ヴィティスターズ!【ワイン擬人化♂】

独身貴族

文字の大きさ
上 下
10 / 48
第零章

☆第零章 フィロキセラの襲来 第一話

しおりを挟む

ヴィティスターズ 第零章 フィロキセラの襲来 第一話


 《キャスト》
ヴィドゥル(カベルネ)
メルロー
フラン
マルベック
カルメネール

ルーサンヌ
マルサンヌ

フィロキセラ

──────────以下本編


 時は19世紀。ヨーロッパのどこか片隅に、ワイン用葡萄品種たちが暮らしている、ヴィティスという街が、存在するとかしないとか。
 これは、ワインにまつわる彼らの、優雅で騒々しい、愉快な物語である──。
 
 ***

 ヴィティス中央区、ボルドー管轄下警察局の駐車場前。1人の警察官が、段ボールを抱えて歩いている。

メルロー「はあぁ、これ運んでおけって……カルメネールってば、僕に対して風当たりが強いんだから」

ヴィドゥル「………うーん……」

メルロー「あれ? 初めて見る顔だな。──何かお探しですか?」

ヴィドゥル「ああ、ええっと、ありがとう。ボルドー警察局に行きたいのですが……」

メルロー「警察局に? それなら、すぐそこですよ。僕もこれから行くところだ。一緒にいきましょう」

ヴィドゥル「ああ、助かります」

 二人は警察局へと歩き出す。

メルロー「何か用事が?」

ヴィドゥル「ええ、実は11時にカベルネ・フランという人に呼ばれていまして」

メルロー「フランに? そういう話は聞いていないな……」

ヴィドゥル「あなたは警察の関係者の方? その荷物、持ちましょうか?」

メルロー「ええ? いいのいいの! こう見えても僕は力があるからね。……あ、ドアは開けてもらおうかな」

ヴィドゥル「もちろん、喜んで」

 ***

カルメネール「よし、よしっと! 仕事ひとつ終わりだぁ!」

マルベック「お疲れ様。順調なようですね、カルメネール」

カルメネール「ああ。そっちも片付きそうかい? マルベック」

マルベック「ええ。予定通り休憩に入れそうです」

 そこで、カルメネールの腹の音がなる。

カルメネール「いやぁ、ははは。腹の虫は嘘がつけない。デジュネの時間だって言ってるよ。今日はなんだ、フランが何か用意してくれたんだって? あの人にしては珍しく気を利かせたな」

