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Goûte moi 私を味見して 第3話 甘美なるエスコート
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Goûte moi 私を味見して 第3話 甘美なるエスコート
(上演15分)
──────────
《キャスト》
武藤:
シェフ:
ひより:
カベルネ:
シャルドネ:
メルロー:
ゲヴュルツ:(キスあり)
モスカート:(キスあり)
リースリング:(キス寸止めあり)
客1:(女性)
客2:(女性)
※収録時のお願い
[SE: ]の所は2秒ほど間をおいてからセリフをお願いします。
また、***のある所は場面転換、あるいは補足です。
ここでも2秒ほど間を開けてください。
──────────
↓ 以下、本編 ↓
***
(前回までのあらすじ風に)
武藤「……ワインバーで働くことになった俺、武藤。なんだかんだやっていけそうな気はするものの……ワインを騙る連中に、なんだかんだ引っ掻き回されたり、キスされたりで……はぁ、やっていけるかな俺……」
タイトル:武藤
【ヴィティスターズ グート・モワ 第3話 甘美なるエスコート】
***
[SE:ドアの鈴]
ひより「ちわちわー。おはようございまーっす。と言っても、夜なんだけどねー。……お、どーしたの、こんなとこで」
武藤「……っなんでもないっす。ってか、あんたはどちらさん? お客じゃないよな……」
ひより「およ? 俺はここのバイトのひよりでーっす! んで、あんたこそ、誰?」
武藤「俺は今日からここに入った社員の武藤です……」
ひより「へー! むとーっていうの! よろしくー!」
武藤「かっる。ってか、年上に敬語ぐらい使えよ……」
ひより「仕事でいえば俺が先輩ですッ。それより、むとーさん、なんか顔赤いよー? ダイジョーブ?」
武藤「あ、赤くなんか……。くそ、今日は俺の厄日っすかね」
ひより「んん? ……あ、久々に見た! やっほー、シャルドネにぃ、メルメルー!」
シャル「お、やっと来たか。ひよこっち」
メル「おはよう、ひよこくん」
ひより「ひよこじゃないよ! ひよりでっす!」
シャル「社会人1年目のピヨっ子だから、ひよこー」
ひより「ひよりと呼べっての! あ、お客さんいるんだね。いらっしゃいませ~」
客「ど、どうも……(モジモジしている)」
シェフ「ワイン、何飲むか、決まりました? うちはいろいろおいてありますからね、テイスティングしていただいて、もしお気に召さないようでしたらまた別のワインもご用意しますよ」
ひより「シェフってば、いつもは調理場に引っ込んでるくせに。若い女の子のお客様だからって、何張り切ってんだか」
客1「そ、その……前からこのお店気になってて、思い切って友達を誘って来ちゃいました。えっと、ワインのことあんまり詳しくなくて……おすすめ、お願いします!」
ひより「赤がいい? 白がいい? それとも泡から始める?」
客1「えっと、赤ワインって、渋いイメージがあるので、飲みやすいものでお願いします」
シャル「んじゃー、最初は俺からでしょ。シャンパーニュのごふっ」
カベルネ「行くなシャル。値段を考えろ。ここはお前の出番じゃない」
シャル「くっそ、なんだよもーカベルネ」
メル「行くならカバかな。始めてのお客様には良心的な値段だし」
客2「私、シャンパン飲みたいなー」
シャル「ほらほら! シャンパンがいいって!」
武藤「シャンパンですと、お値段がやや高めになりますが、よろしいでしょうか? こちらのスペインのカバも、美味しいですしお値段も優しいですよ」
客2「カバって変な名前ー。それはシャンパンじゃないの?」
武藤「産地が違うだけで、シャンパンと同じ製法のワインです」
シャルドネ「(小声で)品種もちげーよ!!」
客1「じゃあ、それにする?」
武藤「それか……甘めのスパークリングもありますが、如何でしょう」
客2「あ、甘めのがいい!」
客1「じゃ、じゃあ、私も……」
