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第16章  霊能者と霊能者。

赤い女。

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「怪奇実録?」
『お前、怖いのは苦手だろう。だが、その怪奇実録ならどうだろうって話してたんだよ、怪談実話の方は洒落にならんからな』

「こんな夕暮れ時に止めてくれよ、俺は微塵も聞きたくない」
『だーかーら、コレから夏に。おい、何だあの赤い電柱』

「布か何か、いや、アレはコート」
『ぁあ、そう言えば赤いちゃんちゃんこって』

「止めてくれ!本当にっ」
『なっ』

 その赤い何かが、ふらっと車道に動いて。
 俺は、そのまま目を瞑って速度を上げちまったんです、早く通り過ぎたくて。

 そしてドスン、と音がしたんです。
 それに車にも、何か当たった衝撃が有ったんです。

「ぅあああ」

 けれど後ろを写す鏡にも、何も写っていなかったんで。
 俺は怖くなって逃げ出したんです。

 ですけど。

『馬鹿!戻れ!人だったらどうすんだ!』

「でっ、でも」
『俺が確認してきてやるから戻れ!!』

「はぃっ」

 戻ったんですけど、本当に何も無かったんです。
 でも、そこで確認したら確かに凹んでるんです、車が。

『はぁ、人も何も無かったが』
「ひぃっ!帰りましょう!お代は結構ですから帰らせて下さい!」

『悪かった悪かった、赤い褌を盗んだ犬でも轢いたんだろう、そんでどっかに逃げてった。悪かったよ、お前の怖がりがあんまりに面白いもんで、悪かった』

「お、俺、アンタの言葉を鵜呑みにしますからね」
『おう、しろしろ、犬猫だ穴熊だ。さ、帰るぞ』

「はい」

 俺はあんまりに怖がりなんで、この事を怖くて誰にも言えなかったんです。
 本当に、幽霊に会っちまったと思って、その日は全く眠れなかった。

 次の日も、次の日も。

 幾ら眠くても、起きちまうんです。
 涼しい川沿いの家だって言うのに、寝汗でびっしょりになって飛び起きちまうんです。

 アレが幽霊で、また轢いた、と俺に恨み言を言うんです。

 どうにか、助けて下さい、お願いします。



「神宮寺さん?」
《コレ、本物ですよ、行きましょう》

「はい」

 そうして久し振りにお会いした神宮寺さんと共に、長い間電車に乗り、関東の端に辿り着きました。
 幾つか隣の駅はもう、隣県。

 菜っ葉が有名な、郊外と言うよりも田舎寄りで。
 牧歌的と言うか、何も無い場所だな、と。

 ですけど奥地に行くと工場が多いんですよね、川沿いは特に、荒川にも繋がっているので。

《場所は、ココだね》

「はい、ですね」

 手紙には事件の起きた場所と、差出人の住所が書かれていたんですが。
 神宮寺さんが先ず立ち寄ったのは、その赤い何かが居た、とされる場所。

《手紙の通り、全く痕跡は無さそうだね》

「ですけど、数日経ってますし、雨が」
《その日から今日まで、雨は降っていないよ、通り雨までは分からないけどね》

「いつの間に、新聞か何かで確認したんですか?」
《出掛ける前のラヂヲでね、数日前からの晴天が暫く続くんで、熱中症には気を付けろ。とね》

「あぁ、もう梅雨明けですかね」
《だろうね》

「あの、それで」
《ぁあ、不味い》

