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第19章 投書と作家と担当。

2 子の罪。

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 親の罪を、子に背負わせるべきでは無い。

 分かっている。
 分かってはいるが。

『どう脅されようとも白を切り、1人墓場まで抱えて行くか、離縁すれば良かったものを』
《そう言う方なのでしょう》

「すみません、僕も全く気付きませんでした」
『あぁ、私達もだ』
《まさか、まさかね》

 人は見掛けによらない。
 良い身なりの愚か者も居れば、粗末ながらも賢い者が居る。

 だが、大概は相応の格好をしている。

 ウチに来た、件の下卑た女の様に。
 下品に着飾り、高い物を見せびらかす様に身に着け、平気で人を脅す。

「本当に、すみませんでした」

 息子も驚き、さぞ衝撃を受けただろう。
 そう私達も信じられる程、彼女は良い子だ。

 だが、悪しき縁と連なる事を許せば。
 また次も、私達の孫や、曾孫が。

『もう部屋に戻って休みなさい』
《そうね、行きなさい》

「はい」

 血が滲みそうな程に、固く拳を握り締め。
 さぞ悔しかろう、口惜しいだろうに。

《アナタ、あの子、例の女を殺しに行ってしまわないかしら》

 全く、考えもしていなかったが。

『あぁ』
《あの子の為にも、出来る事はしてみましょう》

『あぁ、そうだな』

 諦めるにしても、ただこうして門前払いするだけでは、私達親の信用を失う事にも繋がり兼ねない。
 親は鬼でも菩薩でも無い、だからこそ、常に塩梅を加減しなければならない。

 子の事も、何もかも。



「ちっ、ちょっと、脅しただけだろうに」
《ダメよ、ダメなの、ちっともダメなのよ。他の家は良いかも知れないけれど、そうね、以降は相手を見て喧嘩を売りましょうね》

「わ、分かったから」
《それは今だけ、でしょう?ダメなの、それだけではダメなの、ダメなのよ》

「わ、悪かったってば」
《とてもイヤなの、悪い人も悪い事も、とてもイヤなの》

「もう、関わらない、近付かないから」
《そこも、ダメなの、最初からダメだと分からなかった事がダメなの》

「どっ、どうしろって言う」
《それもダメ、開き直るだとか逆上する、なんて言うのはもっとダメ》

「あ、謝るから」
《ダメ、アナタは肥溜めに行くの、世の為人の為の肥料になるの》

「わた、私を、どう」
《そうね、ミミズだとか男達の性欲処理の道具だとか畑の栄養、だとかになるの》

「い、言う事を聞く、聞くから」
《そんな賢さも頭も無いでしょう、だからダメ、ダメなのよ》

「お願いだから」
《ダメ》

《よし、連れてくか》
『あぁ』
「ちょっと、アンタ達、助けておくれよ。何でもするから、金も、金でも何でもやるから」

《どうして馬鹿だの悪人だのは、こうも同じ様な事を言うんだろうな》
『馬鹿だから悪人になるんだ』
「頼むよ、子供が居るんだ、旦那が帰りを待ってるんだよぉ」

《あぁ、お前にはもう旦那は居ないぞ》

「は?」

《本当にケバいなこの女、化粧にヒビが入ったぞ》
『あぁ、本当だな』

「あ、アンタ達」
《アンタは捨てられたんだよ、もっと若くて気立ての良いのを紹介してやったら、好きにしろってさ》
『残念だが、アンタの子は、もうあの家には居ない』

「アンタ達!あの子をどうしたって言うのよ!」
《他人様の子供を傷付けておいて、お前がソレを言うかよ》

「あの子には!」
《罪は無い、なら、アンタはどうして他人様の子を傷付ける様な真似をした》

「だから、ちょっと」
《なら俺らも、ちょっと軽い遊びのつもりで、だ》

「何なのよアンタ達!!」
《アンタもな、悪鬼の生まれ変わりにしたって、質が悪過ぎだろう》
『間違って餓鬼が六道輪廻から落ちて来たんだろう』

《それか蜘蛛の糸を引ったくったか》
『あぁ、だろうな』

「何なんだい!そうやって!」
《ココで逆上すればどうなるか、全く分からない頭だからだ、馬鹿が》
『いい加減飽きた、黙らせるぞ』

《あぁ、もう十分だろう》



 妻から、先ずは女と夫を別れさせる、別れさせ屋を頼もうと提案され。
 幾ばくか妻の伝手を使って貰い、頼んだんだが。

「いやぁ、前のはどうやら男を作って逃げてしまいましてね。でして、もしや、アナタも」
『いえ、ウチに尋ねてらっしゃったそうなんですが、生憎と用件を聞き逃したそうで』

