茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜

初月みちる

文字の大きさ
上 下
78 / 100
第一二幕 優しいだけじゃ物足りない

プロポーズ

しおりを挟む
そして二人はグラスを取り、同時に乾杯と言いながら、頭よりも少しだけ高い位置にそれを掲げ、口を付ける。やや酸味があるものの、りんごのフルーティーな香りが鼻に抜け、喉越しも爽やかで、百子はうっとりと息をつく。

「美味しい……シードルってこんな味なのね。ピンク色のシードルがあるのも知らなかった……」

部屋の照明に透かして見てみれば、ピンクゴールドのような色味になるが、夜景に翳してみれば桃色が引き立つ。ロゼワインと色合いが似ているが、それと比べると随分と渋みが少なく、飲みやすい部類のお酒である。

「美味いだろ? これ、ずっと百子と飲みたかったんだよな。百子はぶどうより林檎が好きだし、俺一人でシードル飲む訳にもいかないし」

陽翔はグラスを揺らし、桃色のそれがつられて揺れるのを見て微笑む。シードルの味そのものは期待よりは酸味があったものの、百子が喜ぶ姿を見ただけで、あまり流通していない桃色のシードルを買ったかいがあるというものだ。
早速2杯目を注いだ百子は、ハッとして立ち上がり、冷蔵庫に入れていたチーズのアソートを取り出す。包みを開けた百子は陽翔の好きなカマンベールを彼の前に置き、レッドチェダーチーズを齧っていたが、陽翔はそれに手をつけなかった。

「陽翔、お酒ばっかり飲んでたら胃が悪くなるよ?」

陽翔が3杯目を飲んでいるのを見て、百子はあわあわとしていたが、顔色の全く変わらない彼は事も無げに告げた。

「……晩飯のパエリアとアヒージョがまだ残ってんだよ」

真っ赤な嘘ではあるが、百子は信じたらしく、これ以上追求はしてこなかった。陽翔は夜景とグラスを交互に見て目を輝かせている百子を見てホッと息をついたが、心なしか彼女がそわそわしているようにも見えてしまい、首を傾げた。

「陽翔、本当にありがとう……! 陽翔と水族館デートして、二人でスペイン料理食べて、こうして夜景を見られるなんて夢みたい……!」

心から嬉しそうに感謝を告げる百子を見て、陽翔は彼女を抱き寄せたかったが、その代わりに左手を強く握りしめる。

「俺がずっとこうしたかっただけだ。色々あり過ぎて全然恋人らしいことも出来てなかったが、俺も楽しかったぞ。いや、過去形にするのはまだ早いか……なあ、百子……俺は百子との楽しい時間を夢で終わらせたくない」

陽翔は立ち上がって百子の前に跪き、左手にずっと持っていた、小さな紺色の布張りの箱を彼女に向かって差し出した。

「百子、俺と……俺と結婚してくれ。この世の誰よりも百子が好きなんだ。ずっと一緒にいてくれ」

陽翔は小さな箱を開ける。柔らかな白銀と、一際大きな透き通った多面体が、百子を見上げて燦然と輝いた。

百子はしばし彼とその輝きを交互に見て、目をぱちくりさせる。あまりにも予想外のことがあって、百子の思考回り過ぎを通り越して固まってしまった。呆けたように陽翔を見つめる黒玉を見返していた彼は微苦笑を浮かべる始末である。

「百子……返事を聞かせてくれないか?」

陽翔の言葉で百子の周りの空気は瞬時に解凍され、百子は目を潤ませながら、彼の手からおずおずとそれを受け取った。

「うん……! 喜んで……! ありがとう、陽翔……!」

百子は箱を両手で愛おしそうに包んで、声を震わせながらも、精一杯の笑顔で陽翔に返事をした。その瞬間、百子は陽翔の腕の中に閉じ込められ、未だかつて無いほどの、彼の嬉しそうな笑顔と目が合う。彼の瞳が夜景の灯りよりも、それどころか夜空の星よりも輝いて、潤んだ目をした百子自身を写している。
それに魅入られているうちに、唇に温かく湿ったものが重なった。体の中心がぽっと温かくなった彼女は、このままで終わらせたくなくて、百子は右手に箱を持ちながら陽翔の背中に手を回す。そして彼の唇を舌で軽くノックし、唇の隙間からするりと舌を入れて陽翔の舌と、先程飲んでいたシードルの、甘く芳醇な香りと甘酸っぱい味を追いかける。陽翔とのキスは甘い気持ちになるが、今日は本当の意味で甘く、百子は夢中で彼の舌を、上顎を丹念にねぶった。陽翔も負けじと舌を絡ませに来るため、百子は本当の意味で酔いそうになってしまう。

「誓いの口付けにしては、随分と長いし激しいな」

「あら、陽翔だって熱心だったじゃないの。私、陽翔のキスで酔いそう」

陽翔のにやりとしたその顔を見ても、百子はどこ吹く風だった。恥ずかしがる彼女を見たかった陽翔は少し落胆したが、積極的な彼女を見るのは、その落胆を相殺して余りあるほどに気分が高揚するのも事実である。陽翔は再び百子を抱きすくめ、そのままベットに彼女を押し倒す。酒を飲んでも上気しない百子が、陽翔のキスだけで、顔どころか首まで真っ赤になっている事実に、陽翔は全身が沸き立つほど歓喜に震えていた。陽翔は彼女の右手から零れ落ちた箱をベットサイドに置いてから、彼女の耳元で低く囁く。

「そうか……じゃあもっと酔わせたくなるな。俺がもっと酔わせてやるよ」

ぴくりと体を跳ねさせた百子は、そのままねっとりと耳朶に舌を這わされ、高く声を上げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

竜王の花嫁

桜月雪兎
恋愛
伯爵家の訳あり令嬢であるアリシア。 百年大戦終結時の盟約によりアリシアは隣国に嫁ぐことになった。 そこは竜王が治めると云う半獣人・亜人の住むドラグーン大国。 相手はその竜王であるルドワード。 二人の行く末は? ドタバタ結婚騒動物語。

エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた

ピロ子
恋愛
飲み会に参加した後、酔い潰れていた私を押し倒していたのは社内の女子社員が憧れるエリート課長でした。 普段は冷静沈着な課長の脳内は、私には斜め上過ぎて理解不能です。 ※課長の脳内は変態です。 なとみさん主催、「#足フェチ祭り」参加作品です。完結しました。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

【完結】何んでそうなるの、側妃ですか?

西野歌夏
恋愛
頭空っぽにして読んでいただく感じです。 テーマはやりたい放題…だと思います。 エリザベス・ディッシュ侯爵令嬢、通称リジーは18歳。16歳の時にノーザント子爵家のクリフと婚約した。ところが、太めだという理由で一方的に婚約破棄されてしまう。やってられないと街に繰り出したリジーはある若者と意気投合して…。 とにかく性的表現多めですので、ご注意いただければと思います。※印のものは性的表現があります。 BL要素は匂わせるにとどめました。 また今度となりますでしょうか。 思いもかけないキャラクターが登場してしまい、無計画にも程がある作者としても悩みました。笑って読んでいただければ幸いです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

処理中です...