茨の蕾は綻び溢れる〜クールな同期はいばら姫を離さない〜

初月みちる

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第六幕 隠せはしない

蹂躙

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二人は恙無く水曜日と木曜日に有給を取ることができたので、陽翔の車で弘樹と同棲していた家まで行くことになった。二日続けて取ったのは、水曜日に元彼が休みで家にいる可能性を考慮したのだ。陽翔の家の使っていないダンボールを10個ほど車に積んで、百子は陽翔の運転する車の助手席に収まっている。百子は父親や親戚以外の男性の車の助手席に座るのは初めてで顔を赤らめていたが、元彼の家までの案内はすることができた。元彼の家の近くは駐車禁止の区画なので、念の為さして離れていないコインパーキングを使うことになった。

「ありがとう、陽翔……」

百子はダンボールを持って歩きながら陽翔に感謝の言葉を述べる。

「気にすんな。一人よりも二人の方が早いだろ」

エレベーターにダンボールを持って入るのは些か骨が折れたものの、通勤時間が終わったために誰ともすれ違わなかったのが救いである。エレベーターを降りて、そこからかつて住んでいた元彼の家までの短い道までの足取りが重たいのは、持っているダンボールのせいだとは思えなかった。鍵を回す音がやけに反響した気がするが、覚悟を決めてさっとドアを開けた。

(良かった……弘樹の靴がない)

胸を撫で下ろした百子は、まずはリビングに向かう。リビングに行かないと寝室に行けないからだ。だがリビングは百子がいなくなってからろくに掃除や片付けがされていなかったようで、床には服やら弁当の空の容器やらの入ったゴミ袋が散乱しており、歩きづらいことこの上ない。予想以上の散らかりように、百子はため息をついたが、百子の荷物の多い寝室に入ることにした。だがそこも床が見えないほど紙類が散らかっており、比較的平らな所に、持ってきたダンボールを組み立ててそこに百子の持ち物を詰めていく。

(陽翔の言った通りね。私の荷物がそのままだわ)

百子は床に散乱してある物を避けながら、お気に入りのコートやら化粧品やら、ノートパソコンやらを持ってきて陽翔に渡していく。最初は陽翔も彼女の持ち物を取りに行こうとしたのだが、彼女の持ち物を全部把握してる訳ではないので、彼は梱包する側に回ることにしたのだ。

(ん……?)

しかし百子は寝室のローチェストの引き出しを開けて固まってしまったので、陽翔はそっと彼女の側にしゃがむ。彼女の顔が青ざめていたのに気づいた陽翔は恐る恐る尋ねた。

「おい、どうしたんだ」

百子の視線の先はランジェリー類だった。どこに不安な要素があるのかが不明な陽翔だったが、百子が震えた声で呟いて不快感を顕にした。

「……これ、……!」

百子はそう言って、やや乱暴に引き出しを閉めたのだ。

どうやら元彼の家に浮気相手が住み着いているという、陽翔の予想は当たってたらしい。しかも百子に話を聞いてみれば、百子のランジェリーは今の所見つかってないという。

「……きっと捨てられたわね。弘樹の相手に」

百子はランジェリーの入っている引き出しを開ける前から嫌な予感はしていたものの、まさかそれらが総入れ替えされていたとは思わなかった。十中八九弘樹の浮気相手の仕業だろう。弘樹が腹いせに捨てた可能性も無くはないが、他の物は置いておいてるのにランジェリーだけ捨てる理由が浮かばない以上、彼の仕業とは考えにくい。

「……何て奴だ! そうか、百子が一度荷物を取りに帰ると踏んでの嫌がらせか……! 趣味が悪くて吐き気がする!」

どうやら浮気相手は自己顕示欲の塊なのかもしれない。ひょっとしたら元彼が百子の持ち物を捨てるのに渋り、それに対して怒って百子のランジェリーを捨てた可能性もあるが、いずれにしても物を無断で捨てるような人間とは関わらない方が賢明だと陽翔は思う。彼はショックで硬直してる百子をそっと抱き締め、僅かに震える彼女の背中をゆるゆると撫でた。

「ありがとう……もうここに未練なんて無いわ。ここはもう他人の家だし、私には帰る家があるもん。物を無断で捨てるような人がいる家なんていらない……」

百子はまだ動きたくなかったが、いつまでも他人の家にいるわけにもいかない。百子は陽翔の頬に軽くキスを落とし、怠ける体を叱咤して立ち上がり、寝室や洗面所や台所にある自分の物をせっせと運び出して陽翔と一緒に詰めていく。家に台車があったので、ガムテープで封をしたダンボールを一気に運び、車から新しいダンボールを出して、そこにまた物を詰めるのを繰り返すと2時間程度で作業が完了した。

「陽翔、手伝ってくれてありがとう。こんなに早く終わるなんて思わなかったわ」

リビングのテーブルで紙にペンを走らせ、二枚あるうちの一枚を封筒に入れて百子は陽翔に微笑みかけたので、陽翔も釣られて笑顔で答える。

「このくらいお安い御用だ。忘れ物がないならそれ書いたら出るぞ」

百子は頷いて紙に視線を戻したが、彼女の目は笑っていない。陽翔はそんな百子を目撃したのは初めてで、背筋にそろそろと冷たい物が這っているような感覚を覚える。

「百子、何を書いたんだよ」

百子は逡巡していたが、封筒と紙を陽翔にすっと差し出す。落ち着きのない彼女を見て怪訝に思ったが、紙に書かれた内容を読んで思わず目を見開いた。
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