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幻編
☆幻のワイン フランス編 前編
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幻編 銀行強盗 前編 上演時間:25分
《キャスト》
カベルネ:
メルロー:
シャルドネ:
ピノ:
フラン:
デュポン:
シャスラ:
────────────
▶︎シーン プロローグ
ピノ
「ヴィティス──それはワインが貨幣と同等の価値を持つ、ワインの街──」
シャルドネ
「そして、そこに住む俺たちはヴィティスターズと呼ばれ、ワインを作り、人間から愛されることで、命を繋いでいる」
カベルネ
「人と同じように職業を持ち、日々を過ごしているが、ワインの街ならではの事件に、遭遇することもある」
メルロー
「これは、そんな事件の一つ──ワイン強盗事件のお話だ」
シラー(タイトル)
「《ヴィティスターズ》幻のワイン フランス編」
…………………………
▶︎シーン①
カベルネ:
フラン:
メルロー:
………………
[SE:サイレンの音]
》カベルネの携帯が鳴る。
カベルネ
「アロー。フラン? 何か事件か?」
フラン(電話)
『ああ、カベルネ。ヴィティス銀行で強盗事件だ。現場へ向かってくれ』
カベルネ
「了解。詳細を頼む」
フラン
『昨晩、何者かが銀行に侵入し、保管庫より高級ワインを盗み出して逃走。第一発見者はシャスラだ。聞き込みを行なってくれ』
カベルネ
「了解。──なぜ銀行にワインが?」
フラン
『アメリカでは車が、イタリアではチーズが、融資の担保になるだろう? この街ヴィティスでは、ワインを担保に金を借り入れられるわけだ』
カベルネ
「ふむ、成程」
フラン
『盗まれたワインの大半が、フランスの資産家フェルディナン・ベルナールのものだそうだ。つい2か月前、彼はコレクションしていたロマネ・コンティを担保にして、銀行から7千ユーロを借り入れたらしい』
カベルネ
「ほう。ロマネ・コンティを担保に……」
フラン(やや皮肉っぽく)
『どうも彼の事業は最近傾きがちだったようだ。大事な大事なワインを手離すのは、さぞ苦痛だったろう。おまけに、そのワインが盗まれては、心静かに眠れんだろな。この街の経済に大きく貢献しているお方だ、早く犯人を捕まえ、コレクションを手の届く場所へ戻し、彼が安らかに眠れるよう、捜査に当たってくれ』
カベルネ
「了解」
フラン
『ふむ……真面目な返答ばかりでつまらんな。少しはユーモアのある返しをしたらどうだ』
カベルネ
「生憎だがそれは出来ない相談だ」
フラン
『ったく、この堅物め!』
カベルネ
「はは。その呼び方、久しぶりに聞いたよ」
***暗転
◯警察局内
フラン
「報告しろ、カベルネ」
カベルネ
「ああ。第一発見者のシャスラから、事件の詳細を聞いてきた。──まず第一に、シャスラは被害に遭ったワイン保管庫の、管理業務を任されていた。主な仕事は、出入庫したワインの記録、室内の温度チェックなど。毎朝、出勤してすぐにチェックに入るのだが、今朝、保管庫へ向かったところ、鍵が破壊されており、ワインが数点盗まれていた」
フラン
「なるほど。ワインの被害は?」
》SE: 紙を机に置く
カベルネ
「フェルディナン・ベルナール氏のコレクションが、20本ばかり、ケースでなくなっていた」
フラン
「それだけか?」
カベルネ
「他にもつまみ食いするようにいくつか盗られていたが、一番被害額が大きいのはベルナール氏だった。俺が気になったのは、──他にもはるかに高額なワインがあったのに、それには手をつけていなかった」
メルロー
「例えば?」
カベルネ
「アンリ・ジャイエのワインだな。これはつい3日前に入れたばかりだそうだ。一番手前にあったのだが──手はつけられていなかった。それから、シャトー・ムートン・ロートシルト。これも数日前に入ったものらしいが、むしろこれを盗まなかったのが不思議なくらいだ」
フラン
「お前が手がけたワインだな。確かにそれはおかしな話だ」
カベルネ(腑に落ちない)
「まあ、被害に遭わなくて幸いだったのだが……」
フラン
「セキュリティの面はどうなんだ?」
カベルネ
「本来であれば、無理やりこじ開けたり破壊したりすれば、すぐに警報が鳴り、警備員に知らされる。しかし、昨晩は……」
フラン
「鳴らなかったんだな?」
カベルネ
「ああ。原因については、警備会社に問い合わせ中だ」
メルロー
「犯人の姿は防犯カメラには映っていたかい?」
カベルネ
「ああ、カメラの映像を拝借した。これを見てくれ」
[SE: パソコンを起動し、ディスクを入れる]
カベルネ
「これが午前一時前の映像だ。だいたいこの時間に、警備員が見回りをすることになっている」
メルロー
「あっ……」
フラン
「犯人が映っているな。2人。映ってはいるが……」
メルロー
「流石に顔は隠しているか。2人とも、体格からして中肉中背の男、っていうことくらいしかわからないね」
フラン
「嫌に堂々としているな……」
メルロー
「そして手際もいい。こういう仕事に慣れているのかもね」
フラン
「常習犯か。過去の事件を洗えば、容疑者を絞れるかもしれないな」
メルロー
「そうだね。──あ、見て。金庫を開けようとしている。でも手元は、もう一人の犯人の体に隠れて写っていないな。──あっ、もう開いちゃった。どうやって鍵を壊したのだか」
フラン
「本当に手際がいい。──こんなに簡単に開けられるものなのか?」
メルロー
「うーん……できないはずなんだけどね……」
フラン
「──ワインを運び始めたな」
カベルネ
「ああ。すぐに例のワインの木箱を見つけて、運び出している」
フラン
「ふむ……運び出す音に、警備員は気付かなかったのか?」
カベルネ
「昨晩警備に当たった男によると、見回りを終えたばかりで気が緩み、うとうとしていたらしく、何も気づけなかったらしい」
フラン
「おいおい……。それにしても、見回りの後にタイミングよく犯行に及んだということは、犯人は銀行関係者の可能性もあるんじゃないか」
メルロー
「うん、ワインの配置もまるで知っているかのようだし、ありえるね」
