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第十四幕 貴方だけ癒せるの
吹っ切る
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「いいからさっさと消してよ! 先輩は本当に余計なことをしてくれて……! あの場に先輩さえいなければうまく行ったのに! 東雲さんを使って責めるなんて……! 先輩の卑怯者!」
陽翔はまるで靴に入り込んだ小石を見るように彼女を見下ろし、上からも下から耳障りな声に眉を顰め、音量を下げてからスマホをトレンチコートの袖に潜り込ませる。継続して忌まわしいあの音声と、目の前の騒音めいた百子への暴言を浴びるのは頭痛を誘発する物以外の何物でもない。実際にこめかみが心拍と同じリズムでどくどくと鈍い痛みを発していた。
「百子が卑怯者……? 貴女という人は何とも面白いことを言いますね。百子は自分の家に帰ってきて、証拠を押さえただけなのに……ああ、証拠を持ってる俺も貴女の中では卑怯者でしたっけ? 確かに俺は百子から映像を送ってもらいましたが、それは俺から言い出したことですし、百子は貴女に俺が映像を見せていることなんて知りませんよ? むしろ俺が貴女に証拠を見せるなんて知ったら、優しい百子はそんなことしなくてもいいって全力で止めにかかりそうですし」
百子のことを頭に浮かべているため、陽翔は心の底からの笑顔を浮かべ、木嶋相手に盛大に惚気て、腕を下ろしてポケットに手を突っ込む。真っ赤になっていた彼女は、打って変わって青い顔をしており、彼のトレンチコートから手を離す。薄ら寒い物を感じ取った彼女は、二、三歩後ずさって震える声で問うた。
「なんで……! なんでこんなことを! そんな証拠をずっと持ち歩いて……!」
「いずれ会う貴女に、百子に近づくな、関わるなと警告したかっただけですよ。貴女の一連の行動を見ていると、百子に対しての行いに、絶対に反省していないと確信していたので。謝罪もなく、データを消せと言うくらいですもんね?」
彼女はようやく、自分がとんでもない相手を敵に回したことが飲み込めたようで、頭を下げ、蚊の鳴くような声を出した。
「ご、ごめんなさい……反省しますから……どうか、その映像だけは……!」
しかし陽翔の液体窒素のように冷ややかな瞳は全くゆるがず、それどころか先ほどよりも冷たさを増していた。
「別に俺は映像をばら撒くなんて一言も言ってないんですけどね……もしやばら撒いて欲しいんですか? 貴女こそ悪趣味ですね」
青い顔のまま、木嶋はふるふると首を横に振り、上辺だけの謝罪を繰り返す。いい加減聞き飽きた陽翔は、ゆっくりと彼女に近づき、文字通り彼女の目の前に証拠映像をちらつかせる。
「警告します。百子にこれ以上関わらないで下さい。今後彼女を傷つけることがあれば……分かりますよね?」
再びにっこりとした陽翔は、彼女から見れば発言内容も相まって、たいそう不気味に見えているに違いない。実際に彼女は陽翔の側から飛びずさり、ぶんぶんと首を縦に振った。彼女の目尻に光る物が見えていたが、却ってそれは陽翔の中の憤怒に燃料を投下させてしまう。
「それにしても百子を傷つけた挙句、卑怯者だと罵る貴女が、百子の見舞いに来た理由は何なんでしょうね? 大方点数稼ぎか、一方的に百子に恨み辛みをぶつけるためでしょうけど」
「そ、そんなつもりは……! 私はただ……先輩が心配で……」
彼女の目が泳いでいるのを見て、陽翔は図星だと確信した。言い訳や誤魔化しを重ねる木嶋に閉口した陽翔は、さらに低く畳み掛けた。
「近づいた男が彼女持ちの人間だと分かっていながら、同棲している家に行きたいと言う神経を持ち、なおかつそれを実行する貴女の言葉のどこを信用しろと?」
木嶋はビクッとして恐怖の色を陽翔に向ける。弘樹と二人しか知り得ない情報を、目の前の彼が持っていることに得体のしれない恐怖が這い上がってきたのだ。
「なんで……そのことを……!」
「簡単ですよ。深山さんに直接聞きましたので。彼にも少しだけ忠告させていただきました。本当に貴女達は同じような反応をなさいますね。深山さんがいるというのに、俺にコナを掛けるとは、どういう神経をしているか一度解体して直接見てみたいものです。裏切り者同士お似合いですね、貴女達は」
絶句したままの木嶋に、陽翔は歌うように告げる。震える彼女の声が再び謝罪を紡ぐが、陽翔は胡乱げな視線を寄越すのみだ。
「東雲さん、先輩を傷つけてごめんなさい……もう今後先輩と関わりませんから……! だから……!」
「それは誰に対しての謝罪なんでしょうね? 本当に深山さんと貴女はやることなすこと同じで吐き気がします。あ、この会話は録音しているので、百子に関わろうものなら……ね?」
縋るような目をした木嶋を見るのに閉口した陽翔は、彼女に背を向けて中庭を出ようとしたが、一度振り返って心の底からの笑顔を見せた。
「貴女には感謝してますよ。百子を傷つけたのは業腹ですが、貴女と深山さんが引っ掻き回してくれたおかげで、百子という得難い婚約者と出会えたのですから」
