上 下
22 / 167
第5章 作家と作家。

3 騒々しい作家達。

しおりを挟む
『いやー、本当に熱かったよねぇ。やっぱり最初は何も感じないんだけれど、お、刺されてるぞと思うとさ。あ、痛いかも、痛い、熱い!って』

 あ、興奮すると痛いかも。
 うん、痛い。

「はぁ、電話で聞いた時は心臓が止まるかと。でも、お元気そうで何よりです先生」
「すみませんでした、俺が居ながら」
『ついさぁ、あ、コレはヤバそうだと思ったらさ。君に任せておけば良かったよ』

「すみません」
「是非!今度からは、逃げて下さい」
『あー、うん、だからさ、彼の田舎に引っ越そうと思って』

「へ?」
「ウチも東北なので、適当に家でも建てて、同居しようかと」

「あぁ、成程」
『鉄道が通ってる場所で、駅の近くに住むからさ、来てくれるよね?』

「勿論ですよ、肘折より楽なら寧ろ大歓迎ですよ」
『あそこも良いんだけどねぇ、町に出るまでが大変だからねぇ』
「缶詰めになるにはい良いんですけどね、俺らだと逆に違う事が捗ってしまうんで」

『ねー、してないのは厠位だしねぇ』
「成程」
「なので、まぁ、刺される前からどちらに住むか話し合ってたんですけど」

『折角だし、田舎が良いかなと思って』
「あの、ご家族の方は大丈夫ですか?」
「はい、こんだけ居れば1人位はそう言うのが居ても仕方が無いだろう、と。もう孫もいますから、あんまり欲張るとバチが当たるって、はい」

「そうなんですね、良かった」
「本当に、ありがとうございました」
『まだまだお世話になるよ、老後は楽しく暮らしたいしね』

「はい、楽しみにしてます」
『よーし、コレを糧に今日も書くから、またお見舞いに来てね』

「はい」

 死ぬとは思わなかったけど、コレで死んでも良いかな、とか思っちゃったんだよね。
 僕は男しか愛せないけれど、彼はまだ若いんだから、コレから更に変わるかも知れない。

 彼女が言ってた事に納得したから、折角だし刺されちゃえと思ったんだけど。
 肉を刺す感触に驚いたのか、ひっ、って言って手を離されちゃったんだよねぇ。

 憎いならさ、ちゃんと深く刺して捻ってから、抜かないと。



『ふふふ、心臓が止まるかと思ったって、本当に言うんだねぇ』

「本当に、俺も、俺の方の心臓が止まるかと思った」
『なら糧にして何か書いておくれよ、コレで何も無しは刺され損になる、しかも暫く君の相手が出来無いから大損だ』

 彼を刺したのは、俺の熱狂的な読者、俺自身の信奉者だった。

 愛しているなら身を引け、子を望まないのか、と。
 俺が目の前に立ちはだかったのに、彼は俺の後ろから姿を現し、横腹を刺された。

 刺し身包丁だったにも関わらず、刺さりが浅かった為、幸いにも大きな血管や臓器に傷は無く。
 抜糸が済めば退院が出来る。

「何で出ようとしたんですか」
『だから、君が刺されたら困ると思ったんだよ、僕じゃ君の介護は難しいのは目に見えて分かる事だし』

「アナタが出なければ」
『刺してたよ、愛憎ってコロコロ標的が変わる事が有るし、現に彼女は迷ってたしね。どちらを刺すか、刺さないと収まらないんだろうなと思って、なら僕がって感じ』

「死んでたらどうするんですか」
『そしたら彼女の言う通り、10年後でも女とくっ付くかも知れないじゃない。そうすれば皆幸せでしょ』

「俺は」
『20年後でも良いけど。男は僕だけが良い、やっぱり、何処かで女には勝てないと思ってるからね』

「俺は童貞です」
『嘘、僕としたじゃない』

「だから」
『別に、永遠に僕を思ってろなんて思わないよ。そんなの、それこそ愛が無いじゃないか、君には書けるだけ書いて貰わ。いや死んだら僕の分も書いてよ、出来るでしょ、散々読んでたんだし』

