144 / 215
第26章 鳥と獣。
2 閑古鳥。
しおりを挟む
どうしても、諦めきれなかった。
どうしても、助けが必要になってしまった。
『お願いします、どうか、この子だけでも』
実家に帰り、育てるつもりだった。
お金も、何も要らない。
ただ、この子を育てたいだけ。
「本当に、ウチの子の」
《母さん、彼女は親も家も火事で無くしてしまったんだ、これ以上は。さ、立ちなさい、先ずは湯を》
『ありがとうございます』
優しい人だと知っていた、分っていた。
だからこそ、私はこの人を選んだ。
「全く、妾の家に通うなら、もう少し気を使いなさい」
『良いんですお義母様、私が不甲斐無いばかりに』
《止めてくれないか、そもそも妾では無いんだ、止めてくれ》
夫に他の女が居たとて、子を無事に育てられるのなら、何も問題は無い。
「妻としての自覚が有るなら、だからこそ、ハッキリ言うべきよ」
『いえ、お義母様の誤解かと、旦那様は大変良くして下さいます。どうか、旦那様をお許し下さい』
欲張ってはならない。
実家も何も無い私は、ココで子育て出来るだけでも、既に十分なのだから。
《母さん》
「アナタがそう言うのなら、今回は何も言いませんが、次は覚悟なさい」
《はい》
夫は義母の言いなり。
優しくて良い人だけれど、男らしさの欠片も無い。
でも、父親としては素晴らしい人。
「また、お前は、この計算を間違えてますよ」
『ごめんなさい』
《母さん、子供のこの子には、まだ難しいんだよ》
「分かりました、アナタに任せます」
《さ、向こうでお母さんと勉強してなさい》
『はい』
『失礼します、行きましょう』
『はい、ごめんなさい』
『良いのよ、アナタは良い子だもの、神様は二物を与えないものなのよ』
この家の敵は、夫の母親だけ。
「まだ、2人目が出来ませんか」
『不甲斐無いばかりに』
「また、その文言ですか。少しは見合う様に努力をしたのですか」
『申し訳、御座いません』
「はぁ、全く」
《母さん。母さん、僕に任せておくれ、頼むよ》
「分かりました」
夫は、私と子を守ってくれた。
例えどんな事が有ろうとも。
《お腹の、子は》
『ごめんなさい、本当にごめんなさい』
例え自分の子で無かろうと世話をし、居なくなれば心配する、優しく愚かな夫。
《良いんだよ、ゆっくりおやすみ》
鷹であろう私が、鳶であると我が子に思い知らされた。
いえ、寧ろ、私達こそ雀だと。
あの子が語ってくれたのは、あの女の腹が小さくなった直後だった。
《母さん、もう分かっているだろうけれど、腹の子もあの子も僕の子では無いよ。だからこそ、少なくとも腹の子は持ち直した父親へ渡す事を見逃しただけ、だ。母さんの演技が上手くて怖くなったんだ、分かっているだろうけれど、ごめんよ母さん》
私達夫婦は、あの女を追い出す為にも、本当の父親の事を探っていた。
けれど、子が3才になるまで、この時までは分からなかった。
「あぁ、なら、何処へ渡したんだったかね」
《母さんは本当に優しいね、僕がしっかり仕事をしたか、確認してくれるんだね》
あの子は本気で、親を下げず親を上回った。
さも当然の親孝行の様に、他の家の掃除まで、サラリとやって退けようとしていた。
「曾孫の元婚約者の母親は、アンタの妹、それがどう言う事か分かるね」
『ぼ、僕の、妹』
「あぁ、アンタの妹だ」
『そ、けれど、なら、従兄妹』
「いや、赤の他人だ、裏ではね」
『な、なら』
「アンタは、アレに惚れた事が有るだろう。そして何をしたかも、本当は分かっているんだよ」
『何の、事だか』
「あぁ、しらばっくれても良いさ、どうせアンタは赤の他人なんだからね」
私は体が弱く、1人しか生めなかった。
だからこそ、躾けには十二分に気を付けていた。
けれど、それは杞憂だった。
息子は立派に育った。
親の理解が追い付かい程、賢い子に育った。
だが、コレは。
『そんな』
「何故、どうして、アンタの母親は幼いアンタを抱えながらウチの前で騒ぎ立てたか分かるかい」
他所様は見ている様で、見てはいない。
全ては見ていない。
