金澤奇譚

独身貴族

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燕屋の娘 一

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 歴史の街、小京都、金沢。戦火を逃れ、今なお古き街並みを残す城下町。ここには、さまざまな言い伝えや伝説が、先人たちにより語り継がれております。これからお話ししますハッタロウも、そのひとつ……。

[SE:学校のチャイム]

男子「なあ、ツバメ。帰厚坂んとこに、こないだの地震ででっかい穴ができたんやって。しかも、なんか洞窟みたいで、ずうっと奥まで続いとるんやと。気にならんけ?」
美里「へえ! 何やそれ、気になる! 行ってみたい!」
男子「言うと思った。帰りに行ってみるか?」
美里「行く行く!」
男子「そんなら放課後、帰厚坂に集合な! 懐中電灯、持ってこいよ!」

 帰厚坂といいますのは、加賀藩主・前田慶寧が慶応3年に卯辰山を開拓したときに作られました坂で、「厚き徳に帰する」の意味より名づけられました。今は少し場所を移し整備されまして、随分と歩きやすくなっております。その坂の左側は草木の生える山肌となっており、その一箇所にぽっかりと、土が崩れて穴が空いておりました。

男子「よし、懐中電灯は持ってきたな?」
美里「持ってきたよ!」
男子「そんなら、行くぞ!」
美里「おー!」

 美里と同級生の男の子は、勇足で、洞窟の中へと入って行きました。

男子「結構奥まで続いてるみたいやな。ツバメ、お前怖くないか?」
美里「怖くないよ! わくわくしとる! こういうとこ探検するの、めっちゃ好きなんやもん!」
男子「細い路地とか、山ん中とか、平気でズンズン行くもんな、お前」

 そこで、ふと美里が足を止めました。

美里「あ! 分かれ道になっとる」
男子「ほんとやな」
美里「どっち行く?」
男子「どうしような」
美里「(悪戯っぽく)そんな時は?」
二人「ジャンケン!」
二人「じゃーんけーん、ぽん!」
美里「えへへ! うちが勝ったから、こっち行こ!」

 美里は好奇心いっぱいに、先導に立って奥へと入って行きました。

男子「まだ先続いとるみたいやな……」
美里「ねえ……なんか……寒ない?」
男子「そうけぇ? 外暑かったし、涼しくていいやんか」

 その時、美里が急に男の子の腕を掴み、静かに、の合図をしました。

男子「ん? どした、ツバメ……」
美里「……なんか、物音する」
男子「物音?」
美里「静かに」

……奥から、じゃっじゃと、ブーツで土を踏む音が近づいていきました。
 男の子は怖気付きながらも、女の子の手前、勇気を出して、声をかけてみました。

男子「だ、誰や、そこにおるの」
ハッタロウ「……なんや、どこの子や」
男子「ひっ」
ハッタロウ「……ここは入っちゃいけん。早う出て行き」
男子「つ、ツバメ! 行こう、行こう!」

 二人は駆け出し、洞窟の外までわき目も振らず、走りでました。パッと視界が開けると、サラサラと流れる浅野川が、ただ見えるばかりでした。

男子「っはあ、っはあ」
美里「さっきの人、なんやったんやろ……!」
男子「赤い着物きとった……お化けかもしれん」
美里「お化けなわけないやん。ここら辺の人やないの?」
男子「でもなんか怖かったぁ。何であんなとこにおったんやろ」
美里「うちらと同じで、様子みにきたんやない? それか………この辺はあの人の土地やとか」

 二人はようやく息を整え、

美里「……もっかい入る?」
男子「いや、もうやめとこ。また会ったら嫌やし」
美里「あ、待ってよぉ」


 それ以来、二人の通う小学校では、帰厚坂には赤い着物の男の幽霊が出ると、噂になりました。しかし、彼ら以外にその姿を見たものはおらず、また見に行こうするものもおらず、彼らが卒業する頃には、皆がその話を忘れておりました。

 そして、時は流れまして……。

[SE:雨が降り出す]

 4月のある夕時のことでございます。ぽつぽつと、金沢に雨が降って参りました。弁当忘れじとも傘忘れるな、と言い伝わる通り、金沢は雨が多いお郷土(くに)でございます。しかし、住めば慣れてしまうもので、これくらいの小雨では、傘を差すものはあまりおりません。

