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第10章 警官と盗人。

3 誰そ彼の娘と警官。

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 お座敷に呼ばれる事は珍しくない、少し相手をするだけで良い金にもなるし、他の芸姑さんも居る。
 そうしていつもの様に向かった先には、彼らが。

『あら、お元気になったんですね』

「そう言う事だ、俺らは隣に行くか」
『そうだね、じゃあ、ごゆっくり』

 目の前には、愛しい人。
 けれど、彼には記憶が。

 まさか。

『あの』
《先ずはコレを読んで欲しい》

 渡されて直ぐに目に飛び込んできたのは、暴力団の文字。
 そして。

 私が、広域指定暴力団、坂田組の娘。

『それで私に近付い』
《違う、知ったのは後からだ》

『そんなの、どうとでも』
《警官を辞めても良い》

『そんな事し』
《仕事だけなら他に幾らでも有る、警官をしなければ死ぬワケでも無い、親に縁を切られるワケでも無い。と言うか、親に縁を切られて、死ぬワケでも無いしな》

『全部捨てられたって困るのよ』
《君に居なくなられた方が困る》

『何で、思い出さない様に』
《覚えていない、知って、君に惚れ直した》

『本当に?アンタ無理して』
《思い出そうとも考えたが、利が無さそうだったんでな。だから君の事だけ新たに知って、惚れ直した》

『思い出しちゃうかも知れないじゃないか』
《ならまた忘れさせたら良い、盛られていた薬と薬酒の詳しい配合だ、俺に盛って上書きをすれば良い》

『そんな事をして、嫌われたく無い』
《君じゃないから抗ったんだと思う、君ならきっと、俺は喜んで受け入れる》

『嫌ったら、捨てるわよ』
《俺が俺に盛って、また忘れて会いに行く》

『そんなんじゃ、警官は無理よね、毎度毎度忘れるなんて』
《仕事は生きる為の1つの手段だ、君が望むなら幾らでも変える》

『じゃあ、変えないでと言ったら、どうするの』

《父親に、家族に会わなくても良いのか》
『あ、それよ、詳しく教えてくれないと考えようも無いわよ』

 紙には、私の戸籍だろう謄本の写しと、僅かな調査内容だけで。
 なのに、彼はジリジリとにじり寄り。

《しながら教える》
『ちょっと、どっちかにしてよ』

《言えばさせてくれるのか》

『アンタ私の、何が良いのよ』
《顔も声も体も、匂いも良い》

『中身の事を聞いてんのよ』
《俺の為に、会わずに堪えていてくれた。盗みも辞めて、真っ当になろうとしてくれていたろう、俺の為に》

『それは、アンタに脅されていたし、もう盗みをする必要が無いからってだけで』
《嫌なら言ってくれ、俺の身に何が有ったのかは全く分からない、ただ君が喜べる様な事は起きなかっただろう》

