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第28章 外の者と内の者。

マヨイガ。

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「ひっ」

 山で迷ってしまった。
 少しばかり調子に乗り、山菜を欲張ってしまった為に。

 出会ってはいけない家と、出会ってしまった。

『あぁ、いらっしゃい』

 肌は青白い程に白く、黒い髪はウネウネと長く。
 都会でも見た事が無い様な、美しい女。

 その女が居る家も、見た事も無い位の家だった。

 恐ろしい。
 怖くて堪らない。

 こんな上等な家と女。

 俺には無理だ。
 家に上がるなんて、とんでもない。

「すみません、道に迷ってしまって、直ぐに帰りますから」
『もう日暮れですから、さぁ、どうぞ』

 後ろを振り向くと、あっと言う間に夕暮れに。

「さっ、さっきまで、まだ昼」
『雨も降りそうですし、さぁ、どうぞ』

 屋敷の方へ振り向くと、曇天が。

「ぁあ」
『さぁ、どうぞ』

「な、納屋で構いません、どうぞお構い無く」
『生憎と納屋に置ける食器が御座いませんので、どうか、さぁ』

 そう躊躇っている間に、雨が振り始め。

「あ、分かりました分かりました、入りますから」

 どんなお嬢さんであれ、体を冷やすべきでは無い。
 僕は急いで共に家に入り、湯を頂き、飯を食った。

 味は、美味かったと思う。
 ただあんまりに高価な食器で、何を食ったかすら覚えていない。

『さ、お酒を』
「下戸なんです、本当に、ですのでどうか勘弁して下さい」

『では、甘い物をご用意させて頂きますね』
「あぁ、いやどうぞ、お構いなく」

 いっそ、酒を幾ばくか飲んでしまえば良かったと、後に後悔した。
 あまりの恐ろしさに、全く寝付けず、幾ばくか眠ったのは明け方。

 そうして案の定、気が付くと野ざらしの山で眠っていた。

 だが、夢では無い証拠に、寝巻きにと着ていた物はそのままに。
 そして着ていた物は洗われ、近くに置かれていた。

 僕は怖くなり、着替えを済ませ全て置いてきた。



《全く、勿体無い事を》
「やるとも何も言われていないんだ、そんな物を持って帰るワケにはいかないだろう。それは飯の事もそうだ、後日、食った分を返しに行ったよ」
『何だかな、損しかしていないじゃないか』

「いや、きっと本来は山姥の家だったんだろう。だが退治されない為に変装し、腹が空いていないので返し、こうして広め集まって来た美味そうなのを食う算段に違い無い」

《だとしてだ、何処に有るんだそんな場所》
「ほれ見た事か、死にたいなら案内してやるが、途中までだ」
『是非頼もう、面白そうじゃないか』

「何が有っても知らないぞ、決して恨んでくれるなよ」

 こうして、俺達は幾ばくか離れた山へと向かい。
 知人が見た家を探す事に。

『はぁ、随分と欲張ったもんだ』
「好物なんだ、仕方が無いだろう。さ、ココまでだ、僕はもう降りるからな」
《おう、お前の分まで持って帰ってやるからな、楽しみにしていろよ》

「あぁ、生きて帰って来れたらな」

 俺達は、いつもアイツを臆病者だと笑っていた。
 所謂神経質、真面目でつまらない男だ、と。

《はぁ、上を目指せと言っていたが》
『本当に家が有るとは思えないが』

《あっ!》
『本当に、有ったぞ』

 白漆喰の壁は真っ白に塗られ、良い瓦がふんだんに使われ、まっさらな無垢の木で出来た門からは真新しい香りが漂っていた。
 だが。

《女は、居なさそうだな》
『しかも、門が、閉まってやがる』

 そして俺達は塀を辿り、裏口を探しに向かったが。

《やけに長いな》

 進むにつれ薮が多くなり、薄暗さが増し始め。
 何やら、獣の声まで。

『コレが、マヨイガか』
《帰ろう、あんまりに気味が悪過ぎる、きっと俺達は歓迎されていないんだ》

『若しくは、試練かも知れないぞ、お宝を手に入れる為の試練だ』

《そんな、西洋の物語じゃあるまいに。俺は帰る、じゃあな》

 俺に霊感だのは全く無いが。
 あの場所は進むにつれ酷く寒気がした。

 まるで墓場の様な不気味さと、酷く長い塀のせいか。
 俺は恐ろしさに負け、山を降りた。



『ほれ見ろ、全ては試練だったんだ』

 長い塀を辿ったが、裏口は無かった。
 だが代わりに、門が開いていた。

 そして中には、金の盃を持った女が。

《まぁ、何て強欲な方なのかしら、とてもとても美味しそう。あぁ、さ、贈り物を選んで下さい》

 目の前には朱塗りの盆が3つ有り、1つには枕が乗っていた。

『コレは一体』
《コチラは邯鄲の枕、夢が全て叶います》

 そしてもう1つは。

『アレは、指ぬきか』
《変化と金を齎す装飾品、指輪です》

 そして最後に。

『小槌、か』
《はい》

 物を出し変化する以上の事が叶うのなら、当然、枕だろう。
 だが、この女も捨て難い。

『アンタは貰えないのか』
《まぁ、本当に素敵な方。どうぞ、私も宝もアナタのもの》

 そうして俺は女を抱き、その枕を使い眠った。



『だが、俺は生きて帰ったぞ。ほれ、この通り、俺は全てを叶えた』
《あぁ、はいはい、無事なら無事だと知らせてくれれば良いものを》
「本当に、無事で何よりだよ」

『妬むな妬むな。全く、俺はコレから更に願いを叶える、女は手に入れた。次は金と家、子供、孫に名誉と財を』

《おい!しっかり、医者を、医者を呼ぶんだ!》
「あ、あぁ」

 そうして男は泡を吹き、全ての夢が叶う世界へと旅立ち。
 瞬く間に帰還を果たす。

『ぁあ、俺は』

《はぁ、良かった》
「白目を剥き泡を吹いた時はもう」
『俺は、俺は』

《おい》
「どうしたんだ」
『俺は、全てを得た、得た筈が。何故、どうして元に戻っているんだ』

《お前》
「ひっ」

 男は瞬く間に白髪へと変わると、あっと言う間に老人となり。
 夢から覚めた事に絶望し、ゆっくりと息を引き取った。

《あぁ、本当に美味しかったわ、やっぱり絶望の味は最高ね》

 私の名は禁忌の女パンドラ
 女嫌いに作り出された、最悪にして最厄なる女。

 えぇ、ですからこうして嫌な男だけを餌にし、本当に絶望だけを与えているんです。
 私を創り出した主の思う通り、本当に、そうしてあげているんです。

 アンドヴァリの指輪には、呪いが。
 そして小槌は、真っ赤に焼けたミョルニル。

 彼はとっても強欲で、思った通り、最も絶望出来るモノを選んだ。
 願いが全て叶った頃、全てが無かった事になる枕。

 あぁ、何て可哀想なのでしょう。
 媒介者にして宣伝者、体の良い使い魔。

 こうしてマヨイガは広まり、私は満たされる。
 さぁ、アナタの思う通りの女になりましたよ、ヘーシオドス

 女より産まれた者、ヘーシオドス。
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