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第6章 庶民と神様。

5 庶民と神様。

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『今日だけしか見せられない掟が有る』
「でしょうね」

 神域では既にお祭りが始まり、屋台が立ち並んでいる。
 猫娘だ狸だ、妖怪や神様がもう、ワラワラと。

 そして子供も。

『7才までは神の子、不運にも亡くなった子もココで過ごし、輪廻の環に還る』

「私達の寿命は」

『孫が生まれ7年経てば寿命となる』
「かと言って作らないワケにはいかない、か」

『嫉妬も有って今直ぐにも食べてしまいたい』

「どちらが幸せになると思う」

『アレより幸せにしたいと思っている、けれどココの生活に馴れる事が出来ず離れた者も居ると聞く、だからこそ全て見せ選ばせる。昔はもっと強引だったらしい』
「その方が良い場合も有る、悩むのは辛い」

『すまない、本当は会わせたく無かった』
「でも掟だから、泣く泣く、致し方無く」

『妾は、両方選べる』

「あらあら、贅沢」
『けれど寿命は人と同じ』

「あー、成程、絶妙」
『神は人を幸せにするモノ、例え娶る相手でも、だからこそ不幸にしてはならない』

「例え妾でも」

『妾は嫌だ』
「でしょうね」

『俺だけのモノにしたい』

『はいはいはーい、おっぱじめないで』
『そうそう、さ、次はお相手の番』
『どう覗いてたか見せるわ』

 そうして攫われ、境の泉にとうちゃくすると。
 まさに水鏡が彼の姿を映し、声まで。

『コレは、台所の水滴ね』
「水滴」
『竜は水を司る神、八咫烏は風に乗った音だけ、土蜘蛛は土の有る場所』
『良い朝食ね』

「アナタ達も掟に従って」
『まぁ、そうね』
『そうそう、全然抱かれられる』
『例えアナタを好いているとしても、ね』

「強い」
『まぁ、良い雄だし』
『エロティックだし』
『純朴でエロティックはモテる』

「分かる」
『敵対より協調、共存』
『アナタに味方する事で、私達の勝算も増える』
『まさに三竦み』

「どちらが良いと思いますか」

『アナタ達の生活を知っていても、私達とは違うわ』
『私達は私達の居る世界が幸せ、だからこそ呼ぼうとする、あの方を選びたいと思う』
『稀に神が人の地に行く事も有る、けれど私達にしてみれば束の間、どちらが幸せかは私達には分からない』

『でも、どちらでも幸せになれる』
『そうそう、両方を選ぶ事も出来る』
『そうして選べるモノと諦めなければならないモノが有る、全ては無理、正しく選ぶにはコレしか無い』

「私が不相応だとかは」
『無いわね』
『彼がずっと待ってた事を知ってるもの』
『その一途さもグッとくる』

「分かる」
『そうよね』
『だから悩んでいるのだものね』
『其々に魅力が有る、其々に利が有る、幸福はアナタ次第』

「無いんですが、どれも選ばないとか有ったんでしょうか」

『ふふふ』
『有った有った』
『愛も恋も子も要らんとね、それで全く別の者を選んで、幸福に天寿を全うしていたそうな』

「居るんですねぇ、真の変わり者が」
『居るわね』
『居るのよね』
『だからこそあの方は不安なの、神だからと必ず選ばれるワケでも無い、アナタがどちらを幸福とするかとても不安なの』

