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第零章
☆第零章 フィロキセラの襲来 第四話 完結
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ヴィティスターズ 第零章 フィロキセラの襲来 第四話
《キャスト》
ヴィドゥル(カベルネ)
メルロー
フラン
マルベック
カルメネール
ピノ・ノワール
シャルドネ
トレッビアーノ
コロンバール
フィロキセラ
男
──────────以下本編
***
メルローの予想した通り、ヴィドゥルはどんどん成長していった。
よく学び、よく質問し、素直に吸収していく。まるで、空へとまっすぐ伸びる、葡萄の幹のように。
***
そんなこんなで、フィロキセラに耐性のあるアメリカ品種、リパイア、ルペストリス、ベルランディエリを呼んで、接木が各地で行われた。
カルメネール「あの接木ってやつで、なんとかフィロキセラの被害から逃れられているらしいな」
マルベック「ええ。トレッビアーノの功により、(合体は絵面的にアレなので)注射で補えるようになったようです。おかげで、新たな被害はほとんどなくなったそうです」
カルメネール「はぁあ。僕もそろそろやらなくちゃぁならないんだけどねぇ……やりたかないなぁ……」
マルベック「実は私も……注射が苦手で。品種によっては副反応が出るのでしょう? フランは高熱で1週間寝込んだそうですから……血の近い私たちも、つい身構えてしまいます」
カルメネール「ホントにだよ。……と、あそこにいるのはヴィドゥルと……シャルドネ」
シャルドネ「よっ。お前、フラン所の新人くんだろ? 接木やったんだってな。あれから調子はどうだよ」
ヴィドゥル「ああ、君はブルゴーニュ地区のシャルドネか。俺のところは特に問題はなかった。今、被害にあって遅れた分を取り返しているところだ」
シャルドネ「聞いたぜ。お前、他のボルドー連中の分まで頑張ってるらしいな。えらい働き者じゃねえか」
ヴィドゥル「ああ、まだ他の品種が本調子を出せていなくてな。俺は接木の相性が良く、早くに立ち直れた。俺は今自分にできることをやっている」
シャルドネ「ははん。そのうちボルドーの世代交代も夢じゃねえな。よし、お前の名前を聞いておこう。後々、パーティとかで出会って恥かきたくねぇしな」
ヴィドゥル「俺の名はヴィドゥルだ」
シャルドネ「ヴィドゥルぅ? 『堅物』って……見たまんまじゃねぇか。もうチョイいい名前にしろよ」
ヴィドゥル「しかし……そう呼ばれてきたから……」
フラン「それについてだが、俺から提案してもいいか」
ヴィドゥル「フラン?」
フランはヴィドゥルの肩に手を置く。
フラン「気づいている奴もいるようだが、こいつは俺の血筋で、最も近しい存在だ。そこで、俺の名を取って、『カベルネ・ソーヴィニョン』……というのはどうだ」
ヴィドゥル「カベルネ・ソーヴィニョン……」
フラン「嫌いじゃないなら、今度からそう名乗るといい」
ヴィドゥル「フランと同じ名前か……それは嬉しいな。うん、俺は気に入った」
シャルドネ「ほほーん、カベルネ・ソーヴィニョン、か。なぁ、フランよぉ。ソーヴィニョンってまさか、あのセミヨンと一緒にいる……」
フラン「(ぎこちなく)ん? 違うぞ? 『野生的な』という意味でつけたんだ、俺と比べると、そういったところがあるだろう? だから、あいつは関係ないぞ。全くもって関係ないぞ」
シャルドネ「どことなく棒読みになってんじゃねえか。嘘が下手くそかよ。……ま、ヴィドゥルよりかはそっちの名の方がいいぜ。うん、今度からそう名乗りな。改めてよろしく、カベルネ・ソーヴィニョンくん」
カルメネール「カベルネ・ソーヴィニョン……?」
そう、このヴィドゥルこそが後のカベルネ・ソーヴィニョンなのである。
***
フラン「カベルネ! 北区の方で事件だ! カルメネールと共に現場に向かってくれ」
