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第十幕 あなたがいれば
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(うまく行って良かったわ)
百子は取引先との打ち合わせを終えて会社に戻り、報告と処理を終えて家路につく。ひったくりから女性を助けたあの後、ギリギリだが何とか約束の時間に間に合ったのである。しかし身だしなみを気にする時間が無かったので取引先の会社のエレベーターで汗を拭いて髪を手早く整えるに留まった。それでも打ち合わせそのものはスムーズに進み、建設的な話し合いもできて百子は満足している。汗がとめどなく頬や額を伝うので、担当の人に暑いのかと心配された時は少しだけ困惑してしまった。それでも百子はあの女性を助けたことの後悔は微塵も無い。
(あの方は大丈夫かしら……仕事が押してたとはいえ、無礼だったかも)
彼女に対して無愛想な態度を取ってしまったことに後ろ髪を引かれていた百子だったが、駅構内でこちらに背を向けている彼を見て、百子はその思いをそっちのけで走り出した。
「陽翔!」
百子が勢い良く彼の背中に飛びついたものだから、陽翔が足を少しだけ前に出してから踏みとどまる。
「百子、お疲れ様。飛びつくなんて珍しいな」
陽翔は彼の背中からひょっこりと顔を出す百子を見て破顔する。そしてくるりと彼女の方を振り返り、そっと彼女を抱き締めて、その背中を優しく撫でた。
「陽翔が迎えに来てくれるのが嬉しいの。いつもありがとう」
いつもは飛びつかないだろという陽翔の発言は、百子の唇に溶けて消える。彼女に唇を啄まれた彼は、彼女の唇を奪おうとしたが、彼の唇にそっと彼女の人差し指が当てられて叶わなかった。
「ずるいぞ。帰ったら覚悟しろよ」
「きゃっ」
百子は彼に手を引かれて改札を通り、その後は強引に腰を抱き寄せられ、否応なしに陽翔に密着することになって不意に心拍数が上がる。電車に乗っても彼の腕は離れず、むしろ百子を離すまいといつもよりも強く抱き留められた。彼のシャツ越しに彼の体温と早鐘を打つ心音を感じて一気に赤面する。
「ちゃんと俺に掴まっとけよ」
陽翔が何故か不機嫌になってしまったので、百子は彼の言うとおりにして彼のシャツを摘む。
「そうじゃねえよ」
百子の手は陽翔の腕に掴まれ、背中へと誘導された。ただでさえ密着しているのに、これでは家でくっついている時と大して変わらないではないか。くっつくのは嫌いではないので彼にされるがままの百子だったが、彼の豹変に目を回していた。
(陽翔、いつもはそんなこと言わないじゃない!)
百子が自身の腰にしっかり腕を回したのを見届けると、陽翔は眉間の皺を伸ばす。彼の不機嫌が霧散して百子は一息ついたが、彼も百子の腰に手を回しているせいで、シャツ越しとはいえ彼の胸板や腹筋、そしてへその下に屹立する彼自身の熱を感じ取って百子はりんごもかくやと言うほど顔を赤くさせた。
(待って、これ恥ずかしい……)
いつもは彼が百子の腰に手を回すだけなのに、どうやら今日の陽翔はそれだけでは満足しないらしい。そして今日に限って通常よりも車内の人は少なく、体を寄せ合う二人は大変目立っていた。
(しかも恥ずかしいって言えないじゃない……! 周りの人がこっち見ちゃう!)
百子はハッとして顔を上げて陽翔を睨む。彼女の視線に気づいて彼は百子を見下ろし、したり顔を見せたので百子は無言でパンプスのつま先をげしげしと彼の足首にめり込ませる。どうやら百子が恥ずかしいと言えないことを織り込み済みで揶揄ってるという推測は当たってしまったらしい。しかも軽く蹴られているというのに、陽翔の無駄に爽やかな笑顔を歪ませることはついにできず、悔しくなった百子は彼の胸板の下にごつんと額をぶつけた。
(あっ)
しかし電車が駅に停車した弾みで百子の頭突きは外れてしまう。よろけた百子を陽翔が支え、そのまま腰を抱き寄せられながら降車し、道中も彼は彼女から腕を離さない。家のドアを閉めるや否や、百子は彼の熱くて深い口づけを受けた。舌を何度も絡ませていると、下腹部が熱くなって疼き、体の中心が潤み始めて百子の肩から鞄が滑り落ちて玄関に乾いた音が短く鳴る。
「な、んで……?」
唇が離され、銀糸がつかの間二人を繋いで消える。
「百子が可愛いことするから悪い」
陽翔は人差し指を自分の唇の前に持ってきていたが、すぐにそれを百子の唇の前に持ってきた。その一連の動作に何故か色気を感じてしまい、百子の心臓は跳ね回る。
「なっ……! それでも外で盛ることないじゃないの……ひゃっ」
目尻に彼のキスが降ってきて百子は思わず声を上げる。
「そんな蕩けた目をして言われてもな……よっと」
陽翔は百子の腰を引き寄せたかと思うと素早く横抱きにして彼女の靴を脱がせて自身も靴を脱いで玄関をあとにした。
「陽翔! 自分で歩けるって!」
