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第28章 外の者と内の者。
4 雀のお宿。
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『すみませんがね、ココにシノと言う』
「申し訳御座いませんが、部外者の方にココの者の事をお教えする事は出来かねます、どうぞお引き取りを」
『いや、妻の事を』
「では警察へ、我々は警察の方を拒みませんので、先ずは行方不明届出を。もう既にお出しでしたら、警察の方にお確かめを、定期的に見回り頂いておりますので」
『どうにか、何とかな』
「お客様は勿論、従業員の安全も守るのがコチラの役目でも有りますので、どうぞご理解下さい」
『いや、あんまり騒ぎにはしたくないんですよ』
「でしたら、身上書か何かをお持ち頂ければ、私が内々に処理致しますので。すみません、コレでも忙しいもので、そうした物をご用意頂けますでしょうか」
『詳しい事を書けば、少しは協力してくれるんだな』
「はい、場合によっては勿論、全力で協力させて頂きます。我々も面倒事は困りますし、忙しいですから」
『あぁ、邪魔してすみませんね、出直してきますよ』
「はい、では、またのお越しをお待ちしております」
どうにか探りを入れ、何とかこの雲雀亭に俺の妻が居ると知ったんだが。
《お前、アレからもう手を引きなさい》
『親父、何で』
《口答えをするなら、縁切りだ》
『親父』
《アレから手を引くか、縁切り、どっちを選ぶんだ》
『一体、何でそんな急に』
《そもそも、素人の方を相手に選んだのが間違いだ。この道にはこの道の女、そう選ぶのが互いの為、どうするんだ》
勝気で裏表の無い、愛嬌の有る良い女。
その女を手に入れる為なら、俺は何でもした。
身分証を偽造し、新しい嫁用の家族も作った。
あんな良い女は居ない。
しかもだ、あんだけしたんだ。
『何でだよ、親父』
《手を出しちゃならない場所が有るんだよ。素人は勿論、ましてや俺らみたいなのが、決して手を出しちゃなんない場所が有るんだよ》
俺は、納得がいかなかった。
この道、親父の道に立ち塞がるもんは何も無い。
だから俺も親父の背中を目指した。
なのに。
『納得いかねぇ』
《おい!》
この世には必要悪が無ければいけない。
今でも、表だけでは片づけられない仕事を、その道の玄人に任せている。
『頭を上げて下さい、堂島さん』
《すまねぇ八重子さん、息子が、迷惑を》
『その道をすっかり極めた証でも有るんです、コチラにお任せ頂ければ、構いませんよ』
この世は、この国は竜蛇により囲まれ、守られている。
何処かに霧散してしまわない様に、若しくは揺れ動き孤立しない様に、と。
竜蛇が列島を囲み、輪を形成している。
この国は輪で形成されている。
《どうにか、助かりませんか》
『何か誤解してらっしゃるみたいですが、命は取りません。世の為人の為、お国の為にコレからは働いて頂くだけ、ですから』
《俺は、知ってるんです。達磨だ何だと》
『そこまでの事をなさった方は、そうなりますが。まだ、アナタの道は続くのですし、そこまでは致しませんが。信用なりませんか』
《あんなのでも、息子なんです》
『ですから、先代は1人だけは止めろと、そう仰っていた筈ですが』
《不幸な子供を、増やしたく無かったんです》
『ですから、だからこそ、複数用意するべきだった。それに、現にこうして執着していらっしゃる。次代には是非、提言を』
《はい、ですからどうか》
『その道の方にお戻り下さい、アナタが選んだ道をしっかり最後まで進んで下さい、良いですね』
《はい》