カベルネ「わかった! しかし、カルメネールはまだ接木が済んでおらず、フィロキセラのいる北区へ行くのは危ないだろう」
フラン「なら、メルローと2人で向かってくれ」
カベルネ「了解」
***
シャルドネ「悪いけど、ボルドーから人手借りれねぇかな? フィロキセラの被害にあった畑の後始末がおわんなくてよぉ。ピノは手伝ってくんねぇし、ムニエは相変わらず引きこもってるし、ちょーっと力のあるやつ、数人借りてぇんだけど」
カベルネ「わかった。俺が行こう」
シャルドネ「サンキューな。助かるぜ」
***
ピノ「フラン。今度、ローヌ・グランホテルで、海外から来賓が集まるワイン会があるのだが、ボルドーからも出席して貰いたい。フィロキセラの件もあり、リースリングやネッビオーロがつかまらなくてな。──いい機会だ、あのカベルネ・ソーヴィニョンを寄越せ。社交界に紹介してやる。構わんだろう」
フラン「ああ。連れて行ってやってくれ。──だが、あいつにはイマイチ華がない。そんな場所に馴染めるかどうか」
ピノ「随分過小評価するんだな。あれはとっくに、社交界に出ても恥のない男だ。……何処にあんな隠し球があったんだか」
フラン「ははは。……そこは詮索しないでくれ」
***
カルメネール「なんだよなんだよなんだよ……! 僕たち接木不能組がダウンしている間に、ヴィドゥル改めカベルネ・ソーヴィニョンはどんどんデカくなっちまって……出勤したら僕の席がない、なんてことにならないかねぇ……ははは、悪い夢で見そうだ」
ヴィドゥル改めカベルネ・ソーヴィニョンがどんどん力をつけていき、周りからちやほやされ始めると、カルメネールは密かにやっかみと焦りを募らせていった。
例えば、座ろうとした席に……
カルメネール「あ! そこ、僕の特等席!」
カベルネ「む、すまない。移動しようか」
カルメネール「……いや、いいよぉ。先に座ってたやつをどかすなんて、野暮なことはしないよ」
カベルネ「そうか。次は気をつけよう」
カルメネール「いんや、気にすんな。座ってな」
はたまた、面倒で押しつけた仕事で……
カルメネール「ヴィドゥルくーん、これ、運んでおいてもらえるかな? 最近腰が痛くてねぇ」
カベルネ「ああ、任せてくれ」
カルメネール「メルスィ~。よろしくね~」
カベルネ「証拠として押収したワイン樽か。こいつを、向こうへ運べばいいのか。……よし」
フラン「お、おい、無理をするなよ……?」
カベルネ「大丈夫だ、フラン。中身が入っていないから、それほど重くはない」
フラン「いや、それでも50キロは超えるからな……?」
メルロー「すごいね、カベルネ! 流石だよ!」
ヴェルド「あ、あのさ、カベルネ……。向こうへ行くなら、これもお願いしてもいいかな?」
カベルネ「ああ、構わない。任せてくれ」
マルベック「やっぱり頼りになりますね、彼は」
カルメネール「ぐぬう……ちやほやされやがってぇ~」
しかし、カルメネールが妬みやっかむほど、カベルネは伸びていく。
カルメネール「くそぅ……なんだってんだよー」
そして、イライラしているところに、追い討ちをかけられる。
シャルドネ「やあ、メルロー」
カルメネール「僕ぁメルローじゃない!!」
シャルドネ「あ、失礼……ならいいや」
カルメネール「ならいいやって!」
シャルドネ「ごめんごめん。急ぎの用事でさ」
カルメネール「なんだってんだよ、くそぅ……」
だんだんと、居場所がなくなることを感じ始めるカルメネール。
***
カルメネール「知ってんだよ……はぁあ。僕の席がもうあそこにはないんだってことは。昇進おめでとう、ヴィドゥル。……転職でもしようかねぇ」
フィロキセラ「ら!」
カルメネール「おぉっと! 君に慰められたってしょうがないんだよ。……おいおい、こっち来んなよ? 来んなってば!! 僕ぁまだ耐性がないんだって!!」
フィロキセラに追いかけられるカルメネール。
***
メルロー「あれ? カルメネールは?」
