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第零章
☆第零章 フィロキセラの襲来 第一話
しおりを挟むヴィティスターズ 第零章 フィロキセラの襲来 第一話
《キャスト》
ヴィドゥル(カベルネ)
メルロー
フラン
マルベック
カルメネール
ルーサンヌ
マルサンヌ
フィロキセラ
──────────以下本編
時は19世紀。ヨーロッパのどこか片隅に、ワイン用葡萄品種たちが暮らしている、ヴィティスという街が、存在するとかしないとか。
これは、ワインにまつわる彼らの、優雅で騒々しい、愉快な物語である──。
***
ヴィティス中央区、ボルドー管轄下警察局の駐車場前。1人の警察官が、段ボールを抱えて歩いている。
メルロー「はあぁ、これ運んでおけって……カルメネールってば、僕に対して風当たりが強いんだから」
ヴィドゥル「………うーん……」
メルロー「あれ? 初めて見る顔だな。──何かお探しですか?」
ヴィドゥル「ああ、ええっと、ありがとう。ボルドー警察局に行きたいのですが……」
メルロー「警察局に? それなら、すぐそこですよ。僕もこれから行くところだ。一緒にいきましょう」
ヴィドゥル「ああ、助かります」
二人は警察局へと歩き出す。
メルロー「何か用事が?」
ヴィドゥル「ええ、実は11時にカベルネ・フランという人に呼ばれていまして」
メルロー「フランに? そういう話は聞いていないな……」
ヴィドゥル「あなたは警察の関係者の方? その荷物、持ちましょうか?」
メルロー「ええ? いいのいいの! こう見えても僕は力があるからね。……あ、ドアは開けてもらおうかな」
ヴィドゥル「もちろん、喜んで」
***
カルメネール「よし、よしっと! 仕事ひとつ終わりだぁ!」
マルベック「お疲れ様。順調なようですね、カルメネール」
カルメネール「ああ。そっちも片付きそうかい? マルベック」
マルベック「ええ。予定通り休憩に入れそうです」
そこで、カルメネールの腹の音がなる。
カルメネール「いやぁ、ははは。腹の虫は嘘がつけない。デジュネの時間だって言ってるよ。今日はなんだ、フランが何か用意してくれたんだって? あの人にしては珍しく気を利かせたな」
マルベック「しかし、食事を持ってきたのは彼じゃありませんでしたよ」
カルメネール「じゃあ誰だい? ソーヴィニョンか?」
マルベック「ううん、初めて見る顔だった。ほら、彼ですよ」
カルメネール「ふうん?」
カルメネールが、マルベックの示した方へ顔を向けると、メルローに連れられて、まだ幼さの残った青年が、戸口に立っていた。
ヴィドゥル「あのっ……フランの紹介で来ました。今日から、よろしくお願いします!」
二人「ん……?」
***
一同はフランと新人を囲むようにして、集められていた。
フラン「みんな、紹介が遅れてすまなかった。彼には今日からここで、一緒に仕事を
してもらうことになっている。仲良くしてやってくれ」
カベルネ・フランから紹介され、青年はこくこくと頷く。
カルメネール「なぁんだ、フラン。そういうのは早く言ってくれよ。お願いしますって、なんの話かわかなくてさぁ、3人で固まっちまったんだから」
フラン「こいつの口から説明するはずだったんだが、どうもまだ人見知りをするようでな」
ヴィドゥル「よ、よろしく」
カルメネール「ははっ。そう固くなるなよ。新人くん。緊張してるのか?」
ヴィドゥル「ん……そういうわけでは……」
メルロー「君、名前は?」
ヴィドゥル「名前は……ヴィドゥルと呼ばれていた」
カルメネール「ヴィドル……『堅物』くんか。ぴったりの名前だな」
マルベック「カルメネールも前はグラン・ヴィドゥル、『超堅物』くんと呼ばれていたと記憶していますが」
カルメネール「よせやい、昔の話は。恥ずかしいだろ」
フラン「こいつはしばらく、シラーのところで仕事していた。足手まといになることはないと思うが、ここでのやり方をしっかりと教えてやってくれ」
カルメネールたちの後ろにいたメルローが、尋ねる。
メルロー「今の所は、僕みたいに補佐役ってことでいいのかな?」
フラン「ああ、暫くはそのつもりだ。頼むぞ、メルロー」
メルロー「了解。(ヴィドゥルに)よろしく、ヴィドゥルくん」
ヴィドゥル「あ、ああ。よろしく」
***
ヴィドゥル「ああ、そうだ。ソーヴィニョンから頼まれて、サンドイッチを持ってきたんだ。みなさんへ」
カルメネール「おおー」
ヴィドゥル「……少し焦がしたと言っていた」
マルベック「彼らしいですね」
フラン「じゃあこっちの焦げてないのがセミヨンのか」
メルロー「あ! 一番綺麗にできているの持っていってー。もー、フランってば……」
***
メルロー「それじゃあ、新人くんに、ここでの仕事を教えるね」
ヴィドゥル「ああ、頼む」
メルロー「まず、この警察局では、主にボルドーの品種が中心となって、街で起きる事件や問題を調査し、解決しているんだ。事件だけじゃなく、僕らの外敵である病害や害虫の被害にも、対処もしているよ」
ヴィドゥル「病害?」
メルロー「側近で言うと、オイディウムの件が記憶に新しいかな。カビの一種なんだけれど、感染すると身体中に白い斑点ができるんだ。これは恐怖だったね……」
