茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜

初月みちる

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第十四幕 貴方だけ癒せるの

目覚め

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「百子、入るぞ」

木嶋の騒動の1週間後の休日、ノックをしてからドアを開けた陽翔は、先客がいて目を見開く。先客がいることそのものは珍しくないのだが、まさか病院で出会うとは思ってもみなかったのだ。

「あら、久しぶりね、陽翔」

「……母さん。来てたのか」

陽翔は後ろ手にドアを閉め、ベッドの側に座る裕子に近づく。

「あら、未来の娘の様子を見に来て何が悪いのかしら? それに、何度か私は百子さんのお見舞いに来てるのだけど。陽翔と病院で会うのは初めてね。何なら健二さんと一緒に行ったこともあるわよ。百子さんのご両親ともお会いしたし」

(父さんが……? あの多忙な父さんが仕事の合間を縫って見舞いに……? 嘘だろ……?)

陽翔は目を見開いたまま裕子の言葉を聞いていたが、少しずつ彼女の言葉が飲み込め、大きく緩く息を吐いた。健二や裕子が百子の見舞いに来ているのは、明らかに百子に好意を寄せている証左でもあるため、胸の底から温かいものがこみ上げ、目の奥が熱くなったのだ。

「本当に……しょうがない子。助けることそのものは良いことなのに、百子さんはまた自分の力量を超えて人助けをしたのね……大方体が勝手に動いたのでしょうけど、前回のひったくりの件とは状況も何もかも違うのに……百子さんらしいと言えば百子さんらしいけど、目覚めない程の怪我をするなんて……言わんこっちゃないわ」

裕子の言葉は厳しいものの、裕子の両手は彼女の左手を優しく包みこんでおり、百子の左腕に埋没している点滴のチューブを見て眉を下げている。口ではああ言っているが、何だかんだ裕子は百子の心配をしており、陽翔は口元に穏やかな笑みを湛えた。

(母さんは素直じゃないな……でも、百子を心から心配してるってのは分かる)

このことを口に出すと、裕子が拗そうなので、陽翔は何も言わなかったが、裕子が目を見開いたので、思わずその訳を尋ねる。

「今……百子さんの手が少しだけ動いたわ」

「本当か?! 今までは俺と百子の友人と美香ちゃん……百子が助けた女の子にしか反応しなかったのに」

陽翔は思わず繋がれた手と、その反対側の百子の手を交互に見やる。すると右手の指先が僅かだが宙を引っ掻いており、陽翔と裕子は目を見合わせた。裕子が口を開く前に、裕子のポケットの中身が震えたため、彼女は百子を寂しげに見つめてから、素早く立ち上がった。

「陽翔、ちょっと電話に出てくる。百子さんをお願いね」

スマホの画面を確認した裕子は短くそう言うと病室を出てしまう。ドアが閉まったのを確認して、陽翔は百子の真っ直ぐな髪を撫でる。眠っていても髪は伸びるため、シーツに髪を広げて目を閉じている百子は、まさしく眠り姫そのものだった。陽翔は彼女の唇に吸い寄せられるように、口づけを落とし、そのまま額に、頬に、再び唇に、そして彼女の手の甲にも唇を寄せる。そして彼女の顔をじっと見ていた陽翔だったが、彼女の睫毛が震えたのを見て、思わず身を乗り出した。

「……! 百子! 俺だ! 陽翔だ! 頼む……! 目を……目を開けてくれ……!」


陽翔は百子の左手に祈るように縋り付き、何度も百子の名前を呼ぶ。睫毛が再びピクリと反応し、陽翔は握っていた手にさらに力を込める。そんな彼の手を、今度は百子の手が先程より強く握りしめた。

「百子ッ!」

陽翔は思わず叫んでしまい、直後にしまったと思って口を閉ざす。だが百子はその声に応えるかのように、僅かに眉根を寄せ、声の主を確認するかのように、ぼんやりとした黒玉を彼に向けた。

「……は、る……と?」

彼女の焦点の合わない瞳と掠れた声が陽翔に向けられる。彼は百子の手を握り、彼女の顔を見つめたまま、ぴしりと音がしそうなくらい体を硬直させてしまう。百子が手を握りしめる感触で我に返った陽翔の頬は、とめどなく溢れるぬるい液体が伝い、シーツに丸いシミをつくっていた。

「ああ……! 陽翔だ……! 百子、本当にっ……! 目覚めて……っ! 良かっ……た……!」

陽翔は百子の手を頬にすり寄せ、荒く息を吐き、しゃくりあげながら言葉を紡ぐ。もっと彼女に言いたいことがあるものの、彼女が目覚めた歓喜で頭を埋め尽くされ、結果的に言葉を唇に乗せられないのだ。

「なん……で……? ない、て……?」

百子は不思議そうに告げ、指先で陽翔の涙を拭う。そんな彼女の気遣いに、陽翔は余計に涙が止まらなくなったのだが、彼女の手を撫でてから下ろし、ベッドの側にあるテーブルの上にあるティッシュで勢い良く鼻をかみ、涙混じりに説明する。

「百子……よく聞いてくれ。百子は3ヶ月と半月目が覚めなかったんだ……」

百子の瞬きが増え、陽翔の言うことが信じられないと顔にはっきりと書いてあったが、彼の真剣な眼差しを見ると、嘘を言ってるようにも思えなかったようで、百子は自分の髪を指でつかむ。するりと指から逃げる髪は、心なしか伸びているように見え、呆然として陽翔の方に目を向ける。

「さ、んか……げ、つ……?」

陽翔が口を開くと、ドアのノックが聞こえたため、彼がそれに応える。入ってきた裕子は二人の様子を見て、慌てて駆け寄ってきた。

「母さん……! 百子が……!」

裕子が口を開く前に、陽翔の悲鳴に近い声がビリビリと病室に、そこにいた者の鼓膜を震わせる。裕子は眉を顰めて陽翔を睨んだ。

「陽翔、百子さんがびっくりするじゃないの。嬉しいのは分かるけど、少し落ち着きなさい。まずは看護師さんを呼ばないと」

裕子は打って変わって、百子を安心させるように微笑みながら、ナースコールを操作すると、すぐさま看護師か飛んできて、百子が目覚めているのを確認すると、切迫したような声で医師を呼んでくると告げ、駆け足で病室を出た。
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