陽翔は大げさに頭を下げ、靴音をさせて中庭を出る。陽翔の背後を一際冷たい木枯らしが吹き抜けていったが、中庭を出ると日没前の太陽が、雲の隙間から陽翔を照らしていた。
陽翔はまるで靴に入り込んだ小石を見るように彼女を見下ろし、上からも下から耳障りな声に眉を顰め、音量を下げてからスマホをトレンチコートの袖に潜り込ませる。継続して忌まわしいあの音声と、目の前の騒音めいた百子への暴言を浴びるのは頭痛を誘発する物以外の何物でもない。実際にこめかみが心拍と同じリズムでどくどくと鈍い痛みを発していた。
「百子が卑怯者……? 貴女という人は何とも面白いことを言いますね。百子は自分の家に帰ってきて、証拠を押さえただけなのに……ああ、証拠を持ってる俺も貴女の中では卑怯者でしたっけ? 確かに俺は百子から映像を送ってもらいましたが、それは俺から言い出したことですし、百子は貴女に俺が映像を見せていることなんて知りませんよ? むしろ俺が貴女に証拠を見せるなんて知ったら、優しい百子はそんなことしなくてもいいって全力で止めにかかりそうですし」
百子のことを頭に浮かべているため、陽翔は心の底からの笑顔を浮かべ、木嶋相手に盛大に惚気て、腕を下ろしてポケットに手を突っ込む。真っ赤になっていた彼女は、打って変わって青い顔をしており、彼のトレンチコートから手を離す。薄ら寒い物を感じ取った彼女は、二、三歩後ずさって震える声で問うた。
「なんで……! なんでこんなことを! そんな証拠をずっと持ち歩いて……!」
「いずれ会う貴女に、百子に近づくな、関わるなと警告したかっただけですよ。貴女の一連の行動を見ていると、百子に対しての行いに、絶対に反省していないと確信していたので。謝罪もなく、データを消せと言うくらいですもんね?」
彼女はようやく、自分がとんでもない相手を敵に回したことが飲み込めたようで、頭を下げ、蚊の鳴くような声を出した。
「ご、ごめんなさい……反省しますから……どうか、その映像だけは……!」
しかし陽翔の液体窒素のように冷ややかな瞳は全くゆるがず、それどころか先ほどよりも冷たさを増していた。
「別に俺は映像をばら撒くなんて一言も言ってないんですけどね……もしやばら撒いて欲しいんですか? 貴女こそ悪趣味ですね」
青い顔のまま、木嶋はふるふると首を横に振り、上辺だけの謝罪を繰り返す。いい加減聞き飽きた陽翔は、ゆっくりと彼女に近づき、文字通り彼女の目の前に証拠映像をちらつかせる。
「警告します。百子にこれ以上関わらないで下さい。今後彼女を傷つけることがあれば……分かりますよね?」
再びにっこりとした陽翔は、彼女から見れば発言内容も相まって、たいそう不気味に見えているに違いない。実際に彼女は陽翔の側から飛びずさり、ぶんぶんと首を縦に振った。彼女の目尻に光る物が見えていたが、却ってそれは陽翔の中の憤怒に燃料を投下させてしまう。
「それにしても百子を傷つけた挙句、卑怯者だと罵る貴女が、百子の見舞いに来た理由は何なんでしょうね? 大方点数稼ぎか、一方的に百子に恨み辛みをぶつけるためでしょうけど」
「そ、そんなつもりは……! 私はただ……先輩が心配で……」
彼女の目が泳いでいるのを見て、陽翔は図星だと確信した。言い訳や誤魔化しを重ねる木嶋に閉口した陽翔は、さらに低く畳み掛けた。
「近づいた男が彼女持ちの人間だと分かっていながら、同棲している家に行きたいと言う神経を持ち、なおかつそれを実行する貴女の言葉のどこを信用しろと?」
木嶋はビクッとして恐怖の色を陽翔に向ける。弘樹と二人しか知り得ない情報を、目の前の彼が持っていることに得体のしれない恐怖が這い上がってきたのだ。
「なんで……そのことを……!」
「簡単ですよ。深山さんに直接聞きましたので。彼にも少しだけ忠告させていただきました。本当に貴女達は同じような反応をなさいますね。深山さんがいるというのに、俺にコナを掛けるとは、どういう神経をしているか一度解体して直接見てみたいものです。裏切り者同士お似合いですね、貴女達は」
絶句したままの木嶋に、陽翔は歌うように告げる。震える彼女の声が再び謝罪を紡ぐが、陽翔は胡乱げな視線を寄越すのみだ。
「東雲さん、先輩を傷つけてごめんなさい……もう今後先輩と関わりませんから……! だから……!」
「それは誰に対しての謝罪なんでしょうね? 本当に深山さんと貴女はやることなすこと同じで吐き気がします。あ、この会話は録音しているので、百子に関わろうものなら……ね?」
縋るような目をした木嶋を見るのに閉口した陽翔は、彼女に背を向けて中庭を出ようとしたが、一度振り返って心の底からの笑顔を見せた。
「貴女には感謝してますよ。百子を傷つけたのは業腹ですが、貴女と深山さんが引っ掻き回してくれたおかげで、百子という得難い婚約者と出会えたのですから」
陽翔は大げさに頭を下げ、靴音をさせて中庭を出る。陽翔の背後を一際冷たい木枯らしが吹き抜けていったが、中庭を出ると日没前の太陽が、雲の隙間から陽翔を照らしていた。
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