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第16章  霊能者と霊能者。

原稿 虚ろ舟。

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 私はいつもの様に海へと向かい、焚き火に薪を追加し、海へと入りました。

 はい、その時には何も。
 海にはいつもの様に、いつもの舟が何隻か出ており、私は何の問題も無く海へと入りました。

 そして貝や蛸だと獲り終え、陸へと戻り、ふと振り向いて海を見ました。

 そこにいつもの舟は無く、見知らぬ何かが有っただけ。
 はい、木でも鉄でも無い、陶器で出来た舟でした。

 あぁ、その丼の様な柄で、上には魚の鱗の様なモノがびっしりと。
 はい、青い色の鯛の様な鱗でした。

 物のマレビトさんだと思い、私はどんなモノかと、感触を確かめました。
 ですが思った通り、陶器は陶器、鱗は鱗の肌触りでした。

 そう触ったせいか、鱗が何処かに消えると、中から綺麗なお嬢さんが出て来ました。

 はい、稲の様な髪色に青い目、透ける様な肌のお嬢さんでした。
 そして着ている物は、何も有りませでした。

 なので私は直ぐに、家へと連れ帰り。
 お水を飲ませ、綺麗なお湯で体を綺麗にして、それから茶粥を食べさせました。

 箱?

 いえ、持ってはいませんでした、はい。

 あぁ、茶粥を食べさせると眠ってしまったので、私は海に戻って貝や蛸の下拵えをして。
 火を消し、家へと戻りました。

 舟?
 舟は消えていました。

 はい、それからずっと、一緒に居ました。
 けれど、アナタ方が来る少し前に、消えました。



《小泉君、この患者をどう思うかね》

『一時の妄想、デショウ。辻褄が合いマセんし、情報も欠けてイマス、しかも虚ろ舟も無いんデスから』
《ふむ、辻褄が合わんのは、何処かね》

『先ズ、同郷の者ノ舟が消えた事デス、単に引き揚げたなら消エタとは言わないでしょう。それにモシ消えたナラ、怯え、他に知らせに行くデしょう』

《その通り、だが、情報の欠けている部分も含め。それだけ、だろうか》
『ゴ遺体の場所、それと年齢デスね』

《では、妄想とする根拠は何だね》
『何処か薄ぼんやりとシテいます、しかも一点ヲ見続けたママ、語ってイル。もしかすれバ何か事故が有り、漁師達ヲ、流れ着いタご遺体を弔った。大変な負担とナリます、妄想と混ざる事は良く報告サレています』