マルベック「しかし、食事を持ってきたのは彼じゃありませんでしたよ」

カルメネール「じゃあ誰だい? ソーヴィニョンか?」

マルベック「ううん、初めて見る顔だった。ほら、彼ですよ」

カルメネール「ふうん?」

カルメネールが、マルベックの示した方へ顔を向けると、メルローに連れられて、まだ幼さの残った青年が、戸口に立っていた。

ヴィドゥル「あのっ……フランの紹介で来ました。今日から、よろしくお願いします!」

二人「ん……?」


***

 一同はフランと新人を囲むようにして、集められていた。

フラン「みんな、紹介が遅れてすまなかった。彼には今日からここで、一緒に仕事を
してもらうことになっている。仲良くしてやってくれ」

 カベルネ・フランから紹介され、青年はこくこくと頷く。

カルメネール「なぁんだ、フラン。そういうのは早く言ってくれよ。お願いしますって、なんの話かわかなくてさぁ、3人で固まっちまったんだから」

フラン「こいつの口から説明するはずだったんだが、どうもまだ人見知りをするようでな」

ヴィドゥル「よ、よろしく」

カルメネール「ははっ。そう固くなるなよ。新人くん。緊張してるのか?」

ヴィドゥル「ん……そういうわけでは……」

メルロー「君、名前は?」

ヴィドゥル「名前は……ヴィドゥルと呼ばれていた」

カルメネール「ヴィドル……『堅物』くんか。ぴったりの名前だな」

マルベック「カルメネールも前はグラン・ヴィドゥル、『超堅物』くんと呼ばれていたと記憶していますが」

カルメネール「よせやい、昔の話は。恥ずかしいだろ」

フラン「こいつはしばらく、シラーのところで仕事していた。足手まといになることはないと思うが、ここでのやり方をしっかりと教えてやってくれ」

 カルメネールたちの後ろにいたメルローが、尋ねる。

メルロー「今の所は、僕みたいに補佐役ってことでいいのかな?」

フラン「ああ、暫くはそのつもりだ。頼むぞ、メルロー」

メルロー「了解。(ヴィドゥルに)よろしく、ヴィドゥルくん」

ヴィドゥル「あ、ああ。よろしく」

 ***

ヴィドゥル「ああ、そうだ。ソーヴィニョンから頼まれて、サンドイッチを持ってきたんだ。みなさんへ」

カルメネール「おおー」

ヴィドゥル「……少し焦がしたと言っていた」

マルベック「彼らしいですね」

フラン「じゃあこっちの焦げてないのがセミヨンのか」

メルロー「あ! 一番綺麗にできているの持っていってー。もー、フランってば……」

*** 

メルロー「それじゃあ、新人くんに、ここでの仕事を教えるね」

ヴィドゥル「ああ、頼む」

メルロー「まず、この警察局では、主にボルドーの品種が中心となって、街で起きる事件や問題を調査し、解決しているんだ。事件だけじゃなく、僕らの外敵である病害や害虫の被害にも、対処もしているよ」

ヴィドゥル「病害?」

メルロー「側近で言うと、オイディウムの件が記憶に新しいかな。カビの一種なんだけれど、感染すると身体中に白い斑点ができるんだ。これは恐怖だったね……」

ヴィドゥル「しかし、感染症を治すのは医者の役目ではないのか」

メルロー「そうだけど、この街ではその原因となるものが、必ず現れる。それを排除し安全を確保するのが僕らの仕事だ」

ヴィドゥル「なるほど」

メルロー「ドイツ地区の方では、シネレアっていうカビ菌が時々うろついているけれど、あれは排除対象じゃないそうだから、見かけても放っておいて大丈夫だよ」

ヴィドゥル「ふむ……」

メルロー「捜査の指揮をとっているのはカベルネ・フラン。調査へ行くのはカルメネールとマルベックだ。そして僕は二人の補佐役。君もまずは僕について、先輩たちの仕事ぶりを学ぶといいよ」

ヴィドゥル「うん、了解した」

 ***

 彼らの主な仕事はワイン作りだ。しかし、この街においては、それぞれが職務を持ち、人間と同様に社会を形成していた。
 そしてここはボルドー警察局。カルメネールやマルベック含む『ボルドー』メンバーに、新しい風が入ってきたのだ。

この頃、ボルドーの主力品種といえばカルメネールとマルベックで、メルローとカベルネ・フランは補助品種として扱われ、知名度もさほど高くはなかった。このヴィドゥルも、実は今でこそ有名な品種なのだが、当時はまだ出てきたばかりのひよっこなのだった。

