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第6章 庶民と神様。

3 庶民と氷屋。

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 1日目。
 夕方になってから目を覚ましてしまい、急いで帰宅。

 恐る恐る入浴すると、もう覗かないとの声が聞こえた。
 幻聴かとも思ったが、覗かれない分には得なので放置。

 そして布団に入るも全く眠れず、仕方無く明かりを付け繕い物をする。

 朝焼けが輝く頃に仕事が終わり、もういっそ暑い日は昼寝してしまおうと、張り切って家の事を済まし。
 すっかりお陽様が出た頃に就寝。



 2日目。

 暑さは氷と扇風機のお陰でかなりマシに、けれども喉が渇いて起きたので、水を飲んで厠に行き再び午睡。

 日暮れ前に起床。
 水浴びをしてから繕い物を届けて回る、ついでに定食屋で食事をし、再び繕い物を届けて回る。

 すっかり夜になった頃、家に着いたにで、改めて竜神様との事を思い出そうとする。
 せめて季節がいつなのか、そこを聞けば良かったかもしれないと気付き、入浴し尋ねる。

 秋、と答えられ困惑する。

 なら、何故七夕なのかと。
 答えは、そう言う日だから、と。

 風呂上がりに、再び考えてみる。

 今とは違い、肌寒い季節。
 そんな頃に。

《あ、起きてた起きてた》
「姐さん、どうしたの」

《どうしたもこうしたも無いよ、神社に行ったら全然帰って来ないし、昼前に氷を届けに来たら爆睡してんだもの。体調でも悪いのかい?それとも何か有ったのかい?》

「あー、出会いが有りまして」
《ほら!やったじゃないか、だから言ったろう、でどんな方なの》

「また、助けた方なんだけど、今回はちょっと事情が違って」
《ほうほう》

「コレでも良いと言ってくれて、けど、家が厳しい方で思い出せないと認められないと」
《まぁ、良い家の方なら詐欺師も来るだろうからねぇ》

「でまぁ、期限が決まってて、残り5日で思い出せないなら精々妾か。他の良い方を、紹介する、と」

《で》
「思い出せないんだよぉ、出会ったのは小さい頃で、その姿を見せて貰ってたけど。全然、ダメ」

《ほら、あれ、季節はどうなんだい》
「どうやら秋らしいんだけど、全然」

《あー、子供なら日の出てる時なんだろうけど》
「そう、日が出てる時らしいんだけど、思い出せない」

《その、相手の方はどうなんだい》
「詐欺を疑う程の美丈夫」

《っかー!思い出せい!》
「思い出してる最中だったわ!」

《はぁ、本当に詐欺じゃないのよね》
「そこは大丈夫なんだけど、むず痒い」

《あ、いつでも会えるのかい?》

「まぁ」
《なら会いに行きなさいよ夜更かしして無いで、嗅いで触ってみたら、もしかしたら思い出すかも知れないじゃないか。繕い物は残って無いんだろ?》

「まぁ、そうだけど」
《向こうは結婚したがってるんだろ?》

「駄々をこねる子供並に頑な」
《ならもう、思い出せるまで居てやんなよ》

「でもさぁ、思い出せ無かったら妾だよ?それで好くのはちょっと、あんまり」
《アンタ好みの美丈夫なんだね》

「私のと言うか、多分、姐さんの旦那でも見惚れる」
《はー、そりゃ尻込みするわね》

「正妻候補も既に居て、通りすがった使用人に日傘を笑われた」
《人の好みにケチ付けるヤツは、馬に蹴られて車に轢かれたら良いんだよ》

「誰かに聞かれてたみたいで、直ぐに処罰してくれた」
《あら中身も良い男じゃないか》

「うん、多分、そうだと思う」
《よし祝杯だ》

「いやせめて思い出してからにしておくれよ、良い男だからこそ、きっと妾は苦しいだろうなって。それに、一足離れた方がお互いの為になるかもだし」
《ヒュー、ビビてんの》

「そらビビるよ、便利に扱いたいんじゃなくて、ちゃんと惚れられた気がするから」
《アレはクズだ、死んだ方がマシって思いながら長生きしまくってから、地獄に落ちれば良いんだよ》

