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第16章  霊能者と霊能者。

2 生霊と術者。

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《コレが貸しの1つ目だ、アレがコレで憑かれた》

『あぁ、はい、すみません』
《好きに使え、ただアレに影響しない様にさせろ》

『はい、分かりました』
《それから、重要な事は抜いて構わないが、報告はしろ》

『はい、分かりました』
《じゃあな》

『はい』

 多分、件の林檎さんは、彼のせいで憑かれ易くなっている面も有る。
 けれど、分かっていながらも、離れる気は無いらしい。

 もしかして、男色家なんだろうか。

『いやぁ、不味い相手を敵に回してしまったみたいだね、すまない川中島君』
『いえ、元はコチラの未熟故に起きた事ですし。多分、刑事さんの事も分かっていて、敢えて言ったのだと思います』

『やれやれ、霊能者の前では、隠れる事すら無意味なのかね』
『ですね、彼は特に、今は過敏になっていますから』

『はぁ、林檎君が憑かれ易くなってしまった責任は、確かにコチラにも有る』
『だからこそ、多分、刑事さんから報告してくれとの事かと』

『あぁ、成程、はぁ』
『大丈夫です、今回は失敗しません、しようが有りませんから』

『ソレについて、尋ねても構わないだろうか』
『怨みです、怨念が呪物化してしまっているんです、触らない方が良いですよ』

『触らぬ神に祟り無し、かい』
『はい』

『まるでコトリバコだ』
『ですね』

 素人が無意識に行ったにせよ、玄人が意識的に行ったにせよ。
 こうして誰にでも影響してしまうモノは、非常に厄介だ。

 ただ、それは並の術者の場合。

 幸いにもコチラには知恵が有る。
 以前は経験不足と焦りから失敗してしまったけれど、今回の件は既に経験が有る。

 しかも、伝手も万全だ。

『それで、ソレを一体』
『少し加工して届けるだけなので大丈夫です、では、付き添いありがとう御座いました。後でコチラから連絡しておきます、さっきのは冗談ですから』

『あ、あぁ』
『では、失礼します』

 そうして家に帰り、呪詛を紙に移し、その紙を届けに行く事に。



《時間通りに来たわね、いらっしゃい》
『はい、失礼します』

 山の民が関わり、肩入れする基準に、善悪はさして関係無い。
 不用意に敵を作らない者、そして山の民を守る者かどうか、それが主な基準だ。

《それで、良い品が入った、と言う事だけれど》
『はい、ですが用途をお伺い出来なければお渡し出来ません』

《モノによるわね》
『女の怨念により錯乱します』

《あら素敵。そうね、先ずは三谷の支店に居る、営業副部長にお渡ししたいわね》

 《あぁ、アイツは悪いヤツだ》
 《色恋で品を買わせる悪いヤツだ》
 《嘘は無い》

『そうした者にだけお渡しする条件なら、複数お渡し致します』
《そう使うと誓うわ》

 《嘘は無い》
 《コイツは意外と良いヤツだ》
 《白黒ハッキリさせる良い男だ》

 男。
 どう見ても女にしか。

 《俺達に嘘は無い》
 《コイツは良い男だ》
 《女になりたかった男だ》

 あぁ、成程。

『分かりました、ですが少しコツが要ります。1度だけ、触れ続け全てを終えて下さい、2度目からは取り憑かれてしまうのでご注意を』

《そう、気を付けるわ》
『では、失礼します』

《あら、報酬は良いの?》
『成果が出てから頂きに参ります、では』

《そう、またね》

 山の民は、律儀で真面目だ。
 でなければ神霊からも、怪異からも信用されず、力を貸しては貰えない。

 ただ、敢えて不真面目な者も居る。
 それは外道だ。

 あの手紙も、外道が関わっての事。

 神霊も怪異も人も裏切り、己が欲望の為だけに生きる、それが外道。
 山の民にとって討つべき者。

 けれど、裏切り者には関われないのが、外道。

 あの梓巫女、神宮寺は裏切り者の血筋だが。
 決して外道では無い。

 裏切り者とは、あくまでも便宜上の呼称。

 どう生まれたか、何処に居るかで、全ては変わる。
 山の民の性質を持つ、一つ場所には落ち着けぬ者。

 そして外道も、必ず移動する。
 この残した手紙は、外道への道標となる、だからこそ神宮寺はコチラに渡した。

 流石だ、見極めが上手い。

 《嘘の匂いだ》
 《コイツは悪い女だ》
 《男に捨てられた女だ》

『全く、いっそ子種だけにすれば良かったものを』

 《その男の匂いもするぞ》
 《ソイツは悪い男だ》
 《呪詛返しに使われた男だ》

 女を怒らせたなら、山も里も関係は無い。
 必ず厄介な事になる。

 古今東西、学べない者は必ず出てしまう。
 しかも、そうした者に限って小賢しい。

 だが、山の恩恵を失ったと言えど、その追跡をかわせるのか。

 《近い匂いだ》
 《近い》
 《向こうだ》

 さっさと殺せば良いモノを、実に厄介だ。



「全部!コイツが悪いのよ!」

『なら、ソイツだけ苦しめるべきだろう』
「はっ、アンタみたいなお子様には分からないでしょうね、この愛憎が」

『所詮は執着だろう、貢いだ情愛の分だけ得られなかった、だとしても仕返しはソイツにだけ』
「袈裟まで憎くなるの、コイツが好きだったモノも壊したい、もっともっと苦しめたいの」