カベルネ「そういえば、まだ出勤していない」
メルロー「どうしたのかな……聞きたいことがあったのだけど」
***
カルメネール「はぁ……はぁ……やっと振り切ったよぉ……(息を整える)ん、ここはどこだぁ? ……おいおい、港区まで来ちまったよ。はぁ~、もう一歩も歩けないや(座り込む)」
そこへコロンバールが歩いてくる。
コロンバール「いやぁ、ホンット、フィロキセラには散々やられちまいましたねぇ。でもま、接木も終わったし、これでなんとかめでたしめでたしってな」
トレッビアーノ「そうですね。新種が出ない限り、これで終結ということでしょう。ところでコロンバール──」
そう言ったところで、トレッビアーノは言葉を切る。
風に乗って、サラサラと、人影が現れる。
シネレア「いやぁホントホントお疲れちゃんねー。オレちんが労ってあげようかン?」
トレッビアーノ「あぁ……シネレアですか」
コロンバール「あっちへ行きな。燃やされたくなきゃぁね」
シネレア「そりゃあ勘弁してちょ。でもオレだってねぇ、みんなのガードが固かったからお腹空かせてんのよォ。ちょっとだけ、ネ? ヨくしてあげるからさぁ」
コロンバール「ハッ。そういうのはドイツに行ってヤリな。残念だけど、俺たちにはアンタへの耐性があるんだ、いいかい、燃やしちまうよ!」
コロンバールはトーチを取り出し、炎を見せつける。
シネレア「よっと」
しかし、シネレアが息を吹くと、炎が消える。
コロンバール「へっ?」
シネレア「あらら? オタクら知らないんだぁ。接木したんでしょ? ……あの品種、俺への耐性低いのよン」
コロンバール「なにっ……」
トレッビアーノ「おやおや……それは誤算でした」
シネレア「うふふ、オレにとっては嬉しい誤算♪ さぁ~て、どっちからヌキヌキしてあげましょうかねぇ~」
コロンバール「悪いが、そういう趣味はないんだよ!……トレッビアーノ」
トレッビアーノ「はい。ちょうど一本だけ、持っています」
コロンバールが手で合図をすると、トレッビアーノはニコニコしながら小さなボトルを渡す。
トレッビアーノ「こんなところで使いたくないんですけどねぇ」
コロンバール「仕方ないサ」
それに気づかないシネレアが、手を振り翳した、その時──
カルメネール「うりゃあぁあ!」
シネレア「にゃっふ!」
カルメネールがシネレアに、体当たりを喰らわす。そのまま地面に押し付ける。
カルメネール「よし! 捕まえたぞ。二人とも、後ろへ離れて。僕ぁ耐性があるし接木もしていない。こいつのことは任せてくれ」
トレッビアーノは素早くボトルを隠す。
コロンバール「おーやおや、まさかボルドーの旦那がいたなんてねぇ。手は借りたくないところだけど、しょうがない。ひとつ貸しができましたねぇ」
トレッビアーノ「ええ」
カルメネール「すまないが、警察局へ連絡を入れてくれないか。……こら! その手はなんだ、イタズラしようなんて考えるなよ……! 悪いが僕には通用しない」
シネレア「イテテテ。アンタ見かけによらず、力強いんだなぁ。なんで接木しなかったの?」
カルメネール「色々あってね!」
シネレア「えぇ? 色々ってなになに。教えてよ~」
シネレアは身を捩って、カルメネールの脚を触る。しかしすぐに叩き払われる。
カルメネール「こら! 言ったそばから! ……て、ああ! 服が!」
見ると、シネレアの触ったところの服が溶けている。
シネレア「隙ありィ♡」
手の緩んだ隙に、シネレアはするっとカルメネールの手から逃げだす。
カルメネール「あ! こら! ……あぁ、くそ。逃したか……」
見ると、トレッビアーノたちの姿もない。
カルメネール「あれッ。……二人にも逃げられたか。前からなーんか怪しいって思ってたんだよねぇ……あの小瓶の中身、気になるなぁ……」
そこへマルベックが登場。
マルベック「カルメネール。こんなところにいましたか」
カルメネール「あぁ、兄弟」