この世に真の悪は僅かです。
ですが僅かな悪でも、たった1人でも、大勢を巻き込む悪しき事は出来てしまう。
そうした被害を防ぐには、排水路、そうした道も残しておかなければならない。
その道が無くとも良い世に、なるまで。
『な、何だアンタ達』
『どうも、公安の者です、少しお話をお伺いさせて下さい』
『一体、何の事を』
『少なくとも今、アナタは4人を苦しめている。どうして、父親に似なかったのでしょうね、大変残念です』
『アンタ親父を知ってるなら』
『ええ、良く知っておりますよ、とても。抵抗せず、ご同行を』
『俺が何を』
『妻に手を挙げなければ、こうはならなかったんです。全ては自業自得、アナタと、アナタのお父様のせいですよ』
『たっ、たった1回』
『通報はたった1回ですが、何度かなさっているでしょう、その度に泣き付いて許して貰っていた。ですけど、もう、向こうは愛想を尽かしてしまった』
『少し機嫌を拗らせただけ、アンタ達の』
『アナタ方を取り締まるのが本来の我々の仕事、コレが最終警告です、ご同行を』
媚びる事も阿る事も頭に入れなかった者は、そうした事が全く出来無い。
逃げ出すか歯向かうか、血の繋がった親子と言えど、どうしてこうも似ないのでしょう。
『お、俺は』
『細君、細君のご両親、そしてアナタの父親を悲しませたのはアナタです。生まれ変わり、どうか反省なさって下さい、来世で』
少なくとも、彼は達磨にはならない。
ただただ田畑を肥やし、血の繋がらぬ家族を持ち、遠い山奥でひっそりと老衰で亡くなるだけ。
何の取り柄も無ければ、決して達磨にはなれない。
最も平凡で、なんの代わり映えもしない地獄へ行き。
ただただ、生きて死ぬ、だけ。
《おう、すっかり慣れたか》
『はい、お陰様で』
「手の荒れは無いな、だが変えるべき所が有れば、しっかり上に伝えるんだぞ」
『大丈夫ですってばもう、過保護だなぁ』
「仕方無いだろう、江戸っ子はか弱い女で、単なる雇われだ。しっかり貯めて、生きたい様に生きるんだぞ」
『はい』
本当に、慣れちまうと楽でしょうがない。
楽しくて、面白くてしょうがない。
単なる身軽な雇われより、ココでの仕事はずっと良い。
『はい、お疲れ様やね』
「ん、林檎」
『ありがとう、はぁ、何で私あんなに焦ってたんだろ』
『ふふふ、そら若いからやろ』
「んだな、まだまだ若いんだ、なも諦めんな」
『いや諦めて無いけどさ、何かもう、このままココで良いかなって』
『いや諦めてはるやん』
『いや子供扱いだけだけど、別に何かもう、結婚とか良いかなと思って』
「わは子供が欲しいはんで、まだまだ諦めてね」
『面倒』
『せやね、五月蠅いわ小賢しいわで、江戸弁ちゃんだけで十分やわ』
「小賢しくは無いべさ」
『んだ』
『わいは、どんだんだばひゃ』
「それわの台詞だべ」
《失礼しても良いかしらー》
『はーい、はいはい、何でしょう』
《少し遅い時間なのだけれど、お客さんが来たのよ、ちょっと良いかしら》
『はい、喜んで』
本当に、私は薄情で。
捨てられたのだし、もう良いか、と。
両親の事をすっかり忘れていた。
『お父さん、お母さん』
「実は君は元夫に狙われていてね、ご両親は君の為に仕方無く突き放したんだ。けれど、もう大丈夫、もうご実家に帰って構わないそうだよ」
「お前の為にも、詳しくは言わんが。すまなかった」
《元気そうで良かったわ、本当に》
私は、夫からの暴力を両親に言わなかった。
けれど、きっと両親も何かを知り、敢えて隠してくれているのだろう。
『本当に、私、帰って良いの』
「お前の実家だ、何を遠慮する事が有る」
《イヤよね、あんな事を言われて、でも本当に》