 熱中症に気を付けろ、と自分で仰っていたのに。
 神宮寺さんはしゃがみ込み、そのまま用水路へ。

「神宮寺さん!」

 まさか神宮寺さんが暑さに不慣れだとは思わず、気に掛けずに連れ回してしまった事を後悔しながら、用水路へ降りると。

『先生に、会いたかったんです』

 神宮寺さんの口から、若い女性の声が響いた。
 自信の無さげな、か細く、か弱い声。

「けれど、会えなかったんですね」
『はい』



 私と先生は、重版記念の交流会で出会いました。
 先生は着物を褒めて下さって、そして電話番号を下さった。

 そうして何度かお電話での交流を深め、再びお会いする事になったんですが。

 先生は、来て下さいませんでした。

 だから、だから会いに来てくれる様に。
 私が私だと分かる場所で、ずっとお待ちしていたんです、ずっと。



「だそうで、佐藤先生の愛読者の方でした」

《いや、うん、確かに僕は着物を褒めた事が有る。ただ、全ての女性男性に大して、一張羅だと分かる全ての人を褒めていた。けれど、電話番号を見ず知らずの、しかも僕の愛読者に渡すワケが無いんだけれど》
《霊も元は人です、話し言葉ですから省いたりは勿論、都合の悪い事を伏せる場合も有ります》

《成程、それで彼女の言葉だけを、聞かせてくれたんですね》
「はい、先ずはお考えになりたいかと。彼女の処遇はコチラにお任せ下さい、先生が何もしていないのは、僕も良く知っていますから」

《ありがとう林檎君、それに神宮寺さんも》
《いえ、終わりましたらまた、お話させて頂きますから》

《あぁ、頼みます》

 事の発端は、確かに佐藤先生だと思うんですが。
 佐藤先生には、何の瑕疵も無い筈なんです。

「そう言う事だったのね、ありがとう林檎ちゃん」

「と言いますと?」
「少し前に、何度か悪戯電話が有ったのよ。ただ無言で、少ししたら切られてしまうの」

《それも大丈夫ですよ》
「そう、ありがとう」

「奥様、本当にもう良いんですか?神宮寺さんに聞けば」
「良いの、心配はしていないし。それに、あの人の新作を1番に喜びたいの」
《信じてらっしゃるんですね》

「勿論、あの人には浮気する間も、心根も無いですし。何より意味が無い、愛読者を減らす、それを1番に嫌がる人なんですから」
「ですよね」

「はい、ただオチは気になりますから、宜しくお願いね」
《はい、では、お邪魔しました》
「お邪魔しました」

「はい、またね」



 真に誰が悪いか。
 それが俺には分かる、けれど証明しなければならない、都会では特に。

《清水 崇子》

 俺は情報提供者のフリをし、今回の元凶へと接触した。

「その名前を、何処で」
《あぁ、良かった、やっぱりご存知でしたよね。何せ、彼女から良く聞いてましたから》

「あ、いや、確かに勘違いさせてしまったかも知れませんが」
《コレ、アナタの字ですよね》

 彼女が大切にしていた、紙。

「なっ」
《愛読者に記念品を処分しろ、だなんて。無茶ですよ、捨てられるワケが無い》

 俺が見せた紙には、佐藤先生の名前、それと電話番号。
 けれど、佐藤先生の家の電話番号では無い事を、林檎君には既に確認している。

「そ、それこそ、彼女が勘違いしただけで」
《あぁ、警察が既に通話記録を取り寄せているそうです。捕まるか自白が早いか、どちらが真に助かる道か、良く考えて行動して下さい》

