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第16章 霊能者と霊能者。
梓巫女と梓巫女。
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私は、どちらかと言えば田舎の暮らしは全く苦にはならない方だった。
食べられる実を探し回る事が好きで、母に花を添えて良く贈っていた。
実が良く採れた日には母と炊事場に立ち、煮立て、瓶詰めにした。
それは山菜も同じ。
幾ら採れても、そのままでは日持ちが悪く、美味くも無い。
塩漬けだ何だと加工し、農作業が不得手な母だったが、村の台所さんと呼ばれる様になった。
都会の人は良く誤解するけれど、田舎者だからと言って何でも出来るワケじゃない。
人には得て不得手が有る、それこそ器用だ不器用だと。
だからこそ織物だ料理だ、農作業だ洗濯だと分担する。
ハッキリ言って、楽だよ。
自分1人で何でもしなきゃならない都会に比べたら、1つの事さえ得意なら、立派に村の人間として扱って貰える。
と言うのも、私は暫くして都会に住む事になった。
だからこそ、その差を良く分かっている。
だが、もう何十年も前の事、今は更に変わっているかも知れないが。
私には、田舎が合っていたんだよ。
女の必須、裁縫だ。
手元が特に苦手でね、しかも不器用だ。
だが、それも血筋のせいだった。
動き回る方が性に合う、そうした血が、私の時に特に出ちまった。
都会で過ごした途端、私は酷く浮いている様に思えた。
地に足が付いていない様で、根無し草の様に居心地が悪かった。
ココには私の居場所は無い、早く帰ろう。
それだけを目指し、その事だけを考える事で、正気を保っていた様な状態だ。
今思うと、だからこそ、だったんだろうね。
あの時はエラくモテたよ、単に若くて田舎臭い女が珍しかっただけだろう、と思っていたけれど。
それも血だ。
どうしようも無い男がモテる、掴み処の無い女がモテる。
古今東西、いつでも、何処でも変わらない。
けれど、選ぶのはコッチ、産むのはコッチだ。
良く吟味させて貰ったよ、中身がしっかり詰まった者をね。
けれどまぁ、そう言う男もモテる。
私は思い付く限りの念書を書いて、その男に差し出した。
金も何も要らないから、3人の子供分の子種だけをくれ、ってね。
大笑いされたけれど、念書を気に入られて籍まで入れて貰って、4人分の子種まで貰えて。
あっと言う間だった、あっと言う間に子供は大きくなって、夫は亡くなった。
だからさっさと息子に継がせて、私は山奥に引っ込んだ。
そこからだよ、産道が通ったからか、山に戻るとすっかり見えて聞こえる様になった。
それこそ人様には見えないモノもね。
まぁ、酷く焦ったよ。
とうとう何かの病か何か、憑かれたか何かしたのか、と。
だから近くの寺に行って相談したんだ。
けれどまぁ、最悪な生臭坊主で、何を思ったのか手籠めにされそうになったが。
コッチは元々、野山を駆け回ってたんだ、しかも都会育ちさ。
大事な部分をダメにしてやって、そのまま山へ走って逃げた。
大雨だったからね、酷く降っていて、まさか逃げ出すとは思わなかったんだろう。
けれど私は逃げた。
良い塩梅の季節だ、数日は過ごせるだろうと、雨水を飲んで野草を食って過ごした。
そうやって上へ上へ逃げていると、獣道を見付けた、そうして近くには洞窟も。
幾ら何でも獣は怖い。
そこで洞窟に近寄ると、炭と煙と、まぁ良い匂いがした。
山に唯一無いのが塩だ。
味噌の良い匂いがして、ふらふらと洞窟に入った。
「あぁ、山の人か、けれど随分と酷い姿だね」
何の事か、私は何も分からなかったけれど、否定も何もせずに火に当たった。
『少しばかり逃げて来たんです、酷いのから』
「あぁ、酷いのは何処にでも居るからね、気を付けた方が良い」
そう言って狩人は鍋を掻き混ぜた。
何の肉か山菜だ茸だと入っていて、酷く旨そうに見えた。
