして悪の女は物語となり、悪しき見本として映画となり。
 長く、語り継がれる事となった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...