なら、どうなる事か。
『それは、僕が、父の』
「あの子には、ずっと縁の繋がっていた子が居るんです、私達ですら引き裂けぬ縁が。だからこそ、ウチの子とアンタの母親には、全く関係は無かった」
『でも、なら』
「何故、引き取ったのか。私も、最初はあの子が何を考えているのか、分かりませんでした」
けれど、あの子はとても大きく、高い志と目を持っていた。
『何故、何故なんです』
「大掃除、膿出し、ですよ」
私との婚約を、破棄する理由は。
《アナタのお父様と私の母が兄妹、だから、だから私と》
『はい、ですのでお断りさせて頂いたんです』
「一体、何を言っているんだ」
『僕の父とアナタの母親が兄妹だからです、子種も全く同じく、あの家の血を引いておらず。この家の男の血を引く、兄妹、だからです』
《そ、それでも》
『従兄妹、でも無理ですね、そもそもアナタはあの人の血を引いている』
「証拠でも有るのか!!」
『良いんですか、証拠を残してしまって、出してしまって。もし何か有っては、何をしようとも他所様の口に戸は建てられませんが、本当に宜しいんですか』
私の父と母が兄妹で、私はその子。
なら、彼とは。
《ねぇ、なら、アナタは》
『あぁ、ご心配無く、僕は君の祖母のせいで家にいられなくなった女の孫。ですから』
《なら》
「幾らだ、幾らでなら黙る」
《お父さん》
「黙れ黙れ黙れ!!」
『五月蝿い事が嫌いな性分で、今日は失礼致します、では』
《待っ》
「待ってくれ、どうか……」
あまりの事に母の部屋に向かうと。
《お母様、何故、荷造りを》
『やっと、実家からお許しが出たの、さようなら』
妹と弟を連れ、荷物を抱え。
《お母様》
『アナタは私の子じゃないの。本当の子とだけ、やっと、一緒に住めるの。だからどうか、邪魔をしないで頂戴、ね』
《そんな》
『ごめんなさいね、さようなら』
なら私の母親は、何処?
《この人が、私の》
「あぁ、コレがお前の母親だ」
薄汚れた病院で、異臭を放つ女性を指差した。
鼻は捥げ落ち、目は虚ろ。
《そんな、似ているかどうかも》
「コレの若い頃にそっくりだ、面倒な所までもな!!」
《でも、どうして、何故こんな》
「既に引き取らされた時には、こうだったんだ。全く、本家からはお前を育て上げれば良いと言われていたんだが、こうも面倒事になるとはな」
全て、何も、本当かどうか分からない。
何も。
《お願い、教えて、どうして》
「お前の母の母、向こうの家の祖母とウチの祖父は、恋仲だったらしい。だが、コレがこうなったワケは知らん、知りたくも無い」
そして僕の母は、鷹から産まれた鷹だった。
「良い子ね、賢くて良い子」
《本当に、君に似て賢い、良い子だ》
あの家に余所者が居たせいで、母も祖母も肩身の狭い思いをしていた。
けれど、とても幸せだった。
いや、今でも。
住処や家柄は、さして関係無い。
結局は戸籍と、血筋だ。
『もう直ぐ、本当の家族になれますから、暫く待っていて下さい』
《あぁ、頼むよ》
祖母と母こそ、戸籍も何もかもが、あの家の本妻。
祖父は敢えて、あの女を家に上げていた、だけだった。
『大祖母様』
「あぁ、どうしたんだい」
『もう直ぐで終わります、幾ばくかご迷惑をお掛けしますが、どうか呆れず付き合って頂けますか』
「勿論、お前達の為、世の為人の為だ」
『ありがとうございます、大祖母様』
この人は自らを雀だと思っているらしい。
けれど、僕らには鷹だ。
例え鷹の羽根で飾られた雀だとしても、未だに鷹として見事に飛んでいるのだから。
並みの鷹よりも立派な、祖父の母君。
この家と、僕らを繋ぐ立派な血筋。
『何故、どうしてなんだ』
この家の者だった、私の夫と名乗っていた寄生虫は追い込まれ。
泣き縋る他に術が思い付かないらしく、裏口を入って直ぐに、膝を付いた。
「少し位の浮気は大目に見ろ」
『どうせお前の子だろう、子供連れを見離すなんて可哀想だ、他人の子供を育てる位何でも無いだろう。そうした世間の甘い考えのままに人生を歩めば、子や孫や家がどうなるか、そうして祖父は悪しき見本を白日の下に晒し上げる為に動いただけですよ』