けれども事が事だ、ココでも何か有ったら私が犯罪者になっちまいそうで、鍋をただ眺めるだけにしておいた。
そして猟師の方も、何も言わずに半分平らげ、外に出た。
そうして直ぐに引き返して来たかと思うと、使っていた椀を差し出して来た、雨水で洗っていたらしい。
『いや』
「食べたければ食べれば良い、余ったら余ったで後で食う、好きにしなさい」
そう言って猟師は奥で寝そべって、暫くすると寝息を立て始めた。
私は外に出て雨水で椀を洗い、鍋を食った。
良く中身を確かめて、危ないと思えば直ぐに外へ吐き出しながら、とうとう鍋を空っぽにした。
そんでまぁ、洞窟を出た。
久し振りに腹一杯になったもんだから、酷く眠くてね。
そこらの蔦を使って、木に登り。
落ちない様にと自分を縛って、眠った。
『ぉおっ』
まだ山の生活にしっかり慣れていなくてね、すっかり寝入ってしまっていて、自分の居場所に驚いた。
ありゃ恥ずかしかったね、誰にも見られず済んだけれど、こう話せば同じか。
まぁ、それから下に降り、洞窟を覗くと。
今度は猟師でも無い、何とも言えない雰囲気の女が、1人だけ居た。
《あぁ、やっぱり。さ、おいで、何処から逃げて来たんだい》
私は、何でか言っちまった。
全部、すっかり。
『それで、暫く山に居ようかと』
《いや、アンタはそろそろ降りた方が良い、生臭坊主が何を言い触らすか分かったもんじゃないからね。大丈夫だ、今日はもう降らない、お帰り》
そこでも、どうしてか私は言う通り、山を降りる事にした。
あんなに上がるのは大変だったって言うのに、降りるのはあっと言う間だった。
私は山に追い出されたのか、そう思っていたけれど、ちょっと帰しただけだった。
家に戻る途中、直ぐに村の人に声を掛けられた。
「アンタ!無事だったんだね!!」
寺の周囲が土砂に巻き込まれ。
とっくに生臭坊主は死んでいた、情けない姿で。
要は体半分だけ埋まって、足が枝みたいに生えていたらしい。
山は、神様は私を守ってくれた。
そう気付けたからか、もう他に見えない聞こえない何かの事が、何にも怖く無くなった。
そう、良く思い出せば山では静かだったんだよ。
当たり前の事なんだけれど、山には神様が居る、村と違って騒々しく無いのは当たり前。
あの生臭坊主は、供養まで適当だった。
私は、生臭坊主に天罰を下す為に、神様の使いになった。
そう思えたら、また山に戻りたくなった。
お礼を言わなきゃならないし、お供え物だってしたい。
けれど作法はてんで知らないもんだから、また、尋ねに入った。
《ほら、大丈夫だったろう》
『ありがとうございます、助かりました、お供物は何が宜しいでしょうか』
あんまりに黙られて怖くなった私が、頭を上げると。
《ふふふ、私は違うよ。けど供物は料理が良いね、アンタのお母さんの飯は美味しいんだろう、それで良いそうだよ》
以降、春と秋に2膳用意する様になった。
そうして何回かお供えしていると、その村の老婆が教えてくれた、大昔は良くそうしていたんだと。
田舎の暮らしに慣れた私は、幾ばくか暇を持て余していた。
そうして婆さんから毎日何かしらを教わって、実践し、書き留めた。
そのお陰なのか何なのか、村もかなり静かになり、家の周りは特に静かになった。
けれどね、それはゴミがウチに来なくなっただけだ。
川のゴミと同じく、他所の村で変な事が起こる様になった。
何処も、昔の面倒な事はやらなくなる。
そりゃ忙しいだなんだと有れば、神様だって五月蠅く言わないさ、省いて良い事も有る。
けれどね、限度が有る。
ずっと省かれたまま、疎かにすれば幾ら神様でも嫌気が差す。
そうやって守られなくなった村は、収穫が減り、子供が上手く育たなくなる。
そうなったらもう、減る一方だ。
しかも、どうしようとも思わなければ、村は絶える。
けれどどうにかしたいと、子世代が思えば、神様だって見直そうと思って下さる。
