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☆ 第零章 フィロキセラの襲来 第二話
しおりを挟むヴィティスターズ 第零章 フィロキセラの襲来 第二話
《キャスト》
ヴィドゥル(カベルネ)
メルロー
フラン
マルベック
カルメネール
ピノ・ノワール
シャルドネ
グルナッシュ
シラー
トレッビアーノ
リースリング
フィロキセラ
──────────以下本編
フラン「……ふう、やっと一息つけるな」
警察局内で、コーヒータイムに入るフラン。そこへ、ヴィドゥルが勢いよく入ってくる。
ヴィドゥル「大変だ、フラン! ラングドックで原因不明の感染症が多発しているらしい!」
フラン「……なんだって?」
コーヒーを盛大に机上へぶちまけたフランが、恨めしそうにヴィドゥルを見る。
ヴィドゥル「あ、いや……すまない」
フラン「いい、いい。報告しろ」
ヴィドゥルは机の上を拭きながら、報告する。
ヴィドゥル「ルーサンヌとマルサンヌという品種が発症したらしい。連絡をよこしたヴィオニエにも、症状が現れて始めているようだ。というのは──」
フラン「まず手足に湿疹ができ、次第に衰弱していき、酷い時には意識障害を引き起こす。……いや、この件については他方からも報告を受けていて、知っていた。しかし──広がってきたな」
フランは綺麗になった机の上で、指を組んで思案する。
フラン「──カルメネールに連絡しろ。緊急会議を開く、とな」
***
そして翌日。
ヴィドゥル「……今日は静かだな」
メルロー「みんな、緊急会議に行っちゃったからね。僕たちはお留守番さ」
ヴィドゥル「謎の感染症──か」
メルロー「うん、僕も詳しくは知らされていないのだけど、ここ数ヶ月のうちに、フランス地区南部で急速に被害が広がっているんだって。しかも昨日聞いた話じゃ、ドイツ地区やイタリア地区にも広がってるって──」
ヴィドゥル「こういった事例にも、警察局は動くのだな」
メルロー「警察局だけじゃない。──これは、ヴィティス全体の問題なんだ」
***
そして、ここは対策会議──。
マルベック「急な呼び出しのため、本日の議題について、詳しく聞かされていないのですが──」
カルメネール「今この街で起きている深刻な問題についての、緊急会議だってよ。はは、顔ぶれも壮々たるものだね。各地区のトップが集まっている。ドイツ地区からは国境警備隊隊長のリースリングが、イタリア地区からは商工会会長のネッビオーロが出席している。向こうのスペイン地区は──」
フラン「そろそろ会議を始めるぞ。私語は慎め」
二人は黙って頷く。
フラン「(咳払い)それでは、これから緊急会議を始めたいと思う。本日、こちらへ集まって頂いたのは、先に知らせた通りだが、最近、街に急速に広まりつつある、謎の感染症についての対策を講じるためである」
全員「………」
ボソボソとした会話はしんと静まり、場の空気が重々しいものとなる。
ピノ「数日前から、あちこちで原因不明の体調不良が、相次いでおきていると報告を受けている。一刻も早く原因を突き止め、拡大を抑えなければならん。ついては、この件に関する情報が欲しい。何か気づいたことがあれば、遠慮なく言いたまえ」
会議の場に集まった者たちの顔が暗い。当然である。次々と、仲間が倒れているからだ。
カルメネール「すまないが、まだその件について知らない者もいるんだ。具体的にどういう被害が上がってるのか、事例を聞かせてもらえないかね」
フラン「俺から説明しよう。南区のグルナッシュの報告によれば、発症するとまず手足に湿疹が現れ、やがて全身に茶色のあざができるそうだ。倦怠感や食欲不振を伴い、ひどい時には意識障害も起こすという」
サウス・フランス地区の席に座っているグルナッシュが、後を引き継いで言う。
グルナッシュ「まだ死亡したケースは確認されてないんだけれど、これは……時間の問題だろうね」
マルベック「なんと……。恐ろしいですね……」
フラン「現在、医師のトレッビアーノによる調合薬の投与が試みられているが……成果は芳しくないようだ。並行して、対策を考えていきたい」
リース「あの、報告いいっすか」
ピノ「許可する」
リース「ドイツ地区の方でも、色々と農薬を散布してみたが、どれも効果がねえっす。……症状が重いんで、いくつかの畑から、手を引くことにしました」
ピノ「……そうか」
カルメネール「リースリング……。どうしちまったんだよ、あれ……。あちこちに包帯なんか巻いて、杖なんかついてやがる……」
マルベック「被害が大きいようですね。とても………痛々しい」
カルメネール「会議に出て大丈夫なのかよ……」
マルベック「向こうの席が空いているのも気になります。あそこに座っていたシュナン・ブラン……会議には必ず出席するはずの、彼の姿がないなんて。おそらく、彼も……」
ブルゴーニュ特別区の席では、シャルドネが吐き捨てるように呟く。
シャルドネ「くそっ。農薬も効果がないとはな」
ピノ「実に由々しき問題だ」
グルナッシュ「ちょっといいかい?」
フラン「なんだ、グルナッシュ」
グルナッシュ「じゃあさ、あのさ、燃やすってのはどうなん? こう、炎でバーッてね!」
シラー「馬鹿言っちゃいけねぇグルナッシュ。そんなの、自殺行為だろうが」
トレッビアーノ「実はそれ、もうやっちゃったんですよね」
シラー「えっ、マジか」
トレッビアーノ「でも、効果なかったんですよね……」
シラー「マジか……」
フラン「コロンバールが被害にあった株を燃やしてみたそうだが……被害は収まらなかったらしい」