『ごめんなさい、お父さん達の事なんて忘れて楽しく働いてたの、深く考え無くてごめんなさい』
《良いのよ、アナタが元気ならそれで、何だって良いのよ》
『本当にごめんなさい、沢山親孝行するから』
「そんなもの、お前が無事なだけで十分だ」
あの子は結局、家に戻れた。
あの子は結局、男に逃げた。
あの子は結局、今でもココに居る。
「帰れたんだべな、きっと」
『せやね』
《アナタ達も、そろそろ出ても良いんじゃないかしら?》
「わは、子が生めないはんで、ココで稼いで仕送りだ。追い出されたら困る」
『ウチはね、まだ、怨返しが出来てまへんのや』
《はいはい、嫁いでも稼げるでしょう、ココじゃなくても怨返しはもう出来るでしょう。はい、じゃあ次ね》
「えー、わはもう男と暮らすの面倒なんだけんど」
『酷い、ウチの事が嫌いなん?』
《とっても思ってるわ、全員。でもね、ダメよ、巣立つべき時に巣立たないと。それでもダメだったなら、帰ってらっしゃい、そう試すまでは出入り禁止です》
『ぅう、離れてまうんやね、ウチら』
「寂しいな」
《はいはい、さ、支度支度》
彼女達の巣立ちは、本人達にも前もって知らされる事は無く。
同室で無ければ別れの挨拶も出来ず、ひっそりと巣立ちます。
『せやね、確かに怨返しも時期を見なきゃアカンよね』
「お前、何で今更」
『結婚しはるねんね、ウチを騙して金を搾り取って逃げたクソ男が、また結婚しはるねんね』
「違うんだ、あの時は。そう、ヤクザに脅されて、お前の為にもと仕方無く」
『嘘やろ、コレ、アンタの身上書や。知り合いの知り合いにな、コレ手に入れる事が出来る人がおんねん。ウチから取り上げた金で、他の女を更に騙して、それから商いを起こして結婚する事にした。やろ』
「お前、ソレを、どうやって」
『そら企業秘密やわ、さ、死んでくれへん?黙って死んでくれはったら、黙っててやるよし』
「金なら」
『アンタ、悪人やからわからへんのやろうけど。同じ額だろうと倍だろうと、ウチの傷、癒えへんのや、乱暴に壊されたもんは戻らへんのよ』
「謝る、だからどうか」
『はー、本気に惚れはった言うんは、本当なんやね。なんやったんやろね、ウチ、ウチとの事も何も嘘で。アレやんな、真の愛に目覚めたさかい許せ、言う定型文言わはるん?』
「すまなかった、だから」
『だーかーらーや、黙っててやるから死ねよ、今直ぐ死ね』
襲われる、言うんは分かってはったのよ。
そうやって追い詰めて、ウチは殺されてしまう。
せやね、ある意味で自殺、しようと思ってたんよ。
せやけど、帰って来て良い、言うてもろて。
やっぱり、帰りたくなってしまったんよ。
《Los》
「ひっ」
《傷害未遂、及び殺人未遂で現行犯逮捕しますね。大人しく捕まって下さい》
「俺は!俺は脅されて」
《あぁ、そうなんですか。ですが僕らは生憎と聞こえない場所に居ましたんで、後は裁判で証言なさって下さい》
「分かった、だから、うぅっ」
《刃物から手を離して下さい》
「分かった、分かったから犬を」
《あぁ、先ずは彼女の身の安全の確保が先でした。すみません、まだ慣れていなくて、予定の場所に避難をお願いしますね》
『へぇ、ありがとうお巡りさん』
《いえいえ、コレも国民の為、ですから》
今は便利やね、警察犬言うんが居って、あの男の腕に噛み付いてくれはってる。
田舎の警察は何もしてくれへんかったんやけど、賄賂、貰ってはったらしいわ。
イヤやわ本当、ウチの知ってる雲雀亭のお客様は、お国の人なのに優しくてしっかりしてはる。
せやのに末端が腐ってはったら、あの人らの苦労損やん。
あぁ、やっぱり帰ろ、雲雀亭に帰りましょ。
《アンタはまだ若いんだ、こんな裏道の男と》
