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第22章 機関と教授と担当。

1 耳切り。

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 私の村には他には無いらしい、珍しい風習が有ります。

 縁起の悪い日や、縁起の悪い事が有った後に生まれた子は、耳の先を切られます。
 そうして人の子だ、と神様に見逃して貰い、長生き出来る様にと耳を切ります。

 そして、耳切り同士は結婚が出来ません。
 どんなに遠縁だとしても、血が濃くなり、子も親も不幸になるとされています。

 更には耳切りには神様が付いているので、横暴な事や理不尽な事をすると、呪われるとも。

 私もそんな耳切りの1人です。
 耳切りのお陰なのか、村では特に意地の悪い事をされなかったのですが、都会では別でした。

 やれ因習持ちの田舎者、そんな風習は聞いた事が無い、恨みを買って切られた事の単なる言い訳だろう。
 そう都会の人に粗末に扱われます。

 単に、少し耳の先が短いと言うだけで、どうしてこの様な目に遭わねばならないのでしょうか。

 どうか、都会の人にも分かって貰える様に。
 どうか、何か書いては頂けませんでしょうか。

 私の故郷は◯✕です。
 もし良ければ、その風習の起こりもお調べ頂ければと、どうか宜しくお願い致します。



「だそうなんですが、小泉先生」
『オーゥ、勿論行きますデース』

「ありがとうございます」
『デスが、付き添いが必要デース、山の方面は少し複雑デス。梓巫女の方とか欲しいデースね、何か神霊の気に障る事などハ、避けたいデスから』

「あ、はい、知り合いに伺ってみますね」
『お願いしマース』

 小泉教授は、民俗学で有名でらっしゃる柳田先生、折口先生のお墨付きの方で。
 僕が国家公安委員会の方に捕まった時も、この方の事が書かれていた事が、検閲対象になってしまったのではと思っています。

 何故なら、珍しく外国から帰化された方なので、外交問題にはならないかと。
 そう懸念されての事では、と。

 その小泉教授は二つ返事で了承して下さり、次に川中島さんと神宮寺さんへ伺ってみると。

『暫く仕事が有るので、それに神宮寺が最適かと』

「えー、実はお相手は女性でして」
《僕は一体、どう思われているんだろうか》
『ご多幸な方であれば大丈夫かと』

「あ、なら大丈夫ですね、お願いします」

《良いですよ、最近は関東からも出ていませんし》
「ありがとうございます」

 こうして奇妙な取材旅行が成立し、僕らは夜行で向かう事に。

《久し振りだね、こうした旅路は》
「もー、思い出しちゃうじゃないですか」

《仕方が無いよ、僕も居る事だし、夜行なのだし》
「ですけど西側へは初めてなんですよ僕、また違いますね、寝台の配置や形」

 2階建ての寝台上部はあまり壁が無く、覆いを開ければかなりの開放感。
 中には見知らぬ者同士ながらも、既に小さな宴会を開いてらっしゃる方々も居る程。

 全然、全くもって北への寝台とは違いました。

《北で使うには、流石に寒そうだからね》
「あぁ、確かに」

《良い話を聞かせようか》
「怪談はダメですからね?他の方のご迷惑にもなりますし」

《向こうが騒がしいのだし、直ぐに済ませるよ》
「もー、神宮寺さんに見えても知りませんからね?」

《僕が独りだけで夜行に乗った時……》

 そうして、食後に怖い小話を聞かされてしまい。
 何とか寝酒で眠り、起きると。

「わぁ、凄いですよ、神宮寺さん」

《ん、んー、何だい林檎君》
「ほら、ご来光ですよ」

 起き上がり覆いを開け、1番に目に飛び込んで来たのが、朝焼けでした。

《ぁあ、うんん》
「もー、綺麗ですよ、勿体無い」

 橙や黄色と言うより、本当に黄金色の朝焼けで。
 やっぱり、こんなに綺麗な景色をそのまま残せる写真は凄いな、と改めて感動してしまいました。

《はぁ、君は本当に、子供の様だね》
「幼くて結構です、コレが汚く見えるのが大人なら、子供のままの方が良いですから」

《あぁ、そう言えば件の子の名前が、枇杷君になりそうだと聞いたよ》

「いらっしゃるんですかね?枇杷さん」
《関西方面に居るそうだよ、それに梨も、中にはさわらぎと読むらしいね》

「いっそ、果物連合会を創設して、日頃の憂さ晴らしをするのも良いかも知れませんね」
《美味しそうな会だね、僕も何かに改名するか、婿入りするか。蜜柑、橙、栗も居るそうだよ》

