40 / 100
第六幕 隠せはしない
蹂躙
しおりを挟む
二人は恙無く水曜日と木曜日に有給を取ることができたので、陽翔の車で弘樹と同棲していた家まで行くことになった。二日続けて取ったのは、水曜日に元彼が休みで家にいる可能性を考慮したのだ。陽翔の家の使っていないダンボールを10個ほど車に積んで、百子は陽翔の運転する車の助手席に収まっている。百子は父親や親戚以外の男性の車の助手席に座るのは初めてで顔を赤らめていたが、元彼の家までの案内はすることができた。元彼の家の近くは駐車禁止の区画なので、念の為さして離れていないコインパーキングを使うことになった。
「ありがとう、陽翔……」
百子はダンボールを持って歩きながら陽翔に感謝の言葉を述べる。
「気にすんな。一人よりも二人の方が早いだろ」
エレベーターにダンボールを持って入るのは些か骨が折れたものの、通勤時間が終わったために誰ともすれ違わなかったのが救いである。エレベーターを降りて、そこからかつて住んでいた元彼の家までの短い道までの足取りが重たいのは、持っているダンボールのせいだとは思えなかった。鍵を回す音がやけに反響した気がするが、覚悟を決めてさっとドアを開けた。
(良かった……弘樹の靴がない)
胸を撫で下ろした百子は、まずはリビングに向かう。リビングに行かないと寝室に行けないからだ。だがリビングは百子がいなくなってからろくに掃除や片付けがされていなかったようで、床には服やら弁当の空の容器やらの入ったゴミ袋が散乱しており、歩きづらいことこの上ない。予想以上の散らかりように、百子はため息をついたが、百子の荷物の多い寝室に入ることにした。だがそこも床が見えないほど紙類が散らかっており、比較的平らな所に、持ってきたダンボールを組み立ててそこに百子の持ち物を詰めていく。
(陽翔の言った通りね。私の荷物がそのままだわ)
百子は床に散乱してある物を避けながら、お気に入りのコートやら化粧品やら、ノートパソコンやらを持ってきて陽翔に渡していく。最初は陽翔も彼女の持ち物を取りに行こうとしたのだが、彼女の持ち物を全部把握してる訳ではないので、彼は梱包する側に回ることにしたのだ。
(ん……?)
しかし百子は寝室のローチェストの引き出しを開けて固まってしまったので、陽翔はそっと彼女の側にしゃがむ。彼女の顔が青ざめていたのに気づいた陽翔は恐る恐る尋ねた。
「おい、どうしたんだ」
百子の視線の先はランジェリー類だった。どこに不安な要素があるのかが不明な陽翔だったが、百子が震えた声で呟いて不快感を顕にした。
「……これ、私のじゃない……!」
百子はそう言って、やや乱暴に引き出しを閉めたのだ。
どうやら元彼の家に浮気相手が住み着いているという、陽翔の予想は当たってたらしい。しかも百子に話を聞いてみれば、百子のランジェリーは今の所見つかってないという。
「……きっと捨てられたわね。弘樹の相手に」
百子はランジェリーの入っている引き出しを開ける前から嫌な予感はしていたものの、まさかそれらが総入れ替えされていたとは思わなかった。十中八九弘樹の浮気相手の仕業だろう。弘樹が腹いせに捨てた可能性も無くはないが、他の物は置いておいてるのにランジェリーだけ捨てる理由が浮かばない以上、彼の仕業とは考えにくい。