「あ、お布団を欲しがりますか」

『まぁ、其々よね』
『ね』
『さ、返すわね』

 お布団の事、誤魔化された気が。



『思い出すより、先ずは選んで欲しい』

「そうよね、思い出したからと言っても、結局は選ぶのだし」
『本当は俺を選んで欲しい』

 快楽で落としたい。
 体で落としてしまいたい。

「あ、何で真の童貞の筈が上手なの」

『見ていたから』
「あー、墓穴掘った」

『赤くなっても可愛い』
「止めて、考えらんなくなる」

『どっちに傾いてる』
「驚く程均等」

『なら考えられなくさせる』
「今ので向こうに傾いた」

『ならこうして傾かせる』
「コッチに傾いた」

『邪魔をしたくないのに、不安で、堪らない』
「ごめんよ、頑張ってるんだけどね」

『分かってる、努力してくれてるのも分かってる』
「じゃあはい、少し大人しくしてて」

 この柔らかい体も、優しい心も、全てアレに取られてしまうかも知れない。

 妾は嫌だ。
 けれど、完全に奪われるよりは。



『俺だけを選んで欲しい』
「ちょっ」

『ずっと触れたかった』
「待て待て、まだ時間が有るでしょうに」

『アレは優しい、良い男で、顔も良い』
「落ち着いて、応援してどうする。ちゃんと選ぶし思い出す、落ち着いて、大丈夫」

『離れたくない』

 後ろから羽交い締めにされ、うつ伏せに。
 幾らガタイが良くても、男手には勝てない。

 地面に押し付けられて。
 重い。

 苦しい。
 なのに息が掛かってくすぐったい。

 コレ、何か、覚えが有るような。

「あ、思い出したかも」

『出来るだけ細かく、鮮明に』

「無理におんぶしようとした、しかも電車で。飛び跳ねてたから、前を見せようと思って、それで、見せようと思って」

 通りで思い出せないワケだ。
 恥ずかしい思い出で、すっかり封印してたんだ。

『最後まで話して欲しい』

「無理しておぶろうとして、前に傾いて、一緒に頭をぶつけて大泣きさせた」
『あの時はありがとう』

「いやいや、助けるも何もケガさせたじゃない」
『善意で、喜ばせようとしてくれた、直ぐ親が来たけれどあの時は迷子になっていたんだ』

「だとしても」
『あのまま成功しても、迷子だと思い出して泣いていたと思う』

「でもおデコが真っ赤に」
『君も真っ赤だったけれど泣かないで、ずっと謝ってくれていた』

「そりゃ失敗したし」
『言い訳もしなかった、おぶろうとしてごめんなさい、そう言って。ウチの親も許したのに、ずっと謝って、俺が泣き止むまで背中を擦っていてくれた』

「ぅう、恥ずかしい、こりゃ思い出したく無いワケだ」
『でも思い出してくれた、後は選ぶだけ、もう選ぶまで触れない』

「それでベタベタしてたのか」
『それも有る、直ぐに思い出す者も居るらしく、幸運だったと思う」

「いや凄い焦ってたじゃないの」

『布団を貰っておけば良かった』
「まだ言うか、万が一が有れば、正妻さんに悪いから渡せない」

『夫婦になったら』
「あ、それで匂いか、頭の匂い。成程」

『匂いを嗅げたのも幸運だった、偶に合わない場合も有るらしい』
「あー、直ぐに思い出して嗅げず、いざ夫婦になったら匂いが合わず離縁」

『有るらしい』
「そら確かに幸運だわな」

『触れないと不安で堪らない』
「淫靡な美丈夫が不安になる、そんな良い女かね」

『アレと、好ましいと思う部分が同じなのが憎らしい』
「肉々しいのが良いのか」

『後ろから抱き着いて折れたら困る』
「体格が良いものね」

『丁度、頭の匂いを嗅げる』
「あの時の思い出が美化され過ぎじゃなかろうか」

『俺の為に生まれて来たんだと思う』
「多分、向こうも思うだろうね」

『嫌だ』
「急に下る語彙力」

『あのイヤラしい顔は俺だけに見せて欲しい』
「かと思えば猥雑に、必死ですね」

『必死だ』

「全く別の相手を選ぶ者が居たそうで」

『情に訴えかける力が足りなかったんだと思う』
「まぁ、そうかもね」

『でも、出来る事ならあまりしたくない』

「あの人に、最後にお礼を言って良いかね、それとごめんなさいも」

『本当に、俺で良いんだろうか』
「あんまり人の世が合わないらしい、宜しくお願いします」

『幸せにする、幸せになろう』



 実は、彼女に少し嘘を言ってしまった。

 紫色の着物や浴衣を見た時、七五三の時期、似た根付けを持ってる女性を見掛けた時。
 そうした時に良く思い出していた。

 元気だろうか、今でも優しいんだろうか、面倒見が良過ぎて困っているんじゃないだろうか。

 正直、どんな姿でも良いから会ってみたかった。
 そうした久し振りの再会で、それこそ父や母の同窓会での話を聞いていたのもあって、全く期待していなかったし。

 そもそも、好意と言うか、思い出や懐かしさで。

 けど、会ってみたら、思いのほか舞い上がってしまって。
 性急過ぎたかなとも思っている。

 同じ様に他の人にも優しくて、なのに傷付く事が何度も起きてて、凄く胸糞が悪かった。
 世間では外見じゃない中身だと言っておいて、と言うか別に、何がダメなのか全く分からなくて。

 だからこそ、焦ってしまったんだと思う。
 少なくとも僕には魅力的だし、周りにも、そうした趣味の者は多いし。

《あ》
「すみません、断わりに来ました」

 まだ昼間なのに、家まで探しに来てくれたんだろうか。

《そうなんですね、ありがとうございます》
「既に他の方からも声を掛けて頂いていて、天秤に掛けました」

《良いんですよ、人生の一大事ですから》
「ありがとうございました、お返します、どうかお幸せに」

《あの、良い男ですか、ちゃんとしてて、幸せになれそうですか》
「はい」

《お幸せに》
「はい、アナタも」

 深々とお辞儀をすると、振り向いて、可愛い日傘を差して歩き出した。
 そして陽炎の向こうで、灰色の紗を着た体格の良い男性と、並んで帰って行った。

 どうしてなのか、既の所で出遅れて負けた気がした。

 もう少し早く出会えていたら、もう少し早く動いていたら。
 逃した魚が大き過ぎて、鯉が竜になって滝を登り逃げてしまった、そんな感覚が何処からか湧いて来た。

 男だと分かっても誂わず、似合うと笑顔で言ってくれて、お礼参りが終わればもっと元気になれると励ましてくれて。

 その子がそのまま大きくなって、その子に初恋をして、一瞬で終わってしまった。
 あっと言う間に、半日も保たずに。

 いや、寧ろ半日で終わらせてくれたとも言える。
 あの隣に居た人は、もっと思っていたのだろうと、そんな気がする。

《はー、泣きたい、母さんお見合い紹介して》
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