カベルネ
「それについてだが、気になる人物がいた。1週間前にちょっとした事件があり──」
メルロー
「待って。ワインを全部運び終えたようだよ」
フラン
「やつの向かった先の、カメラの映像は?」
カベルネ
「ああ。この先には駐車場につながる裏口がある……(操作する)これだ。黒いバンにワインを積んでいるが、ナンバーまではわからない」
フラン
「やつは、おそらく監視カメラの場所を把握している。ワインの入った木箱は重いだろうに、出入り口から遠い場所にわざわざ車を止めたのは、ナンバーを見られないための策だろう。暗いせいもあり、車種を判別するのも難しい」
カベルネ
「ああ。最新のものだったら、もっとはっきり映っていただろう。これは古い型だった」
フラン
「保管庫のロックも、ひとつ前の古いタイプだったろ。これを期にセキュリティ全般を見直すことだな。シャスラに言ってやれ」
カベルネ
「ああ、伝えておくよ」
フラン(嫌味っぽく)
「ついでに、警備員の男の雇用も、考え直すように、もだ。何が、気が緩んでうとうと、だ。とんだ経費の無駄遣いだ」
カベルネ
「ああ……それも言っておこう」
メルロー
「ところで、さっき言いかけた事件について、話してくれないかい」
カベルネ
「ああ。一週間前のことだ、ある資産家が担保にしていたワインの所在が、わからないということが発覚した。借り入れた分の返済が終わったため、担保の受け取りに来た所、そのワインが保管室にないという事態が起きたそうだ。真っ先に、管理をしていたエドモン・デュポンという男が疑われた。彼は現管理者のピエールと同郷で、学生時代に一度、同級生の金を盗んだことで警察の厄介になっている。だが、今はまじめに働いていて、仕事もよくこなしていたそうだ。結局は記録ミスがあり、ちゃんとワインはあったそうなのだが、デュポンはその資産家から散々文句を言われ、銀行からは部署移動の処分が出された。配属先は窓口の電話番──彼は憤慨し、そのまま辞職したそうだ」
メルロー
「その、デュポンという男が怪しいね」
カベルネ
「ああ。だが、シャスラの他に何人か話を聞いたんだが、デュポンの評判はそう悪くはなかった。上層部の中に、彼の昔の素行を引き合いに出す連中が居るようだが、一緒に働く人間は口を揃えて、真面目で大人しい性格だと評価している ──シャスラもこう言っていた──」
シャスラ
『あの件で何かしらの恨みは抱いたかもしれないが、それを実行するとは到底思えない。とても几帳面で、誠実な性格で──だから、彼を失ったのは痛手だった。今管理をしているピエールは、仕事が雑なところがあり、ちょっと困っている。僕はデュポンが犯人じゃないことを信じたい』
フラン
「そんなもの、あてにならんのはお前も知っているだろ。穏やかな人間が強盗や殺人を犯すケースなど珍しくはない。惑わされるな」
カベルネ
「しかし、決定的な証拠が、まだ出てきていない。現場に指紋も残ってないし、防犯カメラからも顔を特定できない。車のナンバーも判別できないよう注意を払っている……とても計画性のある犯行だ」
メルロー
「だからこそ、元職員だったその男が怪しいわけだけど……アリバイはどうなんだい?」
カベルネ
「それはこれから調べる所だ」
フラン
「ともかく、その元銀行員に話を聞かなきゃならんようだな」
カベルネ
「メルの方はどうだったんだ」
メルロー
「ベルナールさんのこと? フランから聞いた以上のことは何もわからなかったよ。新しく手を出した事業に失敗したから、泣く泣く自分のコレクションを担保にして、銀行からお金を借りた。そのワインが盗まれてしまったことで、ひどく心を痛めていらっしゃった。そのくらいだよ」
フラン
「そうか。それは可哀想に」
カベルネ
「シャスラも胃が痛い思いだろう。さっきも言っていた」
シャスラ
『──早く犯人を捕まえてくれ。保管庫を壊した賠償金を請求しないといけないからね』
カベルネ
「修繕にかなりの額が必要らしい」
メルロー
「だろうね。これを機に新型に変えたらいいよ」
フラン
「さて、今後の捜査だが、カベルネ、お前は退職した銀行員について調べ上げてくれ」
カベルネ
「了解」
フラン
「メルロー、お前にはまた別に頼みたいことがある」
メルロー
「了解」
カベルネ
「じゃあメル、またあとで」
メルロー
「うん」
》SE: 立ち去る足音
…………………………
▶︎シーン②
カベルネ:
メルロー:
シャルドネ:
…………………………
◯外の通り
[SE: 追いかけてくる足音]
メルロー
「待って、カベルネ。一緒にデジュネ食べる時間あるかな」
カベルネ
「ゆっくり座っている余裕はないが……」
メルロー
「そこの屋台でカスクートを買おう。最近始めたばかりだけど、美味しいって評判なんだよ」
カベルネ
「ほう、そうなのか」
メルロー
「そうだ、フランの分も買ってあげないと。放っておくと、食べるのも忘れて仕事に没頭するんだから」
カベルネ
「全くだ、困った奴め」
メルロー
「はは」
[SE: 足音 歩き出す]
メルロー
「あのさ、カベルネ。ベルナールさんの話なんだけれどね、ちょっと気になったことがあったんだ」
カベルネ
「何もなかった、と言ってなかったか?」
メルロー
「言ったよ。それは本当だ。ただ、──これは僕の主観でしかないんだけど、ベルナールさんの様子が、ちょっと変だった気がするんだ。
話している間中そわそわしているというか、早く話を切り上げたがっているというか……隠し事がある感じ。
でも、どう踏み込んでいいかわからなくて、それ以上何も聞くことができなかった」
カベルネ
「彼は被害者だ。何を隠すことがあるのだろう」
メルロー
「それは、僕もわからない。質問にはきちんと答えてくれるんだ。だけど、やっぱり、おかしかった。
ワインの話にも、あまり乗ってこなくて。大好きなロマネ・コンティの話題を振っても、そっけない返事ばかりでさ」
[SE: ふたりの肩を掴む音]
シャルドネ
「ふふん。誰の大好きなロマネちゃんだって?」
メルロー
「わ!」
カベルネ
「シャルドネ……何故ここにいるんだ」
シャルドネ
