茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜

初月みちる

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第八幕 心の奥分かり合えない

鉄槌

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「百子が……辛いことを自分から話しただなんて……そんなことが……」

口をわななかせて愕然としている深山を見て、陽翔は少々胸を張った。

「俺は百子を心から愛してますから。辛いことほど打ち明けて欲しいし、力にもなりたいですし。貴方は弱味を見せられる相手ではなかったと、そういうことですね。もっとも、百子が貴方に何かを打ち明けたとて、貴方はそういうのを鬱陶しいと感じそうですが」

陽翔は百子を吐かせるために、彼女の体を弄ったことは棚に上げてにっこりと微笑む。

「浮気された側の人間がどれだけ苦しむか知ってますか。話し合いもせずに勝手に浮気され、勝手に家に浮気相手を招かれ、浮気現場を見た側の気持ちが想像できます? ああ、これは愚問でしたね。そんなことを想像できるような人が浮気なんてする筈がないですから。しかも浮気相手を一緒に住んでる家に連れ込むくらいですし。本当に反吐が出る」

「あれは……由佳、彼女が家に行ってみたいって言ってたからです。そしてあれは浮気じゃない! 彼女は百子と結婚してもそのまま関係を続けても良いと……!」

この期に及んで人のせいにしようとする深山に、陽翔は道端に這っている毛虫を見るかのような視線を向けた。

「浮気ではない? ご冗談を。その関係を貴方は他人に大っぴらに言えるのですか? ご両親やご兄弟、職場の人とかでもいいですが」

「それは……」

口ごもる深山に陽翔は吐き捨てる。

「言えないなら後ろめたいと思っているに他ならないでしょう。それに、貴方は彼女が提案したからと言ってますが、それでも招いたのは貴方だ。断るという選択肢もあった筈なのに」

言葉を詰まらせた深山に陽翔はさらに畳み掛ける。

「そして貴方は百子があの場にさえいなければとも言ってましたが、別にバレても問題無かったと思いますよ。貴方の行動を見てる限りは。本当にバレたくないのなら家に連れ込むなんてそんなリスクが高いことはしない筈です。貴方は後ろめたいと思いつつ、リスクが高い方をあの時選択した。それが事実です」

「それでも……」

「それでも、何ですか? 俺は貴方の行動に基づいた事実を話してるだけです。貴方の思いなんてどうだって良い。貴方は百子を裏切った、その事実はひっくり返りませんから」

陽翔は深山に言いたいことをほぼ言い切ったというのに胸が悪くなる一方だった。陽翔の脳裏に百子が泣いている姿と、もう一つの思い出したくもない記憶がちらつくからなのかもしれない。

「申し訳……ありません……」

陽翔は頭を下げる深山に目を見張る。まさかここで謝罪の言葉が深山から出るとは思わなかったからだ。許すつもりは無いにしても、少しは良心というものが残っていたのだろうか。

(いや、こいつに限ってそんなことはないか。良心あるなら浮気なんて裏切りをする筈がない)

「その気持ちがあるのなら、もう一度言いますが今後一切百子に関わらないで下さい。貴方に復縁を迫られた日に百子は泣いてました。浮気をされた自分をひたすらに責めていたし、裏切られることをひどく怖がっていました……本当に貴方が関わるとろくなことにならない」

「はい……約束します。だからその映像を職場にバラまくことと、取引中止にだけはどうか……!」

陽翔は流石に眉を顰めて拳を握りしめる。どうやら先程の謝罪は保身から来たらしい。弱味を握られて立場が悪い深山から交渉されるのは陽翔の考慮の外だった。

「先程の謝罪は一体誰に対しての謝罪なんでしょうね? 深山さん。別に俺はバラまくつもりは無かったのですが、そう言われると何かやってみたくなりますね」

しかし人間というものは、怒りや悲しみを極限まで膨れ上がらせてメーターを振り切ってしまうと笑うしかできないようになっているようだ。陽翔はにっこりと笑いながら抑揚の無い声で告げたのだが、表情と声音に恐れをなした深山の顔からは血の気が引きまくっていてほとんど白に近くなっていた。

「それだけは……っ!」

深山が縋るのが何だか奇妙に感じられたが、陽翔は笑みを崩さない。余計に不気味だと思われたのか、深山が息を呑む気配がした。

「貴方の態度次第にしましょうか。もう一度いいます。今後一切百子には関わらないで下さい。それを約束して下さるのならバラまきませんし貴方とは仕事以外で関わらないことを約束しましょう」

深山は首を縦に何度も振ったので、陽翔は財布を鞄から取り出し、一万円札をテーブルに置いた。

「契約成立ですね。ちなみに俺達の会話は全部録音してますからそのつもりで。あ、言い忘れてましたが仕事の時に私情は持ち込むつもりはありませんのでご安心を。今後とも良い関係が持続できたらいいですね。ではお先に失礼致します」

陽翔は深山を振り返らずに足早に店を出た。
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