ヴィティスターズ!

独身貴族

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ピノシャル 出会い

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シャル「ドラマパートに入る前に、補足!」

シャル「なんかわかった気になるワイン講座!」

シャル「まずは自己紹介をしなきゃな! 俺はシャルドネ。フランスのブルゴーニュ地方、シャンパーニュ地方を中心に世界各国で活躍している、白ワイン用葡萄品種だ!そして……」


ピノ「私はピノノワール。同じくフランスのブルゴーニュ地方、シャンパーニュ地方でワインを作っている、赤ワイン用葡萄品種だ。」


シャル「俺はけっこー広い範囲でワインを作っているのに対し、ピノ様は土地の選り好みが激しいから、フランスでも作られている地域は限定されているんだよな」


ピノ「温暖な地方、雨が多い地方、それから地質、日照時間……私は生まれつき体が弱いから、苦手なものが多くある」


シャル「一方で、ピノ様の作るワインは多くの美食家を唸らせ、世界的にも名の知れたワインを多く作ってるんだ。例えば、ワインの中で最高金額を叩き出している、ロマネ・コンティ。それからジュヴレ・シャンベルタン、などなど。そういうわけで、ワインの王だの女王だの呼ばれ、そのワインを飲んだ者は、その素晴らしさにひれ伏し、ピノにハマった人は財政破綻する、とまで言われるほど」


ピノ「大袈裟な。確かに王としての自覚はあるが、高額じゃないワインもたくさんある。それからシャル、お前こそ有名なワインはいくつも作っているだろう」


シャル「まあねー。俺ってば、土地の選り好みをしないし、人気者だから、あっちこっちで引っ張りだこなんだよねー。いやー、モテるって辛いわー」


ピノ「(無視して)他にも我々は、シャンパーニュ地方でスパークリングワインも作っている。ドンペリことドンペリニョン、ボランジェ、アンリオ、ヴーヴ・クリコ、他にもたくさんあるが、シャンパンと呼ばれるものは、私とシャルドネ、それからピノムニエ、この三品種を使って作られている」


シャル「(気を取り直して)そーそー!ピノは大抵ぼっちでワインを作ってるんだけど、シャンパーニュでは、俺やムニエと一緒にお仕事してくれるんだよなー!」


ピノ「別に、お前を特別視しているわけじゃない。業務上、仕方なく、だ」


シャル「またまたー、そんなこと言っちゃってー。本当は俺のことも、ムニエのことも、大好きなんだろー?んー?」


ピノ「馬鹿なことを言うシャルドネのことは放っておいて、先に進もう。さて、ざっくりした説明だったが、我々のことをわかってもらえただろうか」


シャル「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは!」


ピノ「そろそろドラマパートが始まるようだ。今回は、私とシャルドネの出会いの話だ」


シャル「俺らの馴れ初めね」


ピノ「ちなみにこの話はフィクションであり、弱冠、着色されている箇所がある。そこはご理解いただきたい」


シャル「そう言うメタ発言はしないの!(咳払い)それじゃあ、そろそろ始めるぞ」




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【ピノ・ノワールとシャルドネ】




ピノ「はじめまして。ピノ・ノワールです。よろしく」


シャル『……そいつは、素っ気なく言うと、さっさと何処かへ行ってしまった。俺たち二人の出会いというものは、実に味気ないものだった』


……


シャル「はああ~……」


シャル『正直、こいつとは上手くやれないと思った。第一、ワインを作る上で、白ワイン品種(ヴァンブラン)と赤ワイン品種(ヴァンルージュ)が組んで仕事をするのは、実例が少ない。得意分野も違えば、育つ環境も違う。……どこかで、歯車が噛み合わなくなる、そう予感していた』


(歩きながら)
シャル「そもそも、あいつ、一緒に仕事するようになったはいいが、ずっと部屋に篭りっきりじゃねえか! 天気のいい日に外に出てきたかと思えば、すぐ引っ込んで、ヴァイオリンだの、ピアノだの、延々とかき鳴らしているんだ。音楽は嫌いじゃない、むしろあいつのは旋律が美しいよ。でもな、陰気臭えんだよ! 毎日聴かされるこっちの身にもなれ! 俺も引きこもるぞ!!」


ピノ「‥‥誰が陰気臭いって?」


シャル「どわああああああ! ……って、ご本人様かよ! いきなりこんなところから出て来ないでくださいよ!! 心臓飛び出るかと思ったぜ!」


ピノ「それは失礼。私も、まさか貴方が、周りによく聞こえる声で独り言を喋りながら、廊下を歩かれる方だとは思いませんでした」


シャル「む……」


ピノ「(返事を待たず)では、私は急ぎの用がありますので。……失礼」


(立ち去るのを見届けて)
シャル「カッチーン。なんだあの言い方。さすがの俺でも、ムカついたぜ。確かにぶつくさ言ってた俺も悪かったけどよぉ。一緒に仕事してんだ、ちっとは仲良くなろうって気がないのかね!ほんとにもー!」


ムニエ「おやおや。何やら廊下で囀る声が聞こえたかと思えば、私の美しいノアの、お仕事相手じゃないか。どうも、ボンジュール。シャルドネくん」


シャル「(独り言)ん、今度は誰かと思ったら、ピノ・ノワールのご兄弟のピノ・ムニエか……(ムニエに)や、やあ、ボンジュール。いい昼下がりですねえ。仕事の合間に、ちょっと気分転換で歩いてたんですけどね、おたくのピノ・ノワールくん? 彼は部屋に篭りっきりだったり、忙しなくどこかへ出かけたりしていますが、普段からああなんですか? ちゃんと、ろくに挨拶もしていないんですけれど」


ムニエ「おお、それは悪い気をさせてしまったね、すまない、私の方から謝るよ。彼は生まれつき、体が弱いんだ。それで、気分の良い時しか、外に出られないんだ。それから、彼のワインは優雅で気品があるから人気が高くてね、あちこちから引っ張りだこなんだ。今日もある政治家のムッシューと、会食らしいよ。ずいぶんお気に入りみたいでね……流石は私の自慢のノア。寵愛を受けるのも頷けるよ。ふふふ……」


シャル「……ず、随分とご兄弟を愛されてらっしゃるんですねぇ」


ムニエ「勿論さ! ピノ家は代々芸術を嗜んでいるのだけれど、彼ほど突出した才能を見せるものはいなかった! (うっとりと)彼こそ、まさしくピノ家の誇り……! ……でも、無理をしていないか私は心配だよ……」


シャル「そう言えば、ピノ・ムニエさんは、ブルゴーニュの方では仕事をなさってないんですか? ノワールくんとシャンパーニュでよく、スパークリングワインを作っていますけれど」


ムニエ「んん~、シャンパーニュ以外の場所はね、私の心の琴線に触れないのだよ。何かが足りない、芸術意欲を掻き立てるような、何かが……! 一方で、ノアの作るスパークリングは最高なのさ……! あれこそまさに、ブラン・ド・ノワール! 黒の中の白、ってね!」


シャル「はあ……(小声で)兄弟揃って変人だな……」


ムニエ「あ、それから、私のことは気軽にムニエ、で良いからね。珍しく、君のことは気に入っているんだ。ノアがブラン・ド・ノワールなら、君はブラン・ド・ブラン、白の中の白、だ」


シャル「そう言ってもらえて、光栄ですよ」


ムニエ「敬語なんてよしてくれよ! 私と君の仲じゃないか!」


シャル「あ、はは、じゃ、遠慮無く。(小声で)どうゆう仲だってんだよ!」


ムニエ「じゃ、私はそろそろ行かないと。ボンジュルネ。マ・ボウ(よい1日を。私の美)」


シャル「ははは。………はあ。なんかすげえやつと仕事してんだな、俺……」


……


シャル『俺の元々の出身はブルゴーニュ地方の外れにある、マコネ村。小さな小さなのどかな村で、俺は伸び伸びと育った。村の人と農作業をしたり、収穫した葡萄を踏んで、ワイン作りを手伝ったり。でもその内、名前が知れてくると、他の土地でもワインを作らないかと声をかけられた。好奇心旺盛な俺は、わくわくして村を飛び出したんだが、なんだか最近、お偉いさんだの、司祭様だの、堅っ苦しい方々のあれこれが増えてきて、正直めんどくさくなっていた。そこに、あの芸術家と仕事を組まされるときた。……そろそろ、故郷が恋しくなってきた俺だった』


(雨の音)


シャル「……って、雨が降ってきやがった。雨は嫌いじゃないが、あの芸術家様がまた陰気な曲を奏で始めるのかと思うと……はあ。俺も自室に篭ろうかね」


(足音)


シャル「……と、玄関の戸が開いてら。誰だよ、ちゃんと閉めとけって……お? (緊迫して)おい、あんた……!」


(走る)


シャル「おい、おい、どうしたんだよ、こんなところでぶっ倒れて! おい!……クソ、反応がねえ。(頬を叩く)おーい!ピノ・ノワール! 目を開けろ!返事をしろって!!……息はあるな。呼吸も乱れていない。よかった。……はあ、仕方ねえな!」


(抱き上げて運ぶ)


シャル「よい、しょ……と。おとと。……はは。軽いな、あんた。ちゃんと食ってんのかぁ? 玄関で転がったままってのも可愛そうだから、お部屋へ運びますね……と」


(足音)
(ドアの音)


シャル「勝手に入りますよー……。お邪魔しまーす。……はっ、家具があんまりないくせに、机の上は散らかってんな」


シャル「とりあえず、長椅子の上に下ろしますねー。……っと、おっ」


ピノ「(急に目を覚まして)え? な……、ああっ!(椅子から落ちる)」


シャル「うわっ……とと、大丈夫か?変なとこ、打たなかったか?」


ピノ「つっ……。ここは……私の部屋か? なんであんたが……」


シャル「(不貞腐れて見せる)玄関先にぶっ倒れてたから、部屋まで運んでやったんですよ。感謝して欲しいですね」


ピノ「……すまない。恥ずかしいところを見せてしまった。……運んでくれたことには、礼を言おう」


シャル「え、あ、いや……」


ピノ「……何だ」


シャル「そんな素直に、返されるとは思ってなくて……また嫌味のひとつか言われるかと」


ピノ「言って欲しいのか?」


シャル「いや、結構です」


ピノ「はあ」(頭を押さえる)


シャル「……それより、大丈夫なのか? さっき抱き上げた時も、嫌に軽かったし……ちゃんと、食べて休めてるのか……?」


ピノ「お気遣いいただき、どうもありがとう。だが、あんたには関係のないことだ。一人にしてもらえると、ありがたい」


シャル「関係ないって……。なあ、俺たち仕事仲間だろ。シャンパーニュの方でワイン作る予定だってあんだろうが。そんな状態でなあ、足引っ張ってもらっちゃ困るんだよ!心配するじゃねえか!ちょっと待ってろ、俺様が特別に精のつく食いもん、作ってやっからな!」


ピノ「いい。余計なお世話だ」


シャル「よくない。残念だったな、俺は結構お節介なタチなんでね。そこで大人しく待ってろ。いいな?」


(シャルドネ、一旦部屋を出ていく)


ピノ「……。(小声で)なんなんだ、アレは……」


………


シャル「はい、お待たせしましたピノ・ノワール様。これでも食って、そんで寝て、元気をつけやがれ」


ピノ「これは………郷土料理?」


シャル「ピノ様はこういうの、召し上がったことないんですかぁ? 俺のいたところじゃ、日常的に食卓に並んでたぜ。ほら、冷めないうちに、食いな」


ピノ「……(食べる)……ん、悪くない」


シャル「……ん?美味いか? ほらほら、どんどん食えよ」


ピノ「…………普段から、こうなのか」


シャル「ん? これか? これはフリチュールっつってな、小魚をフライにして……」


ピノ「違う、あんたのことだ。誰に対しても、こう、お節介を焼いているのか」


シャル「んー、まあ、そうだな。特に、大事な相手には、めちゃくちゃお節介するぜ? 俺は」


ピノ「(すごく小声で)……メ、メルシー……」


シャル「……ん? なんだ? 聞こえなかったぞ? んん?」


ピノ「なんでもない。(黙々と食べる)」


シャル「なんだよー、はっきりと言わなきゃ、聞こえないだろうがー」


ピノ「(ちょっと笑う)」


シャル「んあ、そうだ、今度俺に一曲弾いてくれよ。なんか明るくて、楽しい曲をさ。いっつもあんな陰気そうな曲じゃ、気分も滅入っちまう。あ、そーだ、俺もちょっとピアノ弾けるんだ。練習すっからさ、今度一緒にやろうぜ」


ピノ「一緒、に?」


シャル「あんだよ、不満か?」


ピノ「……いや、悪くない」


シャル「ったく、嬉しいのか嫌がってんのか、わかんねえやつだな」


ピノ「……ふん」


シャル「あ、それとな、お前の兄弟のムニエ? 彼と話したんだけどさ、お前のこと、心配してたぜ。無理してないか、ってな。最近、出かけることが多いだろ? まだ知り合ってそんなに経ってないし、お前のことよくわかっているわけじゃないけれどさ、帰ってくるとだいたい、疲れた顔をしてるぜ。な、たまには予定の一個くらいキャンセルして、しっかり休めよ。どうせ気の張る相手と、外交上の付き合いばっかりしてんだろ? 眉間にしわ寄せて、肩の力も入れっぱなしで、疲れるだろうに……」