「ひっでーな、カベルネ。俺がカスクートを買いに来ちゃダメってか? お前らも屋台に行くところだったんだろ。お仲間だぜ。
それで、さっき話してたのってもしかして、あのベルナールのじいさんのことか? ん? あたりだろ」
メルロー
「相変わらず、情報が早いね」
シャルドネ
「馬鹿言え、あんなに新聞にでかでかと取り上げられてたんだぞ。知らねえのは、字の読めないベーべくらいだぜ。で、何だ、捜査難航って感じか?」
カベルネ
「被疑者は出ている。これからってところだな」
シャルドネ
「お、さすがはカベルネさん。進路良好、順風満帆なわけね。そりゃよかった」
カベルネ
「そこまでは言ってないが」
シャルドネ
「俺もあのじいさんのコレクション、見せてもらったことがあるけどな、筋金入りのマニアだぜ、ありゃあ。ロマネちゃんのためにどれだけ金をつぎ込んだかわからねえ。
事業が失敗のどうのこうのの前に、既に財産傾いてたんじゃねえの、ってくらいにさ」
メルロー
「その時、ワインのことも話したりした?」
シャルドネ
「話した、なんてもんじゃねーよ。演説をスピーカーから垂れ流すみたいにさ、ずーっとつらつらしゃべり続けてやがんの。口を挟む隙もなかったぜ」
メルロー
「やっぱり、あの時何か隠してたんだ」
シャルドネ
「隠してた? じいさんがか?」
メルロー
「うん、なんだかあまりワインについて話したくないみたいだった……」
シャルドネ
「じいさんと会ったんだ?」
メルロー
「午前中にね。あまり捜査状況を深くは話せないけど、僕と会った時のベルナールさんは、そわそわして落ち着かない様子だったんだ」
シャルドネ
「ははーん。事件はワインの盗難だけじゃない、ってわけか。被害者であるじいさんが隠し事をしてるってなると、どんなことだろうな?」
カベルネ
「おそらく、事件について自分が不利になること、じゃないか」
シャルドネ
「汚職かな? それともワインが偽物だったとか」
カベルネ
「もしそうなら、銀行側としても一大事だ」
メルロー
「信用を裏切られたようなものだからね」
シャルドネ
「でもベルナールのじいさんの汚職の噂なんて聞いたことねえぞ」
メルロー
「そういえば、銀行から人が来るからといって、時間を気にしていたな」
カベルネ
「ベルナール氏が?」
メルロー
「秘書と話しているのがちらと聞こえてしまったのだけれど、どうもワインが盗まれたのを理由に、借入返済を取り消しにしてもらうつもりらしいよ」
シャルドネ
「へーえ。これで帳消し後にワインが戻ってきたら、じいさんは儲け物だな。俺も高級シャンパン何本か銀行に入れて、盗んでもらおうかね」
カベルネ
「変なこと言うな、シャル」
シャルドネ
「冗談だっての。本当にするわけねーだろ。……いや、案外ありかもしれねえぜ」
カベルネ
「やめとけ。お前を捕まえたくなんかない」
シャルドネ
「俺じゃなくてよ、じいさんの話」
メルロー
「どういうこと?」
シャルドネ
「ベルナールのじいさんの自作自演ってやつだよ。
カネに困っていたじいさんは、銀行に大事な大事なロマネちゃんをあずけた。そして、銀行の人間を買収し、自分のワインを盗ませる。翌日、盗難事件があったと大騒ぎして、銀行の防犯に問題がある、担保を失ったから返済金をちゃらにしろ、とけしかける。
そうしてじいさんは銀行に金を返すことなく、大事なコンティちゃんも手元に戻って一件落着」
カベルネ
「そんなうまくいくか」
シャルドネ
「シナリオとしては結構よさげだと思うけど?」
メルロー
「可能性としてはありだけど、想像でしかないね。これで証拠でも出てくれば、信ぴょう性もあがるけど」
シャルドネ
「カベルネさーん。期待してるよ」
[SE:肩を叩く]
[SE:去っていく足音]
メルロー
「言うだけ言って行っちゃった」
カベルネ
「まあ、シャルの言うことも一理あるわけだが」
メルロー
「その線も考えたほうがいいだろうね。だけど先ずはデジュネにしよう。腹が減っては仕事ができぬってね!」
…………………………
シーン③
カベルネ:
メルロー:
デュポン:
…………………………
◯外の雑踏
[SE: 足音]
メルロー
「カベルネ。君が警察局を離れている間に、フランのところに警備会社から連絡が入ったんだ。銀行のセキュリティを解除するのに、エドモン・デュポンのIDカードが使われてそうだよ」
カベルネ
「デュポンの……」
メルロー
「それが不思議なことに、ピエール・ジャルダンの机の引き出しから出てきたんだ」
カベルネ
「ピエール・ジャルダン? 保管庫の管理業務の後任者か?」
メルロー
「そ。盗んで罪を着せるために使ったのかもしれない、ということで、彼に事情聴取を行った所、『なぜそんなものが机にあったのかわからない、自分はやってない、俺は嵌められたんだ』の一点張り。怒ったり騒いだり、しまいには泣き出したり……とにかく賑やかだったよ」
カベルネ
「そ、そうか」
メルロー
「ジャルダンはやややせ型だけど、背格好は監視カメラの人物に近い。着込んで体型を誤魔化せば、彼の犯行ともいえなくもないな」
カベルネ
「アリバイはどうだった」
メルロー
「それが厄介でね。昨晩は外へ飲みに出ていたらしい。先輩たちからの誘いで、断れなかったそうだ。酒に弱いらしく、すぐに酔っぱらって、その後の記憶はなし──。飲みに連れ出した男に確認すると、午後10時ごろ、ジャルダンは帰ると言って店を出たらしいが、その後の消息は不明。目撃者がいればいいけど……探すのに骨が折れそうだ」
カベルネ
「犯行時刻のアリバイはなし、か……自宅へは距離があったのか? もしかするとタクシーを利用したかもしれない」
メルロー
「そうだね。とりあえず、飲み屋周辺の監視カメラをチェックしてみる」
カベルネ
「ああ。頼む」
メルロー
「カベルネの方はどう?」
カベルネ
「ああ。退職したエドモン・デュポンについて調べていた。
生まれはフランス。学生時代は成績優秀で素行も問題なし。一度だけ、同級生から金を盗んだとして警察の世話になっているが、結局冤罪だったとして釈放。それ以降は特に問題を起こすこともなく、順調に大学を卒業、ヴィティス中央銀行に就職。
