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第七幕 涙と偽りを捨てて
激高
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「えっと……ごめんなさい、陽翔……連絡しないで心配かけたのと、変な早とちりしちゃって……確認もしてないのに、勝手に裏切られたかもしれないなんて思ってごめんなさい」
百子は穴があったら入りたい気持ちになった。あの女性が陽翔の妹だというのを知らなかったとはいえ、陽翔の身内に嫉妬するなぞあまりにも間抜けではないだろうか。
『なるほどな……百子の事情は分かった。百子でも嫉妬することあるのか。まあ確かに百子は妹の姿形は知らなかったし、仕方ないっちゃ仕方ないが……百子、どうした?』
百子はびくりと体を震わせた。百子からの返答がないので陽翔が声を掛けるが、彼女は座り込んだまま下を向き、謝罪と涙がぽろぽろと、あとからあとからこぼれ落ちた。
「ご、ごめん、なさい……嫉妬なんかしちゃって……そんな重たいことするつもりなんてなかったの、だからお願い、見捨てないで……私を嫌いに、ならないで……!」
『え、百子……? どうしたんだ? 別に嫉妬したくらいで俺は怒らないし、嫌いにもならないぞ?』
陽翔の戸惑う声が聞こえたが、百子の口からは謝罪しか出てこない。百子にとって嫉妬は鬼門だ。弘樹に見捨てられた原因の一つでもあり、そんな醜い思いを抱えていることを陽翔には知られたくなかったのに、あっさりと看破されてしまった。
「ごめんなさい……陽翔……ごめんなさい……」
なおも謝罪を繰り返す百子の耳朶を、強い彼の口調が叩く。
『百子、今から迎えに行く。そんなに辛い思いをしてたとはな。俺は百子と面と向かって話がしたい。お前にこれ以上辛いことや悲しいことを抱えて欲しくないんだ。百子が溜め込むのを見ている俺も辛い。だから俺に聞かせてくれ』
スマホの奥から何やら慌ただしい音が聞こえたと思うと、ドアの閉まる音と規則的な靴音がそれに取って代わる。百子は洗面所から出てしばし逡巡したものの、囁くように決意を口にした。
「陽翔……えっと、友達に伝えてくるから少しだけ待ってて」
『分かった。迎えに来て欲しいなら位置情報をメッセージ飛ばしてくれ』
陽翔がスマホの奥で微笑んだような気がした。その後電話が切れたので百子はくつろいでタブレットで動画を見ている美咲に恐る恐る声を掛ける。
「美咲……あの、今日泊まる予定だったけど、陽翔とちゃんと話したいの。それで位置情報を教えてもいい?」
「うん、会話もちょっと聞こえてたから何となくそうなると思ってた。良かったじゃん」
美咲はにししと笑うだけだが、百子は目に見えて落ち込んでいた。
「美咲、振り回してごめん」
「いいって。むしろ帰らないならちょっと怒ってたかも。それにしても迎えに来てくれるなんて、どれだけももちゃんを独占したいんだか。愛されてるね。それじゃあ彼が来るまで女子会しよっか。お茶しかないけど」
百子は位置情報を陽翔宛のメッセージに飛ばして、しばし美咲とのおしゃべりに花を咲かせた。
百子は美咲に感謝を告げて、血相を変えた陽翔に抱き寄せられながら彼の車の助手席に収まる。走行中は他愛もない話をしていたが、彼女の表情は浮かないものだった。陽翔はそれを見てため息をつきたかったが何とかこらえる。
(百子……本当にどうしたんだ)