シャル「お、おいおい、まさかあいつを出すつもりじゃ……」
[SE:後ろから肩を叩かれる]
モスカート「ご名答。残念だったな、シャルドネ」
シャル「くそー。やっぱりお前か、モスカート!」
モスカート「ふ。初めての女の子は、甘いヤツがお好きなのさ。じゃ、ちょっと行ってくるよ」
シャル「うう。キザな奴め」
メル「シャルも結構キザだよ」
シャル「メルちんがフォローしないだと!?」
武藤「こら、そこ、騒がない」
シャル「へーい」
武藤「(開栓して注ぐ)どうぞ。イタリアのピエモンテ、アスティ地区で作られたスプマンテです」
客1「あ、あまーい」
客2「こんなシャンパン初めて飲んだー!」
シャル「だから、それはシャンパンじゃないっての……!」
モスカート「ブドウ品種はモスカート・ブランコ。別名ミュスカ・ア・プティ・グラン。日本ではマスカットの名前でも知られている品種だ。天使の絵が描かれている、お洒落なラベルでしょう? 天使のアスティ、そう呼ばれているんですよ」
客1「へええー!」
客2「そうなんだー!」
ミュスカ「お嬢さん方、気にっていただけましたか?」
客1、2「はい!」
シャル「あの格好付けめー」
シェフ「は、は。赤ワインを渋い、白ワインを苦いと思っている人は、ああいうところから入るのが一番なんだよ。さて、と、俺は厨房に引っ込むとするか」
メルロー「まだ何も料理、注文されてないよ?」
シェフ「可愛い子にはサービス、サービス♪ ちょっくらつまめるもん、考えてくるわ」
ひより「シェフはほんと、若い女の子に甘いよねー」
メルロー「ははは……」
客1「あのー、これに合わせるなら、どんな料理がいいですか?」
武藤「甘めのワインにはご提案しづらいのですが、産地で合わせるというやり方もあります。例えば、これはイタリアのワインですので、カプレーゼや生ハムのサラダなど如何でしょうか」
客2「カプレーゼにしようかなー」
ひより「甘めのワインって、料理に合わせにくいの?」
カベルネ「甘みのあるものを飲むと、満足感で食事があまり進まなくなるんだ。スッキリした辛口の方が唾液の分泌を良くして、食欲も増加させる。一般的に食前酒にはスパークリングや辛口のシェリーなんかが良しとされている」
ひより「ほえー」
武藤「なんだその間抜けな返事は。それくらい覚えててくださいね」
ひより「むとーさん、上から目線!」
武藤「まあ、俺の方が身長高いですから」
シャル「わずか数センチの差じゃね? あんま変わらんっしょ」
武藤、ひより「お前らがでかすぎなんだよ!」
シェフ「はい、おまたせー。カプレーゼと生ハムのサラダ、そしてシェフのおまけ付き♪」
客1「わー、ありがとうございますー!」
客2「あ、ワイン無くなっちゃった。次、何かお願いしますー」
ひより「白、行っちゃいます?」
客2「行っちゃいますー」
シャル「よし、俺の出番ごふっ」
カベルネ「すまんが、今回は出番はない」
メル「悪いけれど、シャルは辛口タイプが多いからね」
ゲヴュルツ「ってなわけだ、シャルドネ。残念だったな」
シャル「今度はゲヴュルツかよ~」
武藤「……つーか、さっきからどんどん人が湧いてくるんだけど、どうなってんだ、この店……」
メルロー「細かいことは突っ込んじゃダメ!」
武藤「いや、細かくないから……」
ゲヴュルツ「じゃーな、シャルドネ。そこで指くわえて大人しくしてろ」
シャル「うわムカつくなあいつー」
武藤「白ワインでしたら、こちらのアルザスのゲヴュルツ・トラミネールがオススメです。ほのかな甘味だけでなく、香りも華やかですよ」
客1「わあ、すごいライチの香り!」
ゲビュルツ「俺のアロマの特徴さ。バラの香り、とも言われている。一口、飲んでみてくれ」
客2「……あ、スッキリ、してる」
客1「こっちより、こっちの方が甘い、かな」
客2「えー、どっちもあんまり甘くないよ」
メル「うーん、ここはドイツワインにした方がいいかもね」
武藤「甘いやつばっかりじゃなくてメリハリつけようと思ったんだけど、やっぱ甘口がいいのか……」
ゲヴュルツ「俺じゃダメか? だったら、リースだな」
シャル「は! リースちゃーん!」