マルベック「みんな心配していましたよ。一体どうしたんです。……その服」
カルメネール「シネレアにやられた。んで逃しちまった。……ヴィドゥルなら逃さなかったろうなぁ」
マルベック「シネレアって……! まぁ!」
カルメネール「へ、変なことにはなってないよ!? 被害はここだけ! ここだけだからね!? ってか変な声出すなよぉ!」
マルベック「失礼……」
カルメネール「さ、さっさと警察局に戻ろう。みんな待ってんだろ? ……本当に待ってんだかねぇ」
マルベック「実はカルメネール。貴方にお話しがありまして……」
カルメネール「うん……?」
マルベック「南区の方で、土地開発が行われていて、入植者を探しているようです。もしよければ……」
カルメネール「(鼻で笑って)そこへ行けって?」
マルベック「これは善意で言っているんです。……私はまだ誰にも言っていませんが、移るつもりでいます」
カルメネール「マルベック……もしかしてあんたも……」
マルベック「何より魅力なのは、そこがフィロキセラの被害を受けていないということです。移住するなら今ですよ、カルメネール。きっとそこでなら、また本来のあなたの魅力を出すことができます」
カルメネール「──悪い話じゃないねぇ。……ひとつ、フランに相談してみるかね」
***
こうして、カルメネールとマルベックはそれぞれ、チリとアルゼンチンへ活動場所を移した。
チリの日差しの下で、カルメネールはのびのびと腕を広げる。
カルメネール「はぁ~! ここの空気は自由でいいなあ! 他の連中が邪魔してこない! 気候は僕にぴったり! 天国はここにあったね!……マルベックも、なんか可愛い相方を見つけたってキャッキャ言ってたし、まぁこれで本当にめでたしなんじゃないの?」
ニコニコ笑顔でピカピカの新設事務所──カルメネール興信所へ戻ると、何やら通りが騒がしい。
カルメネール「なんだいなんだい、何かあったんかね?」
男「メルローさんですか? お早いお着きで! こっちです、現場は……」
カルメネール「ちょっと待って待って。僕ぁカルメネールだ、メルローじゃないぞ!?」
男「えっ? あ、人違いでした」
カルメネール「こんな所でまで人違いされるなんてな!(泣)……って、あ!!」
見ると、見覚えのある男の姿が……。
カルメネール「カ、カ、カ……」
カベルネ「あっ、カルメネール! 丁度よかった、君の協力も仰ぎたいんだ。込み入った事件があって……ここの地理に詳しい君に案内を頼みたい。いいかな?」
カルメネール「おのれカベルネぇええええ!!」
カベルネ「!?!?」
結局、どこへ行ってもカベルネの影に悩まされるカルメネールだった。
》》》フィロキセラ編 完結
《キャスト》
ヴィドゥル(カベルネ)
メルロー
フラン
マルベック
カルメネール
ピノ・ノワール
シャルドネ
トレッビアーノ
コロンバール
フィロキセラ
男
──────────以下本編
***
メルローの予想した通り、ヴィドゥルはどんどん成長していった。
よく学び、よく質問し、素直に吸収していく。まるで、空へとまっすぐ伸びる、葡萄の幹のように。
***
そんなこんなで、フィロキセラに耐性のあるアメリカ品種、リパイア、ルペストリス、ベルランディエリを呼んで、接木が各地で行われた。
カルメネール「あの接木ってやつで、なんとかフィロキセラの被害から逃れられているらしいな」
マルベック「ええ。トレッビアーノの功により、(合体は絵面的にアレなので)注射で補えるようになったようです。おかげで、新たな被害はほとんどなくなったそうです」
カルメネール「はぁあ。僕もそろそろやらなくちゃぁならないんだけどねぇ……やりたかないなぁ……」
マルベック「実は私も……注射が苦手で。品種によっては副反応が出るのでしょう? フランは高熱で1週間寝込んだそうですから……血の近い私たちも、つい身構えてしまいます」
カルメネール「ホントにだよ。……と、あそこにいるのはヴィドゥルと……シャルドネ」