「君は、一体」
《彼女に頼まれたんです、先生を助けて下さい、と。では、失礼しますね》

 彼女の遺体は、未だに見付かってはいない。
 だが、もし見付かってしまったら、佐藤先生への糾弾が始まってしまうだろう。



《そんな、刑事さんが来るって事は》
『いやいやご安心を、いや、足取りが未だに掴めず。面目ない』

《いえ》

『ご心配でしょうが、お嬢さんを良く探す為にも、是非彼女について詳しく知らねばならんのです。ご協力を、お願い致します』

《あまり、社交的な子では無く、学校の先生方には内向的だと……》

 大人しく物静かな、本が好きな文学少女。
 との評判は近所からも聞こえたが。

 内実、彼女の内面が苛烈だったとは、誰も気が付かなかったらしい。

 まぁ、かく言う私も半信半疑だが。
 ご遺体と対面し、その日誌を見れば確実だ、と。

『成程、では、やはり単なる失踪とは考え難いんですが。交友関係は、どうでしたか』

《1人、2人……》

 交友関係は周囲から聞く事と同じく、幅広いとは言い難く、特に悪い交友関係との繋がりも無い。

『では、少し消息を探る為にも、少し娘さんの部屋を拝見させて頂いても』

《はい》

 案の定、部屋にさして本は無い。
 古本屋で買っては売り、時に途方の図書館に出入りしている事も確認が取れた、質素倹約な文学少女。

 だが、厳選された様に置かれた本がわずかに置かれている。

 それは林檎君の担当する雑誌、怪奇実録の作家、佐藤 英二郎の本のみ。

 だが、コレは目眩ましらしい。
 必ず何処かに、真の彼女を知るモノが有る、と。

『暫く、考えさせて頂いても宜しいですか、幾ばくか1人だけで』

《はい、お茶を淹れ直して参ります》
『はい、ありがとうございます』

《では》

 猶予は僅かか。



「神宮寺さん、コレ、コトリバコってご存知ですか?」
《勿論、生み出された怪談だそうだね》

「そこまでご存知でしたか、まぁ、ですよね」
《大元、何処から何故出たか、もね》

「まさか」
《呪いの箱、とされたなら、本来は見知らぬ箱だなんて誰も触りたくなくなるだろう》

「まぁ、ですけど」
《例えば梓巫女の背負う箱、それが盗まれ悪用されたなら、誰も得はしないだろう》

「あ、成程」
《そして簡単に呪う方法にもなる》

「急に怖くなったんですが」
《仕組みは簡単だよ、家人の見知らぬ箱を仕込むだけで良い。そう、詐欺師の使う手だったんだよ》

「なんだ、じゃあ実害は。実害は、ありますよね、場所が悪ければ、ソコに本当に籠もってしまう」
《だからこそ詐欺師は使わなくなった、儲けた以上に損をする事になるからね》

「でも、どう、仕掛けるんですか?何も持たずに来た僧侶風の男が、不吉がある、と言って」
《その男が帰った後、家人の見知らぬ箱が家に現れる。てっきり、林檎君にはもう既に分かっていると思っていたんだけれどね》

「んー」

 今日は珍しく神宮寺さんの家でお話をお伺いしていたんですが、電話が。

《はいはい、神宮寺です、はい。はい、はい、あぁ。はい、直ぐにお伺いさせて頂きます、はい》

 そうして神宮寺さんが何かを書き留めると、電話を切り。

「もしかして、お仕事の」
《ですね、近くで待っていて下さい、直ぐに終わらせますから》

「あ、はい」



 コトリバコの発生のさせ方は、簡単だ。

《どうも、お電話頂いた神宮寺ですが》

《あ、あ、お願いします、どうか》
《落ち着いて下さい、触れてはいませんね?》

《はい、はい、勿論です》
《では、お邪魔させて頂いても》

《はい、あの》
《こうしたモノの処分に何かを要求する事は有りません、偽物でも本物でも、そんな事をすれば祟られてしまいますから》

《すみません、どうか、宜しくお願い致します》

 持ち込んだ6枚の板を組み合わせるだけで、コトリバコは完成する。
 板は薄く、簡単に組み上がる様に仕掛けているので、刑事さんには脱いだ上着に隠し持ち込んで組んで貰った。