親の罪は親の罪、その事を神様は良く分かっているからね。
「どうか、ウチに来て様子を見て貰えないでしょうか」
若い夫婦が私を尋ねて来てね、ココも落ち着いた事だし、他所も見てみるかと。
まぁ、少し飽きたんだろうね、住んでいる村に。
私は二つ返事で同行してみた。
勿論、単なる物知り婆さん程度だと、念を押してね。
『アンタ達、ココの地名が何なのか、どう書くのか知ってるかい』
学が無いとか、どうこうじゃない。
地名には意味が有る、と教わったのは婆さんからだ。
竜や龍の付く川は、大概が暴れ川。
人の手に余る、特に疎かにしたなら、いつか返す事になってしまう。
もう、その村は返すしか無い状況だった。
村を歩けば、古い者が居れば知れた事。
けれどもその村には、不自然なまでに老人が居なかった。
私は村を出るしか無いと言って、村を後にしようとしたんだが。
まさか、こんな婆を贄にしようとするとは、思いもしなくてね。
いや、老人が居ない時点で気付けたかもしれないが、まだおぼこい私には無理だった。
「すみません、ごめんなさい、どうか宜しくお願いします」
地鎮祭だ何だ、そうした儀式こそ、そうお願いする儀式なんだけど。
省きに省いて、手を抜き、礼を欠く内容でね。
『幾ら捧げたって無駄だよ、モノには適切な手順ってもんが有る、肝心要の肝を抜いたら意味が無いんだよ』
まぁ、コレで何年も生きてたんだとの自負が向こうには有るからね、全く聞く耳を持たない。
と言うかもう、縋るしか無かったんだろうね。
私を河原に置いて、そのまんま、見張りも無し。
そりゃ逃げるよ、何の意味も無い人身御供何てごめんだからね。
けれど、嫌なら匂いがした。
土砂崩れだ氾濫だ、雨で酷い事になる匂いが。
だから私は火を付けて回った。
家さえなく無くなれば、少しは逃げ出すのも居るんじゃないかと思ってね。
案の定、あちこちから火の手が上がって、村人達は避難場所へと逃げ込んだ。
そう、神社だ。
そうした場所は大概、濁流から逃れられる場所に有る。
私は最後の最後、階段を駆け登った。
けどね、年には勝てないよ。
どんどん水位は上がって、私の息も上がって。
まぁ、阿呆でも命は命、救えないより余っ程マシだと覚悟を決めたんだ。
《アンタは良い子だね、後はコッチで何とかしてやるよ》
そう言って、あの人が来てくれたもんだから、つい気を失っちまった。
寝ずに走り回るだなんて、年を考えないとね。
『っ、はっ』
目を覚ますと、誰も居なかった。
村はすっかり濁流に呑まれ、跡形も無かった。
私は、結局は救えなかったのか、と。
そりゃ努力すれば報われるとまでは思ってねいなかったさ、けどね、少しは生き残ってくれても良いだろうにと思ったよ。
そうして村に帰った。
どう言うか悩みながら。
すると婆さんが亡くなっていてね、もう、どうして何も上手く行かないのかとわんわん泣いてやった。
年甲斐も無い何て知ったこっちゃない、馬鹿みたいに大泣きしてやった。
そこで泣き疲れて寝て、村の者が拵えた飯を食って、風呂に入って。
誰も何も聞かないんだ。
ただ背中を撫でてくれて、それがまたエラく悔しかった。
私は何にも出来無かった。
恩人の臨終にも立ち会えなかった。
何もかんも急に嫌になって、泣くのも止めて、葬式の手伝いをした。
動いてれば忘れると思ったんだけどね。
ダメだった。
けどね、婆さんの初七日が過ぎるって日に、尋ねに来る人が居た。
背負箱に弓を持った、梓巫女だ。
「あぁ、アナタがそうなのね、大変だったでしょう」
折角止まっていたのに、また私はわんわん泣いた。
婆さんも同じで、似たのは他にも居て、コレで良いんだと。
全部、そこで分かった気がして、実際に聞いても答え合わせと同じだった。
あぁ、だからか、と。
『ですけど、何で婆さんは』
「若い頃にね、嫌になったら終わりなんだよ、無理に引きずり回す様な神様は居ない。何も聞こえず見えもしなくなった、そうなったら一切手も口も出せない、向こう側になるんだよ」