ヴィドゥル「しかし、感染症を治すのは医者の役目ではないのか」
メルロー「そうだけど、この街ではその原因となるものが、必ず現れる。それを排除し安全を確保するのが僕らの仕事だ」
ヴィドゥル「なるほど」
メルロー「ドイツ地区の方では、シネレアっていうカビ菌が時々うろついているけれど、あれは排除対象じゃないそうだから、見かけても放っておいて大丈夫だよ」
ヴィドゥル「ふむ……」
メルロー「捜査の指揮をとっているのはカベルネ・フラン。調査へ行くのはカルメネールとマルベックだ。そして僕は二人の補佐役。君もまずは僕について、先輩たちの仕事ぶりを学ぶといいよ」
ヴィドゥル「うん、了解した」
***
彼らの主な仕事はワイン作りだ。しかし、この街においては、それぞれが職務を持ち、人間と同様に社会を形成していた。
そしてここはボルドー警察局。カルメネールやマルベック含む『ボルドー』メンバーに、新しい風が入ってきたのだ。
この頃、ボルドーの主力品種といえばカルメネールとマルベックで、メルローとカベルネ・フランは補助品種として扱われ、知名度もさほど高くはなかった。このヴィドゥルも、実は今でこそ有名な品種なのだが、当時はまだ出てきたばかりのひよっこなのだった。
***
カルメネール「おーい、ヴィドゥルくん。これ、やっといてくれ」
ヴィドゥル「わかった」
マルベック「悪いが、こちらの書類の整理もお願いできますか?」
ヴィドゥル「ああ、引き受けよう」
メルロー「むぅ……。」
カルメネールとヴィドゥルたちのやりとりを見ていたメルローは、不満を顔に表す。
カルメネール「お、どうした、メルロー。僕の顔をまじまじと見て……」
メルロー「ねえ、ヴィドゥルくんにばかり、仕事を押し付けていないかな? 特に君、カルメネール」
カルメネール「そんなことないぞ?」
メルロー「さっきも仕事を渡してた」
カルメネール「あいつは快く引き受けてくれるし、それに、なかなか仕事ができる。僕らはいい後輩を持ったよ」
メルロー「雑用扱いしてなきゃいいけど」
カルメネール「そんなことないさ。僕ぁ結構あいつのこと気に入ってるよ」
メルロー「………。」
訝しげなメルローの視線をよそに、カルメネールは、外へ休憩を取りにいった。
***
一方で、ヴィドゥルは、黙々と与えられた仕事をこなしていた。
ヴィドゥル「よし、大体終わったな。あとは、向こうのやつを書庫へ運んで……」
そこへ、スッと人影が現れる。
メルロー「ヴィドゥルくん。僕も手伝うよ」
ヴィドゥル「メルロー。……いや、大丈夫だ。もうすぐ終わる」
メルロー「そっか。……ここでの仕事も、だいぶ慣れてきたかな?」
ヴィドゥル「ああ。フランからもよくやっていると褒めてもらった。どれもこれも、メルローのおかげだ」
メルロー「僕? 僕は大したことはしていないよ。君は仕事を覚えるのも手際も早い。とても優秀で助かっているよ」
ヴィドゥル「役に立てているようでよかった」
メルロー「……あのさ、ヴィドゥルくん。あんまり他のやつの仕事、引き受けなくていいからね? 君だってやることがあるんだからさ」
メルローの言葉に、ヴィドゥルは目をまたたかせたが、やがて不器用に微笑んだ。
ヴィドゥル「いや、いいんだ。たくさん仕事がある方が、やりがいがある。それに、学べることも多い。俺は進んで引き受けているんだ」
メルロー「……そっか」
ヴィドゥル「少しでも誰かの役に立つなら、俺は嬉しい」
メルロー「……君は大物になりそうだね」
ヴィドゥル「そうかな」
メルロー「僕も、まだまだ頑張らないと! それ、やっぱり手伝うよ。書庫へ運べばいいんだね?」
ヴィドゥル「ああ……ありがとう」
ヴィドゥルはまたぎこちなく笑うと、メルローと共に作業に戻った。
その様子を、カルメネールが遠くから見ていた。
カルメネール「うん……? ……ふうん……メルローとヴィドゥル、仲良くしてんのな」
***
そして、あの事件が起きたのだった──。
***
ここは南仏。
マルサンヌ「ふう……いい朝。真っ白な洗濯物に、太陽のいい香り……」
ガサガサっと、垣根が揺れる。
マルサンヌ「ん? そこに何かいるのかな……? 猫……? いや、もっと小さい……はあ。またルーサンヌが、どこかで拾ってきたのかなぁ」
またガサガサッと茂みが動く。
マルサンヌ「ほら、出ておいで。怖くないから……」
また茂みが揺れ、小さな子供が這い出してくる。
フィロキセラ「ラ!」
マルサンヌ「君は……? 初めて見る子供だな……」
フィロキセラ「(ゾッとする声で)……ラ!」
マルサンヌ「わっ、わっ、わあぁあぁ!!」
***
ルーサンヌ「(遠くから)マルー? ねえ、マルってばー。どこいったんだよー」
マルサンヌ「(苦しい息)ルー、逃げて……来ちゃだめだ……」
ルーサンヌ「……!! マル!! どーしたの!? 大丈夫!? ねえ!!」
マルサンヌ「逃げて……あの小さい子に……気をつけて……」
ルーサンヌ「え……? どーゆうこと……?」
フィロキセラ「(涎を垂らしながら)ラ……ラ……♪」
各地で、次々と葡萄が枯れるという被害が、広がり始めていた……。
そして、その魔の手はボルドーにも……。
***
》》》続く……
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