「わは子が出来無いはんで、ココに嫁げ言われ。あ、知ってます、全て、全部」
《アンタ、何処の、誰に》
「介護は得意です、前の夫の母親を死ぬまで面倒見たはんで、宜しくお願いします」
《はぁ、だが》
「アナタの顔が好みだはんで、そう決めたんずよ。嫌でも、どうにか可愛がってやって下さい」
《別に嫌では無いんだが、こう、まだアンタは若いんだ》
「苦労している年が上な男が好きだはんで、お陰で騙されて、義母が死んだその日に捨てられてまった」
《アンタ、東北の生まれだろう、都会は大変だ。それこそもっと、北に行けば慣れた》
「嫌でも、コレは命令です、八重子さんからの。と、喋れて、けどわは良く分からないはんで。後はソッチで何とかしなが」
《はぁ、全く、あの人は何て事を》
「江戸弁と関西弁ならなんぼか分かるはんで、愚痴言う時は他ので喋れ」
《すまん》
「わの家は濃口だはんで、飯さ食ってみて、それから考えれば良いべ」
《あぁ、俺も関東だ、頼んだ》
「ん」
どうしてか、その家には女の子が生まれました。
しかも、立て続けに3人も。
そして子供達は全て裏道には行かず、真っ当な子に育ち、父親の道とは真反対を歩む事になりました。
『どうも、色々とお世話になりました』
「いえいえ、また、お越し下さい」
『はい、では』
「お世話様でしたー」
「はい、またどうぞ」
八重子だけが居る筈の部屋から、この男、五百雀が部屋から出て来た。
八重子はもう、本当に。
「どうでしたか、1人部屋は、やっぱり寂しかったですか?」
『そうね、やはり真方を甘やかし過ぎなのかも知れない、そう気付けました』
「もー、だから嫌だったのに」
《八重子》
『過保護は嫌われますよ石井、次は1人で頑張りなさい、真方』
「えー、自分は絶対に襲わないのに」
『巣立ちには時期が有るんですよ、さ、帰りましょう』
俺は、単なる、巣立ちに失敗しただけの。
八重子に単なる執着だけを持つ男、なのか。
「申し訳御座いませんが、部外者の方にココの者の事をお教えする事は出来かねます、どうぞお引き取りを」
『いや、妻の事を』
「では警察へ、我々は警察の方を拒みませんので、先ずは行方不明届出を。もう既にお出しでしたら、警察の方にお確かめを、定期的に見回り頂いておりますので」
『どうにか、何とかな』
「お客様は勿論、従業員の安全も守るのがコチラの役目でも有りますので、どうぞご理解下さい」
『いや、あんまり騒ぎにはしたくないんですよ』
「でしたら、身上書か何かをお持ち頂ければ、私が内々に処理致しますので。すみません、コレでも忙しいもので、そうした物をご用意頂けますでしょうか」
『詳しい事を書けば、少しは協力してくれるんだな』
「はい、場合によっては勿論、全力で協力させて頂きます。我々も面倒事は困りますし、忙しいですから」
『あぁ、邪魔してすみませんね、出直してきますよ』
「はい、では、またのお越しをお待ちしております」
どうにか探りを入れ、何とかこの雲雀亭に俺の妻が居ると知ったんだが。
《お前、アレからもう手を引きなさい》
『親父、何で』
《口答えをするなら、縁切りだ》
『親父』
《アレから手を引くか、縁切り、どっちを選ぶんだ》
『一体、何でそんな急に』
《そもそも、素人の方を相手に選んだのが間違いだ。この道にはこの道の女、そう選ぶのが互いの為、どうするんだ》
勝気で裏表の無い、愛嬌の有る良い女。
その女を手に入れる為なら、俺は何でもした。
身分証を偽造し、新しい嫁用の家族も作った。
あんな良い女は居ない。
しかもだ、あんだけしたんだ。
『何でだよ、親父』