「……何て奴だ! そうか、百子が一度荷物を取りに帰ると踏んでの嫌がらせか……! 趣味が悪くて吐き気がする!」
どうやら浮気相手は自己顕示欲の塊なのかもしれない。ひょっとしたら元彼が百子の持ち物を捨てるのに渋り、それに対して怒って百子のランジェリーを捨てた可能性もあるが、いずれにしても物を無断で捨てるような人間とは関わらない方が賢明だと陽翔は思う。彼はショックで硬直してる百子をそっと抱き締め、僅かに震える彼女の背中をゆるゆると撫でた。
「ありがとう……もうここに未練なんて無いわ。ここはもう他人の家だし、私には帰る家があるもん。物を無断で捨てるような人がいる家なんていらない……」
百子はまだ動きたくなかったが、いつまでも他人の家にいるわけにもいかない。百子は陽翔の頬に軽くキスを落とし、怠ける体を叱咤して立ち上がり、寝室や洗面所や台所にある自分の物をせっせと運び出して陽翔と一緒に詰めていく。家に台車があったので、ガムテープで封をしたダンボールを一気に運び、車から新しいダンボールを出して、そこにまた物を詰めるのを繰り返すと2時間程度で作業が完了した。
「陽翔、手伝ってくれてありがとう。こんなに早く終わるなんて思わなかったわ」
リビングのテーブルで紙にペンを走らせ、二枚あるうちの一枚を封筒に入れて百子は陽翔に微笑みかけたので、陽翔も釣られて笑顔で答える。
「このくらいお安い御用だ。忘れ物がないならそれ書いたら出るぞ」
百子は頷いて紙に視線を戻したが、彼女の目は笑っていない。陽翔はそんな百子を目撃したのは初めてで、背筋にそろそろと冷たい物が這っているような感覚を覚える。
「百子、何を書いたんだよ」
百子は逡巡していたが、封筒と紙を陽翔にすっと差し出す。落ち着きのない彼女を見て怪訝に思ったが、紙に書かれた内容を読んで思わず目を見開いた。
「ありがとう、陽翔……」
百子はダンボールを持って歩きながら陽翔に感謝の言葉を述べる。
「気にすんな。一人よりも二人の方が早いだろ」
エレベーターにダンボールを持って入るのは些か骨が折れたものの、通勤時間が終わったために誰ともすれ違わなかったのが救いである。エレベーターを降りて、そこからかつて住んでいた元彼の家までの短い道までの足取りが重たいのは、持っているダンボールのせいだとは思えなかった。鍵を回す音がやけに反響した気がするが、覚悟を決めてさっとドアを開けた。
(良かった……弘樹の靴がない)
胸を撫で下ろした百子は、まずはリビングに向かう。リビングに行かないと寝室に行けないからだ。だがリビングは百子がいなくなってからろくに掃除や片付けがされていなかったようで、床には服やら弁当の空の容器やらの入ったゴミ袋が散乱しており、歩きづらいことこの上ない。予想以上の散らかりように、百子はため息をついたが、百子の荷物の多い寝室に入ることにした。だがそこも床が見えないほど紙類が散らかっており、比較的平らな所に、持ってきたダンボールを組み立ててそこに百子の持ち物を詰めていく。
(陽翔の言った通りね。私の荷物がそのままだわ)
百子は床に散乱してある物を避けながら、お気に入りのコートやら化粧品やら、ノートパソコンやらを持ってきて陽翔に渡していく。最初は陽翔も彼女の持ち物を取りに行こうとしたのだが、彼女の持ち物を全部把握してる訳ではないので、彼は梱包する側に回ることにしたのだ。
(ん……?)