《うむ、もし他に抜けが有るとするなら、それらは敢えて諸君への宿題としているに過ぎない。来週までに、論考を提出する様に、解散!》

 彼は、良いポンコツだ。
 虚栄心に満ち、学が無い事を隠す才が有り、周囲の視線を気にしない。

「お帰りなさい」
『ただいま、良い匂いだね』

「ふふ、今日はアナタの好きな山羊の煮込みと、芋焼きよ」
『あぁ、愛しているよ。ありがとう、僕の母国料理を美味しく作れる君は、本当に天才だ』

「私も好きなだけよ、さ、お風呂へ行って」
『あぁ、愛してるよ』

「私もよ」

 僕は、愛蘭アイルランドから来た異人、マレビトだ。
 先ず1つ、異人には2つの意味が有る、そしてマレビトにも。

 君達はどれだけ、愛蘭を知っているだろうか。
 詳しい者なら、如何にこの国と近しい存在か、分かるだろう。

 海に囲まれた国。

 そして愛蘭には妖精が、この国には妖怪や鬼が居る。
 更には独自の神話、信仰、民話が有る。

 共通点を挙げればキリが無いが。
 私は、この国が大好きだ。



『はぁ、美味しかったよ、ありがとう。ご馳走様でした』
「いえいえ、お粗末様でした」

『食後に、申し訳無いのだけれど』
「あら、今度は何処へ行きたいの?」

『海辺だよ、何とか、来週迄には戻って来れると思うんだけれど。一緒に、来てくれないだろうか』

「良いわよ、丁度、海が見たかったの」

 僕は妻と一緒になれて、本当に良かったと思う。
 彼女以上の存在は居ない、彼女こそ、至高で究極だ。

『ありがとう、愛してるよ』



 僕らは、検証させられた女性を連れ、彼女の地元へと戻った。
 機関は捕まえはすれど、重要で無ければ他人任せ。

 だが、だからこそ。

《あぁ、良かった、ちゃんと隠れていたのね》

 機関は虚ろ舟を探していた。
 だが、虚ろ舟には幾つか種類が有る。

 彼女が見つけたのは、確かに虚ろ舟だ。
 だが、中には。

「あら、ご挨拶してくれるのね。ありがとう、はじめまして、良い子ね」

 あの証言には、意図的に隠された情報が幾つか有った。

 1つは虚ろ舟の大きさ。
 そしてお嬢さんの大きさだ。

《ありがとうございます、本当に》
『僕も同族だからね、助けるのは寧ろ、僕らの為でも有るんだよ』



 ウチの子の羽根は、透けた瑠璃色で、蜻蛉羽根の子。
 そして私達を助けて下さった方の羽根は、揚羽蝶だった。

《あ、あの》
『あぁ、1つだけ、尋ねたい事が有るんだ』

《はい、何か》
『もし、この子を僕の様な大きさに出来るとしたら、君はどうする』

 この子は、大きくなりたいのかしら。
 大きくなって、この子は幸せになれるのかしら。

《この子が幸せになれるなら、この子が望むなら》

『さぁ、君はどうなりたい』

 あぁ、ウチの子が、繭に。

「大丈夫、他の繭と同じ様に、無理に繭を開けなければ大丈夫」
『さぁ、もうお帰り、僕らは暫く散歩をしてから帰るとするよ』

《はい、ありがとう、ございました》

 それから1周間後。
 押入れの繭はすっかり大きくなり、中から、そのまま大きくなったウチの子が。

『ごハん、たべ、タイ』
《先ずはお粥から、ね》

『ウん』

 私は、生まれながらに女しか愛せなかった。
 女にしか、情愛を持てない。

 この子を見付けた時、私はとても嬉しかった。
 眺めていても許される子、美しく、私を疎まない子。

《はい、ゆっくりね》



 俺は、夜の海辺に、ツマミを探しに来た。
 だが見付けたのは、真っ赤な木で出来た、ヘンテコな文字が彫られた何かだった。

 形は蓋付きの丼そっくりで、俺はピンときた。

 コレは、噂に聞く虚ろ舟だ。
 だから俺は開ける為、叩いたり何だとしていると、蓋が開いた。

 で、中から出て来たのは。
 金色の髪の毛に、エラく日焼けした肌の、男だった。

 俺はムカついて、男を殴って舟も壊してやろうとした。



《なぁ、悪かったよ、壊そうとして。だからなぁ、助けてくれよぉ》

 虚ろ舟は、見えるべき者にのみ見える。
 彼もまた、選ばれた存在だ。

『君の語り口を聞くに、救う意味が見い出せない。残念だよミスター、どうか安らかに彼女の養分に、では』

 ココには鬼や妖怪、怨霊や神が居る。
 そして西洋にも、精霊や妖精、悪魔が居る。

《ふむ、どうだったね小泉君》
『残念デスが、アレは悪魔デス。養分を得れバ、飛び去るソウです』

《あぁ、そうか》
『お疲れ様デス、美味しいお酒、美味しいゴハン、食べに行きまショウ』

《うむ、撤収!》

 虚ろ舟には、様々なモノが入っている。

 ただ、悪しきモノ、とココの神々が思わない何か。
 そして悪しきモノは、陸に辿り着く前に、この海の養分となる。

 先程のアレは、シルクロード沿いのジン、精霊だ。

 人と同様、その仲間内ですらも異質と看做されるモノが居る。
 ココは、そうしたモノの楽園、天国だ。

「お帰りなさい」
『ただいま、今日はお土産が有るよ。但し、君のモノにはならないけれどね』

「あら素敵な、コレは、何かしら?」
『ランプだよ、ココに明かりが付くんだ』

「まぁ素敵、ようこそランプさん」
『少ししたら君を古道具屋に持って行くよ、けれど僕らには食事と睡眠が必要なんだ、暫く我慢しておくれ』

 虚ろ舟に乗るモノが持つ箱は、時に対価であり、魂の容れ物が入っている。

 もし海女が、妖精の意を汲まず、望む姿に変えようとしたなら。
 妖精の糧となり、何も得られなかっただろう。

 そして、もし海辺の彼が欠片でも理性を持っていたなら。
 彼女は養分とはせず、次の相手の元へと向かっていただろう。

「ふふふ、あ、今日は素麺よ?」
『素麺も大好きだよ、それに君もね』

「あら、素麺と私、どちらが上になれるかしら」
『勿論、素麺だ』

「ふふふ、はいはい、お風呂に行って」
『あぁ、直ぐに戻るよ』



 この原稿は、確かに真実に非常に近いが、規制する程でも無い。
 寧ろ、コチラが望む通りの塩梅ですらある。

『拝読させて頂きましたが、問題は無さそうですね』

 雑誌社の男は、大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

「あ、すみません、はい」
『お返し致します、そして今回の件に関し、一切紙に残さない様に。では、失礼致します』

 この世で、あまりに本当の事は、真実は望まれてはいない。

 実際、真実を知らせた村は壊滅した。
 絶望し、発狂し、互いに殺し合い。

 終わった。

「アレ、海に居た舟はどうなったんでしょうか」
『お嬢さんが食べたのでしょう、彼女の為に』

「成程」

《小泉女史に、教えてやるか》
『事実は小説より、そう言って喜びそうですしね』
「オーゥ、私の事が書かれてマース。どうして話せないフリを、アレはするんでしょうか」

『愛嬌、だそうで』
《あぁ、難儀な女だ》
「凄い触ってくるから嫌いです」

《成程》
『後にしなさい、さ、もう少しだけ彼を觀察しますよ。巫女は、彼が面白い縁を持っている、と宣託をしたのですから』
「普通の男に限って、あぁ、同族です」

『そう、確かに面白そうね』

 あの原稿に書かれている通り、この世には悪魔も妖精も怨霊も居る。
 そうして知れば、時に目が合ってしまう。

 深淵を覗く者が、深淵に覗かれる様に。
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