「言うんじゃなかった」
『愛だよ、愛、コレも愛』

「一緒に死にましょう、置いて行くのも置いて行かれるのも嫌です」
『まるで結婚の申し込みみたいだけど、出来無いからねぇ』

「養子縁組って手が有ります」

『それ、僕の名前になっちゃう筈だよね、年上の方にしか入れないって聞いてるけど』
「はい、ウチはもう山程継ぐのが居るんで、寧ろ揉めない為にも良いんです」

『刺されたから?』

「今度、改めて申し込みます、退院してから」

『どうしようかなぁ、遠路はるばる放火しに来られちゃうかもだし』

「大丈夫です、観光地でも何でも無い場所に家を建てるつもりなんで、変なのが来たら直ぐに伝わりますから」

『海の物も食べたいんだよねぇ』
「盆休み以外は何も無い場所ですよ、雪と林檎、海の近くならホタテとヒラメですかね」

『あー、スイカ食べたい』
「実家で分けて貰いましょう、手伝えば食わせてくれます」

『コレ家族にしちゃうの?』
「はい」

『そんなに百合が好きかぁ』

「はぁ」
『冗談冗談、家の仕上がり次第で考えてようかな、もしかしたら急に反対されるかもだし』

「絶対、良い家を建てます」
『はいはい、楽しみにしておくよ』



 退院後暫くして先生方は引っ越し、更に暫くして、同じ苗字になりました。
 そして作品にも変化が。

 薔薇作家先生は柔らかい雰囲気の両想いになる作品が多くなり、反対に百合作家先生はドロドロの人死も有る作品を出したり。

 事件を知る読者からは、さもありなん、と。
 ですよね、愛する男性を女性に刺されたなら、女性が憎くなってもおかしくは無い。

 それでも作品の良さは濁らず、百合作家先生の作品は映画にもなりました。
 憎しみが高じて殺し方の手が込んでしまい、最早ミステリィとなったからです。

 そして薔薇作家先生は、牧歌的な男女の甘酸っぱい恋模様を描いた作品が、映画に。

 熱心な読者は、今、コレが先生の望む幸せなのだろうと涙ぐんでいましたけど。
 多分、今、その幸せを味わってらっしゃるんだと思います。

 その原稿を取りに行った時、見ちゃったんですよね、セーラー服の裾が押し入れからひょっこりと。

 資料に使ってらっしゃるのかと思っていたんですけど。
 原稿を読み、はたと事実に気付いたので、雑誌と共に資料になりそうな物を色々と送らせて頂いております。

 そのお陰か、僕宛てに毎年魚介類やホタテが届きます、ウチの実家も林檎農家ですからね。
 林檎を送ろうと宛名を書こうとして気付き、念の為にもと連絡を下さいました、林檎は好きかと。

 実際、食べ過ぎててあんまり好きじゃないんですよねぇ、実家から送られて来るのはご近所さん用だし。
 ココでは比較的高級品ですけど、まぁ、実家に帰れば山程有るので。

 ただ、匂いは好きですよ。
 慣れ親しんだ甘酸っぱい匂い、果物の匂いと言えば林檎か苺。

 けど、苺もなぁ。
 苺牛乳は好きですけど、そのままはどうも、アレは練乳を食べる為の果物と言っても過言では無いワケで。

 あ、サクランボの味、好きですよ。
 酸っぱくないのが良い。

 それに梨も。

『林檎くーん、3番に電話だよー』
「はーい」

 さ、どの先生からの電話かな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

温泉地の謎

asabato
大衆娯楽
可笑しな行動を求めて・・桃子41歳が可笑しなことに興味を持っていると、同じようなことで笑っているお父さんが見せてくれたノートに共感。可笑しなことに遭遇して物語が始まっていきます。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

バーチャル女子高生

廣瀬純一
大衆娯楽
バーチャルの世界で女子高生になるサラリーマンの話

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...