「あー、お会いしたかったな、名字先生」
《まぁ、僕は興味本位で聞き耳を立てていただけ、だけれどね》

「栗は、果物連合会で良いんでしょうか」

《そこは、甘い木の実と言う事で、入れてやった方が良いんじゃないだろうか》
「ですよね、細か過ぎて派閥が分裂しても悲しいですし」

《そうだね》

「あ、何処かの駅で駅弁が買えるそうなんですよ」
《林檎君、逃すのは勿体無い、急いで支度をしよう》

 神宮寺さんの怖い小話の事はすっかり忘れ、僕らは急いで準備をし。
 他にも同じ事を企んでいるであろう方に尋ね、きっちり3人分のお金を用意し、売り子の居る車両出口付近にて待機し。

「買えましたよ、3つ」
《良くやったね林檎君、先ずは女史に進呈に行ってきたらどうだい》

「はい」



 作家達が林檎君を傍に置く理由が、分かった気がした。
 彼は何でも喜んでこなす、そこがまた、気に入られる要因の1つなのだろう。

《お帰り、喜んでいたかい》
「はい、先生も知らなかったそうで、大変喜んで頂けました」

《そうか、なら僕らも頂こう》
「はい、頂きまーす」

 本当に、美味そうに良く食べる。
 やれ出来立てが1番だ、関東だ関西だと五月蝿い者より、ずっと良い。

 こう気楽に構えずとも良いのが、女に居れば良いんだが。
 あんまりにだらしが無いのもな。

《あぁ、この漬物が美味い》
「ですよね、この包み紙取っておきたいので、神宮寺さんのも頂いて良いですか?」

《あぁ、構わないよ》
「ありがとうございます」

 早速、包みの裏に何やら書き始めた。
 何処まで行っても真面目で、仕事熱心で。

 本当に林檎君は結婚出来るんだろうか。
 川中島から聞いた限りは、胸の大きい女と知り合いだ、と。

 だが知り合い程度だろう、とも。
 査定を後回しにしていたが、そろそろ見定めておくべきだろうか。

《弁当が乾いてしまうよ》
「あ、はい」

 それにしても、どちらが先なのかは分からないが、随分と作品の中身と似た様な事が起こる。
 それとも、件の作家達は一枚噛んでいるのか。

 そもそも、林檎君が誘導しているか。

 いや、最後のだけは無いだろう。
 彼は何より、物語を大切にするのだから。

《感想も程々に、弁当が勿体無いよ》
「ふぁい」



 頑張って買ったからでしょうか、道行で買った駅弁は凄く美味しかったです。

 三色稲荷に俵型のおにぎりが3つ、甘い厚焼き玉子と大きな煮豆、良い塩梅の筑前煮。
 二色の焼き魚に小ぶりな帆立は香ばしく、箸休めにはひじき煮と青葉の漬物。

 そして甘味は、きな粉がまぶされた、わらび餅。
 歯触りと良い舌触りと良い、実に絹の様なわらび餅でした。

 うん、また食べたいですね。

『不思議デスねー、朝食を食べたばかりなのに、もう食べたい気がしマース』
「お出汁の香りってズルいですよね、どうしてでしょうね?」
《食べても構いませんけど、車に酔う方は止めておいた方が良いかと、相当の山奥だそうですから》

『ォーゥ、止めておきマース』
「では、このまま出発しましょう」

 そうして借りた車で神宮寺さんと交代しながら、山奥へ山奥へ。
 合間に休憩を挟みながらも着いたのは、お昼過ぎでした。

『お腹ペコペコデース』
「ですね、あ、ココですココ。先ずは僕が挨拶に行ってきますねー」

 お伺いしてみると、本当に普通の村に見えました。
 本当に、何の変哲も無い穏やかな村。

『何のお構いも出来ませんが、どうぞどうぞ』
『ありがとうございマース、私は小泉 雲潤うるみ。空の雲に潤む、播磨国風土記から頂きマーシた』

『あぁ、良い塩梅で雨が降りそうなお名前だね』
『ありがとうございマース、東京弁がお上手デースね』

『いえいえ、何回か出稼ぎに行った程度で、コレでも気張ってる方ですよ』
『私、イッパイ住んでマースけど、まだまだデース』

『お作法もしっかりしてるんですし、大丈夫ですよ、もっと南の人の方が凄いもんですよ』
『オーゥ、アレは本当に、未だに分かりまセーン』
「僕もです、コチラの方も紹介しますね」
《神宮寺 泉儺いずなと申します、お世話になります》

『あぁ、お狐さんの』
《いえ、泉に追儺、祖父が綺麗な水に困らない様にと付けてくれたんです》

『あぁ、どちらもお水さんに縁有り、暫くは日照りの心配をしなくて済みそうで。あぁ、直ぐにお昼をお出ししますから、どうぞゆっくりしていて下さい』
「お手伝いさせて下さい、日頃から良く歩き回っているので、体力が余りそうなんですよ」

『あらあら、それなら少し、お願いしますね』
「はい」
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