住居は西区にあるアパートメントの103号室。現在一人暮らし。
話を聞こうとデュポンに何度か連絡を入れてみたが、電話は繋がらなかった」
メルロー
「繋がらない? もしかして、彼が犯人で、すでに逃走しているとか……」
カベルネ
「そうとも考えられるな」
メルロー
「住所によると……この辺りかな?」
カベルネ
「ああそうだな。……どうやら、このアパートがそうらしい」
[SE:足音]
[SE: 玄関のチャイム音]
[SE:ドアを開ける]
デュポン
「……はい」
カベルネ
「ボンジュール。エドモン・デュポンですね? ボルドー警察局のカベルネ・ソーヴィニョンです。少しお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか」
デュポン
「ええ、どうぞ」
[SE:足音]
メルロー(小声で)
「すんなり中へ入れてくれたね」
カベルネ(小声で)
「さっぱりした部屋だな。物がほとんどない。ここにあれを運び込んだ様子はなさそうだな。他の安全な場所に隠したか、それとももう手元にないのか……」
デュポン
「銀行での件について、僕に話を聞きにこられたんですよね?」
メルロー
「ええ。その通りです」
デュポン
「僕の知っていることでしたら、なんでも話しますよ。でも、もう全てご存じだと思うんですがね。これ以上、何を話していいかわからない。……でもまあ、何か別の真実が明るみに出るのであれば、協力はおしみません」
カベルネ
「そう言っていただき、感謝します。まず、あなたが昨晩、どこにいたかを詳しく話してください」
デュポン(戸惑いつつ、だんだん早口に)
「え? ええ……。昨晩は、仕事の後、同郷の友達と飲んでいました。北区にあるカッサ・デル・ポッロっていうバルです。開店から深夜までそこにいました。その後は僕の家に移動して、飲み直して……久々に、浴びるほど飲みました。寝たのはいつだか覚えていません。目が覚めたのは昼過ぎでした。ついさっき、その片付けが済んだところです。でも、それが何か関係あるのでしょうか」
カベルネ
「もちろん捜査上、大事なことです。しかし、感心しませんね。なぜそんなに飲まれたのです」
デュポン
「そんなの、僕の勝手じゃないですか。普段はそんなことしませんよ。酒を口にするのだって、一ヶ月に三回あれば多い方です。だけど、時にはその力に頼りたくなることだってあるでしょう。僕からその友達を飲みに誘いました。でも相手は僕と違って酒に強かった。おかげで一晩中付き合わされましたよ。愚痴を言うどころじゃなかった」
カベルネ
「店を出た時間は覚えていますか」
デュポン
「いや、二人共酔っていたから、はっきりとした時間は記憶していません。だけど……店を出る前に、日を越しちまったな、って言ってたのは覚えてるんで、たぶん午前零時以降だったのだと思います」
メルロー
「一緒にいたお友達の名前を教えていただけますか?」
デュポン
「ラウール・バロー。大学からの付き合いです。上の階に住んでるんで、そいつにも聞いてみてください」
メルロー
「わかりました」
カベルネ
「別の質問になりますが、あなたのIDカードが、ピエール・ジャルダンさんの机から出てきたことについて、何か話すことはありますか?」
デュポン
「僕のIDカードが……? なぜそんなところに?」
カベルネ
「質問しているのはこちらです」
メルロー
「ではあなたは、そのことについて知らなかった、というわけですか」
デュポン
「はい。いつも通り、自分のデスクに戻して帰ったはずですが……」
カベルネ
「銀行への侵入、及び警報の解除に使用されていました。保管室はカードでは開けられないため、破壊されていましたが」
デュポン
「あれ、ちょっと待ってください。保管室を破壊って、なんのことです。僕はてっきり、ワイン紛失の件について、事情聴取されているのだと思っていたんですけど」
カベルネ
「いえ、我々はワイン窃盗事件の捜査をしています。犯行にあなたのIDカードが使われた為、参考人として話を伺っているのですが……」
デュポン
「窃盗? ワインが盗まれたんですか? もしかして、保管庫のあの高級ワインが……?」
メルロー
「そうです。事件についてご存知だと思ったのですが」
デュポン
「あー、それで昨晩の僕の行動について聞かれたのですね。先程も申し上げたとおり、僕は今日の昼までずぅっと寝ていたんです。ニュースも新聞も全然見てないんですよ。そうですか。あれらが盗まれましたか……。しかも、それに僕のIDカードが使われただなんて。ひどい話だ。ジャルダンは僕に恨みがあったみたいだから、きっと罪を着せようとして、こんな事をやったんだ。そうに違いありません」
カベルネ
「恨み、ですか……そこのところを詳しくお聞かせください」
デュポン
「わかりません。こっちが聞きたいくらいです。彼は僕の学生時代を知っていて、ワイン紛失事件の時も、盗んだんじゃないかと始めに言い出したのはあいつなんです。おかげで、僕の信用はガタ落ちです。普段から僕に何かと突っかかってくることが多くて、正直困ってました」
メルロー
「心当たりがないのですね」
デュポン
「ええ。僕は本当に、何も知りません。まじめに働いて、銀行に尽くしていました。僕が何をしたって言うんです。二度に渡って窃盗の容疑をかけられるなんて、こんなひどい仕打ち……あんまりだ」
メルロー
「本当に災難続きですね。後日、参考人として署に来ていただくことになります。またお話を聞かせてもらいますが、ご協力お願いします」
デュポン
「ええ、もちろんです。一日でも早く、新犯人が捕まる事を祈っていますよ。僕のためにもね」
カベルネ
「犯人逮捕に全力を尽くします。では、我々はこれで」
メルロー
「お時間頂きありがとうございました」
[SE: ドアを閉める音]
メルロー
「……どう思う?」
カベルネ
「誠実を体現したかのような男だな。嘘をついているようには思えない」
メルロー
「隠し事をしている素振りもなかったしね」
カベルネ
「一緒に飲んでいたというバローという男にも話を聞きに行こう」
メルロー
「店はカッサ・デル・ポッロって言ってたね」
カベルネ