 ただ、もし本当に呪詛を掛けたいなら、少し手間はいるが。
 今回は品物を運び出すだけ、俺が持ち込むのは風呂敷のみ。

 先ずはさも怪しげな風呂敷で包み、差し出す。

《終わりました、コチラ、預からせて頂きますが》
《はい、どうかお引き取りを、宜しくお願い致します》

《はい》

 そして何の変哲も無い風呂敷で更に包み、持ち出す。

 家人は自身の財産でなければ、何かが持ち出されるかどうかなど、気にはしない。
 ましてや厄ともなれば、寧ろ喜んで放棄する。

「神宮寺さん、それ」
《ただの遺品整理ですよ、古今東西、家族に見られたくないモノが有る。ソレらを処分するだけで成仏出来るのなら、簡単だとは思いませんか?》

「神宮寺さん」
《家人の承諾は勿論、ご本人の望みです、決して財にはしませんから問題有りませんよ》

「はぁ」
《それとも、良いんですか、先生に汚名を着せられ叩かれてしまっても》

「ですけど」
《信じてくれないんですね》

「無闇に信じる事を信頼とは言いません」

《仕上げまでもう少しです、先ずは少し休憩しましょう》

「はい」



 裏切り者からの2回目の頼み事は、死体を探し、皮を剥ぐ事だった。

『あぁ、成程、確かにコレは不味いな』
『良いんですか、死体損壊ですよね』

『もう既に、分離埋葬は国から違法では無いと結論が出た。コレも一種の分離埋葬、本来彼女には有るべきでは無いモノを取り除く、そう言う事だよ』

『分かりました、始めます』

 例え本人が承諾していても、自らの体に触れられる、ましてや傷を付けられる事を喜ぶ者は殆ど居ない。

 だからこそ、こうした行為の前には必ず儀式を行う。
 暫し目隠しをし、成仏をしたいと思わせる。

 コレは極楽浄土への試練、若しくは三途の川の渡し賃、次に繋がる得だと改めて説得する祝詞を唱える。

 けれど、神宮寺さん。
 まだ、彼女を納得させてはいなかったんですね。

『おや、問題かな』
『少し掛かるかも知れません』



 神宮寺さんが休憩にと指定した店へ向かうと、中華屋だった。
 そして見知らぬ男性、女性?と軽く挨拶を交わし、そのまま席へと着いてしまった。

《やぁ、ご苦労様》
『本当です、苦労しました』

《まぁまぁ、ココは彼の奢りだ、好きに頼んでくれて構わないよ。ね?》
「あー、えっと」
『コチラが例のモノです』

《手袋を、それと覚悟して見た方が良い》

 僕は事件の真相を、ココで初めて知る事になった。

「こ、れは」
《清水 崇子の背だよ》

 彼女の背には、作家、佐藤 英二郎を称賛する刺青が。

『交換、ですよね』
《あぁ、出すよ》

 そして箱の中から出て来たのは、佐藤先生の本が全巻、しかも直筆の署名入りまで。
 それと、佐藤先生との交流を綿密に書き込んだ、日誌が。

「でも」
《電話では声の判別はし難い、しかも自分が望む通りの言葉が聞けたなら、疑う意味すら無くなってしまう》

「ですが、一体どう、電話の代金は高いですよ?」
《最初は向こうから電話を掛けさせ。ほら、僕らが使う様な店を教えたんでしょう、店にも情報提供者だと伝えれば問題無い》

 そうして原稿が忙しい、取材だ何だと、会わずに親交を深めた。
 しかも飲食代金まで相手が持ったなら、彼女の親も動向には気付かない。

 そして彼女自身も、出版社や作家ならではの事ばかりを聞いていたなら、思い込むのも無理は無い。

「ですけど、この日誌が見付かってしまったら」

 家の奥深くで眠っていたとしても、捜索の際に露呈し。
 果ては、照明が済むまで、佐藤先生は悪者になってしまう。

『しかも彼女は未だに納得していなかったんです、説得に時間が掛かりました』

「神宮寺さん」
《納得には時間が掛かる、それこそ証拠も、客観性も。そして何より、彼女を許す者が必要になる。君は彼女を責めるかい、林檎君》

「いえ、騙された方を責めるなんて僕には出来ません。何より、騙した方を僕は責めたいんですが」
《何故、騙したか。それは多分、追々、だろうね》

「それに、彼女が何故亡くなったのかも」
《それは、ココを出てからにしよう》
『お代は置いていって下さい、今日は何も持っていないんですから』

《頼めるかな林檎君》

「はい」



 彼女は、本当に夫の本を愛してくれていた。
 けれど、そこから悲劇は重なってしまった。

 彼の為に、と怪異の話題を探していた。
 もう都会の話題は既に集まっているだろう、けれど田舎に向かうにも自由になるお金も、伝手も無い。

 そして彼女は考えた。
 無いなら、作れば良い。

「そうして怪異を作ろうとして、亡くなってしまった」
「はい、事故を引き起こす赤いコートの女。ですが驚いた運転手に跳ねられ、体は用水路へ。前日の雨により増水した水が勢い良く流れており、少しして戻るも、何も無い」