「あぁ、そうでしたか。きっと何かの間違いでしょう、アレは酷く抜けた女で、記憶違いも多いですから」

 今までの笑い顔は消え、声も低くなり。
 まるで別人かの様に。

『では、重要な取り次ぎでは無かった、と』
「あぁ、いえいえ、有りました有りました。出来れば今後も互いに切磋琢磨していきましょう、と言う事ですよ」

『そうでしたか、では』
「はい、前のが世話になりました、では」

 噂とは当てにならない。
 金を食い潰すだけの三代目との噂は、どうやら間違いだったらしい。

《アナタ》
『大丈夫だ、何も無かった、そうだ』

《そう、良かったわ、ふふふ》

『だが、まだ、向こうがな』
《そうね、けれど学の無い方なら、少しは教えてやっても良いのでは?》

『教える程度で、済めば、な』

《少なくとも、あの子は理解している筈ですわ。何でも、仏門に入られるんだそうで、肉断ちを既に》
『まだ若い身空に何て事を』

《それだけ未練が強いと言う事、それだけ、ご両親も許せないのでしょう》

『他に、誰を』
《血ですわ、自らに流れる血筋。命を絶とうとしないだけで、私は、もう十分だと思いますけれどね》

『だが、このまま許す事は』
《ええ、勿論、無理な事ですわ。まだまだ、向こう方は何も、していないのですから》

『あぁ、孫にまで、こうした苦しみを味合わせるつもりは無い』

 甘さとは、安易な妥協に過ぎない。
 そしてそのツケは、例え子の代に現れずとも、以降の影に潜み続ける。




『む、息子が、種無しに』
「はい、私の目の前で、あの子は血塗れに」

『だが、手紙には』
「証拠になってしまうから、でしょう。ですからどうか、アナタの中にだけ、留めておいて下さい」

『あ、あぁ』

 けれど、夫は言おうとしてしまった。
 文で、夫は自らの両親を呼び出してしまった。

「あぁ、やっぱり」

『どうして、ココに』
「あの人は罪の意識に潰され、もう錯乱してしまったかも知れません、ですからどうか取り合わない様にと。アナタ、また、言ってしまおうとしたんですね」

『違うんだ、許してくれ、両親なら』
「聞かされる身にもなって下さい、そう慮る事が出来無かったからこそ、私達は更に親を苦しめてしまった」

『すまない、だからこそ、せめて両親に謝罪を』
「あぁ、罪を背負う為では無く、本当にただ楽になりたかっただけ、だったんですね」

『違うんだ、すまない、本当に悪いと』
「私達は、それだけ、で許し合ってしまった。許し合うべきでは無かった、離縁しアナタからお金を頂き、幾ばくか経ってから再婚すべきだった」

『君の優しさには、本当に』
「いえ、私のは単なる甘さ、怠惰なるものでした。ごめんなさい、アナタを甘やかし、本当に償わせる邪魔をしてしまった」

『すまない、許してくれ』
「その先は、どうなるとお思いですか。また、なぁなぁのまま、またアナタを許す。それは一体、誰の為になると言うのでしょう」

『許してくれ、すまない、あまりに辛く』
「その辛さを両親にまで背負わせる事は、親不幸では無いのでしょうか」

『けれど、あの、あの子にはもう』
「いずれ病に罹り、子を成せなくなり、養子を貰い結婚するかも知れない。私達は、そう隠そうとも考えようともしなかった、私達は結果的に手を抜いてしまったんです」

『けれど、頑張っていたじゃないか』
「努力をしたからといって、子に不幸を招いては同じ事。あぁ、アナタは、根っこは何も変わっていない。ただ、私達の目の前だからといって上手く繕っていただけ」

『違うんだ本当に、悪かった、すまな、あまりの事に動揺していただけなんだ』
「動揺し、謝れば済むのは、本人だけ。私達は、親不孝な子供、せめてもう苦労は掛けない様にしましょう」

『分かった、許してくれ、すまなかった』

 この人は、唯一話せるのが私だけだからこそ、こうして縋っているだけ。
 孤独に耐えられず、縋り頼る相手が欲しかった、だけ。

「本当に償う気が有るのでしたら、ある程度まで、長生きしましょうね」

 子に、早死させてしまったと、そう罪の意識を与えない為にも。
 私達は、決して死んではならない。



『凄いな坊主は』
《全くだよ、股間にシメた鶏を挟んで、刺すだなんてね》
「すみません、変な事に巻き込んでしまって」

《いや、悪霊になられるよりマシさね》
『あぁ、ですね』
「やっぱり、歩き巫女さんには見えるんですか、霊や何かが」

《そりゃね、生霊も悪霊も、強いのなら大概のには見えちまうもんさ》
「僕、見たいんですけど」

《いやいや、止めときな、見え始めたらずっとかも知れないんだ。悪い事とは目を合わん方が良い、悪運にも魅入られちまうかも知れないからね》

「こう、ちょっとも」
《ちっとでもだ。先ずはたんと学んで、道理を理解して、体を鍛えてもダメなら仏門。それでもダメなら、次は神霊さんの道理、そこにも無いならだ》

「凄く、掛かりそうですけど」
《あぁ、そう簡単に誰にでも見えたらどうなると思う、不意に村の半分が見えたらだ》

「大混乱」
《あぁ、それにお前さんにはそうした縁が無い、見えたら死ぬか一生見えたままかも知れないね》

「学んで、おきます」
《そうしなそうしな、さ、もう行きなさい》

「はい、ありがとうございました」

 そして案の定、父さんは言おうとして、母さんはそこでやっと目覚めました。

 コレは、僕からの最初で最後の親孝行です。
 あんまり何にも無いのは、流石に、人として不義理だと思うので。

《あら、お帰りなさい、寄り道かしら?》
「すみません、遅くなりました、少し歩き巫女さんと話していて」

《あら、あらあら、珍しい方が居たのね》
「はい、とても素晴らしい含蓄を分けて頂けました」

《そう、もし他でも困っていたら、しっかりお助けするのよ》
「はい」
《あ、お帰り、寄り道してたんでしょう》
「男の子にも事情が色々と有るんだよ」
『あぁ、帰って来たか、例の本が届いたよ』

「わぁ、ありがとうございます」
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