「サンジョベーゼのとこだな。あいつにも聞いて、それで裏付けが取れれば、彼のアリバイは成立する」
[SE:足音 去る]
《キャスト》
カベルネ:
メルロー:
シャルドネ:
ピノ:
フラン:
デュポン:
シャスラ:
────────────
▶︎シーン プロローグ
ピノ
「ヴィティス──それはワインが貨幣と同等の価値を持つ、ワインの街──」
シャルドネ
「そして、そこに住む俺たちはヴィティスターズと呼ばれ、ワインを作り、人間から愛されることで、命を繋いでいる」
カベルネ
「人と同じように職業を持ち、日々を過ごしているが、ワインの街ならではの事件に、遭遇することもある」
メルロー
「これは、そんな事件の一つ──ワイン強盗事件のお話だ」
シラー(タイトル)
「《ヴィティスターズ》幻のワイン フランス編」
…………………………
▶︎シーン①
カベルネ:
フラン:
メルロー:
………………
[SE:サイレンの音]
》カベルネの携帯が鳴る。
カベルネ
「アロー。フラン? 何か事件か?」
フラン(電話)
『ああ、カベルネ。ヴィティス銀行で強盗事件だ。現場へ向かってくれ』
カベルネ
「了解。詳細を頼む」
フラン
『昨晩、何者かが銀行に侵入し、保管庫より高級ワインを盗み出して逃走。第一発見者はシャスラだ。聞き込みを行なってくれ』
カベルネ
「了解。──なぜ銀行にワインが?」
フラン
『アメリカでは車が、イタリアではチーズが、融資の担保になるだろう? この街ヴィティスでは、ワインを担保に金を借り入れられるわけだ』
カベルネ
「ふむ、成程」
フラン
『盗まれたワインの大半が、フランスの資産家フェルディナン・ベルナールのものだそうだ。つい2か月前、彼はコレクションしていたロマネ・コンティを担保にして、銀行から7千ユーロを借り入れたらしい』
カベルネ
「ほう。ロマネ・コンティを担保に……」
フラン(やや皮肉っぽく)
『どうも彼の事業は最近傾きがちだったようだ。大事な大事なワインを手離すのは、さぞ苦痛だったろう。おまけに、そのワインが盗まれては、心静かに眠れんだろな。この街の経済に大きく貢献しているお方だ、早く犯人を捕まえ、コレクションを手の届く場所へ戻し、彼が安らかに眠れるよう、捜査に当たってくれ』
カベルネ
「了解」
フラン
『ふむ……真面目な返答ばかりでつまらんな。少しはユーモアのある返しをしたらどうだ』
カベルネ
「生憎だがそれは出来ない相談だ」
フラン
『ったく、この堅物め!』
カベルネ
「はは。その呼び方、久しぶりに聞いたよ」
***暗転
◯警察局内
フラン
「報告しろ、カベルネ」
カベルネ
「ああ。第一発見者のシャスラから、事件の詳細を聞いてきた。──まず第一に、シャスラは被害に遭ったワイン保管庫の、管理業務を任されていた。主な仕事は、出入庫したワインの記録、室内の温度チェックなど。毎朝、出勤してすぐにチェックに入るのだが、今朝、保管庫へ向かったところ、鍵が破壊されており、ワインが数点盗まれていた」
フラン
「なるほど。ワインの被害は?」
》SE: 紙を机に置く
カベルネ
「フェルディナン・ベルナール氏のコレクションが、20本ばかり、ケースでなくなっていた」
フラン
「それだけか?」
カベルネ
「他にもつまみ食いするようにいくつか盗られていたが、一番被害額が大きいのはベルナール氏だった。俺が気になったのは、──他にもはるかに高額なワインがあったのに、それには手をつけていなかった」
メルロー
「例えば?」
カベルネ
「アンリ・ジャイエのワインだな。これはつい3日前に入れたばかりだそうだ。一番手前にあったのだが──手はつけられていなかった。それから、シャトー・ムートン・ロートシルト。これも数日前に入ったものらしいが、むしろこれを盗まなかったのが不思議なくらいだ」
フラン
「お前が手がけたワインだな。確かにそれはおかしな話だ」
カベルネ(腑に落ちない)
「まあ、被害に遭わなくて幸いだったのだが……」
フラン
「セキュリティの面はどうなんだ?」
カベルネ
「本来であれば、無理やりこじ開けたり破壊したりすれば、すぐに警報が鳴り、警備員に知らされる。しかし、昨晩は……」
フラン
「鳴らなかったんだな?」
カベルネ
「ああ。原因については、警備会社に問い合わせ中だ」
メルロー
「犯人の姿は防犯カメラには映っていたかい?」
カベルネ
「ああ、カメラの映像を拝借した。これを見てくれ」
[SE: パソコンを起動し、ディスクを入れる]
カベルネ
「これが午前一時前の映像だ。だいたいこの時間に、警備員が見回りをすることになっている」
メルロー
「あっ……」
フラン
「犯人が映っているな。2人。映ってはいるが……」
メルロー
「流石に顔は隠しているか。2人とも、体格からして中肉中背の男、っていうことくらいしかわからないね」
フラン
「嫌に堂々としているな……」
メルロー
「そして手際もいい。こういう仕事に慣れているのかもね」
フラン
「常習犯か。過去の事件を洗えば、容疑者を絞れるかもしれないな」
メルロー
「そうだね。──あ、見て。金庫を開けようとしている。でも手元は、もう一人の犯人の体に隠れて写っていないな。──あっ、もう開いちゃった。どうやって鍵を壊したのだか」
フラン
「本当に手際がいい。──こんなに簡単に開けられるものなのか?」
メルロー
「うーん……できないはずなんだけどね……」
フラン
「──ワインを運び始めたな」
カベルネ
「ああ。すぐに例のワインの木箱を見つけて、運び出している」
フラン
「ふむ……運び出す音に、警備員は気付かなかったのか?」
カベルネ
「昨晩警備に当たった男によると、見回りを終えたばかりで気が緩み、うとうとしていたらしく、何も気づけなかったらしい」
フラン
「おいおい……。それにしても、見回りの後にタイミングよく犯行に及んだということは、犯人は銀行関係者の可能性もあるんじゃないか」
メルロー
「うん、ワインの配置もまるで知っているかのようだし、ありえるね」
カベルネ
「それについてだが、気になる人物がいた。1週間前にちょっとした事件があり──」
メルロー
「待って。ワインを全部運び終えたようだよ」
フラン