 しかし、だんだんと雨足は強くなり、いよいよ本降りとなってきた頃、燕屋旅館の軒下に、黒い着物の男が一人、雨宿りに入ったのでございます。丁度そこでは、旅館の跡取り娘、燕屋美里が赤いハイカラな傘を閉じ、中へ入ろうとしたところでした。

ハッタロウ「……ん」(会釈)

美里「ど、どうも」

ハッタロウ「いやあ、ひどい雨やねえ」

美里「(不審そうに)あ……あのう、お泊まりの方ですか?」

ハッタロウ「いんや、ちょっとだけ、雨宿りさせたって」

美里「ああ、ええ、どうぞ」

ハッタロウ「おおきに」

美里「(躊躇いつつ)……あ、あのう、どちらかでお会いしたことが……」

[SE:引き戸]

佐々木「あれま、ハッタロウやないけ」

ハッタロウ「佐々木さん」

佐々木「(嬉しそうに)しばらくやがいね。どうしとったん?」

ハッタロウ「ここ最近、外へ出ずに、山に引きこもっとったんや」

佐々木「ほんとけぇ。随分と見んかったもんやから、卯辰山で干からびとるんやないかて、心配しよったんやわ」

ハッタロウ「ちょっとねぇ、腰を痛めとって」

佐々木「そうけぇ。ま、しばらくはここに泊まっとるさけ、また顔出してくれや」

ハッタロウ「あんやとさん」

佐々木「おや、燕屋のお嬢ちゃん。今学校の帰りけ? おかえんなさい」

美里「はい。……あのう、佐々木さん。お二人は、お知り合いなんですか?」

佐々木「ええ、ええ。この人とは、昔っからの友達なんですわ」

美里「どなたさんです? この近くのお住まいですか?」

ハッタロウ「ああ……卯辰山に」

美里「卯辰山? まさか、卯辰山に住んどるなんて言うわけじゃ……」

ハッタロウ「そう。卯辰山に住んどるんや」

美里「へぇ? でも、あそこは公園で、住むとこじゃないですよ……」

佐々木「ほらまた、そんなこと言うから、臥竜山(がりゅうざん)の仙人なんて呼ばれるんやて」

美里「臥竜山の仙人?」

佐々木「卯辰山のことを、昔は臥竜山って呼んどったんや」

美里「昔って、いつくらい前?」

ハッタロウ「さて……、随分と昔やね」

美里「ふぅん……?」

 美里は、この雨宿りをしていた着物の男に、好奇心をひどく掻き立てられました。見た目は40代半ばのようですが、先ほどから初老の泊り客と、昔からの顔見知りのように話しております。若くも見えますし、とても老けても見えるこの男は、いったい幾つなのだろう。美里は聞きたくてうずうずしましたが、初対面で歳を聞くのは失礼だと思い直し、別の質問をすることにしました。

美里「あのう、よかったらお名前、教えてくれます? 私はここの旅館の女将の孫娘、燕屋美里と申します」

ハッタロウ「僕は……ハッタロウです」

美里「ハッタロウ……?」

N「美里は、小首を傾げました。どこかで、その名前を聞いたような気がしたからです」

美里「上のお名前は」

ハッタロウ「さて……なんやったかね」

佐々木「そうやて、わしも知らんのや。なんやねん、自分で忘れてしもたんかいね」

ハッタロウ「最近物忘れがひどくてねぇ」

(二人笑う)

ハッタロウ「さて、そろそろ小雨になってきたし、失礼するわ。あんやとね」

 そう言って、まだ完全に止まぬ雨の中に消えていく姿を、美里は暫く見送りました。

 これが、ハッタロウと美里の出会いでございます。



***

美里母(回想)「みぃちゃん。もし、なんか困ったことあったらね、ハッタロウさんを頼りまっし。卯辰山に住んどって、夕方になると、東山あたりに出て来て、色々『お手伝い』をしてくれるおじさんなんや。赤い着物で、黒い長靴、時々傘を杖代わりにして歩いとる──」

美里(心の声)「(言葉を継いで)ハッタロウさん……。そうや、いつかお母さんが教えてくれた、着物のおじさん……。あの人が、そうなんだ……」

***


続く
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