「ましてや幽霊だと思ったなら、通報もしないでしょうね」
「はい」

 けれど後日、彼女の遺体が発見され、詳細が載る事に。
 そこで彼女を轢いてしまったかも知れない、そう出頭した方が出た。

 けれど不起訴となり、事件はそっと幕を下ろした。

《もう、交流会は》
「僕が付き添いますから大丈夫です、ね?奥様」
「そうね、お願い。愛読者の方の生の感想は、とても得難いものだもの」

「はい、それに事前の説明もコチラでしますので、僕らを信じて下さい。詐欺師の噂を耳にした為、注意喚起を、と」

 彼女を騙したのは、他の出版社の取材部の者。
 彼女の声を気に入り、騙してしまった、と警察へ。

 けれども警察は取り合わず、彼は仕事を失い、行方知れずだそう。

「それとも、私にお土産を買うのが嫌なのかしら」

《分かったよ》
「やったー」
「ふふふ、ありがとう林檎ちゃん」



 僕はただ、彼女の声が聞きたかっただけ、なんだ。
 彼女に損はさせていないし、ましてや死ぬ様に仕向けてもいない。

「お願いします、もうしません、だからどうか」
『良いんですか、一生、聞こえなくなりますよ』

 誰の声を聞いても、彼女の声にしか聞こえなくなってしまった。
 だからこそ、僕は自首すらしたのに。

「お願いします、どうか、お願いします」

『分かりました。但し、コチラの願いを3回、叶えて貰います。アナタに出来る事、です、良いですね』
「はい!」



 僕が撮った写真と彼女の皮は、刺青師の眼前に突き付けられ、刺青師はウチと警察の犬になった。
 大物が刺青を入れる日時は勿論、普通には見えない小さな印や、呪詛を刻ませている。

 そして皮は後日、騙した男への呪物となり、男はコチラの便利な道具となり。
 彼女が隠していた全ては、葬儀の際に刑事が棺に詰め、燃やされ。

 真実を知った彼女は、早々に完全なる成仏の段階へと入った。

 道義や道理に反する、と都会の無知な者は思うだろう。
 けれども死者の無念を甘く考えてはならない、今回、裏切り者の動きは完全に正しかった。

 人は簡単に怨霊になれる。
 だからこそ、心残りを出来るだけ解消しなければならない。

 盲目的だった者程、容易く狂えるのだから。

『どうしてか、最近は治安が良いねぇ』

 この刑事に捕まりそうになった時は、幾ばくかの縁が出来ればとは思っていたけれど。
 それより上からも、最近は相談が増えた。

『どうして、でしょうね』

 都が荒れれば、いずれは田舎すらも荒れてしまう。
 ココを守るには、まだまだ人手が足りない。

 何せ人が増え続けているんだ、無理も無い。

『まぁ、無辜なる民間人が幸せなら、私は何でも良いんだけれどもね』

『平和が、1番ですからね』 
 
 山が豊かで無ければ、海は育たない。
 そして海が豊かで無ければ、人は山に入り、好き勝手に荒らす。

 コレは支え合いだ。
 内々に、暗黙の了解の元で行われる、古くから存在する縁。

 けれど、知るモノは僅か。

『実はね』

『何ですか、何か、問題でも』

『実は、君に、新しく案内してやれる店が無くなってしまってね。残弾終了だ』

『驚かせないで下さい、何か有ったのかと。今回は案内しますから、お互い自腹にしましょう』

『実は私は、中華が怖いんだ、特に拉麺が怖くてね』
『あぁ、ではさぞ怖がって下さい、案内先は中華屋ですから』

『いやー、困った困った、怖い怖い』
『奢りませんよ、そこそこ良い店なんですから』

『そら怖い、うん、実に恐ろしいねぇ』
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