「今回は、違うとは思うけど」
《あんまりにも好いて、思い出せなかったら辛いもんね、その時は飲もうね》

「どうしたって飲むじゃん」
《いや今回は本気だよ、こうタガが外れて、ふと思い出すかも知れないじゃないか》

「あー、まぁ。でも明日、会いに行ってからにしてみるよ」
《おうおう、惚気話を待ってるよっ》

「もう、避けんな」
《はいはい、じゃあね、おやすみ》

「うん、おやすみ、ありがとう姐さん」



 3日目。
 日の出の少し前に目覚めたので、水浴びをし神社へ。

《ようこそ、お待ちしておりました》
「お待たせしたお詫びです、お収め下さい」

《揖保乃糸、素敵な捧げ物をどうもありがとう》
「いえ、贈り物の流用で申し訳無いんですが、溶けかけですがコチラも」

《氷、良い氷だわね。あ、お参りしてらして》
「はい」

 捧げ物をお渡しして、手水、お参り。

『会いたかった』
「まさか背後に現れるとは」

『直ぐに触りたかった』
「じゃあ最初は?」

『好きになって欲しかった』

 美丈夫が可愛い事を言う。

「流石に、この顔を好まない者は」
『居る、整い過ぎてキモいと言われた事が有る』

「あらまぁ」
『土蜘蛛のに言われた』

「それこそ美醜の違いなのでは?」
『いや、お前も好かれる』

「いや美醜の違いじゃねぇかよ」
『いや、中身も好かれる』

「コレの何が良いんだか」
『口を見てると吸いたくなる、吸い込んで全て飲み込んでしまいたくなる』

 日が出て少ししかたってのいないのに、暑い。

「川べりに行きましょうか」
『あぁ』



 思い出す為に匂いを嗅いだり、触りたい、と。
 俺は、我慢出来るだろうか。

「あの、もし」
『もし思い出す前に俺が手を出すと、妾になってしまうんだ』

「あぁ」
『だから、加減して欲しい』

「分かりました、そうなる前に止めて下さい、って言うか目を瞑って下さい」
『嫌だ、勿体無い』

「じゃあお好きにどうぞ」

 俺の手に彼女が触れたり、匂いを嗅いだり。
 感触が息が肌に。

『瞑る』
「もう、寧ろ逆効果なのでは」

 その通りだった。
 首筋に息が当たっただけで、堪らなく抱き締めたくなる。

『一旦待ってくれ』

「童貞か」
『童貞だ』

「処女じゃなくても良いのか」
『処女だろう』

「何で分かんの」
『処女膜の匂いがする』

「鼻が良いのね」
『お前の使ってる布団の匂いを嗅ぎたい』

「変態」
『ご褒美が欲しい、覗かなかったろう』

「えっ、捧げろって事?」

『成程、アリだな』
「いや無理無理、つかもう覗かれる方がマシだわ」

『嫁入り道具に使い古した布団を所望する』
「春にでも新品に入れ替えておけば良かった」

『入れ替えれば良い、古いのは貰う』
「凄い執着するじゃない」

『匂いも気に入った』

 つまりは、匂いを嗅げる位の何かを俺達はしたんだが。

「今は?」
『もっと良い匂いになった、成熟した雌の匂い』

「雌て、そうか、雌か」

『俺の匂いは』

「雨が降る前の匂い」
『好ましいか』

「好ましい」
『なら嗅ぎ合いたい』

「いや、まだ、次は後ろから」
『分かった』

 こうして思い出そうとしてくれている、俺の正妻になろうとしてくれている。
 あんなにも意地の悪い様な事をしたのに、臍を曲げずに、また会いに来てくれた。

 嬉しい。

 触りたい。
 食べたい。

「ちょっ、手出し禁止なんでしょうよ」
『入れなければどうと言う事は無い』

「ほう」
『そうした事も未経験だ』

「真の童貞か」
『真の童貞だ』

「なら大人しくしてなさい、暴発するかも知れないぞ」
『分かった』

 早く思い出して欲しい。
 俺に何をしてくれたのか、どう優しさをくれたのか。



 3日目の夜。

「何の成果も得られませんでしたぁ」

 寧ろ、ただ凄いムラムラしただけで終わってしまった。
 だって、こう、撫でろと請われ添い寝しながら背中を撫でてたりして。

 美丈夫が喜んで横になってて、もう、ムラムラと。

《ねぇ、幼少期を思い出す為にも、似た背恰好の子と戯れるのはどう?》
「はっ、天才か」

《でも、そう似た子で触れる子って》
「居る居る、幸いにも向こうにいらっしゃる、ご協力してくれる」

《あらー、随分と乗り気ね?》

「まぁ、美丈夫ですし、可愛いし」
《はー、それは酒の肴にするから取っておいて。今直ぐ寝て、お行きなさい》

「御意」

 迂闊だった、小さくなって貰った時に試すべきだった。
 いや、まだ時間は有る、こうした事は焦っても無駄だ。

 明日、明日にしよう明日。
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