「やつの向かった先の、カメラの映像は?」
カベルネ
「ああ。この先には駐車場につながる裏口がある……(操作する)これだ。黒いバンにワインを積んでいるが、ナンバーまではわからない」
フラン
「やつは、おそらく監視カメラの場所を把握している。ワインの入った木箱は重いだろうに、出入り口から遠い場所にわざわざ車を止めたのは、ナンバーを見られないための策だろう。暗いせいもあり、車種を判別するのも難しい」
カベルネ
「ああ。最新のものだったら、もっとはっきり映っていただろう。これは古い型だった」
フラン
「保管庫のロックも、ひとつ前の古いタイプだったろ。これを期にセキュリティ全般を見直すことだな。シャスラに言ってやれ」
カベルネ
「ああ、伝えておくよ」
フラン(嫌味っぽく)
「ついでに、警備員の男の雇用も、考え直すように、もだ。何が、気が緩んでうとうと、だ。とんだ経費の無駄遣いだ」
カベルネ
「ああ……それも言っておこう」
メルロー
「ところで、さっき言いかけた事件について、話してくれないかい」
カベルネ
「ああ。一週間前のことだ、ある資産家が担保にしていたワインの所在が、わからないということが発覚した。借り入れた分の返済が終わったため、担保の受け取りに来た所、そのワインが保管室にないという事態が起きたそうだ。真っ先に、管理をしていたエドモン・デュポンという男が疑われた。彼は現管理者のピエールと同郷で、学生時代に一度、同級生の金を盗んだことで警察の厄介になっている。だが、今はまじめに働いていて、仕事もよくこなしていたそうだ。結局は記録ミスがあり、ちゃんとワインはあったそうなのだが、デュポンはその資産家から散々文句を言われ、銀行からは部署移動の処分が出された。配属先は窓口の電話番──彼は憤慨し、そのまま辞職したそうだ」
メルロー
「その、デュポンという男が怪しいね」
カベルネ
「ああ。だが、シャスラの他に何人か話を聞いたんだが、デュポンの評判はそう悪くはなかった。上層部の中に、彼の昔の素行を引き合いに出す連中が居るようだが、一緒に働く人間は口を揃えて、真面目で大人しい性格だと評価している ──シャスラもこう言っていた──」
シャスラ
『あの件で何かしらの恨みは抱いたかもしれないが、それを実行するとは到底思えない。とても几帳面で、誠実な性格で──だから、彼を失ったのは痛手だった。今管理をしているピエールは、仕事が雑なところがあり、ちょっと困っている。僕はデュポンが犯人じゃないことを信じたい』
フラン
「そんなもの、あてにならんのはお前も知っているだろ。穏やかな人間が強盗や殺人を犯すケースなど珍しくはない。惑わされるな」
カベルネ
「しかし、決定的な証拠が、まだ出てきていない。現場に指紋も残ってないし、防犯カメラからも顔を特定できない。車のナンバーも判別できないよう注意を払っている……とても計画性のある犯行だ」
メルロー
「だからこそ、元職員だったその男が怪しいわけだけど……アリバイはどうなんだい?」
カベルネ
「それはこれから調べる所だ」
フラン
「ともかく、その元銀行員に話を聞かなきゃならんようだな」
カベルネ
「メルの方はどうだったんだ」
メルロー
「ベルナールさんのこと? フランから聞いた以上のことは何もわからなかったよ。新しく手を出した事業に失敗したから、泣く泣く自分のコレクションを担保にして、銀行からお金を借りた。そのワインが盗まれてしまったことで、ひどく心を痛めていらっしゃった。そのくらいだよ」
フラン
「そうか。それは可哀想に」
カベルネ
「シャスラも胃が痛い思いだろう。さっきも言っていた」
シャスラ
『──早く犯人を捕まえてくれ。保管庫を壊した賠償金を請求しないといけないからね』
カベルネ
「修繕にかなりの額が必要らしい」
メルロー
「だろうね。これを機に新型に変えたらいいよ」
フラン
「さて、今後の捜査だが、カベルネ、お前は退職した銀行員について調べ上げてくれ」
カベルネ
「了解」
フラン
「メルロー、お前にはまた別に頼みたいことがある」
メルロー
「了解」
カベルネ
「じゃあメル、またあとで」
メルロー
「うん」
》SE: 立ち去る足音
…………………………
▶︎シーン②
カベルネ:
メルロー:
シャルドネ:
…………………………
◯外の通り
[SE: 追いかけてくる足音]
メルロー
「待って、カベルネ。一緒にデジュネ食べる時間あるかな」
カベルネ
「ゆっくり座っている余裕はないが……」
メルロー
「そこの屋台でカスクートを買おう。最近始めたばかりだけど、美味しいって評判なんだよ」
カベルネ
「ほう、そうなのか」
メルロー
「そうだ、フランの分も買ってあげないと。放っておくと、食べるのも忘れて仕事に没頭するんだから」
カベルネ
「全くだ、困った奴め」
メルロー
「はは」
[SE: 足音 歩き出す]
メルロー
「あのさ、カベルネ。ベルナールさんの話なんだけれどね、ちょっと気になったことがあったんだ」
カベルネ
「何もなかった、と言ってなかったか?」
メルロー
「言ったよ。それは本当だ。ただ、──これは僕の主観でしかないんだけど、ベルナールさんの様子が、ちょっと変だった気がするんだ。
話している間中そわそわしているというか、早く話を切り上げたがっているというか……隠し事がある感じ。
でも、どう踏み込んでいいかわからなくて、それ以上何も聞くことができなかった」
カベルネ
「彼は被害者だ。何を隠すことがあるのだろう」
メルロー
「それは、僕もわからない。質問にはきちんと答えてくれるんだ。だけど、やっぱり、おかしかった。
ワインの話にも、あまり乗ってこなくて。大好きなロマネ・コンティの話題を振っても、そっけない返事ばかりでさ」
[SE: ふたりの肩を掴む音]
シャルドネ
「ふふん。誰の大好きなロマネちゃんだって?」
メルロー
「わ!」
カベルネ
「シャルドネ……何故ここにいるんだ」
シャルドネ
「ひっでーな、カベルネ。俺がカスクートを買いに来ちゃダメってか? お前らも屋台に行くところだったんだろ。お仲間だぜ。
それで、さっき話してたのってもしかして、あのベルナールのじいさんのことか? ん? あたりだろ」
メルロー