 山の民とて、能力に差は有る。
 大して魅力の無いモノ、霊感があまり無いモノ、残酷さを持ち合わせていないモノ。

『なら、私が見せてやる、それで良いだろう』

「えっ?」
『蠱毒の蝶だ、お前が望むまで悪夢を見せ続けられる、どうする』

 アレからしっかり改良し、無害用と仇用を用意した。

「私も、ソレを眺め続けられる?」
『あぁ、でも終わらせたなら、お前も死ぬぞ』

「良いの、来世に期待するわ」

 情愛が深いのに、運が悪かった女。
 最たる悪は、騙した男。

『分かった、なら場所を移動する。樹海だ、良いな』
「ありがとう、ごめんなさい、無能な女で」

『いや、私達も結局は人だ、運まではどうにもならないのが人だろう』

 山の民の罪は、山の民が贖う。
 ただ、その贖いの方法に里の者は文句を言うだろう、だが山の民は山の民のモノ。

 こう生まれたのだから、裏切り者になるか、山の民として生きる他無い。



《どうだい、林檎君》
「はい、あれから暫くして、急に元気になったんですよね。どうやったんですか?」

《さぁ、アレは僕の管轄外だからね。差し当たっては、呪詛返しでもしたんじゃないかな》

「残念、神宮寺さんのお陰じゃなかったんですね」
《一応、僕が渡りを付けたんだけれど》

「そこは本当に、ありがとうございました」

《林檎君、そんなに話が聞きたいかい?》
「勿論ですよ、何せ自分の事なんですから」

《何て事は無いよ、男に裏切られた腹いせに、その男の好きなモノまで壊そうとした。だけだよ》

「半ば八つ当たり、ですか」
《そうだね、不条理には不条理を、そこはある意味で道理が通っているけど。ヤラれた方は堪ったものじゃない》

「本当に、ですけど憎めないんですよね。何か、少しだけ分かる気がしますから」

《まさか、とうとう惚れた女が》
「引き籠もってたので無いですけど、そっか。神宮寺さんを見習って、少し不真面目に、出歩いちゃえば良かったかもですね」

《いや、それは本当に不味いよ、碌でも無い女に引っ掛るに決まっているんだから》
「そこから、ですよ、その危うい状況を救ってくれる女性が現れてくれてたかも知れない」

《もう少し、君は引き籠もるべきかも知れないね》

「もう、冗談ですよ、弱り目に祟り目は嫌ですし。溜まってた本を読むので手一杯でしたから」
《君は、本当に、本と結婚した方が良いかも知れないね》

「良いですねソレ、受理が無理でも話題になりますし、それで雑誌社に興味を持って頂けるかもですし」

《君は、仕事が好きなんだろうか、それとも本が好きなんだろうか》

「両方ですね、取り上げられたら死んじゃうかも知れません」

《君の場合は冗談に思えないのが困るよ》
「えへへへへ」



 男も含め、回収した者は全て実験体となる。
 今回の場合は意識が全く無い為、活用方法は限られるが、しっかりと役には立つ。

 コレで、コチラも快く供養が出来る。
 散々に害を撒き散らし、償わずに死ぬ等とは、有ってはならない。

《あの手紙、とても素敵に役立ったわ、ありがとう》
『お役に立てたなら幸いです』

《ふふふ、はい、報酬よ》

『多く頂いても、必ず次も受けるとは確約出来ませんが』
《構わないわ、アナタは信頼に値する、先ずはご挨拶代わりよ》

