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第26章 鳥と獣。

1 呼子鳥。

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『あの家に、どうやら呼子鳥が憑いたらしい』
《あぁ、あの家か》
「まぁ、では暫く見守りませんとね」

 そうして鳶が、鷹を生んだ。

『いや、実に立派になられて』
《成人式でもお見掛けしましたが、更に素晴らしい方になられた》
「そうですよ、だからこそ、ご婚約は?」

 鷹に見合う花嫁を、人から探す事は難しい。

『生憎と、息子には幾ばくか難しい性分が有りまして』
「私が至らないばかりに、少々難儀な子に育ってしまいまして、幾つかお断りを。大変、申し訳御座いません」

 鷹には雀に無いモノが有る。
 鷹には呼子鳥に無いモノが有る。

『いや、それだけ賢いと言う事でしょう』
《昨今の相手選びは非常に難しい、相性ともなれば、仕方の無い事でしょう》
「そうですね、賢い子ともなれば、お相手を選ぶ事も難しいのは道理でしょうね」

「すみません、ありがとうございます」
『さ、お酒を、もう一杯』

 何故、どうして、鳶に鷹が生めようか。
 何故、どうして、鳶が鷹を育てられようか。



『いや、アレは間違い無く呼子鳥の鷹だ』
《ええ、間違い無く、鳶から鷹が生まれたようで》
「少なくとも、あの旦那にも、全く似てませんからね」

『まぁ、平凡で凡庸な者に家を潰されるよりは、マシだろう』
《あぁ、全く、そこだけは有能さを認めてやろう》
「そうですね、少なくとも、育て方は間違えてはいなさそうですから」

『あぁ、飲み直そう』
《祝杯だ》
「祝杯ね」



 外の目は、思うよりコチラを見ている。
 コチラが思う以上に、見定めている。

『あの子は、そんなに僕に似ていないだろうか』

 愚か者は如何に身内に甘いか。
 その甘さで如何に目が曇るか。

 愚か者は、さして考えもしない。

「嫌味を間に受けてはダメですよ、私達の子育てが上手くいっている、その事の揶揄なんですから」

『あぁ、君のお陰だね、ありがとう』

 私には3人の子供が居る。
 種は全て、彼のモノでは無い。

「いいえ、コチラこそ、ありがとうございます」



 僕には3人の子供が居る。
 けれど、似てはいない。

 あまりにも、似ていなさ過ぎる。

『おはよう』

『おはようございます』
《おはようございます》
「おはようございます」

「おはようございます、さ、頂きましょう」

『《「はい、頂きます、お父様」》』

『あぁ、召し上がれ』

 僕の母は、あまり良い育ちでは無く。
 家の事も、子供の事も満足に出来無い人だった。

 ただ、母は優しい人だった。

 多分、優し過ぎたのだろう。
 この家の厳しさに負け、母は早くに病で臥せる事になり、療養所へ。

 そして優しい母の居ない家は、更に厳しくなり。
 僕は彼女に、妻に救われた。

 美しく賢く、優しい妻。

 妻は家族に直ぐにも気に入られ、店の者にも、取り引き先にも気に入られ。
 あっと言う間に、僕は店を任される事になった。

 そして妻は、呼子鳥、そう呼ばれる様になった。

「如何です?」

『あぁ、いつも通り美味しいよ、ありがとう』
「良かった」

 最初は確かに疑った。

 けれど今は、寧ろコレで良い、僕に似ずに良かった。
 そう思っている。

 少なくとも昨今の、我が子が愚かな相手に振り回されるかも知れない、と。
 そう心配する必要すら無い程、しっかりしているのだから。



『あぁ、目出度い』
《実に目出度い》
「ご婚約、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 やっと、息子に婚約者が出来た。
 平凡で凡庸な容姿では有るけれど、穏やかで優しく、何処か親しみを覚える雰囲気を持っている。

『コレで、ココもすっかり安泰ですな』
《あぁ、この家は更に、続きますな》
「そうね」

 そうして息子の婚約が決まった次の日。

『お前と言うヤツは』
《ごめんなさい、お父様、さようなら》

『まっ』
「アナタ、目を覚ませば、いつか帰って来る筈。それに、まだ子は居るわ、欲張っては罰が当たりますよ」

『君は、あの子が心配にならないのか』
「勿論、ですけれど子は親のモノでも、家のモノでも無い。けれど、この家の子、待ちましょう」

『あぁ、だが』
「賢い子なら、いつか気付き戻って来る筈、なんですから」

 それから、そこからだった。

「今まで、お世話になりました」

『一体、どう言う』
「私は、本当の父親の元に戻ります、今まで本当にありがとうございました」

『何を、言っているんだ』

「私とお父様は、あまりに似ていませんでしょう、何もかも全て」

『何か、騙されているんじゃないか、確かに似ていないが』
「私と本当のお父様は良く似ているんです、今まで本当にありがとうございました、では」

 末娘に続き、長女まで。

『どう言う、事なんだ』

「アナタ、落ち着いて下さい。あの子は、お祖母様のお父上の若い頃にそっくりなんですよ、ほら」

 古ぼけた写真の曽祖父と長女は、確かに似ていた。
 父の母親には似ていないが、確かに長女にも次女にも、この家の血が流れている。

『あの子を、連れ戻さなくては』
「あの子も賢い子です、いずれ戻って来る筈。今は夫婦2人で息子を、将来の花嫁を支えましょう、欲張っては罰が当たるわ」

『あぁ、あぁ』



 娘達は戻らず、息子の婚約も、破棄となった。

『何故、何故なんだ』

『何故、どうしてだと思いますか、父さん』

『何故なんだ、どうして』
『それが分からないからですよ、今までありがとうございました、さようなら』

 そうして僕は、家も何もかもを、失った。
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