松書房、ハイセンス大衆雑誌編集者、林檎君の備忘録。

中谷 獏天

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第28章 外の者と内の者。

2 新世界とシノ。

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《私個人の考えだ、と、何処にも言わずに》
『誓うわ、神様にも閻魔様にも、何だって誓うわ』

《仏蘭西のオルレアンなる場所で、とある実験が有ったそうです》

 西洋は様々な民族が集い、共に生活する事が当たり前。
 ですが、時に違いは見えぬヒビ割れの様に、軋轢を生んでしまう。

 とある民族の経営する店にて、婦女子が怪しい薬草を使われ、昏睡のままに地下に有る秘密の通路を使い売りに出されている。
 しかも、そうした店は何件か有り、全て繋がっているらしい。

 との噂を広め、噂についての検証実験を行った。

『あら怖い』
《はい、結果は恐ろしいものとなりました》

 噂は噂、事実では無い。
 と大々的に発表されましたが、噂は止まらず、寧ろ広まるばかり。

 そこで、研究者は更に噂を広める事にしました。

『どんな噂なのかしら、まさか同じ事じゃないわよね?』
《はい、正に打ち消す為に流された噂が、功を奏しました》

 デマは反〇〇国主義者の陰謀に過ぎない、と。
 噂を流す者は、あからさまに〇〇国へ敵対行動を行う者と同義、となり。

 少なくとも、噂の中心地は一気に沈静化したそうです。

『流石に、遠方までは届かなかったのね』
《はい、飛び火した噂は、パリにまで及んだそうですが。暴動寸前、とまではいかなかったそうで、コレを対抗神話と言うそうです》

『それで』
《シノさん達を集め、噂を流し、対抗神話とするんです。それに暴動寸前となれば、流石に警察も動く筈、安全に火消しが出来る筈です》

 けれども、場所と資金が必要となる。

 コレはあくまでも机上の空論。
 突拍子も無い、陳腐で幼稚な。

『良いわね、そうしましょう』

 彼の事は調べていた。
 両親は地方で店を繁盛させ、都会の一等地にも其々に店を出す、それなりに商才の有る一家だとは知っていた。

 けれど、私の陳腐な発想が実を結び。

《ごめんなさい、兄さんが強引に巻き込んでしまったそうで》
《あ、いえ、コチラこそ》
『大丈夫よ、きっと上手くいくわ』

 そうして新世界なる店に、シノと言う名の女達が集まり。
 お互いに身を守るべく、様々な案を出し合い。

「どのシノちゃんも、必ず週に1回は接客、表に出た方が良いと思うの」
『そうね、あんなシノもこんなシノも居るけれど、アナタはどのシノをお探しかしらってね』

《それと幾ら金を持ってても、良いおべべを着てても、意外と馬鹿ばかりだって分かる筈よ》
『そうそう、金が有っても名誉が有ろうとも、巫山戯たのも馬鹿も阿呆も居る。そう知る事も大切よね』

『それに、洗い物だ料理だばっかりじゃ気が滅入るでしょう、好きなお洒落をするの。楽しいわよ、違う自分、本当の自分になれるって思う子も居るのだから』
『そうよ、好きな自分になるのって、凄く大切な事よ』

「あ、色で分けましょう。明弘さん、管理をお願いね」
『ふふふ、楽しみだわ』

《それと、出勤や退勤は常に2人以上でお願いします》
『そうね、皆お願いね』
「勿論よ」

 新世界には大勢の無辜なるシノが居る、そうして噂は流れ始め。

「あの、ココにシノさんと言う方が」
《あぁ、沢山居ますよ、どの様なシノをお探しですか》

「あっ、えっと」
《まぁまぁ、先ずはお飲み物でも、ご注文がお決まりになりましたら席へご案内致しますね。あ、お会計は先払いになりますから、お代金もご用意しておいて下さい。では》

 新世界なる店は、酒代だけでは済みません。
 西洋式を取り入れ、チップなる概念が有り、払えなければ大した接客は受けられません。

 巷では賄賂だ、と囁かれているそうですが。
 金額だけで、接客の良し悪しが変わるワケでも有りません。

「あ、あの」
《はい、ご注文ですかしら、それともシノをお探しかしら》

「はい」
《そうでしたか、私はシノと申します、どの様なシノをお探しですか。お客様》

 華やかで煌びやかな衣装、麗しい化粧を施された女性達が働く、新世界。
 アナタの追い掛けたシノは、どの様な背格好、顔貌をしていたでしょうか。

 そのシノは、本当に居たのでしょうか。



《明弘さんのお店だったんですね》
『いいえ、違うわよ、親の店よ。しかも今回は、ソチラの偉い方の女神にもご協力頂いたの』
「そうなんですね、僕、全く知らなくて」

『良いのよ、コレは女の戦いなんですもの、男共は引っ込んでなさい』
《噂はかなり収束していますしね》
「ですけど、我が社のせいと言えばせい、とも言えますし」

『いいえ、きっとシノだからよ。それに色んな字のシノが居るのよ、花子、でこんな事が起きるワケ無いじゃない』
「僕の初恋の人が花子さんなんです、馬鹿にしないで下さい」