『それは、それは別に、私だって処女じゃないんだし』

《それは、俺が奪ったんだな》
『違っ』

《俺は覚えて無いが、俺が奪ったなら余計に》
『違うんだってば』

《なら証拠を出してみろ、証人でも良いぞ》
『嫌だ、ちゃんと話してくれなきゃ困る、アンタに警官を辞めて欲しいなんて思っていないんだ』

《分かった》

 私は妾の子、組長の妾の子だと知った。
 母は良い家の娘で物知らずに育ち、組の者とは知らず子種袋に抱かれた。

 そして騙されたと知った母は、私を抱いて身投げしようとした。
 そこで組のかかりつけ医に止められ、事情を全て話し、匿って貰った。

 けれど、直ぐにバレ組長は医者を殺した。

 一晩経っても帰って来なかったら、逃げろ。
 母は私を抱えて逃げたが、ひ弱なご令嬢は直ぐに組の者に捕まった。

 そうして不幸は数珠繋ぎに連なり、母は組の者に手籠めにされた。

 けれど孕んだのは、月日からするに医者の子。
 このままでは殺される。

 そう思ってなのか、母は男を刺し、男も母を刺した。

 私は、乳が出なくなった母の代わりに、長屋の女に乳を貰っていたらしく。
 2人が死んだ後も、暫く長屋の女に育てられていたらしい。

 けれども長屋の女も不幸に遭った。
 強盗に襲われ、私を攫われた、それを訴え出る事が出来なかった。

 それから気紛れに強盗一家に育てられ、けれど、そこでも内部分裂が起きた。
 1人の男が私を手先にする為に育てた、その男こそ、私を育てた父。

 ココから先は、もう知っている事だけれど。
 父の病気も何もかもが、嘘だった。

『アンタ、良く調べたね』
《俺だけじゃない、知り合いの金持ちにも頼んだ》

『ちょっと、恩を返さないと』
《好いたなら矯正しろ、その手伝い、慈善事業だ。と言っているが、気になるか》

『そら、まぁ』

《君の母方の家の人間も探している、ただ、どちらにせよ君が自分の出生を認める事になる》

『もし、子供が出来たら、どっちが良いんだろうね』
《医師の子だとするそうだ、医者は協力させられていただけ、一人息子で今は血筋も財産も残っていない》

『でも、だからって』
《どの道、母親に汚名を着せる事になる、だがどちらがマシかだ》

『私は、実は母が本当に好きだったお医者先生の娘』
《そうすれば、俺が警官を辞める必要も、君が身を引く必要も無くなる》

『けれど、私、なんだか貧乏神みたいで』
《最初は母親が元凶だ、もっと言えば家族の躾けが悪かった、他の者も自業自得だ》

 長屋の女は、手癖が悪く離縁の際に子を手放すしか無かった、乳飲み子と引き離された。
 そこに私が現れ、喜んで世話をしてくれたらしい。

 けれど、だからこそ、言えなかったと。

『誰かが、1人でも真っ当な事を、正直に言ってくれていたら』
《もし、そうなっていたら、君は組の娘として育てられていただろうな》

『あぁ、何処かで足が付いてたか』

《どうする、どうしたい》

『アンタと結婚したいよ、けど』
《何とかする、俺と俺の知り合いを信じろ》

『本当に、任せるからね』
《あぁ、任せろ》



 結局、俺は記憶が戻らないまま、相変わらず交番勤務をしている。

『おうおう、元気そうじゃないか』
《はい、先輩こそお元気そうで何よりです》

『もう、痛まんかね』
《はい、お陰様で》

『奥方とは幸せにやっとるか』
《はい》

『いやね、実は娘に贈り物をと思ってね、上がったら少し付き合ってくれないか』

《妻に、少し遅れると連絡させて頂いても宜しいでしょうか》
『おうおう、連絡しておけ、終わったら刑事課に寄ってくれ』

《はい》

 どうやら先輩は俺の為に、買い物に連れ出してくれたらしい。

『あ、お帰りなさい』
《結婚記念日には、贈り物をするらしい》

『あら、何処の悪友の入れ知恵かしら』
《いや、先輩だ》

『もー、お礼を何かしないと』
《洋菓子がお好きらしい、刑事課に行った時に、食べかすが付いていた》

『なら後で良く選んで、贈らないとね』
《あぁ》

『どうしたの?真剣な顔をして』

《君こそ、無理をしているんじゃないか、心配になった》

『まぁ、夜伽を上手にこなされると、少し思う所は有るわよね』
《それは俺も同じなんだが》

『そりゃ私はアンタで熟知させて頂いたもの』

《俺が、俺に嫉妬しているんだが》
『私が体で覚えたんなら、アナタも体で覚えてたのかも知れないわね』

《何をすれば、そう思えるのか、後で試させてくれないか》
『はいはい、先ずはお風呂、それからゴハン。その後ね、お腹減ってるの』

 妻は、俺の事件の事は無かったも同然の様に振る舞ってくれている。
 俺が汚されたと知っても、童貞は私が奪ったから、と。

《分かった、秒で済ませてくる》
『ちゃんと洗って頂戴ね、ソッチも食べるんですから』



 警官が攫われた事件は、広域指定暴力団の主導で行われたが、無事解決済みだとの記事が大々的に載せられた。
 そして件の警官の方は、記憶を取り戻してはいないものの、勤務には問題が無いとして復帰しているそうで。

 ですけど。

「どうなんですかね、女医先生、本当に記憶が戻らないままなんて有るんでしょうか」

《あら、林檎君はどう思うのかしら》
「そりゃ、出来たら記憶が戻らない方が良いな、とは思いますよ。でも、匂いで思い出すって言うじゃないですか、不意に思い出すって」

《なら、それを知っていて、敢えて嗅ごうとしなければ》
「あ!確かに、けど、そんな事出来ますかね?」

《警官なら、出来そうじゃない?それこそ嫌な記憶を植え付け無い為の訓練、とか、してそうよね》
「あー、確かに、確かにそうですね」

《まぁ、患者が思い出していないと言うのなら、医者はそう診断する他に無いのよ》

「例え犯罪者でも、ですか」

《正しい医者なら、身分に関係無く治療すべきだもの、適切な治療をするだけよ》

 思い出させなければならない場合の、適切な治療って、一体どんなモノなんでしょうか。

『また、俺の女房と乳繰り合いやがって、ほれ』
「先生、相変わらず見事な仕上がりですね」

《ふふふ、絵が乾くまで暫く有るわ、スイカのお代わりはどう?》
「頂きます」

 絵師先生、女医先生を好き過ぎて、こうしてスイカを切る時もべったり。
 暑い中、熱々でらっしゃる。

《はい、どうぞ》
「はい、頂きます」

 うん、甘い。
 前回より更に甘くなって、もうすっかり夏ですね。

《折角だし、もう1つ話してくれないかしら》

「あー、じゃあ、記憶繋がりで。恋愛作家先生が書いた、孤児と元令嬢って覚えてますかね?」

《あぁ、はいはい》
『そのツーカーの仲みたいなの止めろ』

《じゃあ読んでみなさいよ、前回のよ》
『どれ、読むか』

《もう、ふふふ》

 後ろから女医先生を抱えて前号を読み始めたんですが、本当に、暑くないんでしょうか。
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