茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜

初月みちる

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第六幕 隠せはしない

意趣返し

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「私、結構意地悪なんだなって思ったわ。こんなことしても何の足しにもならないのにね」

「いいんじゃないのか? これくらいの意趣返しならバチは当たらんと思うぞ。裏切られた仕返しがこれなら可愛いもんだ」

陽翔はそう言って紙を差し出すので、百子は寝室のローチェストの引き出しを開けてメッセージを書いた紙を入れる。そこには『素敵な下着ですね。くたびれた下着を処分してくれてありがとうございます。飽きられないように頑張って下さいね』と書かれていた。

(絶対びっくりするわよね。半分以上は嫌味だし)

「それにしても、何で元彼宛てメッセージは封筒つきなんだ?」

「私が持ってる合鍵を入れようと思ったの。だからメッセージはついでよ。残すかどうか迷ったけど、やられっぱなしは何だか癪だから」

合鍵のことを失念していた陽翔は得心したように頷いた。ちなみに封筒に入れた紙には『お世話になりました。どうぞお幸せに』と書いてある。本当は弘樹が幸せになろうが不幸になろうがどうでも良いのだが、弘樹との思い出が全て悪いものかと言うとそうでもないので、そこには感謝してもバチは当たらないと判断したのだ。

「まあ浮気するというか、誰かを裏切るような人が幸せになれるかは微妙な気がするけど。というかあんまり幸せになってほしいとも思わない。これは嫌味みたいなものだわ。私のささやかな抵抗よ」

何やらどす黒い感情が湧きそうになったが、百子はそれを振り払う。弘樹を恨んでいるということは、彼に執着しているということだ。自分の時間を割くということは、自分の命を削っているも同然であり、それならば自分を捨てた弘樹のことより、陽翔との今後を考える方がずっと有意義である。

「でも、未練なんてないわ。ここは私の家じゃない。私が帰るべき家は陽翔の家だもの」

百子はそう言って鍵を封筒に入れてドアについているポストに入れる。カタンと小さく鳴ったその音を聞いた百子はもう振り返らなかった。

「百子、違うぞ。俺の家じゃなくて、俺達の家だろ」

エレベーターを待っている間に、陽翔はぼそりと告げる。だが百子は聞こえていたようで、陽翔の唇に口づけする。

「ふふ、嬉しい。ありがとう、陽翔」

陽翔も百子に口づけし、そのまま彼女の唇を舐めて舌を入れようとしたが、エレベーターが到着したので、名残惜しそうに唇を離した。

「とりあえず一度帰ろうか。荷解きもしないとだしな」

「うん。帰りましょう。私達の家に」

百子と陽翔はお互いに見つめ合い、そして微笑んだ。外に出ると肌にまとわりつく暑さが彼らを迎えたが、彼らの心情はその空と同じくらいに澄み切っていた。

「陽翔……待って、何でよりにもよって……」

「別にいいだろ。俺がプレゼントしたいと思っただけだ。それに数があっても困らないだろ?」

今ひとつ釈然としない百子だったが、陽翔の言うことが正論なので百子は押し黙り、フリルとレースが上品にあしらわれている可愛らしいランジェリーを手に取る。陽翔が百子の必需品を買いたいと外に連れ出したのは良いのだが、まさかランジェリーの店に引っ張られるとは思わなかった。何故陽翔が彼女の好きなブランドを知っているかは不明だが。

(ありがたいと言えばありがたいけど……)

持って帰るはずだったランジェリーを根こそぎ処分されてしまっている今、洗い替えが少ないのはかなり心許ない。弘樹の浮気相手へのメッセージはかなり強気ではあったものの、実はかなりショックだったのだ。とはいえ3年以上使っている物もいくつかあったので買い替え時であるのも事実なのだが。

「陽翔、試着してくるから待ってて」

百子は気に入ったブラジャーを3つほど選び、怪訝な表情をしている彼に声を掛ける。

「ブラジャーって試着するもんなのか?」

「うん。同じメーカーでも型が違うとつけた感じが違うから……陽翔、お店出て他のところうろついてもいいのよ? 男性はこういう所は気まずいって思うでしょ?」

何故か百子が頬を赤らめて目をそらすので、陽翔は思わず首を傾げた。

「いや、別に。百子と買い物するのは楽しいし。それに……」

陽翔は一度言葉を切って、百子の耳元に口を寄せた。

「俺はただの布には興味ない。着てない下着は所詮布切れだしな」

陽翔はそっと百子から離れると、彼女の顔が茹でダコのように赤くなっているのを見て表情を和らげる。だが百子は陽翔と睦み合ったことを瞬時に思い出し、陽翔の肩を何度か叩いた後に試着室へ向かった。忍び笑いをしていた陽翔は、百子が試着室から出る前に他のランジェリーを物色し、どれが彼女に似合うかをぼんやりと考えていた。

(百子なら……青よりは赤とかオレンジが似合いそうだな。ひらひらの物よりはレースがあった方が綺麗だろうし)

陽翔は自分の想像の中で百子を着せ替えしていたが、総レースのランジェリーを見つけてしまい、段々と下半身に熱が集まるのを感じ取った。流石にまずいと考えた陽翔は、瞬時に今日の夕食の献立に意識を集中させることにする。

「ただいま、陽翔。あれ、怖い顔してどうしたの?」

百子の声に我に返った陽翔は、なんでもないと首を振る。そして会計を済ませて店を後にし、帰途についた二人だったが、家の最寄り駅を出て少しすると砂降りの雨に遭遇してしまった。
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