《手を出しちゃならない場所が有るんだよ。素人は勿論、ましてや俺らみたいなのが、決して手を出しちゃなんない場所が有るんだよ》
俺は、納得がいかなかった。
この道、親父の道に立ち塞がるもんは何も無い。
だから俺も親父の背中を目指した。
なのに。
『納得いかねぇ』
《おい!》
この世には必要悪が無ければいけない。
今でも、表だけでは片づけられない仕事を、その道の玄人に任せている。
『頭を上げて下さい、堂島さん』
《すまねぇ八重子さん、息子が、迷惑を》
『その道をすっかり極めた証でも有るんです、コチラにお任せ頂ければ、構いませんよ』
この世は、この国は竜蛇により囲まれ、守られている。
何処かに霧散してしまわない様に、若しくは揺れ動き孤立しない様に、と。
竜蛇が列島を囲み、輪を形成している。
この国は輪で形成されている。
《どうにか、助かりませんか》
『何か誤解してらっしゃるみたいですが、命は取りません。世の為人の為、お国の為にコレからは働いて頂くだけ、ですから』
《俺は、知ってるんです。達磨だ何だと》
『そこまでの事をなさった方は、そうなりますが。まだ、アナタの道は続くのですし、そこまでは致しませんが。信用なりませんか』
《あんなのでも、息子なんです》
『ですから、先代は1人だけは止めろと、そう仰っていた筈ですが』
《不幸な子供を、増やしたく無かったんです》
『ですから、だからこそ、複数用意するべきだった。それに、現にこうして執着していらっしゃる。次代には是非、提言を』
《はい、ですからどうか》
『その道の方にお戻り下さい、アナタが選んだ道をしっかり最後まで進んで下さい、良いですね』
《はい》
この世に真の悪は僅かです。
ですが僅かな悪でも、たった1人でも、大勢を巻き込む悪しき事は出来てしまう。
そうした被害を防ぐには、排水路、そうした道も残しておかなければならない。
その道が無くとも良い世に、なるまで。
『な、何だアンタ達』
『どうも、公安の者です、少しお話をお伺いさせて下さい』
『一体、何の事を』
『少なくとも今、アナタは4人を苦しめている。どうして、父親に似なかったのでしょうね、大変残念です』
『アンタ親父を知ってるなら』
『ええ、良く知っておりますよ、とても。抵抗せず、ご同行を』
『俺が何を』
『妻に手を挙げなければ、こうはならなかったんです。全ては自業自得、アナタと、アナタのお父様のせいですよ』
『たっ、たった1回』
『通報はたった1回ですが、何度かなさっているでしょう、その度に泣き付いて許して貰っていた。ですけど、もう、向こうは愛想を尽かしてしまった』
『少し機嫌を拗らせただけ、アンタ達の』
『アナタ方を取り締まるのが本来の我々の仕事、コレが最終警告です、ご同行を』
媚びる事も阿る事も頭に入れなかった者は、そうした事が全く出来無い。
逃げ出すか歯向かうか、血の繋がった親子と言えど、どうしてこうも似ないのでしょう。
『お、俺は』
『細君、細君のご両親、そしてアナタの父親を悲しませたのはアナタです。生まれ変わり、どうか反省なさって下さい、来世で』
少なくとも、彼は達磨にはならない。
ただただ田畑を肥やし、血の繋がらぬ家族を持ち、遠い山奥でひっそりと老衰で亡くなるだけ。
何の取り柄も無ければ、決して達磨にはなれない。
最も平凡で、なんの代わり映えもしない地獄へ行き。
ただただ、生きて死ぬ、だけ。
《おう、すっかり慣れたか》
『はい、お陰様で』
「手の荒れは無いな、だが変えるべき所が有れば、しっかり上に伝えるんだぞ」
『大丈夫ですってばもう、過保護だなぁ』
「仕方無いだろう、江戸っ子はか弱い女で、単なる雇われだ。しっかり貯めて、生きたい様に生きるんだぞ」
『はい』