「相変わらず、情報が早いね」
シャルドネ
「馬鹿言え、あんなに新聞にでかでかと取り上げられてたんだぞ。知らねえのは、字の読めないベーべくらいだぜ。で、何だ、捜査難航って感じか?」
カベルネ
「被疑者は出ている。これからってところだな」
シャルドネ
「お、さすがはカベルネさん。進路良好、順風満帆なわけね。そりゃよかった」
カベルネ
「そこまでは言ってないが」
シャルドネ
「俺もあのじいさんのコレクション、見せてもらったことがあるけどな、筋金入りのマニアだぜ、ありゃあ。ロマネちゃんのためにどれだけ金をつぎ込んだかわからねえ。
事業が失敗のどうのこうのの前に、既に財産傾いてたんじゃねえの、ってくらいにさ」
メルロー
「その時、ワインのことも話したりした?」
シャルドネ
「話した、なんてもんじゃねーよ。演説をスピーカーから垂れ流すみたいにさ、ずーっとつらつらしゃべり続けてやがんの。口を挟む隙もなかったぜ」
メルロー
「やっぱり、あの時何か隠してたんだ」
シャルドネ
「隠してた? じいさんがか?」
メルロー
「うん、なんだかあまりワインについて話したくないみたいだった……」
シャルドネ
「じいさんと会ったんだ?」
メルロー
「午前中にね。あまり捜査状況を深くは話せないけど、僕と会った時のベルナールさんは、そわそわして落ち着かない様子だったんだ」
シャルドネ
「ははーん。事件はワインの盗難だけじゃない、ってわけか。被害者であるじいさんが隠し事をしてるってなると、どんなことだろうな?」
カベルネ
「おそらく、事件について自分が不利になること、じゃないか」
シャルドネ
「汚職かな? それともワインが偽物だったとか」
カベルネ
「もしそうなら、銀行側としても一大事だ」
メルロー
「信用を裏切られたようなものだからね」
シャルドネ
「でもベルナールのじいさんの汚職の噂なんて聞いたことねえぞ」
メルロー
「そういえば、銀行から人が来るからといって、時間を気にしていたな」
カベルネ
「ベルナール氏が?」
メルロー
「秘書と話しているのがちらと聞こえてしまったのだけれど、どうもワインが盗まれたのを理由に、借入返済を取り消しにしてもらうつもりらしいよ」
シャルドネ
「へーえ。これで帳消し後にワインが戻ってきたら、じいさんは儲け物だな。俺も高級シャンパン何本か銀行に入れて、盗んでもらおうかね」
カベルネ
「変なこと言うな、シャル」
シャルドネ
「冗談だっての。本当にするわけねーだろ。……いや、案外ありかもしれねえぜ」
カベルネ
「やめとけ。お前を捕まえたくなんかない」
シャルドネ
「俺じゃなくてよ、じいさんの話」
メルロー
「どういうこと?」
シャルドネ
「ベルナールのじいさんの自作自演ってやつだよ。
カネに困っていたじいさんは、銀行に大事な大事なロマネちゃんをあずけた。そして、銀行の人間を買収し、自分のワインを盗ませる。翌日、盗難事件があったと大騒ぎして、銀行の防犯に問題がある、担保を失ったから返済金をちゃらにしろ、とけしかける。
そうしてじいさんは銀行に金を返すことなく、大事なコンティちゃんも手元に戻って一件落着」
カベルネ
「そんなうまくいくか」
シャルドネ
「シナリオとしては結構よさげだと思うけど?」
メルロー
「可能性としてはありだけど、想像でしかないね。これで証拠でも出てくれば、信ぴょう性もあがるけど」
シャルドネ
「カベルネさーん。期待してるよ」
[SE:肩を叩く]
[SE:去っていく足音]
メルロー
「言うだけ言って行っちゃった」
カベルネ
「まあ、シャルの言うことも一理あるわけだが」
メルロー
「その線も考えたほうがいいだろうね。だけど先ずはデジュネにしよう。腹が減っては仕事ができぬってね!」
…………………………
シーン③
カベルネ:
メルロー:
デュポン:
…………………………
◯外の雑踏
[SE: 足音]
メルロー
「カベルネ。君が警察局を離れている間に、フランのところに警備会社から連絡が入ったんだ。銀行のセキュリティを解除するのに、エドモン・デュポンのIDカードが使われてそうだよ」
カベルネ
「デュポンの……」
メルロー
「それが不思議なことに、ピエール・ジャルダンの机の引き出しから出てきたんだ」
カベルネ
「ピエール・ジャルダン? 保管庫の管理業務の後任者か?」
メルロー
「そ。盗んで罪を着せるために使ったのかもしれない、ということで、彼に事情聴取を行った所、『なぜそんなものが机にあったのかわからない、自分はやってない、俺は嵌められたんだ』の一点張り。怒ったり騒いだり、しまいには泣き出したり……とにかく賑やかだったよ」
カベルネ
「そ、そうか」
メルロー
「ジャルダンはやややせ型だけど、背格好は監視カメラの人物に近い。着込んで体型を誤魔化せば、彼の犯行ともいえなくもないな」
カベルネ
「アリバイはどうだった」
メルロー
「それが厄介でね。昨晩は外へ飲みに出ていたらしい。先輩たちからの誘いで、断れなかったそうだ。酒に弱いらしく、すぐに酔っぱらって、その後の記憶はなし──。飲みに連れ出した男に確認すると、午後10時ごろ、ジャルダンは帰ると言って店を出たらしいが、その後の消息は不明。目撃者がいればいいけど……探すのに骨が折れそうだ」
カベルネ
「犯行時刻のアリバイはなし、か……自宅へは距離があったのか? もしかするとタクシーを利用したかもしれない」
メルロー
「そうだね。とりあえず、飲み屋周辺の監視カメラをチェックしてみる」
カベルネ
「ああ。頼む」
メルロー
「カベルネの方はどう?」
カベルネ
「ああ。退職したエドモン・デュポンについて調べていた。
生まれはフランス。学生時代は成績優秀で素行も問題なし。一度だけ、同級生から金を盗んだとして警察の世話になっているが、結局冤罪だったとして釈放。それ以降は特に問題を起こすこともなく、順調に大学を卒業、ヴィティス中央銀行に就職。
住居は西区にあるアパートメントの103号室。現在一人暮らし。
話を聞こうとデュポンに何度か連絡を入れてみたが、電話は繋がらなかった」
メルロー
「繋がらない? もしかして、彼が犯人で、すでに逃走しているとか……」
カベルネ