電話口で聞いた百子の声は、まるで心臓を鷲掴みにされてそのまま握りつぶされるような悲惨なものだったからだ。しかも後半は謝罪しか口にしなかったことも気にかかる。明らかに百子は陽翔の言葉を受け付けていなかったからだ。彼女は陽翔が自分の妹と歩いていたことにショックを受けたというよりは、それがきっかけで過去の嫌な記憶が蓋を開けただけに過ぎないと考えていた。となれば思い当たるのはあのことしかない。
(まだ元彼からの仕打ちが癒えてないのか)
そう推測した陽翔は車を降りて百子の手を引いて玄関に入るや否や、彼女をその場で抱きしめた。百子の陽翔のシャツを引っ張る手が小刻みに震えており、漏れ出る彼女のか細い声が陽翔の胸を引っ掻く。それでも嗚咽を漏らそうとしない百子に陽翔は訳もなく悲しくなった。彼女は陽翔の胸を押し返すと感謝の言葉を述べて靴を脱ぎ、ふらふらとリビングへと向かい、ソファーに座る。どうやら今から話をしてくれるらしい。そうでなければ無理矢理聞き出していたところだった。これ以上百子が傷つくのを見たくなかったからである。陽翔が隣に腰掛けるのを見て、百子は頭を下げた。
「ありがとう、陽翔……わたし……陽翔に酷いことを……」
「別にいい。そんなに百子が苦しんでるとは思わなかったし……何があったか詳しく聞かせてくれるか? その前にお茶でも淹れて……」
「やだ、離れないで」
百子は立ち上がろうとする陽翔の腕を掴み、ふるふると首を横に振る。掴んでいるというよりは、縋りついているのに近いかもしれない。彼女の叫びの代弁のようなその動作に、彼は思わず表情を曇らせた。陽翔は百子の手をそっと握り、彼女の肩を優しく抱く。彼の体温に浮かされるように、百子は元彼の浮気相手が会社の後輩だったこと、彼女から言われたことをそのまま伝えたが、陽翔が急に彼女の握る手に力を込めてしまい言葉を止めた。
「この恥知らずめ! あいつ自分が何をしたのかが分かってんのか! 裏切りに加担して人を平気でこき下ろした挙句、応援すると抜かすなんて訳分かんねえ! 頭沸いてんのか! 浮気をしでかす奴は揃いも揃ってろくでなしで吐き気がする! どうやったらそんな思考になるか、一度頭をかち割って覗いてみたいもんだ!」
百子は穴があったら入りたい気持ちになった。あの女性が陽翔の妹だというのを知らなかったとはいえ、陽翔の身内に嫉妬するなぞあまりにも間抜けではないだろうか。
『なるほどな……百子の事情は分かった。百子でも嫉妬することあるのか。まあ確かに百子は妹の姿形は知らなかったし、仕方ないっちゃ仕方ないが……百子、どうした?』
百子はびくりと体を震わせた。百子からの返答がないので陽翔が声を掛けるが、彼女は座り込んだまま下を向き、謝罪と涙がぽろぽろと、あとからあとからこぼれ落ちた。
「ご、ごめん、なさい……嫉妬なんかしちゃって……そんな重たいことするつもりなんてなかったの、だからお願い、見捨てないで……私を嫌いに、ならないで……!」
『え、百子……? どうしたんだ? 別に嫉妬したくらいで俺は怒らないし、嫌いにもならないぞ?』
陽翔の戸惑う声が聞こえたが、百子の口からは謝罪しか出てこない。百子にとって嫉妬は鬼門だ。弘樹に見捨てられた原因の一つでもあり、そんな醜い思いを抱えていることを陽翔には知られたくなかったのに、あっさりと看破されてしまった。
「ごめんなさい……陽翔……ごめんなさい……」
なおも謝罪を繰り返す百子の耳朶を、強い彼の口調が叩く。
『百子、今から迎えに行く。そんなに辛い思いをしてたとはな。俺は百子と面と向かって話がしたい。お前にこれ以上辛いことや悲しいことを抱えて欲しくないんだ。百子が溜め込むのを見ている俺も辛い。だから俺に聞かせてくれ』
スマホの奥から何やら慌ただしい音が聞こえたと思うと、ドアの閉まる音と規則的な靴音がそれに取って代わる。百子は洗面所から出てしばし逡巡したものの、囁くように決意を口にした。
