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第4章 僧侶と記者。

3 霊能者と僧侶。

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《彼女の家に連絡する事も考えましたが、私はもう、許せなかったのです》

「警察へ連絡なさったんですね」
《ですが、彼女の家は金を使い、心神喪失だったとし、直ぐに保釈させました》

「では、まだ」
《いえ、彼女は腱を切られ、田舎の座敷牢送りとなってくれました。私も妻も後日、改めて確認に行きましたから、確かです》

「あぁ、そうなんですね」

《ですが》

「もしかして奥様は、お怪我を」
《いえ、ただ、まだ続きが有るのです》

 再び、奥様を抱けなくなってしまった。

「僕はそうした経験は無いのですが、仕方の無い事かと」
《妻もそう言ってくれました。けれど私は、夫婦で居続けたい、また愛し合いたかったんです》

 けれど、どんなに求め合っても。
 心とは裏腹に、体は全く反応せず。

 様々な、ありとあらゆる事を試したそうですが。
 念願叶わず。

 そして奥様も、密かに病み。

「そんな、奥様は何も悪くないのに」
《はい、元はと言えば私が元妻を見誤り、見誤ったままでいた事も。この体に見切りを付けなかった事も、原因なんです》

 そして下半身の全てを取り去り、出家なさった。

「それしか、ご自分を許す術が無かったのでしょうか」
《問題を起こしてしまうなら、取り去れば良い、例え誰かが噂を聞き尋ねて来たとしても。お見せするだけで、直ぐに帰って頂けますから》

「まだ」
《いえ、ココではまだ。ですが、いつ、誰が尋ねて来るか分かりませから》

「でしたら」
《心を決めるまでに少し掛かりましたが、私も病に掛かり、決心したのです》

「そんな」
《現世との離別は、妻と幸せに暮らせる為の、1つの試練だと思っています。コレを終える事で、やっと、妻と平穏に暮らせるのだと。私はそう、考えているのです》

「出来るだけ早く世に出る様にします、ですのでどうか、お読みになって下さい。校閲し、検閲し、旬波じゅんは和尚がコレで良いのだと思った物を。どうか、世に出させて下さい」

《ありがとうございます》
「あの、今、初めて書くのですが。忘れない様に、ココで、書かせて頂いても」

《では、離れをご案内致しますね、今日は来客が有りますので》
「あ、そうなんですね、すみません」

《いえ、お気になさらず、コチラへどうぞ》

 そうして僕は、人生で初めて、原稿用紙に字を走らせた。
 絵師先生が言っていた様に、溢れるばかりで筆が遅くて、それがとても悔しかった。

 それに文才が無い事も、何もかも。
 だからこそ、出来るだけ忠実に書こう、と。



《それで、どうして僕に読ませるんですか》
「神宮寺さんは絶対に漏らさないじゃないですか、漏らしたら絶交は勿論の事、僕は怒りのあまり有る事無い事書いて貰うかも知れないので。神宮寺さんは絶対に漏らさないんです」

 コイツ、言い切りやがった。

《分かったよ》
「それに、もし奥様の霊がいらっしゃったら、どうにかして頂きたいなと思うんです。思えば思う程、思い合うだけ、この世に縛り付けられると仰っていたので」