***

カルメネール「おーい、ヴィドゥルくん。これ、やっといてくれ」

ヴィドゥル「わかった」

マルベック「悪いが、こちらの書類の整理もお願いできますか?」

ヴィドゥル「ああ、引き受けよう」

メルロー「むぅ……。」

 カルメネールとヴィドゥルたちのやりとりを見ていたメルローは、不満を顔に表す。

カルメネール「お、どうした、メルロー。僕の顔をまじまじと見て……」

メルロー「ねえ、ヴィドゥルくんにばかり、仕事を押し付けていないかな? 特に君、カルメネール」

カルメネール「そんなことないぞ?」

メルロー「さっきも仕事を渡してた」

カルメネール「あいつは快く引き受けてくれるし、それに、なかなか仕事ができる。僕らはいい後輩を持ったよ」

メルロー「雑用扱いしてなきゃいいけど」

カルメネール「そんなことないさ。僕ぁ結構あいつのこと気に入ってるよ」

メルロー「………。」

 訝しげなメルローの視線をよそに、カルメネールは、外へ休憩を取りにいった。

***

 一方で、ヴィドゥルは、黙々と与えられた仕事をこなしていた。

ヴィドゥル「よし、大体終わったな。あとは、向こうのやつを書庫へ運んで……」

 そこへ、スッと人影が現れる。

メルロー「ヴィドゥルくん。僕も手伝うよ」

ヴィドゥル「メルロー。……いや、大丈夫だ。もうすぐ終わる」

メルロー「そっか。……ここでの仕事も、だいぶ慣れてきたかな?」

ヴィドゥル「ああ。フランからもよくやっていると褒めてもらった。どれもこれも、メルローのおかげだ」

メルロー「僕? 僕は大したことはしていないよ。君は仕事を覚えるのも手際も早い。とても優秀で助かっているよ」

ヴィドゥル「役に立てているようでよかった」

メルロー「……あのさ、ヴィドゥルくん。あんまり他のやつの仕事、引き受けなくていいからね? 君だってやることがあるんだからさ」

 メルローの言葉に、ヴィドゥルは目をまたたかせたが、やがて不器用に微笑んだ。

ヴィドゥル「いや、いいんだ。たくさん仕事がある方が、やりがいがある。それに、学べることも多い。俺は進んで引き受けているんだ」

メルロー「……そっか」

ヴィドゥル「少しでも誰かの役に立つなら、俺は嬉しい」

メルロー「……君は大物になりそうだね」

ヴィドゥル「そうかな」

メルロー「僕も、まだまだ頑張らないと! それ、やっぱり手伝うよ。書庫へ運べばいいんだね?」

ヴィドゥル「ああ……ありがとう」

 ヴィドゥルはまたぎこちなく笑うと、メルローと共に作業に戻った。
 その様子を、カルメネールが遠くから見ていた。

カルメネール「うん……? ……ふうん……メルローとヴィドゥル、仲良くしてんのな」

***

 そして、あの事件が起きたのだった──。

***

 ここは南仏。

マルサンヌ「ふう……いい朝。真っ白な洗濯物に、太陽のいい香り……」

 ガサガサっと、垣根が揺れる。

マルサンヌ「ん? そこに何かいるのかな……? 猫……? いや、もっと小さい……はあ。またルーサンヌが、どこかで拾ってきたのかなぁ」

 またガサガサッと茂みが動く。

マルサンヌ「ほら、出ておいで。怖くないから……」

 また茂みが揺れ、小さな子供が這い出してくる。

フィロキセラ「ラ!」

マルサンヌ「君は……? 初めて見る子供だな……」

フィロキセラ「(ゾッとする声で)……ラ!」

マルサンヌ「わっ、わっ、わあぁあぁ!!」

***

ルーサンヌ「(遠くから)マルー? ねえ、マルってばー。どこいったんだよー」

マルサンヌ「(苦しい息)ルー、逃げて……来ちゃだめだ……」

ルーサンヌ「……!! マル!! どーしたの!? 大丈夫!? ねえ!!」

マルサンヌ「逃げて……あの小さい子に……気をつけて……」

ルーサンヌ「え……? どーゆうこと……?」

フィロキセラ「(涎を垂らしながら)ラ……ラ……♪」


 各地で、次々と葡萄が枯れるという被害が、広がり始めていた……。
 そして、その魔の手はボルドーにも……。

***

 》》》続く……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Rasanz‼︎ーラザンツー

池代智美
キャラ文芸
才能ある者が地下へ落とされる。 歪つな世界の物語。

隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち

鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。 心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。 悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。 辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。 それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。 社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ! 食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて…… 神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

男、虎となりて人里へ流れお賃金をもらう

七谷こへ
キャラ文芸
【あらすじ】 海と山にはさまれたのどかなある田舎町に、ひとりの男が流れついた。 男は、なんの因果かある日虎へと姿を変じてしまった元人間であった。 虎へと変わった直後は嘆き、苦しみ、山のいただきにて涙を流すこともあったが、冷静になってみると二足歩行できるししゃべれるし住民も受けいれてくれるしでなんやかんやそこに住むことになった。快適。 その町の小さな書店で働いてお賃金をありがたくいただきながら過ごす日々であったが、ある日悲鳴が聞こえてある女性を助けると、 「その声は、トラくん!? もしかしてぼくの友だち、ペンネーム『✝月下の美しき美獣✝』のトラくんかい!?」 と昔のペンネームを叫ばれ、虎は思い出したくない黒歴史におそわれ情緒がぐっちゃぐちゃになるのであった。 【表紙】 アボット・ハンダーソン・セイヤー『トラ』1874年頃

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

八奈結び商店街を歩いてみれば

世津路 章
キャラ文芸
こんな商店街に、帰りたい―― 平成ノスタルジー風味な、なにわ人情コメディ長編! ========= 大阪のどっかにある《八奈結び商店街》。 両親のいない兄妹、繁雄・和希はしょっちゅうケンカ。 二人と似た境遇の千十世・美也の兄妹と、幼なじみでしょっちゅうコケるなずな。 5人の少年少女を軸に織りなされる、騒々しくもあたたかく、時々切ない日常の物語。

月宮殿の王弟殿下は怪奇話がお好き

星来香文子
キャラ文芸
【あらすじ】 煌神国(こうじんこく)の貧しい少年・慧臣(えじん)は借金返済のために女と間違えられて売られてしまう。 宦官にされそうになっていたところを、女と見間違うほど美しい少年がいると噂を聞きつけた超絶美形の王弟・令月(れいげつ)に拾われ、慧臣は男として大事な部分を失わずに済む。 令月の従者として働くことになったものの、令月は怪奇話や呪具、謎の物体を集める変人だった。 見えない王弟殿下と見えちゃう従者の中華風×和風×ファンタジー×ライトホラー ※カクヨム等にも掲載しています

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

処理中です...