「アナタの母親は、私の父へ托卵したの。けれど単に排除しただけでは、世間には簡単に忘れ去られてしまうわ」
『大事にし、2度と同じ事を考える者が出ぬようにと、祖父は考えた』
「アナタはね、単にあの女の子供、それだけ」
『母さんの夫、僕の父は別に居る』
「そして戸籍上の夫婦でもあり」
『僕はその2人の子供』
『な、何故、どうして』
「だって、アナタには○○家の血は、全く入ってもいないんですもの」
『戸籍上も何の繋がりも無い赤の他人、その血縁者と夫婦になる理由は無いでしょう』
父は賢い人。
だからこそ、先の先まで見通し。
ついでにと、少し不思議ながらも、庶民的な家庭を私に味あわせてくれた。
そして妾と思われる家庭の大変さ。
世間は知ったかぶりをする様を、学ばせてくれた。
『そんな、そんな事』
「妾だ本妻だ、その事実を知れる者は限られる、家に住もうが何だろうが他人は他人。結局は戸籍、戸籍なんですよ」
馬鹿な女は戸籍も何も確認しなかった。
そして相手の男にも、何も確認をしなかった。
『折角の貴重な体験だからと、祖父は実験も兼ねた、賢さは血筋か育ちか』
「そして、両方が重要だと、最初で最後の論文を出す事になったの」
そうして本家に血筋が戻ると共に、論文は出された。
『お祖母様、どうか』
「アナタにはウチの血は全く入っておりません、つまりは赤の他人、どうぞお引き取りを」
『そんな、まさか本当に』
「アナタだけに、この家の血は入ってはいない、そして戸籍上も赤の他人」
『血が、何も』
「アナタが嫁だと思っていた者が、ココの本来の血筋の者、アナタの母親が押し掛け座を奪った者の血筋。あの子こそ直系の血筋なのです、さ、本来の子種袋の元に戻りなさい」
そこから先は良く覚えていないけれど。
見知った場所へと送り届けられ。
『あの』
《何だお前は、金なら無いぞ》
向かった先では、引っ越しでも始めているのか人が大勢居り。
荷物を動かし、父らしき何者かが居ないかの如く、使用人が淡々と動き回っている。
『あの』
《お終いだ、折角身を立てたと言うのに、お終いだ》
『あの』
《だから産むなら独りで産めと、だが、こうなると誰が思う》
『あの、妹の子は』
《あぁ、お前か、アレなら母親の所だ。もう勝手にしろ、勝手に、好きにしろ》
母が居た筈の療養所へ向かったが、いつの間にか転院しており。
更に転院先へ向かうと。
《アナタ達のせいで、私は》
『まっ、待ってくれ』
《アナタ達のせいよ、全部、托卵なんかするから》
『ち、違うんだ、知らなかったんだ本当に』
《知ろうとしない者も又、愚か者なんですって。そうよね、万が一にも知らずに近親婚を果たし、その先も近親婚を続けたなら》
妹の子が、僕の本当の子供かも知れない娘が、目の前で母親と祖母を焼き殺し。
自らも、焼き殺した。
『まっ、待ってくれ、違うんだ、待ってくれ……』
近隣に、少し頭の螺子が外れているかの様な、見窄らしい世捨て人が現れる様になった。
『似た者夫婦に怒鳴り散らし、兄弟姉妹は夫婦になるべきでは無い』
《托卵なんてのは以ての外だ、いずれ親の因果が子に報いる事になる、だなんて》
「一体、何を当たり前の事を喚き散らしているのか、不思議な方ね」
『全く』
《まぁ、その当たり前を出来ぬ、知らん者も居るのだろう》
「虫ですらも、他所様の卵が有れば捨てて当たり前、ですのにね」
『愚かな閑古鳥ばかりの世、か』
《道理の無い世では、いずれ子孫が苦労すると言うのに》
「まさか閑古鳥も、自らを鷹か鳶か雀かと、まさか閑古鳥とは思わなかったのでしょう」
『あぁ、賢い鷹なら、それすら気付かせないのだろう』
《あぁ、だが閑古鳥に魚は捕れぬ》
「精々、羽虫が限度でしょう」
『愚か者が身を弁え、大人しく子種袋に縋っていれば良いものを』
《欲張りが過ぎた》
「道理を無視し過ぎた」
今も世捨て人は、当たり前の道理を説いている。
兄弟姉妹で婚姻も。
托卵も、子孫の為にはならぬ。
親の因果が子に報いる、と。
どうしても、助けが必要になってしまった。