『分かりました、頂きます』
《じゃあ、また、良いモノが有れば宜しくね》

『はい、失礼します』

 山の民は、既に欲しいモノを殆ど手にしている。
 だからこそ、このお金は単に国への税金と、幾ばくかの珍しい品を購入する費用となる。

 政治には決して介入はしない、投票もしない。
 けれどももし、山に手を出せば。

「はー、やっぱり夜鳴き拉麺って最高ですね」
《君、本当に夜中に出歩いたりしてませんよね》

「してませんよ、信用して無いんですか?」
《霊を見ようとして襖を開けた君への信用は、半々だね》

「えへへへ、ご馳走様でした」

 件の人は、能天気だ。
 けれど、この位が良いのかも知れない。

 山には無い、カラッと乾いた空気を持つ人。

 アレが独占している限り、きっと婚姻は成せないだろう。
 山の民の血は、里の者を良く惹き付けるのだから。

『醤油拉麺、ニンニク大盛り、肉増しで』
《はいよー、醤油拉麺、ニンニク大盛り、肉増しねー》



 僕が受け取った怨念爆弾は、各界の様々な悪名高い男性にも送られていたらしく。
 暫く見れなかった新聞は、どれもとても賑やかで。

「凄いですね、四方八方に影響してただなんて」

《暫く、僕は仕事で忙しくなりそうなんだけれど》
「どうして嘘なんて言うんですか?事件なら詳しく聞きませんよ?」

《いや、うん。実は、少し忠告を受けてね》

「何のです?あ、男色家だとか」
《いや、君の影響を和らげたいのなら、暫く離れるべきだと忠告されてね》

「あー」
《対処をと考えていたんだけれど、もう、コチラで繋ぎを付けたしね》

「えー、もうご存知だと思いますけど、仕事が関わらない事は酷く人見知りをしますからね?その弊害まで考えてくれました?何か僕嫌な事をしてしまいましたか?」

《いやー》
「男色家のご心配なら大丈夫ですからね?改めて考えましたけど、どっちも無理なので」

《あぁ、うん》
「それでもと言うなら引き籠もり続けますけど、その弊害は大丈夫ですかね?」

《林檎君、こう、友人だとかは》
「事のあらましを話したくなるので無理ですし、1人で出掛けてまで何かするより本ですし」

《いや、陽の光を》
「窓辺で浴びてますよ?」

《ぅうん、君が平気なら良いんだけれど》

「別に死にはしませんし、出会う前の」
《ちょっと、良いだろうか。もしかして、一生、絶縁するとでも》

「違うんですか?」
《いや、君の様子次第だよ》

「そっか、良かった。それでもし疎遠にしたら、僕も怨念爆弾しますね」
《それは本当に、うん、止めておいた方が良いよ》

「する理由が無ければ誰もしないですよ。分かりました、暫く神宮寺さんはお休み、と言う事ですね」
《あぁ、もし良いネタが有れば、しっかりと貯めておくよ》

「はい、ご休暇を楽しんで下さい、では」
《あぁ、また》

 こうして僕は落ち着いて、仕事に復帰。
 そして女性と知り合って、結婚して、子供が出来て。

 結局、神宮寺さんとは疎遠になって、先生方とも関わりが薄くなって。

 あれ。
 僕、普通って嫌いじゃない筈なんですけど。

 何か、凄く嫌だな。
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