リース「うるせ。騒ぐなっつの。ったく、毎度毎度うるせーし」
カベルネ「出番みたいだな、リースリング」
リース「ん。行ってくるっす」
武藤「それでは、今度は甘口のドイツワインをご用意しました」
リース「ドイツのシュバルツ・カッツです。名前は黒猫って意味。その昔、黒猫が飛び乗った樽のワインを飲んでみたら、とろけるように甘くて美味しかった、そういう逸話から付けられた名前なんすよ。どうぞ」
客1「なんか、いっぱい店員さん、いるんですね」
武藤「そうなんですよ……はは」
客2「あっ、あっまーい!!」
客1「ジュースみたーい」
客2「どんどん飲めそー」
リース「ちゃんとアルコール入ってるんで。飲み過ぎ注意っすよ」
ひより「ドイツのワイン、ちょー甘いもんねー」
ゲヴュルツ「甘さでいったら、リースには勝てねーな」
[SE:武藤、バックヤードに戻ってくる]
武藤「んー。俺はゲヴトラも甘いと思うんだけどなー」
ゲヴュルツ「ま、人によって感じ方は違うってことさ。ちょいと味見してみるか?」
武藤「え、ちょ、ま……(後頭部掴まれ、キスされる)」
シャル「わーお」
ゲヴュルツ「ん……ふふ」
武藤「な、何するんすか!! また!また! 誰かに見られでもしたら……!」
ゲヴュルツ「またって……俺とは初めて、だよな?」
武藤「あんたら、なんで初対面で、しかも人前で、こんな……ことできるんだよ。くそ、女子ともしたことねえのに……!」
ゲヴュルツ「まじか。お前の歳でか?」
シャル「逆にお前と同い年で未経験者探す方が、難しいんじゃねーの」
武藤「クッソ、馬鹿にするなぁ!!」
モスカート「そーだぜ。香りや味の感じ方も、経験の数も、人それぞれだってことだ。なんなら、俺たちで経験値上げてやればいい」
武藤「け、結構です。ってか、もうヤメテクレ」
モスカート「キスだと思うからキツイんだ……ワインのテイスティングだと思えばいい。な?」
武藤「え、無理。できない。無理無理」
モスカート「だったら、目を閉じてろ。俺は他のやつより断然甘いから、男としてるなんて気にならないさ」
武藤「無理、だって……(キスされる)」
ミュスカ「ん……。どうだ、甘かったろ」
ゲヴュルツ「お前……キスの時、いい顔するのな。名前、なんてったっけ。むーと……?」
メル「武藤くん、だよ。もう、本当にやめてあげたら。流石に……さ」
カベルネ「今は仕事中だ。遊ぶのは程々にしろ」
武藤「(半泣き)やっぱり俺、遊ばれてる……?」
***
武藤N「そのあと、何だかんだでお客は入り、そこそこの売り上げになった。はじめの女性客2人も、ドイツワインで満足し、また来るね、と笑顔で帰られた。こうやって、訪れた人々が笑顔になって帰られるのが、接客業ってやつの一番の喜びだ」
***
武藤「……さて、と。今日はなんとか無事に閉店。よかったよかった。……じゃない。俺は無事じゃない。なんか色々奪われた気がする……」
[SE:足音]
メルロー「武藤くん、お疲れ様」
武藤「あ、ああ。メルローか」
メルロー「何だか、冴えない顔だね」
武藤「……いまだに、あんた達の存在が、理解できてない。いきなり現れたと思ったら、いつの間にかいなくなってるし……俺、夢でもみてるんじゃないかって、まだ実感ないんですよ」
メルロー「うーん、確かに、僕たちは不思議な存在かもしれないね。でも、それはそれでいいんじゃないかな。世の中には理解のできないことのひとつやふたつ、あった方が面白いでしょ?」
武藤「そ……んなもんすかね」
メルロー「それより、片付けはやっておくから、帰る支度をしなよ。勤務初日、疲れたでしょ」
武藤「いや、それは申し訳ないんで。俺もやります」
メルロー「じゃ、二人でぱっぱと終わらせよう!」
武藤N「……この連中の中で、メルローが一番、話しやすいというか、親しみやすい印象だな。仕事も手際がいいし、手が足りない時にさっと手伝ってくれる。こういう友人がいると、すごい頼もしいよな……」
***
[SE:階段を上がる]
武藤「ふう、片付けも済んだし、帰るか。何だかまだモヤモヤするものもあるけれど……。戸締りはメルローがしてくれるっていうから、俺は着替えようかなっと……」