どんなに間違っていても、正す役目を手放したなら、決して介入してはならない。
婆さんはその禁忌を犯し、夫を失い、足を悪くしていた。
それが隣村での事、延命出来ていたのは、婆さんのお陰だった。
『あぁ』
「アンタが来て、良い思い出も有ったんだと、そう思えたらしい。それと、もし懲りて無いんなら、コッチに来させろってね」
『私は、隣の誰も』
「あぁ、山の人が分配したから大丈夫だろう、何処かで生きてるさね」
『は』
「あぁ、血筋の事がまだだったね、そこから教えてやるよ」
稀に、里には山に適する子が産まれる場合が有る。
7才までに神隠しに遭う子は、時にその血筋が強い場合が有る、と。
それ以降は、今度は山に戻ろうとする。
何処へとも無く、居場所は無いかと彷徨う。
そして道の通じた者には、奇妙な事が起こる。
それを封じるのも、道を示すのも梓巫女。
山の梓巫女か、里の梓巫女が導く、と。
『じゃあ、私が山で会ったのは』
「かも知れないけれど、確かめるのはもう難しいだろうね、コチラから会う事は難しいんだ」
そうして私は更に様々な事を知り、梓巫女として生きる事にした。
今となっては、アレは試されたんだと分かる、生半可な覚悟じゃ何処かで誰かの餌食になるだけだ。
幸いにも餌食にならず、弟子も取れた。
血は繋がらないけれど、それなりに息子だと思っているよ。
居心地の悪さは、良く分かるからね。
「だそうで。居心地、悪いですか?」
《いや、寧ろ君は居心地が良い方だし、僕は男だしね》
「あぁ、性差が有るかもなんですね」
《にしても、村が全く無くなるなんて。大昔とは言っても、流石に無いんじゃないだろうか》
「それが有ったんですよ、〇〇県や✕✕で。ただ、逆に言えば、それ以上の事は無いんです」
《続報が無い。今では珍しいけれど、昔にしてみれば当たり前、だったかも知れない》
「それもですし、生き残った方に押し掛け取材をさせない為、だったのかも知れません」
《あぁ、生き残ってどんなお気持ちですか、記者がそう尋ね目の前で自死された事件が有ったね》
「はい、アレのせいで、カメラ持ちは何処でも石を投げられたそうです」
《それに加え、最近では椿姫事件が起きた。未だに報道と民間人、それと政治家の三つ巴が続いている》
「それは良いんですよ、三権分立、三竦みは調和を齎す為に不可欠な状態だそうですし。僕もそう思ってます、全員が全員仲良くする必要は無いんですよ、等分に目的が同じで有れば良い」
《その目的は、何だろうか》
「勿論、国の盤石性です。僕らは同じ親、同じ敷地の中で好きに生きさせて貰っているに過ぎない、1つでも共通認識が有れば、幾ら違っても構わない」
《国を壊さないなら、男色家だろうと構わない》
「女色家でも、人嫌いでも、異性装が好きでも構わない。誰かに害を成さないなら、好きに生きて良い、そして同時に嫌悪する権利も持っている」
《まさに、好きにしろ》
「法の範囲内でなら。ただ、その法整備が、ですよねぇ」
《指示はしていないけれど、示唆はした。そして》
「悪意の証明、凄く心配です、椿姫のご姉妹が法廷で証言されるそうですから」
《仕事を暫く休むんだろう、なら見に行ったらどうだい?》
「人気の有る裁判は抽選なんですよ?そこで運を使うなら、僕は別の事に使いたいです」
《新聞部に頼むのは無理なのかい?》
「ですねぇ、余計に無理ですよ」
《そうか、良い気晴らしになると思ったんだけれどね》
「ありがとうございます、すみません、仕事中毒で」
《いや、僕もそうと言えばそうだし。いきなり離れろと言われたら、難しいのは良く分かるよ》
「ですけど本って、僕の人生なんですよねぇ」
《だからこそ、相談してみたらどうだい、先生方に》
「良いんですかね、私的な事ですし」
《血の通った人間なら、寧ろ喜びそうな事だけれど、先生方の仕事の進み具合次第か》
「取り敢えず、鈴木さんに相談してみます」