シャルドネ「よっ。お前、フラン所の新人くんだろ? 接木やったんだってな。あれから調子はどうだよ」
ヴィドゥル「ああ、君はブルゴーニュ地区のシャルドネか。俺のところは特に問題はなかった。今、被害にあって遅れた分を取り返しているところだ」
シャルドネ「聞いたぜ。お前、他のボルドー連中の分まで頑張ってるらしいな。えらい働き者じゃねえか」
ヴィドゥル「ああ、まだ他の品種が本調子を出せていなくてな。俺は接木の相性が良く、早くに立ち直れた。俺は今自分にできることをやっている」
シャルドネ「ははん。そのうちボルドーの世代交代も夢じゃねえな。よし、お前の名前を聞いておこう。後々、パーティとかで出会って恥かきたくねぇしな」
ヴィドゥル「俺の名はヴィドゥルだ」
シャルドネ「ヴィドゥルぅ? 『堅物』って……見たまんまじゃねぇか。もうチョイいい名前にしろよ」
ヴィドゥル「しかし……そう呼ばれてきたから……」
フラン「それについてだが、俺から提案してもいいか」
ヴィドゥル「フラン?」
フランはヴィドゥルの肩に手を置く。
フラン「気づいている奴もいるようだが、こいつは俺の血筋で、最も近しい存在だ。そこで、俺の名を取って、『カベルネ・ソーヴィニョン』……というのはどうだ」
ヴィドゥル「カベルネ・ソーヴィニョン……」
フラン「嫌いじゃないなら、今度からそう名乗るといい」
ヴィドゥル「フランと同じ名前か……それは嬉しいな。うん、俺は気に入った」
シャルドネ「ほほーん、カベルネ・ソーヴィニョン、か。なぁ、フランよぉ。ソーヴィニョンってまさか、あのセミヨンと一緒にいる……」
フラン「(ぎこちなく)ん? 違うぞ? 『野生的な』という意味でつけたんだ、俺と比べると、そういったところがあるだろう? だから、あいつは関係ないぞ。全くもって関係ないぞ」
シャルドネ「どことなく棒読みになってんじゃねえか。嘘が下手くそかよ。……ま、ヴィドゥルよりかはそっちの名の方がいいぜ。うん、今度からそう名乗りな。改めてよろしく、カベルネ・ソーヴィニョンくん」
カルメネール「カベルネ・ソーヴィニョン……?」
そう、このヴィドゥルこそが後のカベルネ・ソーヴィニョンなのである。
***
フラン「カベルネ! 北区の方で事件だ! カルメネールと共に現場に向かってくれ」
カベルネ「わかった! しかし、カルメネールはまだ接木が済んでおらず、フィロキセラのいる北区へ行くのは危ないだろう」
フラン「なら、メルローと2人で向かってくれ」
カベルネ「了解」
***
シャルドネ「悪いけど、ボルドーから人手借りれねぇかな? フィロキセラの被害にあった畑の後始末がおわんなくてよぉ。ピノは手伝ってくんねぇし、ムニエは相変わらず引きこもってるし、ちょーっと力のあるやつ、数人借りてぇんだけど」
カベルネ「わかった。俺が行こう」
シャルドネ「サンキューな。助かるぜ」
***
ピノ「フラン。今度、ローヌ・グランホテルで、海外から来賓が集まるワイン会があるのだが、ボルドーからも出席して貰いたい。フィロキセラの件もあり、リースリングやネッビオーロがつかまらなくてな。──いい機会だ、あのカベルネ・ソーヴィニョンを寄越せ。社交界に紹介してやる。構わんだろう」
フラン「ああ。連れて行ってやってくれ。──だが、あいつにはイマイチ華がない。そんな場所に馴染めるかどうか」
ピノ「随分過小評価するんだな。あれはとっくに、社交界に出ても恥のない男だ。……何処にあんな隠し球があったんだか」
フラン「ははは。……そこは詮索しないでくれ」
***
カルメネール「なんだよなんだよなんだよ……! 僕たち接木不能組がダウンしている間に、ヴィドゥル改めカベルネ・ソーヴィニョンはどんどんデカくなっちまって……出勤したら僕の席がない、なんてことにならないかねぇ……ははは、悪い夢で見そうだ」
ヴィドゥル改めカベルネ・ソーヴィニョンがどんどん力をつけていき、周りからちやほやされ始めると、カルメネールは密かにやっかみと焦りを募らせていった。
