松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

文字の大きさ
182 / 215
第30章 好色五人男と男女。

2 魚屋お八重。

しおりを挟む
『すまなかった、あの家は金が有る、そう信じ込まされていたんだ。すまない、本当にお前の為を思い、すまなかった』

『失礼ですが、旦那さんは、本当に』
『あぁ、勿論ですとも、人を使って調べさせました。しかも、向こうから言って来たんです、どうか長女をくれないか、と』

『でしたら、何故』
『妾とは名ばかり、姉を支える為に行っただけで、まさか』

『ですが次女の方は妊娠していらっしゃる』
『お恥ずかしい事ですが、とある下男を好いての事で、産んだ後。ひっそりと抜け出し、その下男と一緒になる手筈、そうした事だったんです』

『ですが、娘さんは』
『元は、アレが幾ばくか気が触れ蔵へ、と。ですが子が出来れば落ち着くだろう、そうした手筈だったんです』

 死因は煙によるもの。
 火事で起こる煙による死、けれども火事の痕跡は無い。
 
 そして、もし煙が上がっていたなら、近隣の者が慌てて何処かへと言う筈。
 だが火事の報告も、それこそ物取りでも無い。

 しかも毒物の類は使われていない、とされ。
 誰もが、知らぬ間に煙を吸い込み、そのまま亡くなった。

 不可解で奇っ怪な死は、お蔵入りとなり。
 奥方を解放する事となった。



【アナタはもう】
《奥様の先が見付かるまで安心して他所で働けません、せめて落ち着かれるまで、お願いします》
『こう言ってくれているのだし、暫くお前は養生しなさい』