《そうだね、邪魔したね、原稿はコレで大丈夫だよ》
「いえいえ、ではまたー、何か有ったらお電話しますねー」
食べられる実を探し回る事が好きで、母に花を添えて良く贈っていた。
実が良く採れた日には母と炊事場に立ち、煮立て、瓶詰めにした。
それは山菜も同じ。
幾ら採れても、そのままでは日持ちが悪く、美味くも無い。
塩漬けだ何だと加工し、農作業が不得手な母だったが、村の台所さんと呼ばれる様になった。
都会の人は良く誤解するけれど、田舎者だからと言って何でも出来るワケじゃない。
人には得て不得手が有る、それこそ器用だ不器用だと。
だからこそ織物だ料理だ、農作業だ洗濯だと分担する。
ハッキリ言って、楽だよ。
自分1人で何でもしなきゃならない都会に比べたら、1つの事さえ得意なら、立派に村の人間として扱って貰える。
と言うのも、私は暫くして都会に住む事になった。
だからこそ、その差を良く分かっている。
だが、もう何十年も前の事、今は更に変わっているかも知れないが。
私には、田舎が合っていたんだよ。
女の必須、裁縫だ。
手元が特に苦手でね、しかも不器用だ。
だが、それも血筋のせいだった。
動き回る方が性に合う、そうした血が、私の時に特に出ちまった。
都会で過ごした途端、私は酷く浮いている様に思えた。
地に足が付いていない様で、根無し草の様に居心地が悪かった。
ココには私の居場所は無い、早く帰ろう。
それだけを目指し、その事だけを考える事で、正気を保っていた様な状態だ。
今思うと、だからこそ、だったんだろうね。
あの時はエラくモテたよ、単に若くて田舎臭い女が珍しかっただけだろう、と思っていたけれど。
それも血だ。
どうしようも無い男がモテる、掴み処の無い女がモテる。
古今東西、いつでも、何処でも変わらない。
けれど、選ぶのはコッチ、産むのはコッチだ。
良く吟味させて貰ったよ、中身がしっかり詰まった者をね。
けれどまぁ、そう言う男もモテる。
私は思い付く限りの念書を書いて、その男に差し出した。
金も何も要らないから、3人の子供分の子種だけをくれ、ってね。
大笑いされたけれど、念書を気に入られて籍まで入れて貰って、4人分の子種まで貰えて。
あっと言う間だった、あっと言う間に子供は大きくなって、夫は亡くなった。
だからさっさと息子に継がせて、私は山奥に引っ込んだ。
そこからだよ、産道が通ったからか、山に戻るとすっかり見えて聞こえる様になった。
それこそ人様には見えないモノもね。
まぁ、酷く焦ったよ。
とうとう何かの病か何か、憑かれたか何かしたのか、と。
だから近くの寺に行って相談したんだ。
けれどまぁ、最悪な生臭坊主で、何を思ったのか手籠めにされそうになったが。
コッチは元々、野山を駆け回ってたんだ、しかも都会育ちさ。
大事な部分をダメにしてやって、そのまま山へ走って逃げた。
大雨だったからね、酷く降っていて、まさか逃げ出すとは思わなかったんだろう。
けれど私は逃げた。
良い塩梅の季節だ、数日は過ごせるだろうと、雨水を飲んで野草を食って過ごした。
そうやって上へ上へ逃げていると、獣道を見付けた、そうして近くには洞窟も。
幾ら何でも獣は怖い。
そこで洞窟に近寄ると、炭と煙と、まぁ良い匂いがした。
山に唯一無いのが塩だ。
味噌の良い匂いがして、ふらふらと洞窟に入った。
「あぁ、山の人か、けれど随分と酷い姿だね」
何の事か、私は何も分からなかったけれど、否定も何もせずに火に当たった。
『少しばかり逃げて来たんです、酷いのから』
「あぁ、酷いのは何処にでも居るからね、気を付けた方が良い」
そう言って狩人は鍋を掻き混ぜた。
何の肉か山菜だ茸だと入っていて、酷く旨そうに見えた。
けれども事が事だ、ココでも何か有ったら私が犯罪者になっちまいそうで、鍋をただ眺めるだけにしておいた。
そして猟師の方も、何も言わずに半分平らげ、外に出た。