『お願いします、どうか、この子だけでも』
実家に帰り、育てるつもりだった。
お金も、何も要らない。
ただ、この子を育てたいだけ。
「本当に、ウチの子の」
《母さん、彼女は親も家も火事で無くしてしまったんだ、これ以上は。さ、立ちなさい、先ずは湯を》
『ありがとうございます』
優しい人だと知っていた、分っていた。
だからこそ、私はこの人を選んだ。
「全く、妾の家に通うなら、もう少し気を使いなさい」
『良いんですお義母様、私が不甲斐無いばかりに』
《止めてくれないか、そもそも妾では無いんだ、止めてくれ》
夫に他の女が居たとて、子を無事に育てられるのなら、何も問題は無い。
「妻としての自覚が有るなら、だからこそ、ハッキリ言うべきよ」
『いえ、お義母様の誤解かと、旦那様は大変良くして下さいます。どうか、旦那様をお許し下さい』
欲張ってはならない。
実家も何も無い私は、ココで子育て出来るだけでも、既に十分なのだから。
《母さん》
「アナタがそう言うのなら、今回は何も言いませんが、次は覚悟なさい」
《はい》
夫は義母の言いなり。
優しくて良い人だけれど、男らしさの欠片も無い。
でも、父親としては素晴らしい人。
「また、お前は、この計算を間違えてますよ」
『ごめんなさい』
《母さん、子供のこの子には、まだ難しいんだよ》
「分かりました、アナタに任せます」
《さ、向こうでお母さんと勉強してなさい》
『はい』
『失礼します、行きましょう』
『はい、ごめんなさい』
『良いのよ、アナタは良い子だもの、神様は二物を与えないものなのよ』
この家の敵は、夫の母親だけ。
「まだ、2人目が出来ませんか」
『不甲斐無いばかりに』
「また、その文言ですか。少しは見合う様に努力をしたのですか」
『申し訳、御座いません』
「はぁ、全く」
《母さん。母さん、僕に任せておくれ、頼むよ》
「分かりました」
夫は、私と子を守ってくれた。
例えどんな事が有ろうとも。
《お腹の、子は》
『ごめんなさい、本当にごめんなさい』
例え自分の子で無かろうと世話をし、居なくなれば心配する、優しく愚かな夫。
《良いんだよ、ゆっくりおやすみ》
鷹であろう私が、鳶であると我が子に思い知らされた。
いえ、寧ろ、私達こそ雀だと。
あの子が語ってくれたのは、あの女の腹が小さくなった直後だった。
《母さん、もう分かっているだろうけれど、腹の子もあの子も僕の子では無いよ。だからこそ、少なくとも腹の子は持ち直した父親へ渡す事を見逃しただけ、だ。母さんの演技が上手くて怖くなったんだ、分かっているだろうけれど、ごめんよ母さん》
私達夫婦は、あの女を追い出す為にも、本当の父親の事を探っていた。
けれど、子が3才になるまで、この時までは分からなかった。
「あぁ、なら、何処へ渡したんだったかね」
《母さんは本当に優しいね、僕がしっかり仕事をしたか、確認してくれるんだね》
あの子は本気で、親を下げず親を上回った。
さも当然の親孝行の様に、他の家の掃除まで、サラリとやって退けようとしていた。
「曾孫の元婚約者の母親は、アンタの妹、それがどう言う事か分かるね」
『ぼ、僕の、妹』
「あぁ、アンタの妹だ」
『そ、けれど、なら、従兄妹』
「いや、赤の他人だ、裏ではね」
『な、なら』
「アンタは、アレに惚れた事が有るだろう。そして何をしたかも、本当は分かっているんだよ」
『何の、事だか』
「あぁ、しらばっくれても良いさ、どうせアンタは赤の他人なんだからね」
私は体が弱く、1人しか生めなかった。
だからこそ、躾けには十二分に気を付けていた。
けれど、それは杞憂だった。
息子は立派に育った。
親の理解が追い付かい程、賢い子に育った。
だが、コレは。
『そんな』
「何故、どうして、アンタの母親は幼いアンタを抱えながらウチの前で騒ぎ立てたか分かるかい」
他所様は見ている様で、見てはいない。
全ては見ていない。
なら、どうなる事か。
『それは、僕が、父の』
「あの子には、ずっと縁の繋がっていた子が居るんです、私達ですら引き裂けぬ縁が。だからこそ、ウチの子とアンタの母親には、全く関係は無かった」