本当に、慣れちまうと楽でしょうがない。
楽しくて、面白くてしょうがない。
単なる身軽な雇われより、ココでの仕事はずっと良い。
『はい、お疲れ様やね』
「ん、林檎」
『ありがとう、はぁ、何で私あんなに焦ってたんだろ』
『ふふふ、そら若いからやろ』
「んだな、まだまだ若いんだ、なも諦めんな」
『いや諦めて無いけどさ、何かもう、このままココで良いかなって』
『いや諦めてはるやん』
『いや子供扱いだけだけど、別に何かもう、結婚とか良いかなと思って』
「わは子供が欲しいはんで、まだまだ諦めてね」
『面倒』
『せやね、五月蠅いわ小賢しいわで、江戸弁ちゃんだけで十分やわ』
「小賢しくは無いべさ」
『んだ』
『わいは、どんだんだばひゃ』
「それわの台詞だべ」
《失礼しても良いかしらー》
『はーい、はいはい、何でしょう』
《少し遅い時間なのだけれど、お客さんが来たのよ、ちょっと良いかしら》
『はい、喜んで』
本当に、私は薄情で。
捨てられたのだし、もう良いか、と。
両親の事をすっかり忘れていた。
『お父さん、お母さん』
「実は君は元夫に狙われていてね、ご両親は君の為に仕方無く突き放したんだ。けれど、もう大丈夫、もうご実家に帰って構わないそうだよ」
「お前の為にも、詳しくは言わんが。すまなかった」
《元気そうで良かったわ、本当に》
私は、夫からの暴力を両親に言わなかった。
けれど、きっと両親も何かを知り、敢えて隠してくれているのだろう。
『本当に、私、帰って良いの』
「お前の実家だ、何を遠慮する事が有る」
《イヤよね、あんな事を言われて、でも本当に》
『ごめんなさい、お父さん達の事なんて忘れて楽しく働いてたの、深く考え無くてごめんなさい』
《良いのよ、アナタが元気ならそれで、何だって良いのよ》
『本当にごめんなさい、沢山親孝行するから』
「そんなもの、お前が無事なだけで十分だ」
あの子は結局、家に戻れた。
あの子は結局、男に逃げた。
あの子は結局、今でもココに居る。
「帰れたんだべな、きっと」
『せやね』
《アナタ達も、そろそろ出ても良いんじゃないかしら?》
「わは、子が生めないはんで、ココで稼いで仕送りだ。追い出されたら困る」
『ウチはね、まだ、怨返しが出来てまへんのや』
《はいはい、嫁いでも稼げるでしょう、ココじゃなくても怨返しはもう出来るでしょう。はい、じゃあ次ね》
「えー、わはもう男と暮らすの面倒なんだけんど」
『酷い、ウチの事が嫌いなん?』
《とっても思ってるわ、全員。でもね、ダメよ、巣立つべき時に巣立たないと。それでもダメだったなら、帰ってらっしゃい、そう試すまでは出入り禁止です》
『ぅう、離れてまうんやね、ウチら』
「寂しいな」
《はいはい、さ、支度支度》
彼女達の巣立ちは、本人達にも前もって知らされる事は無く。
同室で無ければ別れの挨拶も出来ず、ひっそりと巣立ちます。
『せやね、確かに怨返しも時期を見なきゃアカンよね』
「お前、何で今更」
『結婚しはるねんね、ウチを騙して金を搾り取って逃げたクソ男が、また結婚しはるねんね』
「違うんだ、あの時は。そう、ヤクザに脅されて、お前の為にもと仕方無く」
『嘘やろ、コレ、アンタの身上書や。知り合いの知り合いにな、コレ手に入れる事が出来る人がおんねん。ウチから取り上げた金で、他の女を更に騙して、それから商いを起こして結婚する事にした。やろ』
「お前、ソレを、どうやって」
『そら企業秘密やわ、さ、死んでくれへん?黙って死んでくれはったら、黙っててやるよし』
「金なら」
『アンタ、悪人やからわからへんのやろうけど。同じ額だろうと倍だろうと、ウチの傷、癒えへんのや、乱暴に壊されたもんは戻らへんのよ』