例えば、座ろうとした席に……
カルメネール「あ! そこ、僕の特等席!」
カベルネ「む、すまない。移動しようか」
カルメネール「……いや、いいよぉ。先に座ってたやつをどかすなんて、野暮なことはしないよ」
カベルネ「そうか。次は気をつけよう」
カルメネール「いんや、気にすんな。座ってな」
はたまた、面倒で押しつけた仕事で……
カルメネール「ヴィドゥルくーん、これ、運んでおいてもらえるかな? 最近腰が痛くてねぇ」
カベルネ「ああ、任せてくれ」
カルメネール「メルスィ~。よろしくね~」
カベルネ「証拠として押収したワイン樽か。こいつを、向こうへ運べばいいのか。……よし」
フラン「お、おい、無理をするなよ……?」
カベルネ「大丈夫だ、フラン。中身が入っていないから、それほど重くはない」
フラン「いや、それでも50キロは超えるからな……?」
メルロー「すごいね、カベルネ! 流石だよ!」
ヴェルド「あ、あのさ、カベルネ……。向こうへ行くなら、これもお願いしてもいいかな?」
カベルネ「ああ、構わない。任せてくれ」
マルベック「やっぱり頼りになりますね、彼は」
カルメネール「ぐぬう……ちやほやされやがってぇ~」
しかし、カルメネールが妬みやっかむほど、カベルネは伸びていく。
カルメネール「くそぅ……なんだってんだよー」
そして、イライラしているところに、追い討ちをかけられる。
シャルドネ「やあ、メルロー」
カルメネール「僕ぁメルローじゃない!!」
シャルドネ「あ、失礼……ならいいや」
カルメネール「ならいいやって!」
シャルドネ「ごめんごめん。急ぎの用事でさ」
カルメネール「なんだってんだよ、くそぅ……」
だんだんと、居場所がなくなることを感じ始めるカルメネール。
***
カルメネール「知ってんだよ……はぁあ。僕の席がもうあそこにはないんだってことは。昇進おめでとう、ヴィドゥル。……転職でもしようかねぇ」
フィロキセラ「ら!」
カルメネール「おぉっと! 君に慰められたってしょうがないんだよ。……おいおい、こっち来んなよ? 来んなってば!! 僕ぁまだ耐性がないんだって!!」
フィロキセラに追いかけられるカルメネール。
***
メルロー「あれ? カルメネールは?」
カベルネ「そういえば、まだ出勤していない」
メルロー「どうしたのかな……聞きたいことがあったのだけど」
***
カルメネール「はぁ……はぁ……やっと振り切ったよぉ……(息を整える)ん、ここはどこだぁ? ……おいおい、港区まで来ちまったよ。はぁ~、もう一歩も歩けないや(座り込む)」
そこへコロンバールが歩いてくる。
コロンバール「いやぁ、ホンット、フィロキセラには散々やられちまいましたねぇ。でもま、接木も終わったし、これでなんとかめでたしめでたしってな」
トレッビアーノ「そうですね。新種が出ない限り、これで終結ということでしょう。ところでコロンバール──」
そう言ったところで、トレッビアーノは言葉を切る。
風に乗って、サラサラと、人影が現れる。
シネレア「いやぁホントホントお疲れちゃんねー。オレちんが労ってあげようかン?」
トレッビアーノ「あぁ……シネレアですか」
コロンバール「あっちへ行きな。燃やされたくなきゃぁね」
シネレア「そりゃあ勘弁してちょ。でもオレだってねぇ、みんなのガードが固かったからお腹空かせてんのよォ。ちょっとだけ、ネ? ヨくしてあげるからさぁ」
コロンバール「ハッ。そういうのはドイツに行ってヤリな。残念だけど、俺たちにはアンタへの耐性があるんだ、いいかい、燃やしちまうよ!」
コロンバールはトーチを取り出し、炎を見せつける。
シネレア「よっと」
しかし、シネレアが息を吹くと、炎が消える。
コロンバール「へっ?」
シネレア「あらら? オタクら知らないんだぁ。接木したんでしょ? ……あの品種、俺への耐性低いのよン」
コロンバール「なにっ……」