《ぁあ、まぁ、そうですけど》
「お願いします、僕の代わりに原稿を届けに行って、様子を伺って貰えませんか?」

 貸し1つ、いや、2つだな。

《コレ、本当に怖くないんですよね?》
「はい」

《分かりました、ですけど貸し2つですからね》
「はい、ありがとうございます」

 あの林檎君が、これだけ思い入れるとなれば。
 どの道協力はしようと思っていた。

 けれども、だ。

《コレ、怖いじゃないですか》

「あぁ、幽霊より怖かったですか?」
《はい、何ですかこの色狂いを極めた様な女性は》

「僕は、実在する、と思うんですよね。僕、嘘を見抜くのが下手だって言われるんですけど、作り話と実話を見抜く力が有るみたいなんです」

 危なかった。
 あそこで変に作り話をしていたら、もしかすれば軒並み俺の嘘がバレてたかも知れないな。

《だから、この怪奇実話の担当なんですね》

「と、会長が仰って下さったので、頑張っています」

 曖昧で、微妙な返事の仕方をする。
 コイツ、偶に異様に小狡い言い回しをするんだよな、全く油断出来ん。

《成程》

「それで、どうでしょう」
《真に迫ってると思いますよ、かなり荒削りですけど》

「ですよねぇ。もっと表現したい事が有るんですけど、何か、邪魔な気がして」
《他の作家さんに手直しをして貰うワケには、いかないんですかね?》

「もし、その合間に亡くなられたらと思うと」
《そこまでお痩せに?》

「いえ、ですけど、とても消えてしまいそうに儚げな方ですし。若いと早いんです、早くに叔母が亡くなったので」

《分かりました、様子を見に行って差し上げます》
「ありがとうございます」

 そうして、林檎君が初めて書いた原稿を片手に、寺院へ。

《どうも、林檎の代理の者です》

《あの、アナタは》
《神宮寺と申します、林檎君とは事件を通じ、親友となった者です》

《そうでしたか、それで、今日は》

《林檎君はどうしても原稿の受け取りに行かなければならないので、コチラを。初めて林檎君が書き上げた原稿です、ですので先ずはお読み頂きたいそうで、そろそろ電話が来る頃かと》

 僧侶が困惑している間に、玄関先に有る電話が鳴り。

《確かに、林檎君が任せた方の様ですね》
《読ませて頂きました、ご愁傷様です》

《どうも。玄関先で失礼を、どうぞ、お上がり下さい》

 どう見ても、生気と精気に満ち溢れているんだよな、この坊主。
 とても病気とは思えない、それこそ取り去ったとは。

 だが、もし林檎君の勘が本物なら、奥方は亡くなっている筈。

《あぁ、コレが、本当に素敵な庭ですね》
《ありがとうございます》

《ですけど、どうして紫陽花なんですか、確か花言葉は》
《移り気。コレは自戒を込めてです、そして妻が好きな花なので、植えさせて頂きました》

 霊魂や何かの気配が全く。
 いや、僅かに有るが、何かが違う。

《あ、そのまま加筆して頂いて結構だそうなので》
《はい、では、少し部屋で読ませて頂きます》

 茶は無しか、成程。

《どうぞお構いなく》
《あ、お茶をお淹れします、少しお待ち下さい》

《あ、すみません、ありがとうございます》

 あぁ、少し慌てていたのか。
 なら、それは何故か。



《お待たせしました》
《いえ、どうでしたか》

《はい、私はコレで、十分かと》

《分かりました、ですが一応、念の為にも作家先生にも見せ、手直しをお願いするつもりです》
《この悲劇が悪しき見本となるなら、如何様にも。どうぞ、宜しくお願い致します》

《今回は見逃しますが、1つ、2つ忠告しておきます。アイツはとても良いヤツなので、コレ以上利用しようとするなら暴きます、それとあまり悲しませないでやって下さい。では、失礼致します》

《何処から》
《あぁ、簡単ですよ、俺は見えるんです。初めから居ないのか、成仏したのか、死に際が近いかどうか。それに耳も良い、遠くで子供のはしゃぐ声が聞こえてる、きっと林檎君は集中して聞こえなかったのでしょう。害をなさないなら黙ってて差し上げますから、どうぞお幸せに》

《はい、ありがとうございました》

 人を欺こうとするものでは無いですね。

 天罰覿面。
 こうも直ぐに罰が下るとは。

 なら、どうして神仏は彼女達を。

 いえ、今は止めておきましょう。
 それにコレは、寧ろ釘を刺された程度、天からの忠告なのでしょうから。

『凄い人が来てしまったね』
《そうですね》

 私は幾つかの事件を入れ替え、幾つかの嘘を入れた。
 家族を守る為、子供を守る為に。

『ふふふ、ココまでは流石に噂は流れて無いそうで』
《これで、やっと、安心して暮らせますかね》

『今の彼の様に、都会には色々な人が居るんです、多少は誤魔化されましょう』

《後は、私に似ない事を祈るばかりです》
『いえ、似ても良いんです。時代は進みます、探し方次第、お見合いの仕方次第。私達が改良すれば良いんですよ、じっくり、ゆっくり慣れて貰ったら良い』

《そうですね、私達の経験が有るのですし》
『本も出るんです、きっと、私達よりは出会い易いでしょう』

《そうですね》

 お腹の子にも、林檎君にも、あの彼にも幸福が訪れますように。
 これからもお祈り申し上げます、ずっと、いつまでも。
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