「謝る、だからどうか」
『はー、本気に惚れはった言うんは、本当なんやね。なんやったんやろね、ウチ、ウチとの事も何も嘘で。アレやんな、真の愛に目覚めたさかい許せ、言う定型文言わはるん?』
「すまなかった、だから」
『だーかーらーや、黙っててやるから死ねよ、今直ぐ死ね』
襲われる、言うんは分かってはったのよ。
そうやって追い詰めて、ウチは殺されてしまう。
せやね、ある意味で自殺、しようと思ってたんよ。
せやけど、帰って来て良い、言うてもろて。
やっぱり、帰りたくなってしまったんよ。
《Los》
「ひっ」
《傷害未遂、及び殺人未遂で現行犯逮捕しますね。大人しく捕まって下さい》
「俺は!俺は脅されて」
《あぁ、そうなんですか。ですが僕らは生憎と聞こえない場所に居ましたんで、後は裁判で証言なさって下さい》
「分かった、だから、うぅっ」
《刃物から手を離して下さい》
「分かった、分かったから犬を」
《あぁ、先ずは彼女の身の安全の確保が先でした。すみません、まだ慣れていなくて、予定の場所に避難をお願いしますね》
『へぇ、ありがとうお巡りさん』
《いえいえ、コレも国民の為、ですから》
今は便利やね、警察犬言うんが居って、あの男の腕に噛み付いてくれはってる。
田舎の警察は何もしてくれへんかったんやけど、賄賂、貰ってはったらしいわ。
イヤやわ本当、ウチの知ってる雲雀亭のお客様は、お国の人なのに優しくてしっかりしてはる。
せやのに末端が腐ってはったら、あの人らの苦労損やん。
あぁ、やっぱり帰ろ、雲雀亭に帰りましょ。
《アンタはまだ若いんだ、こんな裏道の男と》
「わは子が出来無いはんで、ココに嫁げ言われ。あ、知ってます、全て、全部」
《アンタ、何処の、誰に》
「介護は得意です、前の夫の母親を死ぬまで面倒見たはんで、宜しくお願いします」
《はぁ、だが》
「アナタの顔が好みだはんで、そう決めたんずよ。嫌でも、どうにか可愛がってやって下さい」
《別に嫌では無いんだが、こう、まだアンタは若いんだ》
「苦労している年が上な男が好きだはんで、お陰で騙されて、義母が死んだその日に捨てられてまった」
《アンタ、東北の生まれだろう、都会は大変だ。それこそもっと、北に行けば慣れた》
「嫌でも、コレは命令です、八重子さんからの。と、喋れて、けどわは良く分からないはんで。後はソッチで何とかしなが」
《はぁ、全く、あの人は何て事を》
「江戸弁と関西弁ならなんぼか分かるはんで、愚痴言う時は他ので喋れ」
《すまん》
「わの家は濃口だはんで、飯さ食ってみて、それから考えれば良いべ」
《あぁ、俺も関東だ、頼んだ》
「ん」
どうしてか、その家には女の子が生まれました。
しかも、立て続けに3人も。
そして子供達は全て裏道には行かず、真っ当な子に育ち、父親の道とは真反対を歩む事になりました。
『どうも、色々とお世話になりました』
「いえいえ、また、お越し下さい」
『はい、では』
「お世話様でしたー」
「はい、またどうぞ」
八重子だけが居る筈の部屋から、この男、五百雀が部屋から出て来た。
八重子はもう、本当に。
「どうでしたか、1人部屋は、やっぱり寂しかったですか?」
『そうね、やはり真方を甘やかし過ぎなのかも知れない、そう気付けました』
「もー、だから嫌だったのに」
《八重子》
『過保護は嫌われますよ石井、次は1人で頑張りなさい、真方』
「えー、自分は絶対に襲わないのに」
『巣立ちには時期が有るんですよ、さ、帰りましょう』
俺は、単なる、巣立ちに失敗しただけの。
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