『冗談よもう、良い返しねソレ』
「ありがとうございます」
《所で、件の弁護士先生とは、何も無いんですか》

『あら、ふふふ、知りたい?』
《いえ全く、男色には興味が無いので》

『あらー、食わず嫌いは良くないわよ?』
《毒草なら食わず嫌いなままの方が、健康で居られますから》

『アナタねー、ドクダミって知ってるかしら?くっさいけれど』
「僕は興味が有るんですが、特に例の男について」

『あぁ、少し噂を流すまでも無く、弁護士先生が実家送りにして下さったわ。嫌よね本当、都会だからって好き勝手出来ると勘違いするだなんて』
「成程、それで件の弁護士先生とは?」

『ふふふ、どうなる事が、ありきたりかしらね?』

 結局、そう言い終えると明弘さんは仕事に戻ってしまいました。

 明弘さんは女嫌いでは無いけれど、男嫌いでも無い。
 僕にとっては、ただただ女装が好きな丁寧な方、なんですが。

《女性と絡んでいる所を見ると、何だか頭が混乱するね》
「ですね」

 もしかして、どちらも、なんでしょうか。



『アナタもシノ、だったなんてね』

 シノの噂の対抗神話は、そこかしこで自然と、複数現れました。

 シノは実は男で、親に見付かり、今でも何処かで軟禁されている。
 シノは実は美人局だった、けれども真の愛に目覚め、獲物から敢えて逃げた。

 シノなんて、本当は居なかった。

《いつ、女だと分かったんですか》
『そんなの、最初からよ。私は他と違って、見せたい姿をそのままでは見ないの。とってもお似合いよ、シノちゃん』

 私の案は、半ば復讐心から出たモノでした。

 女に弁護士は務まらない。
 と言う謎の論理を振り翳す者達へ、職業、性別で態度を変える者達への復讐の為。

 私は男装し、男として弁護を請け負い、常に勝ち続け。
 喜ぶ依頼主達へと、密かに復讐していました。

 そんな中、自らと同じ名の女性達が不幸な目に遭っていた。
 その数たるや、近隣の無辜なるシノだけで50は下らない。

 けれども警察は実害が無い限り、動けない。

 その無辜なるシノに関わった者は、1人や2人では無い。
 都会に至っては、片手では収まらない筈。

 だと言うのに、守る者は僅か。

 傍観は、直ぐには罰せられない罪です。
 諌めず、止めもせず、ただ気休めを言うだけ。

 それは罪です。

 事が大きければ大きい程、重罪であれば有る程、その罰はアナタの身に降り掛かるでしょう。
 そう、昨今の事件の様に。

『お願いします、先生』
「確かに私達は受け入れてしまったけれど」
《生活、それこそ仕事に関わる仕方の無かった事なんです。なのに、もう誹謗中傷には耐えられ無い、何とかして下さい、先生》

《お受けする前に、1つお伺いします。お三方は内部告発者の方に名誉毀損等で訴えられているそうですが、事実でしょうか》

『それは』

《もう結構です、お引き取りを、ウチでは受けかねます》
『そんな』
「お願いします、確かに費用はあまり払えませんが」
《困ってるんです、本当に、子も除け者にされてしまって》

《提訴されている事等も、全て正直にお話頂けない場合、コチラの失敗が更に傷口を広げる事になります。次の方には、是非、真実を全てお話下さい》

「すみません、でも」
《もう良い、行こう》
『冷たい方、精々後悔して下さい』

 後悔すべきは、アナタ方だ。

 自らの行いを恥じ、暴言を慎み、己の行動を後悔すべきだ。
 単なる傍観者にはならぬ者が居るからこそ、罪は白日の元に晒され、悪が栄えないのだから。

『はぁ、大変ね、先生』
《すみません明弘さん、急に押し掛けられてしまって》

『良いのよ、姑息な貧乏人の良くやる手口だもの、仕方無いわ』

《酷く、腹立たしいです》
『そうよね、全く反省していないんですもの。でも不思議ね、もう私は平気、なんせ良い案が浮かんだんですもの』

《何をするつもりなんですか?》
『大岡裁きよ、ふふふ』

 私は、とんでもない人に知恵を授けてしまったかも知れない。
 対抗神話を、まさかこんな風に扱うとは。



「奥さん、例の事件の噂、ご存知?」
《ちょっと、どの事件よ》
『目録事件、かしら?』

「そうそう、そうなのよ。体を明け渡してた方々、実は自身の子も、売ろうとしてたそうなのよ」
《まぁ、なんて酷い》
『けれどさもありなん、よ、他所様を説得してたそうじゃない』

《そこまで落ちるなんてね、子が可愛くないのかしら》
「自分が1番でなければ、他所様を説得なんてしないでしょうよ」
『そんな中、立ち上がった三重子さんは確かに素晴らしいけれど。他の方は一体、何をしてたのかしら』

「半分は脅されての事だそうよ、本当、可哀想に」
《なら、被害者でも加害者でも無い方々は、何をなさってたのかしら》

『まさか、何もせず、なんて事は無い。筈よ、ねぇ?』

「もし、そうした事が横行してしまったら、どうなるかを考えれば。まさか、何もしない、だなんてねぇ?」

《そうよ、まさか、ねぇ。アレだけ大勢が関わる事件ですもの、まさか傍観者が居るワケが無いわよ》
「そうよね、考え過ぎよね、きっと相当に厳密で綿密な。ね」
『そうよ、蔓延してしまったら、いつかアナタの大切な者が被害に遭うかも知れない。そう知恵が回る者なら、ねぇ』

《そうよね、まさか、まさか知らんぷりなんて無いわよね》

 けれども、さもありなん。

 自身を売り、他者を売ろうとしていたのだから。
 さもありなん。

 子を売ろうなどと、知らんぷりなど。
 さも、ありなん。
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