[SE:ドア開ける]
リース「……お疲れっす」
武藤「うわっと!! お、おどかさんでください、もー……」
リース「まだ、ちゃんと挨拶してなかったんで」
武藤「ずっと待ってたんですか」
リース「別に。そんな待ってないっすよ」
武藤「そ、そう。……で、ええっと、誰だっけ? たしか甘口品種の……」
リース「……リースリングっす。これからちょくちょく顔合わせると思うんで、その、よろしく」
武藤「お、おお。よろしく……です」
リース「……じゃあ」
武藤「え、あ、挨拶だけ……?」
リース「……そうっすよ。何か他にあります?」
武藤「いや、別に、そのためだけに待ってなくても、よかったのにって……思って」
リース「(ちょっと気恥ずかしげに)挨拶は、大事なんで……」
武藤「ああ、まあ、そうですけど。あと、他の奴らは挨拶するどころか、その、キスばっかしてくるからさ、ちょっと身構えちゃって」
リース「……して、欲しいっすか」
武藤「え? そ、そんな事、一言も言ってないし!」
リース「……別に、俺は、してもいいっすよ」
武藤「いや、その、そんな真っ赤な顔で言われても……」
リース「べ、別に赤くなんかなって……ッ! ……くそ」
武藤「えーっと、なんか、ごめん」
リース「そこで謝らないで、くれます?」
武藤「え、えー……」
リース「(近づいて)じゃ、するんで。目、閉じろよ」
武藤「へ、は、」
リース「……ん……」
[SE:ドアがバンと開く]
ひより「むちょーさーん、 着替えすんだー? 帰るよー?」
リース「!(寸前で突き飛ばす)」
武藤「どわあっ!! つ、突き飛ばすとか酷くない……?」
ひより「あれー、リースだー。二人で何してたのー?」
リース「な、何もしてねえし。じゃあ、お、俺は、これで……!」
[SE:走りさる]
武藤「な、何だあれ……」
ひより「おー、リースは今日もツンデレってるなー」
武藤「あれはツンデレ、なのか……? (小声で)というより、気まぐれなネコみたいな……」
***
武藤N「俺はさらにモヤモヤを募らせながら、帰路についたのだった……」
ひより「続く!」
(上演15分)
──────────
《キャスト》
武藤:
シェフ:
ひより:
カベルネ:
シャルドネ:
メルロー:
ゲヴュルツ:(キスあり)
モスカート:(キスあり)
リースリング:(キス寸止めあり)
客1:(女性)
客2:(女性)
※収録時のお願い
[SE: ]の所は2秒ほど間をおいてからセリフをお願いします。
また、***のある所は場面転換、あるいは補足です。
ここでも2秒ほど間を開けてください。
──────────
↓ 以下、本編 ↓
***
(前回までのあらすじ風に)
武藤「……ワインバーで働くことになった俺、武藤。なんだかんだやっていけそうな気はするものの……ワインを騙る連中に、なんだかんだ引っ掻き回されたり、キスされたりで……はぁ、やっていけるかな俺……」
タイトル:武藤
【ヴィティスターズ グート・モワ 第3話 甘美なるエスコート】
***
[SE:ドアの鈴]
ひより「ちわちわー。おはようございまーっす。と言っても、夜なんだけどねー。……お、どーしたの、こんなとこで」
武藤「……っなんでもないっす。ってか、あんたはどちらさん? お客じゃないよな……」
ひより「およ? 俺はここのバイトのひよりでーっす! んで、あんたこそ、誰?」
武藤「俺は今日からここに入った社員の武藤です……」
ひより「へー! むとーっていうの! よろしくー!」
武藤「かっる。ってか、年上に敬語ぐらい使えよ……」
ひより「仕事でいえば俺が先輩ですッ。それより、むとーさん、なんか顔赤いよー? ダイジョーブ?」
武藤「あ、赤くなんか……。くそ、今日は俺の厄日っすかね」
ひより「んん? ……あ、久々に見た! やっほー、シャルドネにぃ、メルメルー!」
シャル「お、やっと来たか。ひよこっち」
メル「おはよう、ひよこくん」
ひより「ひよこじゃないよ! ひよりでっす!」
シャル「社会人1年目のピヨっ子だから、ひよこー」
ひより「ひよりと呼べっての! あ、お客さんいるんだね。いらっしゃいませ~」
客「ど、どうも……(モジモジしている)」
シェフ「ワイン、何飲むか、決まりました? うちはいろいろおいてありますからね、テイスティングしていただいて、もしお気に召さないようでしたらまた別のワインもご用意しますよ」
ひより「シェフってば、いつもは調理場に引っ込んでるくせに。若い女の子のお客様だからって、何張り切ってんだか」
客1「そ、その……前からこのお店気になってて、思い切って友達を誘って来ちゃいました。えっと、ワインのことあんまり詳しくなくて……おすすめ、お願いします!」
ひより「赤がいい? 白がいい? それとも泡から始める?」
客1「えっと、赤ワインって、渋いイメージがあるので、飲みやすいものでお願いします」
シャル「んじゃー、最初は俺からでしょ。シャンパーニュのごふっ」
カベルネ「行くなシャル。値段を考えろ。ここはお前の出番じゃない」
シャル「くっそ、なんだよもーカベルネ」
メル「行くならカバかな。始めてのお客様には良心的な値段だし」
客2「私、シャンパン飲みたいなー」
シャル「ほらほら! シャンパンがいいって!」
武藤「シャンパンですと、お値段がやや高めになりますが、よろしいでしょうか? こちらのスペインのカバも、美味しいですしお値段も優しいですよ」
客2「カバって変な名前ー。それはシャンパンじゃないの?」
武藤「産地が違うだけで、シャンパンと同じ製法のワインです」
シャルドネ「(小声で)品種もちげーよ!!」
客1「じゃあ、それにする?」
武藤「それか……甘めのスパークリングもありますが、如何でしょう」
客2「あ、甘めのがいい!」
客1「じゃ、じゃあ、私も……」
シャル「お、おいおい、まさかあいつを出すつもりじゃ……」
[SE:後ろから肩を叩かれる]
モスカート「ご名答。残念だったな、シャルドネ」
シャル「くそー。やっぱりお前か、モスカート!」
モスカート「ふ。初めての女の子は、甘いヤツがお好きなのさ。じゃ、ちょっと行ってくるよ」
シャル「うう。キザな奴め」
メル「シャルも結構キザだよ」
シャル「メルちんがフォローしないだと!?」
武藤「こら、そこ、騒がない」
シャル「へーい」
武藤「(開栓して注ぐ)どうぞ。イタリアのピエモンテ、アスティ地区で作られたスプマンテです」
客1「あ、あまーい」
客2「こんなシャンパン初めて飲んだー!」
シャル「だから、それはシャンパンじゃないっての……!」
モスカート「ブドウ品種はモスカート・ブランコ。別名ミュスカ・ア・プティ・グラン。日本ではマスカットの名前でも知られている品種だ。天使の絵が描かれている、お洒落なラベルでしょう? 天使のアスティ、そう呼ばれているんですよ」
客1「へええー!」
客2「そうなんだー!」
ミュスカ「お嬢さん方、気にっていただけましたか?」
客1、2「はい!」
シャル「あの格好付けめー」
シェフ「は、は。赤ワインを渋い、白ワインを苦いと思っている人は、ああいうところから入るのが一番なんだよ。さて、と、俺は厨房に引っ込むとするか」
メルロー「まだ何も料理、注文されてないよ?」
シェフ「可愛い子にはサービス、サービス♪ ちょっくらつまめるもん、考えてくるわ」
ひより「シェフはほんと、若い女の子に甘いよねー」
メルロー「ははは……」
客1「あのー、これに合わせるなら、どんな料理がいいですか?」
武藤「甘めのワインにはご提案しづらいのですが、産地で合わせるというやり方もあります。例えば、これはイタリアのワインですので、カプレーゼや生ハムのサラダなど如何でしょうか」
客2「カプレーゼにしようかなー」
ひより「甘めのワインって、料理に合わせにくいの?」
カベルネ「甘みのあるものを飲むと、満足感で食事があまり進まなくなるんだ。スッキリした辛口の方が唾液の分泌を良くして、食欲も増加させる。一般的に食前酒にはスパークリングや辛口のシェリーなんかが良しとされている」
ひより「ほえー」
武藤「なんだその間抜けな返事は。それくらい覚えててくださいね」
ひより「むとーさん、上から目線!」
武藤「まあ、俺の方が身長高いですから」
シャル「わずか数センチの差じゃね? あんま変わらんっしょ」
武藤、ひより「お前らがでかすぎなんだよ!」
シェフ「はい、おまたせー。カプレーゼと生ハムのサラダ、そしてシェフのおまけ付き♪」
客1「わー、ありがとうございますー!」
客2「あ、ワイン無くなっちゃった。次、何かお願いしますー」
ひより「白、行っちゃいます?」
客2「行っちゃいますー」
シャル「よし、俺の出番ごふっ」
カベルネ「すまんが、今回は出番はない」
メル「悪いけれど、シャルは辛口タイプが多いからね」
ゲヴュルツ「ってなわけだ、シャルドネ。残念だったな」
シャル「今度はゲヴュルツかよ~」
武藤「……つーか、さっきからどんどん人が湧いてくるんだけど、どうなってんだ、この店……」
メルロー「細かいことは突っ込んじゃダメ!」
武藤「いや、細かくないから……」
ゲヴュルツ「じゃーな、シャルドネ。そこで指くわえて大人しくしてろ」
シャル「うわムカつくなあいつー」
武藤「白ワインでしたら、こちらのアルザスのゲヴュルツ・トラミネールがオススメです。ほのかな甘味だけでなく、香りも華やかですよ」
客1「わあ、すごいライチの香り!」
ゲビュルツ「俺のアロマの特徴さ。バラの香り、とも言われている。一口、飲んでみてくれ」
客2「……あ、スッキリ、してる」
客1「こっちより、こっちの方が甘い、かな」
客2「えー、どっちもあんまり甘くないよ」
メル「うーん、ここはドイツワインにした方がいいかもね」
武藤「甘いやつばっかりじゃなくてメリハリつけようと思ったんだけど、やっぱ甘口がいいのか……」
ゲヴュルツ「俺じゃダメか? だったら、リースだな」
シャル「は! リースちゃーん!」
リース「うるせ。騒ぐなっつの。ったく、毎度毎度うるせーし」
カベルネ「出番みたいだな、リースリング」
リース「ん。行ってくるっす」
武藤「それでは、今度は甘口のドイツワインをご用意しました」
リース「ドイツのシュバルツ・カッツです。名前は黒猫って意味。その昔、黒猫が飛び乗った樽のワインを飲んでみたら、とろけるように甘くて美味しかった、そういう逸話から付けられた名前なんすよ。どうぞ」
客1「なんか、いっぱい店員さん、いるんですね」
武藤「そうなんですよ……はは」
客2「あっ、あっまーい!!」
客1「ジュースみたーい」
客2「どんどん飲めそー」
リース「ちゃんとアルコール入ってるんで。飲み過ぎ注意っすよ」
ひより「ドイツのワイン、ちょー甘いもんねー」
ゲヴュルツ「甘さでいったら、リースには勝てねーな」
[SE:武藤、バックヤードに戻ってくる]
武藤「んー。俺はゲヴトラも甘いと思うんだけどなー」
ゲヴュルツ「ま、人によって感じ方は違うってことさ。ちょいと味見してみるか?」
武藤「え、ちょ、ま……(後頭部掴まれ、キスされる)」
シャル「わーお」
ゲヴュルツ「ん……ふふ」
武藤「な、何するんすか!! また!また! 誰かに見られでもしたら……!」
ゲヴュルツ「またって……俺とは初めて、だよな?」
武藤「あんたら、なんで初対面で、しかも人前で、こんな……ことできるんだよ。くそ、女子ともしたことねえのに……!」
ゲヴュルツ「まじか。お前の歳でか?」
シャル「逆にお前と同い年で未経験者探す方が、難しいんじゃねーの」
武藤「クッソ、馬鹿にするなぁ!!」
モスカート「そーだぜ。香りや味の感じ方も、経験の数も、人それぞれだってことだ。なんなら、俺たちで経験値上げてやればいい」
武藤「け、結構です。ってか、もうヤメテクレ」
モスカート「キスだと思うからキツイんだ……ワインのテイスティングだと思えばいい。な?」
武藤「え、無理。できない。無理無理」
モスカート「だったら、目を閉じてろ。俺は他のやつより断然甘いから、男としてるなんて気にならないさ」
武藤「無理、だって……(キスされる)」
ミュスカ「ん……。どうだ、甘かったろ」
ゲヴュルツ「お前……キスの時、いい顔するのな。名前、なんてったっけ。むーと……?」