そうして直ぐに引き返して来たかと思うと、使っていた椀を差し出して来た、雨水で洗っていたらしい。
『いや』
「食べたければ食べれば良い、余ったら余ったで後で食う、好きにしなさい」
そう言って猟師は奥で寝そべって、暫くすると寝息を立て始めた。
私は外に出て雨水で椀を洗い、鍋を食った。
良く中身を確かめて、危ないと思えば直ぐに外へ吐き出しながら、とうとう鍋を空っぽにした。
そんでまぁ、洞窟を出た。
久し振りに腹一杯になったもんだから、酷く眠くてね。
そこらの蔦を使って、木に登り。
落ちない様にと自分を縛って、眠った。
『ぉおっ』
まだ山の生活にしっかり慣れていなくてね、すっかり寝入ってしまっていて、自分の居場所に驚いた。
ありゃ恥ずかしかったね、誰にも見られず済んだけれど、こう話せば同じか。
まぁ、それから下に降り、洞窟を覗くと。
今度は猟師でも無い、何とも言えない雰囲気の女が、1人だけ居た。
《あぁ、やっぱり。さ、おいで、何処から逃げて来たんだい》
私は、何でか言っちまった。
全部、すっかり。
『それで、暫く山に居ようかと』
《いや、アンタはそろそろ降りた方が良い、生臭坊主が何を言い触らすか分かったもんじゃないからね。大丈夫だ、今日はもう降らない、お帰り》
そこでも、どうしてか私は言う通り、山を降りる事にした。
あんなに上がるのは大変だったって言うのに、降りるのはあっと言う間だった。
私は山に追い出されたのか、そう思っていたけれど、ちょっと帰しただけだった。
家に戻る途中、直ぐに村の人に声を掛けられた。
「アンタ!無事だったんだね!!」
寺の周囲が土砂に巻き込まれ。
とっくに生臭坊主は死んでいた、情けない姿で。
要は体半分だけ埋まって、足が枝みたいに生えていたらしい。
山は、神様は私を守ってくれた。
そう気付けたからか、もう他に見えない聞こえない何かの事が、何にも怖く無くなった。
そう、良く思い出せば山では静かだったんだよ。
当たり前の事なんだけれど、山には神様が居る、村と違って騒々しく無いのは当たり前。
あの生臭坊主は、供養まで適当だった。
私は、生臭坊主に天罰を下す為に、神様の使いになった。
そう思えたら、また山に戻りたくなった。
お礼を言わなきゃならないし、お供え物だってしたい。
けれど作法はてんで知らないもんだから、また、尋ねに入った。
《ほら、大丈夫だったろう》
『ありがとうございます、助かりました、お供物は何が宜しいでしょうか』
あんまりに黙られて怖くなった私が、頭を上げると。
《ふふふ、私は違うよ。けど供物は料理が良いね、アンタのお母さんの飯は美味しいんだろう、それで良いそうだよ》
以降、春と秋に2膳用意する様になった。
そうして何回かお供えしていると、その村の老婆が教えてくれた、大昔は良くそうしていたんだと。
田舎の暮らしに慣れた私は、幾ばくか暇を持て余していた。
そうして婆さんから毎日何かしらを教わって、実践し、書き留めた。
そのお陰なのか何なのか、村もかなり静かになり、家の周りは特に静かになった。
けれどね、それはゴミがウチに来なくなっただけだ。
川のゴミと同じく、他所の村で変な事が起こる様になった。
何処も、昔の面倒な事はやらなくなる。
そりゃ忙しいだなんだと有れば、神様だって五月蠅く言わないさ、省いて良い事も有る。
けれどね、限度が有る。
ずっと省かれたまま、疎かにすれば幾ら神様でも嫌気が差す。
そうやって守られなくなった村は、収穫が減り、子供が上手く育たなくなる。
そうなったらもう、減る一方だ。
しかも、どうしようとも思わなければ、村は絶える。
けれどどうにかしたいと、子世代が思えば、神様だって見直そうと思って下さる。
親の罪は親の罪、その事を神様は良く分かっているからね。
「どうか、ウチに来て様子を見て貰えないでしょうか」
若い夫婦が私を尋ねて来てね、ココも落ち着いた事だし、他所も見てみるかと。
まぁ、少し飽きたんだろうね、住んでいる村に。