「そうとも考えられるな」
メルロー
「住所によると……この辺りかな?」
カベルネ
「ああそうだな。……どうやら、このアパートがそうらしい」
[SE:足音]
[SE: 玄関のチャイム音]
[SE:ドアを開ける]
デュポン
「……はい」
カベルネ
「ボンジュール。エドモン・デュポンですね? ボルドー警察局のカベルネ・ソーヴィニョンです。少しお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか」
デュポン
「ええ、どうぞ」
[SE:足音]
メルロー(小声で)
「すんなり中へ入れてくれたね」
カベルネ(小声で)
「さっぱりした部屋だな。物がほとんどない。ここにあれを運び込んだ様子はなさそうだな。他の安全な場所に隠したか、それとももう手元にないのか……」
デュポン
「銀行での件について、僕に話を聞きにこられたんですよね?」
メルロー
「ええ。その通りです」
デュポン
「僕の知っていることでしたら、なんでも話しますよ。でも、もう全てご存じだと思うんですがね。これ以上、何を話していいかわからない。……でもまあ、何か別の真実が明るみに出るのであれば、協力はおしみません」
カベルネ
「そう言っていただき、感謝します。まず、あなたが昨晩、どこにいたかを詳しく話してください」
デュポン(戸惑いつつ、だんだん早口に)
「え? ええ……。昨晩は、仕事の後、同郷の友達と飲んでいました。北区にあるカッサ・デル・ポッロっていうバルです。開店から深夜までそこにいました。その後は僕の家に移動して、飲み直して……久々に、浴びるほど飲みました。寝たのはいつだか覚えていません。目が覚めたのは昼過ぎでした。ついさっき、その片付けが済んだところです。でも、それが何か関係あるのでしょうか」
カベルネ
「もちろん捜査上、大事なことです。しかし、感心しませんね。なぜそんなに飲まれたのです」
デュポン
「そんなの、僕の勝手じゃないですか。普段はそんなことしませんよ。酒を口にするのだって、一ヶ月に三回あれば多い方です。だけど、時にはその力に頼りたくなることだってあるでしょう。僕からその友達を飲みに誘いました。でも相手は僕と違って酒に強かった。おかげで一晩中付き合わされましたよ。愚痴を言うどころじゃなかった」
カベルネ
「店を出た時間は覚えていますか」
デュポン
「いや、二人共酔っていたから、はっきりとした時間は記憶していません。だけど……店を出る前に、日を越しちまったな、って言ってたのは覚えてるんで、たぶん午前零時以降だったのだと思います」
メルロー
「一緒にいたお友達の名前を教えていただけますか?」
デュポン
「ラウール・バロー。大学からの付き合いです。上の階に住んでるんで、そいつにも聞いてみてください」
メルロー
「わかりました」
カベルネ
「別の質問になりますが、あなたのIDカードが、ピエール・ジャルダンさんの机から出てきたことについて、何か話すことはありますか?」
デュポン
「僕のIDカードが……? なぜそんなところに?」
カベルネ
「質問しているのはこちらです」
メルロー
「ではあなたは、そのことについて知らなかった、というわけですか」
デュポン
「はい。いつも通り、自分のデスクに戻して帰ったはずですが……」
カベルネ
「銀行への侵入、及び警報の解除に使用されていました。保管室はカードでは開けられないため、破壊されていましたが」
デュポン
「あれ、ちょっと待ってください。保管室を破壊って、なんのことです。僕はてっきり、ワイン紛失の件について、事情聴取されているのだと思っていたんですけど」
カベルネ
「いえ、我々はワイン窃盗事件の捜査をしています。犯行にあなたのIDカードが使われた為、参考人として話を伺っているのですが……」
デュポン
「窃盗? ワインが盗まれたんですか? もしかして、保管庫のあの高級ワインが……?」
メルロー
「そうです。事件についてご存知だと思ったのですが」
デュポン
「あー、それで昨晩の僕の行動について聞かれたのですね。先程も申し上げたとおり、僕は今日の昼までずぅっと寝ていたんです。ニュースも新聞も全然見てないんですよ。そうですか。あれらが盗まれましたか……。しかも、それに僕のIDカードが使われただなんて。ひどい話だ。ジャルダンは僕に恨みがあったみたいだから、きっと罪を着せようとして、こんな事をやったんだ。そうに違いありません」
カベルネ
「恨み、ですか……そこのところを詳しくお聞かせください」
デュポン
「わかりません。こっちが聞きたいくらいです。彼は僕の学生時代を知っていて、ワイン紛失事件の時も、盗んだんじゃないかと始めに言い出したのはあいつなんです。おかげで、僕の信用はガタ落ちです。普段から僕に何かと突っかかってくることが多くて、正直困ってました」
メルロー
「心当たりがないのですね」
デュポン
「ええ。僕は本当に、何も知りません。まじめに働いて、銀行に尽くしていました。僕が何をしたって言うんです。二度に渡って窃盗の容疑をかけられるなんて、こんなひどい仕打ち……あんまりだ」
メルロー
「本当に災難続きですね。後日、参考人として署に来ていただくことになります。またお話を聞かせてもらいますが、ご協力お願いします」
デュポン
「ええ、もちろんです。一日でも早く、新犯人が捕まる事を祈っていますよ。僕のためにもね」
カベルネ
「犯人逮捕に全力を尽くします。では、我々はこれで」
メルロー
「お時間頂きありがとうございました」
[SE: ドアを閉める音]
メルロー
「……どう思う?」
カベルネ
「誠実を体現したかのような男だな。嘘をついているようには思えない」
メルロー
「隠し事をしている素振りもなかったしね」
カベルネ
「一緒に飲んでいたというバローという男にも話を聞きに行こう」
メルロー
「店はカッサ・デル・ポッロって言ってたね」
カベルネ
「サンジョベーゼのとこだな。あいつにも聞いて、それで裏付けが取れれば、彼のアリバイは成立する」
[SE:足音 去る]
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