トレッビアーノ「おやおや……それは誤算でした」
シネレア「うふふ、オレにとっては嬉しい誤算♪ さぁ~て、どっちからヌキヌキしてあげましょうかねぇ~」
コロンバール「悪いが、そういう趣味はないんだよ!……トレッビアーノ」
トレッビアーノ「はい。ちょうど一本だけ、持っています」
コロンバールが手で合図をすると、トレッビアーノはニコニコしながら小さなボトルを渡す。
トレッビアーノ「こんなところで使いたくないんですけどねぇ」
コロンバール「仕方ないサ」
それに気づかないシネレアが、手を振り翳した、その時──
カルメネール「うりゃあぁあ!」
シネレア「にゃっふ!」
カルメネールがシネレアに、体当たりを喰らわす。そのまま地面に押し付ける。
カルメネール「よし! 捕まえたぞ。二人とも、後ろへ離れて。僕ぁ耐性があるし接木もしていない。こいつのことは任せてくれ」
トレッビアーノは素早くボトルを隠す。
コロンバール「おーやおや、まさかボルドーの旦那がいたなんてねぇ。手は借りたくないところだけど、しょうがない。ひとつ貸しができましたねぇ」
トレッビアーノ「ええ」
カルメネール「すまないが、警察局へ連絡を入れてくれないか。……こら! その手はなんだ、イタズラしようなんて考えるなよ……! 悪いが僕には通用しない」
シネレア「イテテテ。アンタ見かけによらず、力強いんだなぁ。なんで接木しなかったの?」
カルメネール「色々あってね!」
シネレア「えぇ? 色々ってなになに。教えてよ~」
シネレアは身を捩って、カルメネールの脚を触る。しかしすぐに叩き払われる。
カルメネール「こら! 言ったそばから! ……て、ああ! 服が!」
見ると、シネレアの触ったところの服が溶けている。
シネレア「隙ありィ♡」
手の緩んだ隙に、シネレアはするっとカルメネールの手から逃げだす。
カルメネール「あ! こら! ……あぁ、くそ。逃したか……」
見ると、トレッビアーノたちの姿もない。
カルメネール「あれッ。……二人にも逃げられたか。前からなーんか怪しいって思ってたんだよねぇ……あの小瓶の中身、気になるなぁ……」
そこへマルベックが登場。
マルベック「カルメネール。こんなところにいましたか」
カルメネール「あぁ、兄弟」
マルベック「みんな心配していましたよ。一体どうしたんです。……その服」
カルメネール「シネレアにやられた。んで逃しちまった。……ヴィドゥルなら逃さなかったろうなぁ」
マルベック「シネレアって……! まぁ!」
カルメネール「へ、変なことにはなってないよ!? 被害はここだけ! ここだけだからね!? ってか変な声出すなよぉ!」
マルベック「失礼……」
カルメネール「さ、さっさと警察局に戻ろう。みんな待ってんだろ? ……本当に待ってんだかねぇ」
マルベック「実はカルメネール。貴方にお話しがありまして……」
カルメネール「うん……?」
マルベック「南区の方で、土地開発が行われていて、入植者を探しているようです。もしよければ……」
カルメネール「(鼻で笑って)そこへ行けって?」
マルベック「これは善意で言っているんです。……私はまだ誰にも言っていませんが、移るつもりでいます」
カルメネール「マルベック……もしかしてあんたも……」
マルベック「何より魅力なのは、そこがフィロキセラの被害を受けていないということです。移住するなら今ですよ、カルメネール。きっとそこでなら、また本来のあなたの魅力を出すことができます」
カルメネール「──悪い話じゃないねぇ。……ひとつ、フランに相談してみるかね」
***
こうして、カルメネールとマルベックはそれぞれ、チリとアルゼンチンへ活動場所を移した。
チリの日差しの下で、カルメネールはのびのびと腕を広げる。
カルメネール「はぁ~! ここの空気は自由でいいなあ! 他の連中が邪魔してこない! 気候は僕にぴったり! 天国はここにあったね!……マルベックも、なんか可愛い相方を見つけたってキャッキャ言ってたし、まぁこれで本当にめでたしなんじゃないの?」