「今は俺にもたれてろ」
有無を言わさない口調でピシャリと言われたので、百子はじたばたするのを止めておとなしく彼にしがみつく。
百子は取引先との打ち合わせを終えて会社に戻り、報告と処理を終えて家路につく。ひったくりから女性を助けたあの後、ギリギリだが何とか約束の時間に間に合ったのである。しかし身だしなみを気にする時間が無かったので取引先の会社のエレベーターで汗を拭いて髪を手早く整えるに留まった。それでも打ち合わせそのものはスムーズに進み、建設的な話し合いもできて百子は満足している。汗がとめどなく頬や額を伝うので、担当の人に暑いのかと心配された時は少しだけ困惑してしまった。それでも百子はあの女性を助けたことの後悔は微塵も無い。
(あの方は大丈夫かしら……仕事が押してたとはいえ、無礼だったかも)
彼女に対して無愛想な態度を取ってしまったことに後ろ髪を引かれていた百子だったが、駅構内でこちらに背を向けている彼を見て、百子はその思いをそっちのけで走り出した。
「陽翔!」
百子が勢い良く彼の背中に飛びついたものだから、陽翔が足を少しだけ前に出してから踏みとどまる。
「百子、お疲れ様。飛びつくなんて珍しいな」
陽翔は彼の背中からひょっこりと顔を出す百子を見て破顔する。そしてくるりと彼女の方を振り返り、そっと彼女を抱き締めて、その背中を優しく撫でた。
「陽翔が迎えに来てくれるのが嬉しいの。いつもありがとう」
いつもは飛びつかないだろという陽翔の発言は、百子の唇に溶けて消える。彼女に唇を啄まれた彼は、彼女の唇を奪おうとしたが、彼の唇にそっと彼女の人差し指が当てられて叶わなかった。
「ずるいぞ。帰ったら覚悟しろよ」
「きゃっ」
百子は彼に手を引かれて改札を通り、その後は強引に腰を抱き寄せられ、否応なしに陽翔に密着することになって不意に心拍数が上がる。電車に乗っても彼の腕は離れず、むしろ百子を離すまいといつもよりも強く抱き留められた。彼のシャツ越しに彼の体温と早鐘を打つ心音を感じて一気に赤面する。
「ちゃんと俺に掴まっとけよ」
陽翔が何故か不機嫌になってしまったので、百子は彼の言うとおりにして彼のシャツを摘む。
「そうじゃねえよ」
百子の手は陽翔の腕に掴まれ、背中へと誘導された。ただでさえ密着しているのに、これでは家でくっついている時と大して変わらないではないか。くっつくのは嫌いではないので彼にされるがままの百子だったが、彼の豹変に目を回していた。
(陽翔、いつもはそんなこと言わないじゃない!)
百子が自身の腰にしっかり腕を回したのを見届けると、陽翔は眉間の皺を伸ばす。彼の不機嫌が霧散して百子は一息ついたが、彼も百子の腰に手を回しているせいで、シャツ越しとはいえ彼の胸板や腹筋、そしてへその下に屹立する彼自身の熱を感じ取って百子はりんごもかくやと言うほど顔を赤くさせた。
(待って、これ恥ずかしい……)
いつもは彼が百子の腰に手を回すだけなのに、どうやら今日の陽翔はそれだけでは満足しないらしい。そして今日に限って通常よりも車内の人は少なく、体を寄せ合う二人は大変目立っていた。
(しかも恥ずかしいって言えないじゃない……! 周りの人がこっち見ちゃう!)
百子はハッとして顔を上げて陽翔を睨む。彼女の視線に気づいて彼は百子を見下ろし、したり顔を見せたので百子は無言でパンプスのつま先をげしげしと彼の足首にめり込ませる。どうやら百子が恥ずかしいと言えないことを織り込み済みで揶揄ってるという推測は当たってしまったらしい。しかも軽く蹴られているというのに、陽翔の無駄に爽やかな笑顔を歪ませることはついにできず、悔しくなった百子は彼の胸板の下にごつんと額をぶつけた。
(あっ)
しかし電車が駅に停車した弾みで百子の頭突きは外れてしまう。よろけた百子を陽翔が支え、そのまま腰を抱き寄せられながら降車し、道中も彼は彼女から腕を離さない。家のドアを閉めるや否や、百子は彼の熱くて深い口づけを受けた。舌を何度も絡ませていると、下腹部が熱くなって疼き、体の中心が潤み始めて百子の肩から鞄が滑り落ちて玄関に乾いた音が短く鳴る。
「な、んで……?」
唇が離され、銀糸がつかの間二人を繋いで消える。
「百子が可愛いことするから悪い」
陽翔は人差し指を自分の唇の前に持ってきていたが、すぐにそれを百子の唇の前に持ってきた。その一連の動作に何故か色気を感じてしまい、百子の心臓は跳ね回る。
「なっ……! それでも外で盛ることないじゃないの……ひゃっ」
目尻に彼のキスが降ってきて百子は思わず声を上げる。
「そんな蕩けた目をして言われてもな……よっと」
陽翔は百子の腰を引き寄せたかと思うと素早く横抱きにして彼女の靴を脱がせて自身も靴を脱いで玄関をあとにした。
「陽翔! 自分で歩けるって!」
「今は俺にもたれてろ」
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