『でも、なら』
「何故、引き取ったのか。私も、最初はあの子が何を考えているのか、分かりませんでした」
けれど、あの子はとても大きく、高い志と目を持っていた。
『何故、何故なんです』
「大掃除、膿出し、ですよ」
私との婚約を、破棄する理由は。
《アナタのお父様と私の母が兄妹、だから、だから私と》
『はい、ですのでお断りさせて頂いたんです』
「一体、何を言っているんだ」
『僕の父とアナタの母親が兄妹だからです、子種も全く同じく、あの家の血を引いておらず。この家の男の血を引く、兄妹、だからです』
《そ、それでも》
『従兄妹、でも無理ですね、そもそもアナタはあの人の血を引いている』
「証拠でも有るのか!!」
『良いんですか、証拠を残してしまって、出してしまって。もし何か有っては、何をしようとも他所様の口に戸は建てられませんが、本当に宜しいんですか』
私の父と母が兄妹で、私はその子。
なら、彼とは。
《ねぇ、なら、アナタは》
『あぁ、ご心配無く、僕は君の祖母のせいで家にいられなくなった女の孫。ですから』
《なら》
「幾らだ、幾らでなら黙る」
《お父さん》
「黙れ黙れ黙れ!!」
『五月蝿い事が嫌いな性分で、今日は失礼致します、では』
《待っ》
「待ってくれ、どうか……」
あまりの事に母の部屋に向かうと。
《お母様、何故、荷造りを》
『やっと、実家からお許しが出たの、さようなら』
妹と弟を連れ、荷物を抱え。
《お母様》
『アナタは私の子じゃないの。本当の子とだけ、やっと、一緒に住めるの。だからどうか、邪魔をしないで頂戴、ね』
《そんな》
『ごめんなさいね、さようなら』
なら私の母親は、何処?
《この人が、私の》
「あぁ、コレがお前の母親だ」
薄汚れた病院で、異臭を放つ女性を指差した。
鼻は捥げ落ち、目は虚ろ。
《そんな、似ているかどうかも》
「コレの若い頃にそっくりだ、面倒な所までもな!!」
《でも、どうして、何故こんな》
「既に引き取らされた時には、こうだったんだ。全く、本家からはお前を育て上げれば良いと言われていたんだが、こうも面倒事になるとはな」
全て、何も、本当かどうか分からない。
何も。
《お願い、教えて、どうして》
「お前の母の母、向こうの家の祖母とウチの祖父は、恋仲だったらしい。だが、コレがこうなったワケは知らん、知りたくも無い」
そして僕の母は、鷹から産まれた鷹だった。
「良い子ね、賢くて良い子」
《本当に、君に似て賢い、良い子だ》
あの家に余所者が居たせいで、母も祖母も肩身の狭い思いをしていた。
けれど、とても幸せだった。
いや、今でも。
住処や家柄は、さして関係無い。
結局は戸籍と、血筋だ。
『もう直ぐ、本当の家族になれますから、暫く待っていて下さい』
《あぁ、頼むよ》
祖母と母こそ、戸籍も何もかもが、あの家の本妻。
祖父は敢えて、あの女を家に上げていた、だけだった。
『大祖母様』
「あぁ、どうしたんだい」
『もう直ぐで終わります、幾ばくかご迷惑をお掛けしますが、どうか呆れず付き合って頂けますか』
「勿論、お前達の為、世の為人の為だ」
『ありがとうございます、大祖母様』
この人は自らを雀だと思っているらしい。
けれど、僕らには鷹だ。
例え鷹の羽根で飾られた雀だとしても、未だに鷹として見事に飛んでいるのだから。
並みの鷹よりも立派な、祖父の母君。
この家と、僕らを繋ぐ立派な血筋。
『何故、どうしてなんだ』
この家の者だった、私の夫と名乗っていた寄生虫は追い込まれ。
泣き縋る他に術が思い付かないらしく、裏口を入って直ぐに、膝を付いた。
「少し位の浮気は大目に見ろ」
『どうせお前の子だろう、子供連れを見離すなんて可哀想だ、他人の子供を育てる位何でも無いだろう。そうした世間の甘い考えのままに人生を歩めば、子や孫や家がどうなるか、そうして祖父は悪しき見本を白日の下に晒し上げる為に動いただけですよ』
「アナタの母親は、私の父へ托卵したの。けれど単に排除しただけでは、世間には簡単に忘れ去られてしまうわ」
『大事にし、2度と同じ事を考える者が出ぬようにと、祖父は考えた』