トレッビアーノ「しかも火炎放射器を使ったそうで──目的以外の株も燃やしちゃったらしく、火傷を負って僕のところへ駆け込んできました」
シラー「やることが派手だなァ」
シャルドネ「燃やすのもダメ、農薬もダメだなんて、俺たちどうなっちまうんだろうな」
一体、この街で、世界で、何が起きているのか。誰もが頭を悩ませていた。
グルナッシュ「でもさ、以前もこんなことあったんよね」
シラー「あん? 以前って……オイディウムの件か?」
グルナッシュ「そうそう。みんなどんどん真っ白なってって、あれは怖かったんねぇ」
トレッビアーノ「オイディウムはカビが原因でした……」
シラー「でも、今回はちょっと様子が違わねえか? 農薬が効かねえし、感染すると身体に湿疹ができるらしいし」
グルナッシュ「うん。そうすると、感染源はもしかして根の方かもしんない」
フラン「グルナッシュ。何か意見があるのなら、こっちにも聞こえるように言ってくれ」
グルナッシュ「いや、まだ何とも言えないんよ。情報が少なすぎるし」
トレッビアーノ「そうですね」
フラン「よし、調査はこちらに任せてくれ。被害にあったところへ行って、手がかりがないか聞き込みをしてみる。何か掴み次第、報告する。他の者も、苦しい状況だとは思うが、わかったことがあれば些細なことでも報告していただきたい。よろしく頼む」
ピノ「ちなみにだが、この件について解決策を見つけた者に、30万フランの賞金を出すことになった」
一同がざわつく。
リースリング「聞いていないっすよ、ピノ・ノワール。俺のいない区長会議で決まったんすか?」
ピノ「これは私の独決だ。フランス政府に掛け合った。賞金は彼等の方で用意してくれる」
シャルドネ「流石は大金を動かすワインの王、だな」
ピノ「一刻も早く、この事態を収束せねばならん。皆の協力を頼みたい。被害にあった者は極力外出を避け、他と接触しないように。リースリング、お前も他に任せて養生するがいい」
リース「そうしたいのは山々っすけど、他の連中も打撃を受けてるんで……俺が踏ん張らねぇと」
ピノ「物資で必要なものがあれば送る。いつでも連絡をよこすといい」
リース「……感謝する」
ピノ「ではこれにて解散。……皆の息災を祈る」
***
会議が終わり、局長室にボルドーメンバーは集まった。
フラン「(重々しく)実は今回、人員を増やしたのは、この件のためでもあってな。……街全体へ広がりつつある、謎の感染症。カルメネール、マルベック。お前たちには、これの調査にあたって欲しい」
カルメネール・マルベック「了解」
メルロー「僕たちは?」
フラン「メルローとヴィドゥルには、別件で頼みたいことがある。──ここ数日、あちこちで小さな子供が目撃されていてな。コイツがちょっと厄介なんだそうだ」
メルロー「子供?」
フラン「ああ。しかも同時刻に中央区、南区、西区、北区、それぞれで目撃されていることから、複数いるものと思われる」
メルロー「おかしな話だね……。でもそれだけなら、別に僕らが調査にあたるほどじゃ……」
フラン「最後まで聞くんだ。その子供には凶暴性があり、近づくと噛みつくらしい。しかも逃げ足が早い。こちらも被害が数件報告されている」
ヴィドゥル「噛みつく……?」
フラン「ああ。俺にも実態がよく掴めていない。だが、傷害報告があることから、調査に入ることにした。ヴィオニエのところでも被害があったようだから、ヤツのとろこへ聞き込みに行ってくれ」
メルロー・ヴィドゥル「了解」
フラン「話は以上だ。解散!」
***
警察局を出るところで、カルメネールは後ろから、ヴィドゥルに呼び止められた。
ヴィドゥル「メル! ちょっと聞きたいことが──」
カルメネール「んあぁ、悪いね。僕ぁカルメネールだ」
ヴィドゥル「あ、すまない……」
カルメネールは皮肉っぽく笑う。
カルメネール「いや、いいんだ。よく間違えられるんだよ。どこが似てんのかしらんがね」
ヴィドゥル「後ろから見ると、とても似ているんだ。背格好とか、歩き方とか」
カルメネール「あっそう(呟くように)似てるって言われるの、あんまうれしかないんだよなぁ」
カルメネールはメルローのことを、少なからしライバル視をしていた。実力はカルメネールの方が認められている。られてはいるが……いつか追い越されるかもしれない、そんな焦りがじわじわとあった。
カルメネール「……お前はメルローと仲良くやっているみたいだな」
メルローの名前を出すと、ヴィドゥルの顔が明るくなる。
ヴィドゥル「ああ、彼からはいろんなことを教わっている。まだまだ俺の知らないことが多くて、大変勉強になっている」
カルメネール「そりゃよかった。後輩同士、仲良くしてくれるのはいいことだ」
ヴィドゥル「ああ、彼にはとてもよくしてもらっている」
そうしてまたぎこちなく笑うヴィドゥルに、カルメネールは何かを感じていた。
カルメネール「……うーん」
ヴィドゥル「なんだろうか?」
カルメネール「お前はさぁ、フランに似てるってよく言われないか?」
カルメネールの問いに、ヴィドゥルはキョトンと、目を丸くする。
ヴィドゥル「さあ……言われたことはないが……」
カルメネール「あ、そう。……気のせいかな?」
2階の窓では、その様子をカベルネ・フランが眺めていた。そして苦々しく笑う。
フラン「あいつの観察眼は確かだな」
***
手探りのまま、それぞれが原因究明に力を尽くした。
そして、ついにこの騒動の犯人が姿を表す──。
》》》続く……
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