ニコニコ笑顔でピカピカの新設事務所──カルメネール興信所へ戻ると、何やら通りが騒がしい。
カルメネール「なんだいなんだい、何かあったんかね?」
男「メルローさんですか? お早いお着きで! こっちです、現場は……」
カルメネール「ちょっと待って待って。僕ぁカルメネールだ、メルローじゃないぞ!?」
男「えっ? あ、人違いでした」
カルメネール「こんな所でまで人違いされるなんてな!(泣)……って、あ!!」
見ると、見覚えのある男の姿が……。
カルメネール「カ、カ、カ……」
カベルネ「あっ、カルメネール! 丁度よかった、君の協力も仰ぎたいんだ。込み入った事件があって……ここの地理に詳しい君に案内を頼みたい。いいかな?」
カルメネール「おのれカベルネぇええええ!!」
カベルネ「!?!?」
結局、どこへ行ってもカベルネの影に悩まされるカルメネールだった。
》》》フィロキセラ編 完結
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男は、なんの因果かある日虎へと姿を変じてしまった元人間であった。
虎へと変わった直後は嘆き、苦しみ、山のいただきにて涙を流すこともあったが、冷静になってみると二足歩行できるししゃべれるし住民も受けいれてくれるしでなんやかんやそこに住むことになった。快適。
その町の小さな書店で働いてお賃金をありがたくいただきながら過ごす日々であったが、ある日悲鳴が聞こえてある女性を助けると、
「その声は、トラくん!? もしかしてぼくの友だち、ペンネーム『✝月下の美しき美獣✝』のトラくんかい!?」
と昔のペンネームを叫ばれ、虎は思い出したくない黒歴史におそわれ情緒がぐっちゃぐちゃになるのであった。
【表紙】
アボット・ハンダーソン・セイヤー『トラ』1874年頃
オレは視えてるだけですが⁉~訳ありバーテンダーは霊感パティシエを飼い慣らしたい
凍星
キャラ文芸
幽霊が視えてしまうパティシエ、葉室尊。できるだけ周りに迷惑をかけずに静かに生きていきたい……そんな風に思っていたのに⁉ バーテンダーの霊能者、久我蒼真に出逢ったことで、どういう訳か、霊能力のある人達に色々絡まれる日常に突入⁉「オレは視えてるだけだって言ってるのに、なんでこうなるの??」霊感のある主人公と、彼の秘密を暴きたい男の駆け引きと絆を描きます。BL要素あり。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
八奈結び商店街を歩いてみれば
世津路 章
キャラ文芸
こんな商店街に、帰りたい――
平成ノスタルジー風味な、なにわ人情コメディ長編!
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大阪のどっかにある《八奈結び商店街》。
両親のいない兄妹、繁雄・和希はしょっちゅうケンカ。
二人と似た境遇の千十世・美也の兄妹と、幼なじみでしょっちゅうコケるなずな。
5人の少年少女を軸に織りなされる、騒々しくもあたたかく、時々切ない日常の物語。
月宮殿の王弟殿下は怪奇話がお好き
星来香文子
キャラ文芸
【あらすじ】
煌神国(こうじんこく)の貧しい少年・慧臣(えじん)は借金返済のために女と間違えられて売られてしまう。
宦官にされそうになっていたところを、女と見間違うほど美しい少年がいると噂を聞きつけた超絶美形の王弟・令月(れいげつ)に拾われ、慧臣は男として大事な部分を失わずに済む。
令月の従者として働くことになったものの、令月は怪奇話や呪具、謎の物体を集める変人だった。
見えない王弟殿下と見えちゃう従者の中華風×和風×ファンタジー×ライトホラー
※カクヨム等にも掲載しています
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