私は二つ返事で同行してみた。
勿論、単なる物知り婆さん程度だと、念を押してね。
『アンタ達、ココの地名が何なのか、どう書くのか知ってるかい』
学が無いとか、どうこうじゃない。
地名には意味が有る、と教わったのは婆さんからだ。
竜や龍の付く川は、大概が暴れ川。
人の手に余る、特に疎かにしたなら、いつか返す事になってしまう。
もう、その村は返すしか無い状況だった。
村を歩けば、古い者が居れば知れた事。
けれどもその村には、不自然なまでに老人が居なかった。
私は村を出るしか無いと言って、村を後にしようとしたんだが。
まさか、こんな婆を贄にしようとするとは、思いもしなくてね。
いや、老人が居ない時点で気付けたかもしれないが、まだおぼこい私には無理だった。
「すみません、ごめんなさい、どうか宜しくお願いします」
地鎮祭だ何だ、そうした儀式こそ、そうお願いする儀式なんだけど。
省きに省いて、手を抜き、礼を欠く内容でね。
『幾ら捧げたって無駄だよ、モノには適切な手順ってもんが有る、肝心要の肝を抜いたら意味が無いんだよ』
まぁ、コレで何年も生きてたんだとの自負が向こうには有るからね、全く聞く耳を持たない。
と言うかもう、縋るしか無かったんだろうね。
私を河原に置いて、そのまんま、見張りも無し。
そりゃ逃げるよ、何の意味も無い人身御供何てごめんだからね。
けれど、嫌なら匂いがした。
土砂崩れだ氾濫だ、雨で酷い事になる匂いが。
だから私は火を付けて回った。
家さえなく無くなれば、少しは逃げ出すのも居るんじゃないかと思ってね。
案の定、あちこちから火の手が上がって、村人達は避難場所へと逃げ込んだ。
そう、神社だ。
そうした場所は大概、濁流から逃れられる場所に有る。
私は最後の最後、階段を駆け登った。
けどね、年には勝てないよ。
どんどん水位は上がって、私の息も上がって。
まぁ、阿呆でも命は命、救えないより余っ程マシだと覚悟を決めたんだ。
《アンタは良い子だね、後はコッチで何とかしてやるよ》
そう言って、あの人が来てくれたもんだから、つい気を失っちまった。
寝ずに走り回るだなんて、年を考えないとね。
『っ、はっ』
目を覚ますと、誰も居なかった。
村はすっかり濁流に呑まれ、跡形も無かった。
私は、結局は救えなかったのか、と。
そりゃ努力すれば報われるとまでは思ってねいなかったさ、けどね、少しは生き残ってくれても良いだろうにと思ったよ。
そうして村に帰った。
どう言うか悩みながら。
すると婆さんが亡くなっていてね、もう、どうして何も上手く行かないのかとわんわん泣いてやった。
年甲斐も無い何て知ったこっちゃない、馬鹿みたいに大泣きしてやった。
そこで泣き疲れて寝て、村の者が拵えた飯を食って、風呂に入って。
誰も何も聞かないんだ。
ただ背中を撫でてくれて、それがまたエラく悔しかった。
私は何にも出来無かった。
恩人の臨終にも立ち会えなかった。
何もかんも急に嫌になって、泣くのも止めて、葬式の手伝いをした。
動いてれば忘れると思ったんだけどね。
ダメだった。
けどね、婆さんの初七日が過ぎるって日に、尋ねに来る人が居た。
背負箱に弓を持った、梓巫女だ。
「あぁ、アナタがそうなのね、大変だったでしょう」
折角止まっていたのに、また私はわんわん泣いた。
婆さんも同じで、似たのは他にも居て、コレで良いんだと。
全部、そこで分かった気がして、実際に聞いても答え合わせと同じだった。
あぁ、だからか、と。
『ですけど、何で婆さんは』
「若い頃にね、嫌になったら終わりなんだよ、無理に引きずり回す様な神様は居ない。何も聞こえず見えもしなくなった、そうなったら一切手も口も出せない、向こう側になるんだよ」
どんなに間違っていても、正す役目を手放したなら、決して介入してはならない。
婆さんはその禁忌を犯し、夫を失い、足を悪くしていた。
それが隣村での事、延命出来ていたのは、婆さんのお陰だった。