「アナタはね、単にあの女の子供、それだけ」
『母さんの夫、僕の父は別に居る』
「そして戸籍上の夫婦でもあり」
『僕はその2人の子供』
『な、何故、どうして』
「だって、アナタには○○家の血は、全く入ってもいないんですもの」
『戸籍上も何の繋がりも無い赤の他人、その血縁者と夫婦になる理由は無いでしょう』
父は賢い人。
だからこそ、先の先まで見通し。
ついでにと、少し不思議ながらも、庶民的な家庭を私に味あわせてくれた。
そして妾と思われる家庭の大変さ。
世間は知ったかぶりをする様を、学ばせてくれた。
『そんな、そんな事』
「妾だ本妻だ、その事実を知れる者は限られる、家に住もうが何だろうが他人は他人。結局は戸籍、戸籍なんですよ」
馬鹿な女は戸籍も何も確認しなかった。
そして相手の男にも、何も確認をしなかった。
『折角の貴重な体験だからと、祖父は実験も兼ねた、賢さは血筋か育ちか』
「そして、両方が重要だと、最初で最後の論文を出す事になったの」
そうして本家に血筋が戻ると共に、論文は出された。
『お祖母様、どうか』
「アナタにはウチの血は全く入っておりません、つまりは赤の他人、どうぞお引き取りを」
『そんな、まさか本当に』
「アナタだけに、この家の血は入ってはいない、そして戸籍上も赤の他人」
『血が、何も』
「アナタが嫁だと思っていた者が、ココの本来の血筋の者、アナタの母親が押し掛け座を奪った者の血筋。あの子こそ直系の血筋なのです、さ、本来の子種袋の元に戻りなさい」
そこから先は良く覚えていないけれど。
見知った場所へと送り届けられ。
『あの』
《何だお前は、金なら無いぞ》
向かった先では、引っ越しでも始めているのか人が大勢居り。
荷物を動かし、父らしき何者かが居ないかの如く、使用人が淡々と動き回っている。
『あの』
《お終いだ、折角身を立てたと言うのに、お終いだ》
『あの』
《だから産むなら独りで産めと、だが、こうなると誰が思う》
『あの、妹の子は』
《あぁ、お前か、アレなら母親の所だ。もう勝手にしろ、勝手に、好きにしろ》
母が居た筈の療養所へ向かったが、いつの間にか転院しており。
更に転院先へ向かうと。
《アナタ達のせいで、私は》
『まっ、待ってくれ』
《アナタ達のせいよ、全部、托卵なんかするから》
『ち、違うんだ、知らなかったんだ本当に』
《知ろうとしない者も又、愚か者なんですって。そうよね、万が一にも知らずに近親婚を果たし、その先も近親婚を続けたなら》
妹の子が、僕の本当の子供かも知れない娘が、目の前で母親と祖母を焼き殺し。
自らも、焼き殺した。
『まっ、待ってくれ、違うんだ、待ってくれ……』
近隣に、少し頭の螺子が外れているかの様な、見窄らしい世捨て人が現れる様になった。
『似た者夫婦に怒鳴り散らし、兄弟姉妹は夫婦になるべきでは無い』
《托卵なんてのは以ての外だ、いずれ親の因果が子に報いる事になる、だなんて》
「一体、何を当たり前の事を喚き散らしているのか、不思議な方ね」
『全く』
《まぁ、その当たり前を出来ぬ、知らん者も居るのだろう》
「虫ですらも、他所様の卵が有れば捨てて当たり前、ですのにね」
『愚かな閑古鳥ばかりの世、か』
《道理の無い世では、いずれ子孫が苦労すると言うのに》
「まさか閑古鳥も、自らを鷹か鳶か雀かと、まさか閑古鳥とは思わなかったのでしょう」
『あぁ、賢い鷹なら、それすら気付かせないのだろう』
《あぁ、だが閑古鳥に魚は捕れぬ》
「精々、羽虫が限度でしょう」
『愚か者が身を弁え、大人しく子種袋に縋っていれば良いものを』
《欲張りが過ぎた》
「道理を無視し過ぎた」
今も世捨て人は、当たり前の道理を説いている。
兄弟姉妹で婚姻も。
托卵も、子孫の為にはならぬ。
親の因果が子に報いる、と。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。



サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる