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アイレンの奮闘記
☆アイレンの奮闘記 第三話 ガメイの昔話
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アイレン「僕はアイレン。小さな出版社の雑誌記者だ。今日も、特集記事のネタを集めに、街を駆け回っている……」
***
♪電話の音
アイレン「……ダメか」
アイレン「僕の担当する雑誌の記事の特集、次はピノ・ノワールにしようと思ったんだけれど、あの人も多忙だからな……。なかなか電話がつながらないよ。とほほ」
アイレン「どうしよっかなー……。国際品種から攻めていくとするなら、次はセミヨンとかソーヴィニョン・ブランあたりがいいのだろうけれど……。シラーはなんか話しかけづらいし、リースリングはつかまるかどうか……と」
ガメイ「ふんっふふっふっふーん♪」(軽快に歩き去っていく)
アイレン「……あ、ちょと、まって!!(追いかける)」
○路地裏
アイレン「はあ、はあ、逃げ足早いな……見失っちゃったよ」
ガメイ「ばあ!」
アイレン「うわあっ!! ……お、脅かすなよ、心臓に悪い……」
ガメイ「へへーん。追いかけられたら逃げたくなるのが人の性ってね。ボクに何か用?」
アイレン「あー……そう、そうだよ、ガメイ。君に前から聞きたいことがあったんだ。聞いてもいいかな?」
ガメイ「ボクの知ってることなら!」
アイレン「ええっと、僕の担当している雑誌の記事にしたいんだけど、以前から君、ガメイはあのピノ・ノワールと同じ生産地でありながら、あまり仲良くしていないみたいだけど……何か理由があるのかい? 答えられる範囲でいいんだ、仲を違えるようなことがあったとか、こういうことで喧嘩したとか……」
ガメイ「言いたくない」
アイレン「ん?」
ガメイ「ピノのことは、大っ嫌いだから、嫌いなんだよ! じゃあね、バイバイ!!」
アイレン「ええ!? それだけ!? ちょっと、待ってよ、…………もー……」
○ピノ宅
アイレン「ということがあったのですが……。貴方なら知っていると思うのですが、どういうことなのでしょう?」
ムニエ「ああ、まあ、これには色々わけがあるんだよ。古い古い因縁、っていうものがね」
アイレン「因縁。気になります」
ムニエ「ひとつ、物語を聞かせてあげよう。ガメイの小さかった頃の、お話だ」
***
むかーし昔、まだ小さかった二人は、ひろーい屋敷で、よく一緒に過ごしていた。
ピノ・ノワールはその頃から才能を認められ、朝から晩まで、音楽の勉強をしていた。
一方ガメイは、なかなか評価されることなく、あちこちで雑用や掃除をさせられていた。
ガメイ:おおーい、ピノー!
ピノ:あ……ガメイ。
ガメイ:どこ行くのー? あ、そっか、楽器の練習するんだ。その手に持ってるのがヴァイオリンでしょ?
ピノ:ああ。
ガメイ:難しいの?
ピノ:そんなことはない。弾いているときは、楽しい。
ガメイ:楽しいの? いいなあ。 ボク掃除ばっかでつまんなーい。
ガメイ:……ボクも、それが弾けたらいいのに。
ピノ:……触って見るか?
ガメイ:ほんと? いいの? やったー!
ピノ:落としたりはするなよ。
ピノ・ノアールは楽器を取り出すと、ガメイに持たせてあげた。
ピノ:こう持って、こう、するんだ。
ガメイ:う……首が痛くなりそう。どうやって弾くの?
ピノ:こっちの手で弓を持って、弦に当てる。少し押さえるようにして弓をゆっくりと引く。
ガメイ:うわ、嫌な音!
ピノ:最初はそんなものだ。初めから上手く弾けるわけじゃない。だから、練習が必要なんだ。
ガメイ:……あんまり面白くない。
ピノ:面白いと感じるのは人それぞれさ。私はお前と違い体が弱い。だから、楽器を弾いて静かに過ごしているしかない。私は自分にできることをやっているだけだ。
ピノ・ノワールは楽器をケースに片付けると、もう行かなくてはと告げ、ガメイと別れた。
ガメイ:ピノって、変なやつ。
ガメイは病気に強く、生産性が高いことから、ブルゴーニュで広く活躍していた。
しかし、その酸味の強さから高級ワインにはなれず、床掃除に使われることまであった。
一方、土地の選り好みが激しく、病気に弱いピノ・ノワールは、素晴らしいワインを生み出すことから、貴族や王族に気に入られていたんだ。
またある日のこと。
ヴァイオリンを弾くピノ・ノワールの前に、ガメイは現れた。
ガメイ:ピノー!
ピノ:!……驚かせるな。
ガメイ:その楽器でそんな音が出せるんだ。変なの。
ピノ:変じゃない。
ガメイ:変だよー。ヴァイオリンも、ピノも。
へへん、今日はね、ピノの似顔絵書いてきたんだよ。
ピノ:……私の?
ガメイ:じゃじゃーん! 眉間にしわ寄せて楽器弾くピノ!
ピノ:な……ふっ……くく……
ガメイ:あー、ピノが笑った! 初めて見たー!
ピノ:……私はこんな変な顔しているのか?
ガメイ:してるよ! いっつもむっつりして不機嫌そう。今みたいに笑っていればいいのに。
ピノ:余計なお世話だ。私だって笑うことはある。
ガメイ:あ、また不機嫌になった! もっと笑えー!
しかし、ある日ガメイは、屋敷から追い出されてしまった。
役人:今日からお前は、この土地に出入り禁止だ。
ガメイ:え? なんで? どうして?
役人:フィリップ公からガメイ禁止令が出された。お前を見つけ次第、燃やせと言われている。そうされたくなければ、さっさと出て行くことだ。
ガメイ:どうして急に!? ボク、ずっとここに住んでいたのに!
役人:おい、こいつの持ち物を全て燃やせ。
ガメイ:なんでそんなことするの!? やめてよ! ボクもっと頑張るから! 掃除もちゃんとするから! お願い、追い出さないで!
当時、ブルゴーニュを治めていたフィリップ公が、ピノ・ノアールを気にいるあまり、ガメイの栽培を禁じたんだ。
ガメイは外に追いやられ、途方にくれた。
ピノ・ノワールは、ただそれらを静かに見守っていた。
ガメイ:開けてよ! 中に入れてよ! お願い、なんでもするよ! 掃除もちゃんとする! だからお願い!
ぐすっ…………なんで……どうして……ボクは認めてもらえないの? ……えぐっ……なんで……ピノばっかり……うぐっ……なんで……ピノは何も声をかけてくれなかったの? なんで……
女性:あらあら、どうしちゃったの。こんなところで一人で泣いて。
ガメイ:ボク、追い出されちゃった。ちゃんと掃除してたのに。上手に仕事ができないから、中に入れてもらえないんだ……。
女性:こっちへおいで。何か元気の出るものをあげるわ。涙も拭いて。あたしたちの土地なら、追い出されることはないからね。
ガメイ:ほんと?
女性:ほんとよ。あなたの自由に過ごしていいのよ。
現在で言うブルゴーニュ地方の南部ボジョレーは、当時別の統治下に置かれていたことから、フィリップ公の出した禁止令の外だったんだ。
しかも、そこの花崗岩質な土地はガメイにはぴったりで、より上質なワインを作れるようになったんだ。
今でこそ、ボジョレー・ヌーボーで有名になっているガメイだが、昔は色々と苦労していたんだ。
そのことから、ピノ・ノワールに対して複雑な感情を抱いているんだよ。
***
アイレン「そんな過去があったわけですか……なるほど」
ムニエ「だから、あまり掘り返してほしくない話だろうから、そっとしてあげて欲しい」
アイレン「でも、僕は記事にしなきゃいけないんですが……」
ムニエ「そこは、ほら、なにか別のことを書いてあげて? ね?
文章を作るのは君の得意分野でしょ?」
アイレン「う……いや、でも……。なら、せめて、ムニエさんについて、何か取材させていただけますか? ほら、ピノ・ノワールさんとシャルドネさんと一緒に、シャンパーニュを作ってるじゃないですか。それについて、何かお話が聞ければ……」
ムニエ「(満面の笑みで)勿論だよ、ムッシュー!! いいよ、存分に語って聞かせよう。
私の自慢の、美しいノアとシャル君のことを……!!(以下略」
♪鳩時計
ムニエ「それからだね、ノアの生み出す泡の繊細さと言ったら、まるで神が創造したんじゃないかというくらい美しく繊細でね……グラスに注いだ時に照明を受けて、一層美しく光り輝くんだ。それでそれで……」
アイレン「あの、ムニエさん、僕もうそろそろ、出版社に戻らないと……」
ムニエ「まだ話の途中だよ!? 記事にするんだろう? だったら、もっとシャンパーニュの魅力について語り聞かせないと……!」
アイレン「も、もう、充分ですから……帰して……!!」
end
***
♪電話の音
アイレン「……ダメか」
アイレン「僕の担当する雑誌の記事の特集、次はピノ・ノワールにしようと思ったんだけれど、あの人も多忙だからな……。なかなか電話がつながらないよ。とほほ」
アイレン「どうしよっかなー……。国際品種から攻めていくとするなら、次はセミヨンとかソーヴィニョン・ブランあたりがいいのだろうけれど……。シラーはなんか話しかけづらいし、リースリングはつかまるかどうか……と」
ガメイ「ふんっふふっふっふーん♪」(軽快に歩き去っていく)
アイレン「……あ、ちょと、まって!!(追いかける)」
○路地裏
アイレン「はあ、はあ、逃げ足早いな……見失っちゃったよ」
ガメイ「ばあ!」
アイレン「うわあっ!! ……お、脅かすなよ、心臓に悪い……」
ガメイ「へへーん。追いかけられたら逃げたくなるのが人の性ってね。ボクに何か用?」
アイレン「あー……そう、そうだよ、ガメイ。君に前から聞きたいことがあったんだ。聞いてもいいかな?」
ガメイ「ボクの知ってることなら!」
アイレン「ええっと、僕の担当している雑誌の記事にしたいんだけど、以前から君、ガメイはあのピノ・ノワールと同じ生産地でありながら、あまり仲良くしていないみたいだけど……何か理由があるのかい? 答えられる範囲でいいんだ、仲を違えるようなことがあったとか、こういうことで喧嘩したとか……」
ガメイ「言いたくない」
アイレン「ん?」
ガメイ「ピノのことは、大っ嫌いだから、嫌いなんだよ! じゃあね、バイバイ!!」
アイレン「ええ!? それだけ!? ちょっと、待ってよ、…………もー……」
○ピノ宅
アイレン「ということがあったのですが……。貴方なら知っていると思うのですが、どういうことなのでしょう?」
ムニエ「ああ、まあ、これには色々わけがあるんだよ。古い古い因縁、っていうものがね」
アイレン「因縁。気になります」
ムニエ「ひとつ、物語を聞かせてあげよう。ガメイの小さかった頃の、お話だ」
***
むかーし昔、まだ小さかった二人は、ひろーい屋敷で、よく一緒に過ごしていた。
ピノ・ノワールはその頃から才能を認められ、朝から晩まで、音楽の勉強をしていた。
一方ガメイは、なかなか評価されることなく、あちこちで雑用や掃除をさせられていた。
ガメイ:おおーい、ピノー!
ピノ:あ……ガメイ。
ガメイ:どこ行くのー? あ、そっか、楽器の練習するんだ。その手に持ってるのがヴァイオリンでしょ?
ピノ:ああ。
ガメイ:難しいの?
ピノ:そんなことはない。弾いているときは、楽しい。
ガメイ:楽しいの? いいなあ。 ボク掃除ばっかでつまんなーい。
ガメイ:……ボクも、それが弾けたらいいのに。
ピノ:……触って見るか?
ガメイ:ほんと? いいの? やったー!
ピノ:落としたりはするなよ。
ピノ・ノアールは楽器を取り出すと、ガメイに持たせてあげた。
ピノ:こう持って、こう、するんだ。
ガメイ:う……首が痛くなりそう。どうやって弾くの?
ピノ:こっちの手で弓を持って、弦に当てる。少し押さえるようにして弓をゆっくりと引く。
ガメイ:うわ、嫌な音!
ピノ:最初はそんなものだ。初めから上手く弾けるわけじゃない。だから、練習が必要なんだ。
ガメイ:……あんまり面白くない。
ピノ:面白いと感じるのは人それぞれさ。私はお前と違い体が弱い。だから、楽器を弾いて静かに過ごしているしかない。私は自分にできることをやっているだけだ。
ピノ・ノワールは楽器をケースに片付けると、もう行かなくてはと告げ、ガメイと別れた。
ガメイ:ピノって、変なやつ。
ガメイは病気に強く、生産性が高いことから、ブルゴーニュで広く活躍していた。
しかし、その酸味の強さから高級ワインにはなれず、床掃除に使われることまであった。
一方、土地の選り好みが激しく、病気に弱いピノ・ノワールは、素晴らしいワインを生み出すことから、貴族や王族に気に入られていたんだ。
またある日のこと。
ヴァイオリンを弾くピノ・ノワールの前に、ガメイは現れた。
ガメイ:ピノー!
ピノ:!……驚かせるな。
ガメイ:その楽器でそんな音が出せるんだ。変なの。
ピノ:変じゃない。
ガメイ:変だよー。ヴァイオリンも、ピノも。
へへん、今日はね、ピノの似顔絵書いてきたんだよ。
ピノ:……私の?
ガメイ:じゃじゃーん! 眉間にしわ寄せて楽器弾くピノ!
ピノ:な……ふっ……くく……
ガメイ:あー、ピノが笑った! 初めて見たー!
ピノ:……私はこんな変な顔しているのか?
ガメイ:してるよ! いっつもむっつりして不機嫌そう。今みたいに笑っていればいいのに。
ピノ:余計なお世話だ。私だって笑うことはある。
ガメイ:あ、また不機嫌になった! もっと笑えー!
しかし、ある日ガメイは、屋敷から追い出されてしまった。
役人:今日からお前は、この土地に出入り禁止だ。
ガメイ:え? なんで? どうして?
役人:フィリップ公からガメイ禁止令が出された。お前を見つけ次第、燃やせと言われている。そうされたくなければ、さっさと出て行くことだ。
ガメイ:どうして急に!? ボク、ずっとここに住んでいたのに!
役人:おい、こいつの持ち物を全て燃やせ。
ガメイ:なんでそんなことするの!? やめてよ! ボクもっと頑張るから! 掃除もちゃんとするから! お願い、追い出さないで!
当時、ブルゴーニュを治めていたフィリップ公が、ピノ・ノアールを気にいるあまり、ガメイの栽培を禁じたんだ。
ガメイは外に追いやられ、途方にくれた。
ピノ・ノワールは、ただそれらを静かに見守っていた。
ガメイ:開けてよ! 中に入れてよ! お願い、なんでもするよ! 掃除もちゃんとする! だからお願い!
ぐすっ…………なんで……どうして……ボクは認めてもらえないの? ……えぐっ……なんで……ピノばっかり……うぐっ……なんで……ピノは何も声をかけてくれなかったの? なんで……
女性:あらあら、どうしちゃったの。こんなところで一人で泣いて。
ガメイ:ボク、追い出されちゃった。ちゃんと掃除してたのに。上手に仕事ができないから、中に入れてもらえないんだ……。
女性:こっちへおいで。何か元気の出るものをあげるわ。涙も拭いて。あたしたちの土地なら、追い出されることはないからね。
ガメイ:ほんと?
女性:ほんとよ。あなたの自由に過ごしていいのよ。
現在で言うブルゴーニュ地方の南部ボジョレーは、当時別の統治下に置かれていたことから、フィリップ公の出した禁止令の外だったんだ。
しかも、そこの花崗岩質な土地はガメイにはぴったりで、より上質なワインを作れるようになったんだ。
今でこそ、ボジョレー・ヌーボーで有名になっているガメイだが、昔は色々と苦労していたんだ。
そのことから、ピノ・ノワールに対して複雑な感情を抱いているんだよ。
***
アイレン「そんな過去があったわけですか……なるほど」
ムニエ「だから、あまり掘り返してほしくない話だろうから、そっとしてあげて欲しい」
アイレン「でも、僕は記事にしなきゃいけないんですが……」
ムニエ「そこは、ほら、なにか別のことを書いてあげて? ね?
文章を作るのは君の得意分野でしょ?」
アイレン「う……いや、でも……。なら、せめて、ムニエさんについて、何か取材させていただけますか? ほら、ピノ・ノワールさんとシャルドネさんと一緒に、シャンパーニュを作ってるじゃないですか。それについて、何かお話が聞ければ……」
ムニエ「(満面の笑みで)勿論だよ、ムッシュー!! いいよ、存分に語って聞かせよう。
私の自慢の、美しいノアとシャル君のことを……!!(以下略」
♪鳩時計
ムニエ「それからだね、ノアの生み出す泡の繊細さと言ったら、まるで神が創造したんじゃないかというくらい美しく繊細でね……グラスに注いだ時に照明を受けて、一層美しく光り輝くんだ。それでそれで……」
アイレン「あの、ムニエさん、僕もうそろそろ、出版社に戻らないと……」
ムニエ「まだ話の途中だよ!? 記事にするんだろう? だったら、もっとシャンパーニュの魅力について語り聞かせないと……!」
アイレン「も、もう、充分ですから……帰して……!!」
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