ピノ「……約束を断るなど、もっての外だ。私に、休みなど、ない」


シャル「おい。……お前、壊れるぞ。体、弱いんだろ」


ピノ「弱いからこそ、だ。昔からそうしていた。気を抜いていると……今の地位を失ってしまう」


シャル「なあ、何に囚われてんだよ。何を恐れているんだ。聞いたぞ、他の葡萄品種(ヴィティスタ)ともつるまずに、むしろ遠ざけているようじゃないか。確かに、お前はワインの王と呼ばれているし、その地位を大事にしたいのもわかる。でもな、相手との間に壁作って、形ばかりの関係ばかり優先して……何が大事なんだ? そんなに一番が好きなのか? お前は、そこまでして、何がしたいんだ」


ピノ「五月蝿い! ……あんたには、到底理解できないことだ。なんでもこなせる、あんたには……」


シャル「おいおい……」


ピノ「別に一番であることが、好きなわけじゃない。そうでないと、生き残れないからだ。……知っているだろう。私は、とても体が弱い。おまけに生産量も低い。ピノ家の一人であったから初めから注目されていたものの、少しでも品質を損なえば、世界から置いていかれる。……私は、多くのものと付き合えるほど、器用じゃない。だから、たった一人で、頂点に立つことを選んだ。期待に反しないように。見捨てられないように。埋もれてしまわないように。……元々、友人の一人もいなかった。私は、人間に愛されてこそ、存在に意味を持つんだ。その道しか、生き残るには……」


シャル「そんな、思いつめるほどか? 本当に、それしか道はないのか?」


ピノ「……わからない。考えたことすら、ない」


シャル「はあ。お前のよそよそしい態度の理由がわかったよ。要するに、仲間ってのに慣れてないんだろ。誰かと協力することにも。わかった。じゃあ、こうしよう。今日から、俺とお前は『お友達』な。はい決定ー」


ピノ「は? 何を言って……」


シャル「異論は認めませんー。ってことで、『お友達』のピノ・ノワールくん。明日一日、休暇をとって俺と付き合ってください」


ピノ「待て、何を言ってる」


シャル「ピノ様には、強制的に休んでいただきます。んでもって、俺もちょうどつまらなくなってたところだ、1日俺の遊びに付き合え」


ピノ「意味がわからない」


シャル「考えるな。深い意味なんてない。俺と遊ぶのは、『お友達』だから。な、簡単な理由だろ? 俺もお前と、親交を深めたいなーと思ってたし? ほら、一緒に仕事すんだから、お互いのこと、もっとわかっていたほうがいいだろ? な?」


ピノ「……頭痛がしてきた」


シャル「そりゃ大変だ! さ、今すぐ横になれ! あとのことは『お友達』である俺が引き受ける! だから、お前は安心して、ゆっくり寝ろ。それとも、強制的に寝かしつけてやろうか?」


[SE:無理やりベッドに寝かせる]


ピノ「ちょっと……待てと言っているだろ! お前は勝手になに話を決めているんだ、私は明日大事な予定がある、そのためにこの後もまとめないといけない書類が……」


シャル「わかったわかった。じゃあ、それも俺がやっといてやるから。どれだ? ん? これか? どれどれ……」


ピノ「勝手なことをするな!これは私の仕事だ!お前に代わりは……」


シャル「俺を誰だと思ってんだよ、世界を舞台に仕事する、シャルドネ様だぞ? このぐらいの仕事、ちょちょいとこなしてやんよ。お前はとりあえず、休め」


ピノ「……頑固だな、あんた」


シャル「そっちこそな」


ピノ「(呆れため息)……あんたの気遣いはわかった。しかし、それは私の仕事だ。自分のことは自分でする。だからどうかそのまま触らないでくれ。……お前に仕事を取られたくない」


シャル「……。そうか。自分の仕事にプライドを持つことは大事だ。俺も、それは邪魔するつもりはない。だが、どう見てもお前は、働きすぎだ。少しは休まないと、壊れちまうぞ」


ピノ「……」


シャル「たまには、誰かに甘えろ。それくらいで、お前の玉座は揺るがねえよ。お前が今までしてきた努力は、俺ですら、そうすぐに乗り越えられるものじゃない」


ピノ「……」


シャル「明日じゃなくていいから、俺に時間をくれよ。悪いようにはしないからさ。あんたに、休息の仕方ってやつをゆっくり教えてやる。だから今日はもう、大人しく寝ちゃってください。明日の事は明日考えましょうねー」


ピノ「ふっ、はは……」


シャル「な、なんだよ」


ピノ「お前、私以上に変わっているな」


シャル「ピノ様ほどじゃありませんー。ってか、初めて笑うところ見た。なんだ、お前もちゃんと笑えるんだな」


ピノ「(むっつりする)……普段、笑うようなことがないだけだ」


シャル「あー、むっつりにもどんな! ほれほれ、もっと笑いやがれ!」


ピノ「ちょ、なにを! おい!シャルドネ!!(くすぐられて逃げる)」


シャル「くっ、ははははは!!」


end
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