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第17章 物語と記者。

原案と著作権。

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《林檎君、例の件の様に、以前にも大きな問題は起きた事が有るんだろうか》

「はい」

 僕が入社する前の出来事です。

 担当者と作家先生とで、作品を練り上げる。
 時には編集長や社で練り上げ売り出す、そして売り上げが良ければ皆で宴会、先生への支払いはいつも通り。

 だったそうですが。

 ある時、1人の作家先生が担当と酷い言い合いになり、何とそのまま社を去る事に。
 それだけなら良く有った事、なんですが。

 他社で載せていた続きを、移籍した先でそのまま載せる事件が起こり、危うく提訴問題になりかけたそうです。
 ですが、結局はお互いに詳細な書面を残しておらず有耶無耶に。

 だけ、なら良かったんですが。
 暫くした後、何と担当が実売数を振れ回っている事が作家先生の耳に入り、全面対決となったそうです。

《ふむ、ココまでなら、どちらが悪いかは不明だけれど》
「はい、暗黙の了解は何処にでも有りますし、それが悪用されれば相応の報いが起きる状態であればいいんですけど」

《あぁ、均衡が崩れてしまったワケだね》
「はい」

 時代、もそうですが。
 要はお互いに良くも悪くも賢くなり、時に怠け、忙しさや慣れから暗黙の了解すら忘れる事も有る。

 塩梅を見極める、腹の探り合いをする。
 それらを疎かにする、疎かにならざるを得ない状態を放置する、そうなっては暗黙の了解は成り立たなくなってしまう。

 暗黙の了解とは、危うい事。

《そうだね、信頼が崩れてしまえば終わりだ》
「はい」

 そして件の作家先生ですが、そこでも担当運が悪かったのか、移籍し1年も経たずに低迷が続いていたそうで。
 持ち込んだ続編は打ち切りとなり、暫くして新作が出たそうです。

 それが当たり、直ぐに漫画化したのですが、暫くして原案先生の名前が消えていたんです。

《急に怖い雰囲気だけれど》
「はい」

 当時、親交が有った他の作家先生が連絡を取ったそうです。
 自分の連載が終わったので、何か有ったなら手伝おうか、と。

 ですがもう先程の先生は、その作品には加わってはいない、と。

《そんな事が》
「良く有る事では無いんですが、主な具体例は幾つか有ります」

 1つ、先生が体調を崩し、実質助手が代筆状態だった場合。
 コレは製本の際に改めて修正され、出版の際は何事も無かったかの様に売られます。

 2つ目。
 コレは先程の問題と同様に、先生が意図的に降りた場合、当然作家名からは消えます。

 そして問題となる3つ目。

《その逆、だろうか》
「はい、正解です」

 何と社が取り上げ、好きに書いてしまう場合が有る。

《それは、相当に不義理だと思うのだけれど》
「はい、不義理も不義理、大不義理です。ですけど、無くは無いそうです、持ち込みですと特に」

《あぁ》

 良い案内なのにも拘わらず、扱い難そうだから、と。
 筆を折らせる程、散々に酷評し、全く別の作品を書く様に仕向ける。

 そして懇意にしている手の空いた先生に、さも自分の案の様に持ち掛け書かせる。
 売れれば作家先生は濡れ手に粟、もし売れなくても担当は労せず打ち切れる、打ち切りにしても多少なりとも説得と言う労力は必要ですから。

《成程、お互いに拘りが無いなら、平気で変えて終われてしまう》
「はい」

 そして最も陰湿だ、と事件にすらなったのが。

《コドクバコ事件》
「はい」

 1つの案を2人に書かせ、その話を其々に2人の作画家に書かせる。
 そして。

《競合している筈の雑誌社同士で発行する》
「はい」

 当然、双方の作家先生に非難の手紙が来ます。
 ですが、間違っても策略を悟られては困りますから、担当や編集が握り潰し耳に入れない様にする。

 そして売れ行きが良い方を残し続けさせ、売れ行きが悪かった方には、また同じ事をさせる。
 偶々、似た題材になってしまっただけだ、次こそ頑張ろう。

 そう支え続けるフリをしながら、担当が内々に私腹を肥やしていた頃、その担当の奥様が溜まっていた手紙を善意から作家先生へと届けた。
 その奥様も本が好きでらっしゃるからこそ、敢えて違う社であっても、執筆中だからと松書房に届けて下さったんです。