『あぁ』
「アンタが来て、良い思い出も有ったんだと、そう思えたらしい。それと、もし懲りて無いんなら、コッチに来させろってね」
『私は、隣の誰も』
「あぁ、山の人が分配したから大丈夫だろう、何処かで生きてるさね」
『は』
「あぁ、血筋の事がまだだったね、そこから教えてやるよ」
稀に、里には山に適する子が産まれる場合が有る。
7才までに神隠しに遭う子は、時にその血筋が強い場合が有る、と。
それ以降は、今度は山に戻ろうとする。
何処へとも無く、居場所は無いかと彷徨う。
そして道の通じた者には、奇妙な事が起こる。
それを封じるのも、道を示すのも梓巫女。
山の梓巫女か、里の梓巫女が導く、と。
『じゃあ、私が山で会ったのは』
「かも知れないけれど、確かめるのはもう難しいだろうね、コチラから会う事は難しいんだ」
そうして私は更に様々な事を知り、梓巫女として生きる事にした。
今となっては、アレは試されたんだと分かる、生半可な覚悟じゃ何処かで誰かの餌食になるだけだ。
幸いにも餌食にならず、弟子も取れた。
血は繋がらないけれど、それなりに息子だと思っているよ。
居心地の悪さは、良く分かるからね。
「だそうで。居心地、悪いですか?」
《いや、寧ろ君は居心地が良い方だし、僕は男だしね》
「あぁ、性差が有るかもなんですね」
《にしても、村が全く無くなるなんて。大昔とは言っても、流石に無いんじゃないだろうか》
「それが有ったんですよ、〇〇県や✕✕で。ただ、逆に言えば、それ以上の事は無いんです」
《続報が無い。今では珍しいけれど、昔にしてみれば当たり前、だったかも知れない》
「それもですし、生き残った方に押し掛け取材をさせない為、だったのかも知れません」
《あぁ、生き残ってどんなお気持ちですか、記者がそう尋ね目の前で自死された事件が有ったね》
「はい、アレのせいで、カメラ持ちは何処でも石を投げられたそうです」
《それに加え、最近では椿姫事件が起きた。未だに報道と民間人、それと政治家の三つ巴が続いている》
「それは良いんですよ、三権分立、三竦みは調和を齎す為に不可欠な状態だそうですし。僕もそう思ってます、全員が全員仲良くする必要は無いんですよ、等分に目的が同じで有れば良い」
《その目的は、何だろうか》
「勿論、国の盤石性です。僕らは同じ親、同じ敷地の中で好きに生きさせて貰っているに過ぎない、1つでも共通認識が有れば、幾ら違っても構わない」
《国を壊さないなら、男色家だろうと構わない》
「女色家でも、人嫌いでも、異性装が好きでも構わない。誰かに害を成さないなら、好きに生きて良い、そして同時に嫌悪する権利も持っている」
《まさに、好きにしろ》
「法の範囲内でなら。ただ、その法整備が、ですよねぇ」
《指示はしていないけれど、示唆はした。そして》
「悪意の証明、凄く心配です、椿姫のご姉妹が法廷で証言されるそうですから」
《仕事を暫く休むんだろう、なら見に行ったらどうだい?》
「人気の有る裁判は抽選なんですよ?そこで運を使うなら、僕は別の事に使いたいです」
《新聞部に頼むのは無理なのかい?》
「ですねぇ、余計に無理ですよ」
《そうか、良い気晴らしになると思ったんだけれどね》
「ありがとうございます、すみません、仕事中毒で」
《いや、僕もそうと言えばそうだし。いきなり離れろと言われたら、難しいのは良く分かるよ》
「ですけど本って、僕の人生なんですよねぇ」
《だからこそ、相談してみたらどうだい、先生方に》
「良いんですかね、私的な事ですし」
《血の通った人間なら、寧ろ喜びそうな事だけれど、先生方の仕事の進み具合次第か》
「取り敢えず、鈴木さんに相談してみます」
《そうだね、邪魔したね、原稿はコレで大丈夫だよ》
「いえいえ、ではまたー、何か有ったらお電話しますねー」
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