【はい】

 そして、湯治に出た翌日の朝。

『すみませんが、再びご同行願えますか』

《一体、奥様が》
『兎に角、先ずはご同行下さい』

 父も、亡くなってくれました。

 何でも食後、突然に苦しみ。
 そのまま。

 私は、思わず嬉しくて笑ってしまいました。

「ふふふ、そうですか、ふふふふ」

 お父様が言った事、考えていた事は本当かどうかは分かりません。
 人を使って調べたそうですが、以前に役人がその者を調べたものの、行方知れず。

《奥様、お声が》
「あら本当、ふふ、ふふふ」

 あんまりの事に、役人の方が医者を手配して下さいましたが。
 私は、まぁ痩せ細ってはいますが、健康そのもの。

『こう、立て続けに申し訳無いのですが』
「構いません、ご協力させて頂きます」

 お母様はすっかり弱り、家の事もままならない。
 私が家の全てをお出しし、全て、改めてお調べ頂く事になりました。

『大変、申し上げ難いのですが』
「お聞かせ下さい、お願い致します」

『実は……』

 妹は、悪辣でした。

 自分が惚れた男に嫁ぐ為、家族も何も、全て騙していました。
 お父様も何もかも、全て。

 先ずは私の嫁ぎ先に、と。
 そうお父様の耳に入れ。

 家の下調べをする者を、買収しておりました。

『怖かったんです、関わった家の者が全て死んだと聞いて、怖かったんです』

 そうして次に、惚れた男へ。
 コレは、既に出ていた証拠だったそうですが、私の為にと敢えて伝えては下さらなかったそうで。

『ココで、もう』
「いえ、全て、教えて下さい」

 結婚前から、妹と夫は通じていました。

 そして妹の手記には、あまり顔が良くないからと、勉強を仕込まれていた私への嫉妬が綴られていました。
 何故、どうして、私も出来るのにと。

 そうしていつか、自身と同じ目に遭わせてやる、とも。

『妹さんは、そうしてご家族を騙し、単にアナタを苦しめる為だけに散財していた。と、思われます』

 愚かな者を助長させ、金を使わせ。

「あの、妹が好いていたと言う、下男は」
『痕跡は全く、有りませんでした』

 本当に、妹は私を苦しめたかっただけ。
 まるで、その為だけに生まれたかの様に、蔵に閉じ込める事も何もかも妹が言った事なのだと。

「一体、あの子は何がしたかったのでしょう」

『分かりません、我々にも、分かりません』

 けれど、私はもう蔵に居るワケでも、お父様の目が有るワケでも無い。
 もう私は、好きに生きて良い。

 そう思うと、不意に。

「ふふふ、生きている方の勝ち、ですね」

 犯人に感謝しなければならない。
 お父様の事も、何もかも。



「そうして結局、お蔵入り、だそうです」
《そして、この魚屋はこのままになった》

「はい」
《居ないよ、何もね》

「そんなに怖くなかったから、でしょうか?」
《いや、ココに霊は居ないよ》

「かなりの数が」
《煙を吸い込み、穏やかに亡くなったのだよね》

「はい、記録によれば」
《皆が皆、幸せだった。そしてしっかりと供養されたのだろうね、本当に何も居ないよ》

「ですけど、じゃあ」
《居るだろう、そう思うと何でも怖くなるけれど、ココには何も居ないよ》

「なら買っても」
《勿論、問題は無いよ》

「あぁ、成程。本当に居なくても、見逃しただけじゃないか、そう疑って結局は売れなかった」
《だろうね、何人かに見て貰った場所で、そうした事は多いそうだからね》

「よし信じよう、そう思いきれないもんですかね?」
《若しくは、嫌がらせが有ったか、その八百屋の娘さんの方も、もしかすれば調べてみた方が良いかも知れないね》

「あぁ、あんな風に育てた者の血縁ですもんね、せめてと嫌がらせに何かしているかも知れませんし」
《まぁ、杞憂で有ったなら、良い買い物になるだろうね。何にするんだい?》

「このまま先生の家になるか、寮にするんだそうです、人がかなり増えましたから」
《日当たりも良いのだし、きっと良い寮になるよ》

「そう見ると、良い場所なんですけどね」
《あぁ、そうだろう》

 年の為にと、調べてみたんですが、その元魚屋お八重さんは既に亡くなっており。
 使用人の男と結婚し、家を繁盛させ、子も3人と。

 何の恨みも無く、とうに成仏されていそうだったのですが。
 そのお孫さんが、実はどうやら家を抜け出し、偶に悪戯をしていたそうで。

「もう家からは出れぬ様にしているので、何も無いかと、と」

《ほう、何故、あの家に執着していたんだろうね》
「どうやら妹さんの生まれ変わりだ、と、そう思い込んでいるらっしゃる方だそうで」

《あぁ、可哀想に》
「本当に、早く良いお薬か何かが、世に出て来てくれると良いんですが」

《そうだね》
「今回も、ある種の空振りと言うか」

《まぁ、少し前は何か居たかも知れないけれど、祓われてしまったのかも知れない。そう思う方が、幾ばくか良いとは思わないかい》

「ですね」



 許せない。
 結局、お姉様は幸せになってしまった。

 しかも、その血筋が私だなんて。

《お願い、もうすっかりマトモになったわ、だから》
「すいません、生憎と私は単なる使用人ですので、マトモかどうか分かりませんから。すみません、失礼致します」

 途中までは、順調だった。
 お姉様がすっかり壊れてしまう手前で、改心したフリをし、家を建て直させ。

 また、少し苦労を掛けさせ。
 そうやって、私より苦しめる筈が。

《お願い、クソっ、コレだから使用人は》

《アンタは、まだ、懲りてないのか》
《あら、何処の子、お名前は?》

《言っても分からないだろう、僕はお八重の新しい夫になった者ですよ》
《ダメよ、そうおかしなフリをしていると、私みたいになってしまうわよ》

《そうですね、あ、殺したのは僕です。蔵に以前から鍵なんて掛かって無かった、あの人は鎖で繋がれてたんですから、態々錠前までは必要無い。しかも、逃げ込む家も無いんですから、逃げ出す心配はしなかった》

《アンタ》
《魚屋で雇われていた通いの使用人、七兵衛です、以前はお世話になりました》

《あ、あの》
《あぁ、覚えていてくれましたか。小さかった僕を馬鹿にして、良く笑い者にしていましたよね》

《だからって》
《お八重さんに惚れてたので。掃除のついでに、床下に幾ばくか薬草を混ぜて火を付け、ゆっくりと夜中に燃え尽きる様に燻した》

《アンタ、アンタってヤツは》
《それから夜中に家を抜け出し、蔵に錠前をして、燃えカスは便所へ。それからは、知らぬ存ぜぬ》

《なん》
《あぁ、それからアンタの。凡庸で馬鹿で、思い込みが激しい阿呆な父親も、アンタの書いたモノを読ませてやったら死んだんだった》

《そんな、お父様まで。お父様は何も》
《お陰で、目出度く一緒になれました、ありがとうございます》

《アンタ、アンタのせいで!》
《ひっ、うわぁあああああああ》
『コラっ!近寄ったらダメだって言ったでしょう!』

《ごめんなさい、でも、私宅監置は良くないって、学校の先生が》
『それはマトモな方としか関わった事が無い方、そうした方の言葉は話半分に』
《ソイツは七兵衛よ!人殺し!人殺しなのよ!》

『ほら、分かったでしょう』
《でも、可哀想で》
《ソイツは悪人よ!七兵衛の生まれ変わり!人殺しの生まれ変わりなのよ!!》

『さ、もう分かったでしょう、また家に火を付けられては困るの。分かるわね?良いわね?』

《はい》
《ソイツの方が!よっぽど!》
『あんまり煩くするなら、食事を減らしますよ。全く、絶対に出してはダメですよ、物を壊したり火を付ける人なんですから』

《はい》
《人殺し!魚屋七兵衛の人殺しー!!》
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...