 お渡し忘れかも知れない、けれど酷い誹謗中傷も混ざっているかも知れないから、と。

 ですけど、多分、ワザとだと思うんです。
 出版社の妻が、作家先生には見せない手紙が有る、と言う事を知らない筈が無いそうですから。

《あぁ、鈴木さんの》
「はい、それに他の方も」

 例え見ても決して得はしないから、と鍵付きで一時保存までしてるそうです。

《なら、君は》
「ついでに大学の先生へ、家や大学に都度お渡ししてますので、偶にそのまま社から纏めてお渡しする事も有りますね」

《君、良い様に使われているね》
「その分、良い思いをしてますから、寧ろ得かと」

《なら良いんだけれど。その手紙の行方は》
「勿論、当時社員だった会長です」

 その手紙達のお陰で、全て裏が取れた、と。
 他の社の方も疑ってはいたそうです、間者が居るだとか、先生のお相手が漏らしているだとか。

 でも、獅子身中の虫、担当が犯人だった。

 ですが、犯人とは言っても、罪では無く道徳の問題です。
 なんせ、細かい契約書も何も無い当時ですから。

《あぁ、けれど無罪放免は悔しいね》
「ですから、会長は松書房を立ち上げました」

 そして出版社の闇を暴く本を第1号とし、大々的に宣伝を繰り広げ、大炎上しました。
 当時はまだ貸し屋でしたから、放火の脅迫どころか実際に火を付けられてしまい、件の手紙も燃えてしまったと報じられ。

 そこに追い打ちを掛ける様に、各社から提訴され、創立早々に窮地に追いやられてしまったんです。

《けれど、今はこうして》
「はい、嘘には嘘を、敢えて証拠となる手紙は燃えたと報道させたそうです」

《成程、そして提訴させれば一石二鳥》
「ですね、向こうは証拠が無いだろうと意気揚々に提訴し、裁判となったそうです」

 ですが、もうこうなってしまえば名誉毀損の勝ち負けは、関係無くなります。
 事実は残ったままとなり、話題は広がるんですから。

《けれど、名誉毀損は事実かどうかは》
「はい、関係は無いんですが、会長とて名指しで書いてはいませんから」

 分かる者には分かる。
 そう書いた程度だとしても、主犯格としてはまるで自分の事を名指しされた様に感じてしまう、と言う研究論文と共に記者会見を行った。

 そして自社からも出版物を出し、ラヂヲにも出演し、一気に松書房の名が広まった。

 そうして裁判が正式に始まる頃には、読者の方々は勿論、先生方まで家や社の見回りや泊まり込みをして下さったそうで。
 そのまま会長が住んでいた場所は、さくら荘として、思い出と記念も兼ね残しているんだそうです。

《それで》
「あ、主犯ですね」

 訴えた社に投石は勿論、先生方の離反等が一気に起こり。
 合併や分社化、改名騒ぎの中、有耶無耶なままに提訴は取り下げ。

 ですが正式な声明文の発行が無い事に対し、更に読者も先生方も反発し、デモ行進が行われ。
 更に更に、大学にまで問題が飛び火したそうです。

《ぁあ、出版物の正確さに問題は無いのか、政治家が追求したとか何とか》
「はい、ですがアレこそ裏で組んでの事らしいんですよ」

《成程、問題提起の為に》
「はい、それこそ入試問題が漏れていたかも知れないので」

《それで政治家まで》
「はい、出版社の家族の誰かと、政治家の家族。繋げようと思えば出来ますからね」

 後はもう、雪ダルマ式に問題は大きくなり、正式な調査が入る事に。

 そんな時、主犯格とされる担当だった者が亡くなり、果ては陰謀論へと広がり。
 騒ぎを収める為、会長のお知り合いの先生が、1つの意見書を国会へ提出。

《それが》

 コドクバコ。
 と題された意見書には、一連の流れや詳細が記されており、敢えて名付け封じるべきだとの意見が添えられた。

 既に人が亡くなっている、それでも犯人を挙げねばならないなら、その犯人を現象そのものとすべきだ。
 汚れた池の水を抜くのなら、一定の方向は定めるべきである、と。

「当時、陰謀論への憶測が多かった中、コドクバコとは何か。との憶測へと流れたそうです」
《あぁ、時に群衆は飽き易いからね》

「そう実際に証明した方も、その先生なんですよ」
《おぉ》

 コドクバコ、とは何か。

 蠱毒箱、ではとの憶測は勿論。
 孤独箱、それは社会に居ながらも孤独に働く者の事だ。

 いや、寧ろ望んだ孤立、つまりは作家だ。
 いや、子毒箱、閉じて歪んだ家庭の被害者の事だ。

 様々な憶測が流れ、議論された事で、糾弾は和らぎ早急な結論を出さずに済む様になった。

 そして国は、正式な書面の発行を義務付けると同時に、作家を守る著作権の法律改訂に着手する事に。
 そこで更に問題は出るんですけど。

「以降の事は各出版社から出ているので、お好きな物を読んで頂ければ良いかと」

《驚いた、まさか売り込まれるとは思わなかったよ》
「購入した方が大切に扱う割合が増えるんだそうで、ですから基本的に僕は本を差し上げる事は控えてるんです」

《あぁ、図書館で本に悪戯書きがされた事件だね》
「共有物すら、タダとなれば壊す輩も居ますから」

《大切にして貰いたいけれど、読んで欲しい場合は、どうなんだい》
「貸します、けど今回のコレはダメです、とても価値の有る本ですから」

《よし、今日はコレで切り上げて買いに行くよ》
「もー、今日の話が未だじゃないですか、お付き合いしますから聞かせて下さい」
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