茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜

初月みちる

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第十五幕 黙ったまま早く唇奪って

ドレス選び

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「百子! 素敵じゃないの! やっぱりドレスはハイネックよね! 上品だもの!」

「確かにお上品だけど……さっきのロングスリーブのドレスも良かったわ。肩は少しだけ出るけど、上品なのには変わらないし」

「それならもっと前に着てたロールカラーも素敵なのに! 裕子さんだっていいと思うでしょ?」

「あのロールカラーは肌が見えすぎます! 百子さんは元々上品だから、それを引き立てるドレスがいいと思うの!」

百子はぎゃあぎゃあと熱弁している二人を見て、困惑したように微笑んだ。今日は千鶴と裕子、そして陽翔と一緒に前撮りのドレスとタキシードを試着しに来たのだが、百子のドレス選びが難航していた。陽翔のタキシードは、試着が10着程度で、恙無く決まったのは良かったのだが、百子の場合は18着も試着したが未だに決まらない。母二人の、百子のドレスのデザインを巡る攻防が激しいのが元凶であり、百子自身はよく分からずに、母二人の勧める通りに試着を続けていた。

「……百子の好きなのでいいじゃねえか」

陽翔が額に手を当てて、ボソリとそう呟くと、くわっと目を光らせる母二人の視線が唐突に突き刺さる。

「陽翔さん、分かってないわね! 娘の晴れ舞台なのに、会場や百子の体型や雰囲気に合ったドレスじゃなかったら、台無しになっちゃうじゃないの!」

「千鶴さんの言うとおりよ。陽翔は引っ込んでなさい」

(だめだこりゃ……)

文字通り頭を抱え、首を横に振って項垂れる陽翔を女性二人は視界の隅に追いやって、試着室に引っ込む百子を見守る。陽翔としてはどのドレスも百子に似合っているように見えたのだが、母二人からすると全て違うように見えるようで、ああでもないこうでもないと、それぞれの感想を戦わせていた。

(俺からしたら、全部同じに見えるんだが……それを言ったら袋叩きにあいそうだな)

喧々諤々と、延々ドレスの話が続いているが、百子自身の主張も弱い印象があり、それがドレス選びが長引いている原因だろうと陽翔は考える。百子は普段からそれほど服を持っておらず、基本的にはコンサバスタイルの、無難で着回しが効くような服しか着用しないのだ。そんな彼女がいきなりドレスを決めようとしているのなら、色々と迷って当然なのかもしれなかった。

(でも……母さんも、百子のお母様も……百子を大事に思ってるんだな)

百子はへとへとになっているかもしれないが、母二人がここまで真剣になるのは、まごうことなき彼女への愛情の証であり、陽翔は胸の内と目の奥に熱が灯る。そして百子に似合うドレスが見つかるように、試着室に向かって合掌した。



「茨城さん、よく似合ってますよ。このデザインが一番お綺麗かもしれないですね」

「ありがとう、ございます……」

(……ドレスの試着ってこんなに大変なのね)

百子は衣擦れの音をさせて鏡を覗き込み、ドレスを着るのに手を貸してくれた、ニコニコとしている女性と、疲労の色が濃く出ている、自分そっくりな女性を見やる。プリンセスラインで、肩のケープから胸元のリボン、バッグのリボンまでが流れるように繋がっているシルエットが印象的であり、優雅でいて上品なデザインなそれは、百子の好みのど真ん中ではあるが、彼女は首を振って下を向いた。

(……私がドレスに負けてる)

百子は半ばよろめきながら壁に手をつく。今日だけでもドレスを20着近く着たため、単純に疲労しているというのもあるが、ビスチェをつけているのも大きいのだ。ビスチェの締め付けは思ったよりも強く、いずれは内臓が口から飛び出すかと思われた。昼食を取って2時間は経っているものの、普段これほど締め付けられる機会はそうそう無いため、いつも以上に疲労が溜まっている。それだけにとどまらず、百子は今着ている好みのドレスに着られてる印象が拭えないため、本当にこれで良いのかという不安も付き纏っており、肉体的にも精神的にも疲労が蓄積していた。

「茨城さん、大丈夫ですか?」

ドレスを着付けした女性が心配そうに声を掛けるので、百子は壁から手を離して、問題ない旨を告げる。うじうじと悩んでいた百子だったが、もうどうにでもなれという風に、試着室を出て三人の前に姿を現した。その瞬間、6つの瞳が一斉に見開かれ、百子の背中に冷や汗が伝う。

「……どう、かな」

押し黙る三人の沈黙が耐えられず、百子は声を僅かに震わせる。

「……素敵よ、百子! 多少肌は見えるけど、ここまで上品に纏まっているし、可愛いじゃないの!」

「ええ。ケープから背中と胸元のリボンまで繋がってるのが可愛いわ。百子さんはケープが似合うわね」

母二人にああだこうだと言われると身構えていた百子だったが、意見の一致にぽかんとしてから頬を染めていた。百子が女性陣から視線を外すと、陽翔とばっちり目が合い、さらに百子は顔を赤くしてしまう。

「……似合うな。可愛い」

陽翔は百子に負けないくらいに、顔に朱を塗りたくって、呆けたように呟いた。先程までは何を着ても似合うとしか言わなかった陽翔が、やや違った反応を見せたため、百子は驚きつつも歓喜に頬を、心を染めて、このドレスにしようと心に決めた。
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