しかし百子は寝室のローチェストの引き出しを開けて固まってしまったので、陽翔はそっと彼女の側にしゃがむ。彼女の顔が青ざめていたのに気づいた陽翔は恐る恐る尋ねた。
「おい、どうしたんだ」
百子の視線の先はランジェリー類だった。どこに不安な要素があるのかが不明な陽翔だったが、百子が震えた声で呟いて不快感を顕にした。
「……これ、私のじゃない……!」
百子はそう言って、やや乱暴に引き出しを閉めたのだ。
どうやら元彼の家に浮気相手が住み着いているという、陽翔の予想は当たってたらしい。しかも百子に話を聞いてみれば、百子のランジェリーは今の所見つかってないという。
「……きっと捨てられたわね。弘樹の相手に」
百子はランジェリーの入っている引き出しを開ける前から嫌な予感はしていたものの、まさかそれらが総入れ替えされていたとは思わなかった。十中八九弘樹の浮気相手の仕業だろう。弘樹が腹いせに捨てた可能性も無くはないが、他の物は置いておいてるのにランジェリーだけ捨てる理由が浮かばない以上、彼の仕業とは考えにくい。
「……何て奴だ! そうか、百子が一度荷物を取りに帰ると踏んでの嫌がらせか……! 趣味が悪くて吐き気がする!」
どうやら浮気相手は自己顕示欲の塊なのかもしれない。ひょっとしたら元彼が百子の持ち物を捨てるのに渋り、それに対して怒って百子のランジェリーを捨てた可能性もあるが、いずれにしても物を無断で捨てるような人間とは関わらない方が賢明だと陽翔は思う。彼はショックで硬直してる百子をそっと抱き締め、僅かに震える彼女の背中をゆるゆると撫でた。
「ありがとう……もうここに未練なんて無いわ。ここはもう他人の家だし、私には帰る家があるもん。物を無断で捨てるような人がいる家なんていらない……」
百子はまだ動きたくなかったが、いつまでも他人の家にいるわけにもいかない。百子は陽翔の頬に軽くキスを落とし、怠ける体を叱咤して立ち上がり、寝室や洗面所や台所にある自分の物をせっせと運び出して陽翔と一緒に詰めていく。家に台車があったので、ガムテープで封をしたダンボールを一気に運び、車から新しいダンボールを出して、そこにまた物を詰めるのを繰り返すと2時間程度で作業が完了した。
「陽翔、手伝ってくれてありがとう。こんなに早く終わるなんて思わなかったわ」
リビングのテーブルで紙にペンを走らせ、二枚あるうちの一枚を封筒に入れて百子は陽翔に微笑みかけたので、陽翔も釣られて笑顔で答える。
「このくらいお安い御用だ。忘れ物がないならそれ書いたら出るぞ」
百子は頷いて紙に視線を戻したが、彼女の目は笑っていない。陽翔はそんな百子を目撃したのは初めてで、背筋にそろそろと冷たい物が這っているような感覚を覚える。
「百子、何を書いたんだよ」
百子は逡巡していたが、封筒と紙を陽翔にすっと差し出す。落ち着きのない彼女を見て怪訝に思ったが、紙に書かれた内容を読んで思わず目を見開いた。
0
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
竜王の花嫁
桜月雪兎
恋愛
伯爵家の訳あり令嬢であるアリシア。
百年大戦終結時の盟約によりアリシアは隣国に嫁ぐことになった。
そこは竜王が治めると云う半獣人・亜人の住むドラグーン大国。
相手はその竜王であるルドワード。
二人の行く末は?
ドタバタ結婚騒動物語。
エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた
ピロ子
恋愛
飲み会に参加した後、酔い潰れていた私を押し倒していたのは社内の女子社員が憧れるエリート課長でした。
普段は冷静沈着な課長の脳内は、私には斜め上過ぎて理解不能です。
※課長の脳内は変態です。
なとみさん主催、「#足フェチ祭り」参加作品です。完結しました。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
【完結】何んでそうなるの、側妃ですか?
西野歌夏
恋愛
頭空っぽにして読んでいただく感じです。
テーマはやりたい放題…だと思います。
エリザベス・ディッシュ侯爵令嬢、通称リジーは18歳。16歳の時にノーザント子爵家のクリフと婚約した。ところが、太めだという理由で一方的に婚約破棄されてしまう。やってられないと街に繰り出したリジーはある若者と意気投合して…。
とにかく性的表現多めですので、ご注意いただければと思います。※印のものは性的表現があります。
BL要素は匂わせるにとどめました。
また今度となりますでしょうか。
思いもかけないキャラクターが登場してしまい、無計画にも程がある作者としても悩みました。笑って読んでいただければ幸いです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる