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第零章
☆第零章 フィロキセラの襲来 第三話
しおりを挟むヴィティスターズ 第零章 フィロキセラの襲来 第三話
《キャスト》
ヴィドゥル(カベルネ)
メルロー
フラン
マルベック
カルメネール(???)
ピノ・ノワール
シャルドネ
グルナッシュ
シラー
トレッビアーノ
シルヴァーナ
セミヨン
ソーヴィニョン
リパイア
ネッビオーロ
アルネイス
フィロキセラ
──────────以下本編
メルロー「ボンジュール。事件の調査に来ましたー」
シラー「よぉ、メルロー! 久しぶりだな!」
メルロー「やあ、シラー。調子はどうだい? ここはまだ被害にはあっていないようだね」
シラー「いんや、んなこたぁないぜ。向こう側の畑は既にやられちまってる。ムールのやつもダウンしてやがる。こっちもいつ来るかってヒヤヒヤなんだぜ」
メルロー「体調が悪いとか、身体に変化があったりとかは?」
シラー「まあ、若干のだるさはあるぜ。多分畑のどっかはやられてるんだろうな」
メルロー「ここへ来る前に、ヴィオニエのところへ行ったのだけど」
シラー「あいつんとこに?」
メルロー「そう、僕は感染症とは別件の、傷害事件について調べているんだけれど、ヴィオニエはもう感染していたみたいで……動けない状態にまで悪化していて、話を聞くこともできなかったんだ……」
ヴィオニエときいて、シラーが複雑そうな顔をする。
シラー「……そうか……」
しかし、すぐにいつもの調子で
シラー「まあなんだ、早く対策がみつかりゃいいんだけどな!」
メルロー「そうだね」
メルローはそれからふと思いついて、
メルロー「あのさ、シラー。ちょっと、聞きたいことがあるんだけど」
シラー「ん? なんだよ。仕事のことか?」
メルロー「あの……ヴィドゥルのことなんだけど」
それで、シラーは思い出したように
シラー「お? そうだそうだ。あいつは今お前んとこにいるんだったな。どうだ、うまくやってっか?」
メルロー「うん。彼は真面目で働き者だね」
シラー「はっはっは。そーだろそーだろ。俺んとこにいた時からそうだった」
メルロー「それでなんだけどね、彼のことをもっと知りたいなと思って」
シラー「知りてぇって……何をだよ?」
メルロー「ええと、その……なんでもいいんだ。シラーのところからここで働くことになった経緯(いきさつ)、とかさ」
シラー「ほーお? ……そうだなあ。あいつはな、フランから頼まれてたんだよ。しばらく面倒を見てくれってな」
メルロー「フラン、から?」
シラー「おう。だけどよぉ、あいつ──ヴィドゥルときたら、俺に対して『品行が悪い』だの『喧嘩するな』だの、いちいちうるさくてかなわねえ。なんなんだ? 俺の保護者か何かか? って感じでさ。俺の方が世話してやってたはずなのによぉ」
メルロー「(ちょっと笑う)シラーに? 彼が?」
シラー「才能はあるが、あいつぁ俺の手には余る。お前らのところだったら、上手くやれるんじゃねえの、と思ってフランにご返却ってなわけだ」
メルロー「どうかな。今のところ、彼なりに頑張っているけれど」
シラー「ま、男前には育ててやったぜ。ってか、ここでもヴィドゥルって呼ばれてるのか?」
メルロー「それ、シラーがつけたあだ名?」
シラー「まぁな。ピッタリだろ? 堅物で、曲がることを知らねえ。根っからの真面目野郎だぜ」
メルロー「うん……彼は伸びるよ。これから、絶対に」
シラー「ふっ……何か光るものを見つけたか?」
メルロー「今はまだ未熟だけど、きっと僕らよりも……いや、それ以上に、世界で活躍するようになる。そう遠くないうちにね」
シラー「へーえ。あいつのどこに、そんなのを感じたのかねぇ」
メルロー「シラーだって、フランのところに帰したのは、そういう理由なんじゃないの?
彼の器の大きさを感じて──」
シラー「よせや。喧嘩騒ぎを起こす度に、間に入ってきて、俺を家まで引きずってくんだ。流石にうんざりするだろ」
メルロー「ハハッ。そういうところも、大物になりそうだね!」
すると、向かうで聞き込みをしていたヴィドゥルが、メルローたちの元へ歩いてきた。
ヴィドゥル「メルロー、こっちの聞き込みは終わった!」
シラー「お、噂をすれば、だ。おーい、ヴィドゥル! どうだ、ちゃんとやってっか? ひゃっはっは」
ヴィドル「シラー。服が乱れているぞ。また何処かで喧嘩してきたのか?」
シラー「顔を合わせるなりそれかよ! もっと他に言うことないのか? あん?」
ヴィドル「心配していたんだ。部屋はちゃんと片付けているか? 隣から苦情は来ていないか? 洗濯物は溜めてないだろうな?」
シラー「だーーーーッ!! お前をフランとこに返してよかったぜ! おかげで伸び伸びやらせてもらってるよ!」
ヴィドル「そうか……。俺は、シラーがいなくて……少し寂しい」
シラー「……おお、なんだなんだ、可愛いこと言うじゃねえか。どういう風の吹き回しだよ」
ヴィドル「……」
シラー「そうだな、たまになら遊びに来てもいいぜ。たまーーーーーーーーに、な」
ヴィドル「……うん!」
メルロー「なんだかんだ言って仲良さそうじゃないか」
その時、隣の畑から、叫び声が上がる。
???「うわー! 助けて……!」
ガサガサっと垣根が揺れて、現れたのは小さな子供……。
フィロキセラ「ら! ら~!(走って行く)」
ヴィドゥル「メルロー! あれが……」
メルロー「おそらくそうだね! 追いかけよう!」
***
一方、すぐ隣の畑では、カルメネールとマルベックが、調査をしていた。
カルメネール「ヴィオニエの様子はどうだい、グルナッシュ」
いつも陽気なグルナッシュも、今回のことを受けて、表情が暗い。
グルナッシュ「……だめだね。安静にさせてるけど、全然よくなんないや。ルーサンヌもマルサンヌもそう。でもさ、ヴィオニエは病気に強いはずなんに、どして……」
カルメネール「今回のは相性が悪かったんだな。くそ、せめて原因が何なのかさえわかれば……」
フィロキセラ「ラ!」
グルナッシュ「ん……? 今、何か聞こえんかった?」
マルベック「いえ? 聞こえませんでしたが」
カルメネール「グルナッシュの畑もやられてんだろ? 疲れてんだよきっと」
グルナッシュ「そかなぁ……」
フィロキセラ「ラ!」
グルナッシュ「ほら、やっぱり聞こえる!」
カルメネール「お? なんかちっこいのがいるな。なあ、君、どこの子だい?」
フィロキセラ「ラ!」
カルメネール「うん? なんだって?」
フィロキセラ「ら………」(よだれ垂らす)
グルナッシュ「まって、なんか様子がおかしい……! カルメネール、その子に近づいちゃダメだ!」
子供はカルメネールに噛みつこうとする。
カルメネール「な、なんだこいつ!? き、牙剥いて……! ひいぃ! こっち来るな!!」
グルナッシュ「ミストラル!」
海から強い風が吹く。子供は吹き飛ばされる。
グルナッシュにはミストラルという海風の加護があり、病害や害虫から守ってくれていた。
グルナッシュ「ふぅ……間一髪だね! 僕のミストラルが守ってくれたよ」
カルメネール「た、助かった……!」
騒ぎを聞いて駆けつけるカベルネとメルロー。
ヴィドゥル「メルロー! もしかすると、これは……!」
メルロー「ああ。体調不良の原因は感染症じゃない。害虫だったんだ……!」
カルメネール「ちょ、納得してないで、そこ、助けてくれよ! なあ、おい!!」
フィロキセラ「(にじりよる)ら……!!」
カルメネール「うわああああ来るなあああ!」
マルベック「ここは私にお任せを!」
カルメネール「マルベック! さすが頼れるぜ、兄弟!」
フィロキセラ「ら……ら……?」
マルベック「う……(止まる)」
フィロキセラ「ら……(あざとく)」
マルベック「ダメだ……! こんなちっちゃくて可愛い生き物を……どうにかするなんて……私には、できない……!」
カルメネール「いや可愛くないよね!? どう見ても可愛くないからね!?!? ちっちゃいっていうのに騙されないでよ!?」
また強い海風が吹く。
グルナッシュ「それっ! ……僕のミストラルにも限界があるからさ……! なんとかしんと……!」
フィロキセラ「ら……ら!!」
カルメネール「うわあああこっち来るうううう! しかも増えてるぅう!!」
そこへ、ヴィドゥルが飛び出す。
ヴィドゥル「ふんっ」
フィロキセラ「ら!」
ヴィドゥル「はっ!」
フィロキセラ「ら? ら……!(じたばたする)」
カベルネはあっという間に、子供らを抑え込む。
メルロー「ヴィドゥル、捕まえたのかい? 流石だね!」
カルメネール「この新人……優秀だ……!」
ヴィドゥル「ふう。取り押さえたが、どうする? この………」
メルロー「取り敢えず、警察局へ連れて行こう。何か対処法がつかめるかもしれない」
***
そして、再び緊急会議が行われる。
ピノ「なるほどな。害虫が原因だったか」
メルロー「他の被害が大きいところに聞き込みに行ったところ、もれなくこの子供が目撃されていました。これは害虫で間違いないかと」
報告に来たヴィドゥルとメルローの間で、チビたちはジタバタする。
シャルドネ「つまり、被害に遭ってから対策をしたところで意味がないわけだ。俺たちがすべきは防衛、やられる前に身を守れってこった」
シルヴァーナ「どうすべきなのですか。私はそれが知りたいのです。我々には……もう時間がない」
今日はリースリングの代わりにシルヴァーナが出席していた。
グルナッシュ「網を張るとか……壁を作るとか?」
シラー「おいおい。世界中の畑にか? 予算も時間も足りねぇぜ」
グルナッシュ「だよねー」
トレッビアーノ「根に直接、強い農薬を撒くと、今度は私たちの身が持ちませんからね……」
セミヨン「ひとつ……方法がないこともない、と思うのだけど……」
フラン「なんだ、セミヨン。案があるのなら言ってくれ」
セミヨン「でも……そんなことをしたら、ピュアじゃなくなるっていうか……色々失うものが大きいと言うか……」
シラー「な、なんだよ。勿体ぶらずに言いやがれ」
セミヨン「えっと……うん……そのぅ……ムニャムニャするの」
一同「は?」
セミヨン「だからぁ……! 合体するの!!」
ヴィドル「よし、その方法を取ればいいんだな。指示を頼む」
メルロー「いやヴィドル、それが何か分かって言ってないよね……」
ヴィドル「そうだな。具体的に頼む」
ソーヴィ「セミヨンが言いにくそうだから、僕が代弁するね……」
セミヨン「ソーヴィは座ってて! そんな体なのに……」
ソーヴィ「大丈夫だよ、セミヨン。……具体例を話すね。その害虫は主に根に取り憑いて、樹液を吸うみたいなんだ。その傷からコブができて、養分を十分に取れなくなったり、他の感染症にかかったりして弱っていく。よって、この根を強化することができれば、助かる見込みはある。だけどそれはつまり──」
ピノ「接木、か」
シャルドネ「ピュアを失うってそう言うことねん」
フラン「確かに、純粋な品種でなくなることは痛手だが、このまま全滅するよりはマシだろう。だが、その害虫に強い品種が果たしているのかどうか」
ネッビオーロ「(咳払い)ちょっといいだろうか」
ピノ「なんだ、イタリア王」
ネッビオーロ「今朝方、俺の縄張りで見かけない顔がいた。話を聞いてみると、自分はアメリカ品種なんだと言う。試しにその害虫の話題を振ってみると、『ふフィロキセラ』と言って、アメリカの南の方では顔馴染みなんだそうだ」
アルネイス「そいつが今こちらで増えに増えて困っていると言うと、そんなにいるなら野球ができるな、などとぬかしやがったので、これは何か対策を知っているのではないかと思い、今日の会議に同行いただきました」
アルネイスが合図すると、ネッビアファミリアの手によって、ドアからグルグル巻きの男が連れてこられた。
シャルドネ「同行、っつうか連行だなこりゃ」
ネッビオーロ「俺の縄張りで、未承認のワインを売ろうとしていたもんでね」
シャルドネ「ははー。ネッビアファミリアの洗礼を受けたわけだな」
リパイア「ハロー、ハロー? お前ら英語わかる? 離してくれってんのに、こいつらちっとも離してくれんの! どしたらいいわけ?」
フラン「ネッビアの事情は置いておいて──我々が知りたいのは、そのフィロキセラという虫についての対処法だ。君、何か、わかることはあるか?」
リパイア「ないな。知らね」
シラー「おいおい、顔馴染みなんだろォが!」
リパイア「俺は別にあんな虫怖くねぇし」
グルナッシュ「耐性があるんねぇ」
ネッビオーロ「だったら……、こいつに台木になってもらうってのはどうだ」
ネッビオーロの言葉に、一同、ざわめき立つ。
カルメネール「うえぇ、こんなやつと……接木するってか?」
シラー「うまくいく気がしねぇなオイ!」
シャル「でも耐性のあるやつと合体しねぇと、俺たちの命が危ないんだよな」
リパイア「ちょいちょいちょい! 合体って! なんだよ! 作者が見たいだけだろ!」
フラン「メタ発言はやめてくれ」
セミヨン「えぇ~、僕のピュアが、こんなことで失うなんてぇえ」
トレッビアーノ「うまくいけば、ワクチンが作れるかもしれません。そのためにはサンプルが必要ですが……(ニコォ……と笑う)」
リパイア「サンプルって何!? 俺をどーしちゃうわけ!?!?」
場が騒然とする。それを諌めるように、ピノが机を叩き一括する。
ピノ「狼狽えるな! 己の存在意義を思い出せ。我々は、人から愛されるワインを作ること、これこそが最大の喜びというやつだろう! 死んでは元も子もない! ──私はするぞ。寵愛のためなら、作者の思い通りになるのもやぶさかではない!」
シャル「途中からメタ発言やめてチョーダイ!」
ヴィドゥル「わかった。俺もピノ・ノワールに賛同しよう。助かる道がそれしかないなら、そうする他にないだろう」
シャルドネ「あんたは……ボルドーの新人くんか」
ヴィドゥル「ああ。──誰も踏みきれないのなら、俺が一番に試して、安全であることを示してみせよう。アメリカ品種の彼──貴方にも、どうか協力を願いたい。これには俺たちの存続がかかっているんだ。恐るな! 俺たちは何も失うことはない! そうだろう!」
シャル「なかなかいうじゃねぇか、新人くん」
シラー「んだな。確かにその通りだ」
グルナッシュ「何事もやってみんとね!」
シルヴァーナ「なんだか腑に落ちませんが……それで助かるのでしたら、のりましょう」
カルメネール「なんであいつがこの場の空気持ってっちゃってんだよー!」
***
会議が終わり、警察局へ戻ったヴィドゥルに、メルローは声をかけた。
メルロー「お疲れ様、ヴィドル」
ヴィドゥル「ああ、メルロー」
メルロー「さっきは……その……かっこよかったよ。なかなか踏み切れない連中にビシッと言ってさ。やっぱり、君は凄いや」
ヴィドゥル「そんなことはない。あれは誰かが言うべき言葉だったんだ。それに──もし、接木に失敗したとしても、それが俺であれば、被害は小さくて済む」
メルロー「どういうことだい?」
ヴィドゥル「ピノ・ノワールやシャルドネのような大物が失敗すれば、ワイン界の大きな損失になる。だが、俺はまだ駆け出しの青二才だ。例え失敗して消えたとしても、その経験が、また次の誰かに活かせるのなら、それはそれで本望だ」
メルロー「なんてことを言うんだい! ヴィドゥル!」
メルローの声に、ヴィドゥルは驚く。
ヴィドゥル「え……」
メルロー「君が誰かの犠牲になるだなんて、そんな風に考えちゃダメだよ。君はこれからもっともっと大きくなるんだ。そして、近い将来、世界で活躍するようになる」
ヴィドル「(驚いて)……俺が?」
メルロー「うん。君がここへきてから、僕はずっと見ていたよ。そして確信した。君は、こんなところでとどまっていちゃいけない。もっと広い舞台で活躍するんだ。だから、誰かのための足場になるなんて……そんなこと思っちゃダメだ」
ヴィドゥル「いや、俺は別に………少しでも、みんなの助けになれれば、それで十分なんだ。上を目指そうなんて、考えていない」
メルロー「でも、君の頑張りはきっと、世界に認められる時が来る。僕が保証する」
ヴィドゥル「そうだろうか」
メルロー「うん。だから、周りに何か言われても、気にしないで。あいつらは、君が優秀なのにかまけているんだ。いつか手の届かないところまで行って、見返してやろう!」
ヴィドゥル「俺は本当に、何も思っていないのだが……」
メルロー「ふふ。それならいいんだ。……僕が気にしていただけなんだ。……今回の接木だって、君自身の成長のためにするんだ。そうだろう? 失敗の事なんて考えるなよ」
ヴィドゥル「ああ。そうだな。それに、それほど心配はしてないんだ。俺はこれくらいでへばるほど、やわじゃない」
メルロー「確かに!」
2人は笑顔を交わす。
物語はもう少し続く……
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