メル「武藤くん、だよ。もう、本当にやめてあげたら。流石に……さ」
カベルネ「今は仕事中だ。遊ぶのは程々にしろ」
武藤「(半泣き)やっぱり俺、遊ばれてる……?」
***
武藤N「そのあと、何だかんだでお客は入り、そこそこの売り上げになった。はじめの女性客2人も、ドイツワインで満足し、また来るね、と笑顔で帰られた。こうやって、訪れた人々が笑顔になって帰られるのが、接客業ってやつの一番の喜びだ」
***
武藤「……さて、と。今日はなんとか無事に閉店。よかったよかった。……じゃない。俺は無事じゃない。なんか色々奪われた気がする……」
[SE:足音]
メルロー「武藤くん、お疲れ様」
武藤「あ、ああ。メルローか」
メルロー「何だか、冴えない顔だね」
武藤「……いまだに、あんた達の存在が、理解できてない。いきなり現れたと思ったら、いつの間にかいなくなってるし……俺、夢でもみてるんじゃないかって、まだ実感ないんですよ」
メルロー「うーん、確かに、僕たちは不思議な存在かもしれないね。でも、それはそれでいいんじゃないかな。世の中には理解のできないことのひとつやふたつ、あった方が面白いでしょ?」
武藤「そ……んなもんすかね」
メルロー「それより、片付けはやっておくから、帰る支度をしなよ。勤務初日、疲れたでしょ」
武藤「いや、それは申し訳ないんで。俺もやります」
メルロー「じゃ、二人でぱっぱと終わらせよう!」
武藤N「……この連中の中で、メルローが一番、話しやすいというか、親しみやすい印象だな。仕事も手際がいいし、手が足りない時にさっと手伝ってくれる。こういう友人がいると、すごい頼もしいよな……」
***
[SE:階段を上がる]
武藤「ふう、片付けも済んだし、帰るか。何だかまだモヤモヤするものもあるけれど……。戸締りはメルローがしてくれるっていうから、俺は着替えようかなっと……」
[SE:ドア開ける]
リース「……お疲れっす」
武藤「うわっと!! お、おどかさんでください、もー……」
リース「まだ、ちゃんと挨拶してなかったんで」
武藤「ずっと待ってたんですか」
リース「別に。そんな待ってないっすよ」
武藤「そ、そう。……で、ええっと、誰だっけ? たしか甘口品種の……」
リース「……リースリングっす。これからちょくちょく顔合わせると思うんで、その、よろしく」
武藤「お、おお。よろしく……です」
リース「……じゃあ」
武藤「え、あ、挨拶だけ……?」
リース「……そうっすよ。何か他にあります?」
武藤「いや、別に、そのためだけに待ってなくても、よかったのにって……思って」
リース「(ちょっと気恥ずかしげに)挨拶は、大事なんで……」
武藤「ああ、まあ、そうですけど。あと、他の奴らは挨拶するどころか、その、キスばっかしてくるからさ、ちょっと身構えちゃって」
リース「……して、欲しいっすか」
武藤「え? そ、そんな事、一言も言ってないし!」
リース「……別に、俺は、してもいいっすよ」
武藤「いや、その、そんな真っ赤な顔で言われても……」
リース「べ、別に赤くなんかなって……ッ! ……くそ」
武藤「えーっと、なんか、ごめん」
リース「そこで謝らないで、くれます?」
武藤「え、えー……」
リース「(近づいて)じゃ、するんで。目、閉じろよ」
武藤「へ、は、」
リース「……ん……」
[SE:ドアがバンと開く]
ひより「むちょーさーん、 着替えすんだー? 帰るよー?」
リース「!(寸前で突き飛ばす)」
武藤「どわあっ!! つ、突き飛ばすとか酷くない……?」
ひより「あれー、リースだー。二人で何してたのー?」
リース「な、何もしてねえし。じゃあ、お、俺は、これで……!」
[SE:走りさる]
武藤「な、何だあれ……」
ひより「おー、リースは今日もツンデレってるなー」
武藤「あれはツンデレ、なのか……? (小声で)というより、気まぐれなネコみたいな……」
***
武藤N「俺はさらにモヤモヤを募らせながら、帰路についたのだった……」
ひより「続く!」
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