「陽翔……えっと、友達に伝えてくるから少しだけ待ってて」
『分かった。迎えに来て欲しいなら位置情報をメッセージ飛ばしてくれ』
陽翔がスマホの奥で微笑んだような気がした。その後電話が切れたので百子はくつろいでタブレットで動画を見ている美咲に恐る恐る声を掛ける。
「美咲……あの、今日泊まる予定だったけど、陽翔とちゃんと話したいの。それで位置情報を教えてもいい?」
「うん、会話もちょっと聞こえてたから何となくそうなると思ってた。良かったじゃん」
美咲はにししと笑うだけだが、百子は目に見えて落ち込んでいた。
「美咲、振り回してごめん」
「いいって。むしろ帰らないならちょっと怒ってたかも。それにしても迎えに来てくれるなんて、どれだけももちゃんを独占したいんだか。愛されてるね。それじゃあ彼が来るまで女子会しよっか。お茶しかないけど」
百子は位置情報を陽翔宛のメッセージに飛ばして、しばし美咲とのおしゃべりに花を咲かせた。
百子は美咲に感謝を告げて、血相を変えた陽翔に抱き寄せられながら彼の車の助手席に収まる。走行中は他愛もない話をしていたが、彼女の表情は浮かないものだった。陽翔はそれを見てため息をつきたかったが何とかこらえる。
(百子……本当にどうしたんだ)
電話口で聞いた百子の声は、まるで心臓を鷲掴みにされてそのまま握りつぶされるような悲惨なものだったからだ。しかも後半は謝罪しか口にしなかったことも気にかかる。明らかに百子は陽翔の言葉を受け付けていなかったからだ。彼女は陽翔が自分の妹と歩いていたことにショックを受けたというよりは、それがきっかけで過去の嫌な記憶が蓋を開けただけに過ぎないと考えていた。となれば思い当たるのはあのことしかない。
(まだ元彼からの仕打ちが癒えてないのか)
そう推測した陽翔は車を降りて百子の手を引いて玄関に入るや否や、彼女をその場で抱きしめた。百子の陽翔のシャツを引っ張る手が小刻みに震えており、漏れ出る彼女のか細い声が陽翔の胸を引っ掻く。それでも嗚咽を漏らそうとしない百子に陽翔は訳もなく悲しくなった。彼女は陽翔の胸を押し返すと感謝の言葉を述べて靴を脱ぎ、ふらふらとリビングへと向かい、ソファーに座る。どうやら今から話をしてくれるらしい。そうでなければ無理矢理聞き出していたところだった。これ以上百子が傷つくのを見たくなかったからである。陽翔が隣に腰掛けるのを見て、百子は頭を下げた。
「ありがとう、陽翔……わたし……陽翔に酷いことを……」
「別にいい。そんなに百子が苦しんでるとは思わなかったし……何があったか詳しく聞かせてくれるか? その前にお茶でも淹れて……」
「やだ、離れないで」
百子は立ち上がろうとする陽翔の腕を掴み、ふるふると首を横に振る。掴んでいるというよりは、縋りついているのに近いかもしれない。彼女の叫びの代弁のようなその動作に、彼は思わず表情を曇らせた。陽翔は百子の手をそっと握り、彼女の肩を優しく抱く。彼の体温に浮かされるように、百子は元彼の浮気相手が会社の後輩だったこと、彼女から言われたことをそのまま伝えたが、陽翔が急に彼女の握る手に力を込めてしまい言葉を止めた。
「この恥知らずめ! あいつ自分が何をしたのかが分かってんのか! 裏切りに加担して人を平気でこき下ろした挙句、応援すると抜かすなんて訳分かんねえ! 頭沸いてんのか! 浮気をしでかす奴は揃いも揃ってろくでなしで吐き気がする! どうやったらそんな思考になるか、一度頭をかち割って覗いてみたいもんだ!」
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