茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜

初月みちる

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第七幕 涙と偽りを捨てて

見たくない

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木嶋に出くわしたせいでどっと疲れが襲ってきた百子は、いつもよりも苦労して仕事を終わらせた。午前中は納期に間に合わないと振られた仕事をそつなく処理できたのに、午後になると凡ミスを連発してしまい、それをカバーするのに時間を食ってしまったのだ。幸い頼まれていた仕事は時間内に終わらせられたとはいえ、百子が当初終わらせようと思った時間を30分過ぎてしまった。結局昼休みの件が頭にこびりついて離れず、百子は会社を辞して早歩きで駅に向かった。

(せっかく忘れられると思ったのに……!)

木嶋のあの反応を見る限り、弘樹の浮気相手は百子の予想を外していなかった。彼女が証拠映像に映っていたのは一瞬だったとはいえ、声だけはしっかりと拾っていたのだ。声だけで木嶋と決めつけるのには少々無理があったものの、彼女に声をかけられ、話してみて確証が持てた。百子は弘樹と疎遠になってたことは美咲か兄にしか話していないのに、あの場でそれを言うのは自分が犯人ですと言っているも同然だからだ。

(後ろめたいとか、そんな気持ちが無いのがすごいかも)

よくもまああんなことをしておいて悪びれずにいれるものだ。百子は浮気をする人の心理は欠片も知らないし、知りたくもないと思っているが、元彼の浮気相手が絡んでくる心理は何だろうと考えていた。人の彼氏を奪うことに成功したのなら、元彼とだけよろしくやっていれば済むだけの話であり、わざわざ以前の相手に関わるメリットはなさそうなものなのに。

(暇なのかしら。迷惑極まりないわね!)

百子は次第にムカムカとしてしまい、これ以上木嶋のことに頭を悩ませたくなかったのだが、何故かそのムカムカが百子に追いすがってきてしまう。そのしつこさと言ったら藤さながらであり、彼女はじわじわとその思いに締め付けられて文字通り胸が痛む心地がして、百子はブラウスの胸元を思わず掴む。

(こんなことで悩むなんてだめね……)

駅の階段を降りて薬局やコンビニを通り過ぎると、陽翔といつも待ち合わせしている某怪獣映画の怪獣のオブジェが目に入る。陽翔がまだいないので、百子は怪獣に見下されながら自らのモヤモヤを追い出すべく奮闘していた。

(あれ、陽翔?)

ちょうど目の前にあるショッピングセンターから陽翔が出てきたので駆け寄ろうとしたのだが、その足が止まる。

百子が目にしたのは、側にいる紙袋を持った女性に向かって心底嬉しそうに微笑む陽翔だった。

(どうして……)

百子は目の前が真っ暗になり、その場に崩れ落ちるのを必死の思いでとどまる。陽翔のあの笑みは百子に向けるものと同じであり、それが他の女性に向けられているその事実が既に開いた傷口に熱したヤスリをかけられるほどの痛みをもたらす。ズキズキと心が軋む百子が見ている中で二人は立ち止まり、女性の顔が陽翔の顔に近づく。これ以上見てられなくて、百子は背を向けて走り出した。

(貴方も……貴方も私を裏切るの……?)

自分の思いを伝えた矢先に失恋するとは思わなかった。弘樹に裏切られたことよりも、陽翔にされた方が余程精神をずたずたにされたような気がする。自分を裏切った事実が心を苛んでいく。足元が頼りなくガラガラと崩れ、奈落の底に落ちていくような感覚と共に、頭を殴るような頭痛が飛来し、ひどい耳鳴りが不協和音を奏でる。目尻から熱いものが溢れたが、それを拭わずに百子は衝動的に美咲に電話をかけた。

『もしもし、百子?』

スマホの向こうからコツコツとリズミカルに歩く音と、彼女の明るい声が耳を打ち、百子はさらにその瞳からぽろぽろとぬるい液体を滴らせる。

「み、美咲……! ……お願い! 匿って!」

『ももちゃん、本当にどうしたの? 何かあった?』

おろおろとしている気配がしたが、百子はガンガンと頭を殴りつける頭痛を堪えて声を絞り出す。

「話を……聞、いて、ほしい、の! 直接……!」

スマホの奥から息を呑む気配がした。

『……わかった。うちにおいで。昼間にも話したけど、今日と明日は竜也はいないから。今高島駅で電車待ちだから、5両目辺りで待ってる』

「ごめん、あり、がとう……美咲。今は…、会社、の、最寄、り駅、だか、ら……高島、には、20分で着く、わ……」

百子はそっと電話の切れたスマホを下ろし、改札を通ってとぼとぼとホームへと足を運ぶ。百子は陽翔から、今どこにいるとメッセージが5分前に来ていることに気づいたが、今日は友人のところに泊まると送り、満員電車で人に揉まれながら静かに百子は涙を流した。
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